【第6話】最低評価と一筋の光
最後は、特殊職のエリア。
そこでは長身の美少女シルフィアが、小さな土の畑の前に立っていた。
彼女のジョブは、精霊に語りかけ、魔力を分け与えることで彼らを使役するテイマー(魔獣使い)の一種、エレメンター(精霊使い)だ。
エレメンターは非常に珍しく、精霊の姿を見、そしてその声を聞くことができる。
その適正だけでもエリートと呼ばれるジョブだ。
課題は『畑への水やり』。
水属性の精霊を数匹呼び出し、適度な水流を降らせるという、エレメンターには基礎中の基礎である。
「シルフィア・エーテリス、開始」
試験官の合図とともに、シルフィアは目を閉じ、静かに魔力を練り上げ、右手に持った『タクト』と呼ばれる、細く短い杖で魔力を操作し始めた。
アッシュグリーンの長い髪がふわりと舞い、エーテル(魔力の元)の小さな粒子と共に、彼女の周囲に少しずつ水滴が集まり始めた。
「お願い…、ウチに少し力をかして…」
だが次の瞬間、シルフィアの顔が苦痛に歪んだ。
「あ……う、くっ……!」
彼女はタクトを手放し、長い髪の上から、耳のあたりを両手で強く塞ぎ、土の上にうずくまってしまったのだ。
まるで、周囲の誰にも聞こえない『何か』の音に激しく苛まれているかのように、彼女の華奢な肩が小刻みに震えている。
主からの指示を失い、空中で迷うように揺らめいていた微かなエーテルの光は、やがてふっと空気に溶けるように消え去り、わずかな水滴はその場の地面に落ちてしまった。
「そこまで!何をしている。頭をかかえてしゃがみ込んでも、水は撒けんぞ。判定F、次!」
「……すみません…」
試験官の容赦ない声に、シルフィアは消え入りそうな声で謝罪し、フラフラと立ち上がった。
「なんだよあいつ、立ってるだけじゃん」
「水やりもできないなんて、ただの綺麗なカカシだな」
またしても周囲の生徒から飛んでくる心ない嘲笑。
シルフィアはさらに深くうつむき、逃げるようにその場を離れた。
地面に落ちた水滴は、もうすでに乾いていた。
「すごい、彼女はエレメンターなのか!でも、ここからじゃ何が起きたかよく分からなかったなぁ」
遠巻きに観察していたアルノは、少し気の毒そうに彼女の背中を見送った。
――
全ての実習が終わり、夕暮れが近づく第3演習場の片隅。
そこには、どん底の空気を纏ってうなだれるミラ、全身傷だらけで壁に背を預けるカイル、そして膝を抱えて小さく丸まるシルフィアの姿があった。
「うーん、見事にみんなボロボロだね」
一人だけケロリとしているアルノが苦笑いしながら歩み寄るが、三人は顔を上げる気力すらない様子だ。
「大丈夫、誰にだって苦手なことはあるんだ。ほら見てよ」
アルノはそう言って、石畳に一般的なルーンを賢明に刻みはじめた。当然そのルーンの出来は、とても不格好であった。
だがアルノの慰めにも無反応な彼ら。
どうやら上位クラスからの冷たい視線と嘲笑は、彼らの心を完全に凍りつかせてしまったようだ。
「あなたたち、Dクラスの新入生ね。お疲れ様」
ふいに、春風のような柔らかい声が降ってきた。
見上げると、そこにはふんわりとしたウェーブのかかった明るい茶髪の女性が立っていた。
豊かな胸元と、全てを包み込むような優しい笑顔。
彼女が歩み寄るだけで、周囲のトゲトゲしかった空気がふっと和らぐ。
「私はCクラス担任のセリア。セリア・フローレンスよ。マジックキャスターの指導をしているわ」
セリアはしゃがみ込み、土で汚れたミラの帽子を優しく払った。
「初めての実習はどうだった?うまくいかなくても、気に病むことはないわよ。誰にだって向き不向きはあるし、学園生活はまだ始まったばかりなんだから。みんなならきっと大丈夫よ」
その分け隔てのない温かな言葉に、ミラは思わずポロリと涙をこぼし、シルフィアも少しだけ顔を上げた。
警戒心の強いカイルでさえ、毒気を抜かれたように押し黙っている。
セリアはアルノでは温められなかった、彼らの凍りついた心を一瞬で溶かしてしまった。
「キミは……クラフター志望の子ね?さっきのルーン、とても丁寧で綺麗だったわよ」
セリアは立ち上がり、アルノに向かってふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます、フローレンス先生」
「ふふっ、セリアでいいわよ」
生徒から絶大な人気を誇るという噂も納得の包容力。
落ちこぼれの烙印を押されたDクラスの生徒たちにとって、セリアの存在は暗闇に差し込んだ一筋の光のように見えた。




