第十話:皇帝
カイエンが都にある白雷城に戻ると、すぐさま母に会いに行っていた。
皇后である母は、煌びやかな後宮にいる。しかしそんな豪華さよりも、望んでいることがあった。
「母上、ただいま帰りました。お加減はどうですか?」
「ゴホッゴホッ……カイエンを見たら、楽になったよ。ありがとう」
名医とやらに見せても、病の原因はよくわからない。心労なのだろうか。見聞の旅を言い訳に、治す方法を探しに行ったが成果はなかった。
父である皇帝は、この旅の間も会いに来ていないらしい。カイエンは苦々しげに、歯噛みした。
「そんな顔をしないでおくれ。陛下もお忙しいのだから……あなたも呼ばれているんでしょう? 早く行きなさい」
「……はい、行ってまいります」
カイエンは部屋を出てから、後ろを振り向きたくなるのをこらえて、歩みを進めた。
内廷の宮殿に近づくと、文官がひしめき、武官もいる。一際目立っているのは、やはり紅蓮のズァイロンだった。こんな荒くれ者がいることに、不穏な気配を感じずにはいられない。
そもそも人ではない妖気を漂わせていて、赤龍とはいえ父上がここにいることを許しているのが、カイエンには解せなかった。
「よぉ、カイエン皇子さん。早馬でもう聞いてるが、ユウロンに会ったんだってなぁ〜。しかも封印されちまったとか、面白すぎだろ」
「封印のことはよくわからないが、小さくなっていたのは確かだ」
馴れ馴れしいズァイロンに、カイエンは内心うっとうしさを感じた。しかし表情を隠すことには慣れている。目を細めて、口角を上げた。
「これから父上にも、仔細をご報告する。ズァイロンも聞いているといい」
「ありがたく、そうさせてもらうぜ〜」
ズァイロンは何を考えているのか、へらへらと笑っていた。
宮廷に皇帝と側近が入廷してくると、重々しい緊迫感が漂ってきて、カイエンはいつまで経ってもこの空気に慣れなかった。
玉座に座った皇帝は黄色の龍袍を纏い、描かれている龍は五爪二角だ。この色も爪の数も、皇帝にしか許されないもので、臣下はもちろん、皇子であるカイエンにも着ることはできない。
龍は、権力の象徴なのだ。
「……カイエン、報告せよ」
「はい、父上。それが──」
「陛下と呼べ。身のほどをわきまえよ」
「も、申し訳ございません。陛下……」
父上から何か気にかけてもらったような記憶はほとんどない。覚えていないほどの幼い頃に、一度だけ抱いてもらったような気がする。
カイエンは父と母の政略結婚で生まれ、父から母への寵愛もなければ、カイエンと顔を合わせることすら、滅多にないことだった。
父上が愛しているのは、唯一自ら妻に選んだという、あの皇妃とその娘のレイロンだろう。
「黒龍ユウロンは、白虎のランフーによって封じられたようです。完全な封印ではなく、弱体封印だと聞きました」
「なぜ、その場で捕縛しなかった?」
「その場にはランフーの孫娘だという者がおりまして……黒龍の抵抗の恐れや、西方の守護者であるランフーとの関係の悪化の可能性を考慮し、取りやめました」
「愚か者め! 千載一遇の機会を逃しよって。恥を知れ!」
カイエンは頭を地につけ、わなわなと体を震わせた。皇帝の逆鱗に触れてしまっては、親族でも親子ですらも関係なく、処刑されてもおかしくはない。そうなれば母もどうなるか、想像するだけで生きた心地がしなかった。
「あの大戦によって人は西に追いやられ、中原は混沌とした情勢です。四龍を手中に収め、中央の黄龍の地を奪還することができれば、人がこの大陸の覇者となるでしょう」
進言したのは、この国の三公の一人、軍事を司るロウセンだ。軍事を司る者は司馬と呼ばれ、臣下の服は青色ではあるものの、ロウセンは四爪の龍袍を下賜されている。
容姿端麗で艶やかな長髪の男だが、怜悧かつ冷徹で、政権の中心であり、逆らう者はあらゆる手で消されていく。皇帝と意見を同じくしているのだから、重用されるのも当然なのかもしれない。
「どこに向かったか、わかるか?」
「……方角は、南東かと」
カイエンが皇帝にそう答えると、ロウセンは大きな地図を広げた。街道の先にある、行き先を考えているようだ。
「おそらく混仙郷……麒麟を称する者が、隠れ里をつくったと聞いています。ランフーとの関係もあるようですし、間違いないかと。懸念点としては、結界術に長けていると思われることです」
「僕ならいけますよ〜! 結界なんか溶かせますし」
ズァイロンが呼ばれていたのも、これを見越していたのかもしれない。ここにいられるのは、妖怪ではなく神獣の化身として扱われているからなのかもしれないが、カイエンには強大な戦力として利用するためにも見えた。
「ならば行け、ズァイロン。キュウセンを征伐の将として任命する」
「……陛下のおっしゃる通りだ。迅速に向かうためにも、少数精鋭の騎兵中隊を率いて、禍根なきよう一人残らず殲滅しなさい」
皇帝とロウセンに命じられ、キュウセンとズァイロンは下がっていく。騎兵の中隊は百騎、それでもズァイロンがいれば、容易に陥落させることができるだろう。封印されている、黒龍だけならば。
カイエンは、なぜかランフーの孫娘だという、セイランのことを思い出していた。




