五章 9-12
五章 9
頭を抱えて蹲る颯太を、権三郎は容赦なく煽り立てた。
「スマンがソータ、苦悩してる暇はねえぞ。お前も既に警官隊を配備してくれてるんだろう?」
「それはそうだが……」
「彼らをこれ以上待たせる訳にもいかん。さっさと内見を済ませて、コイツラ纏めて留置場にぶち込んでやらねえとな」
権三郎は半ば颯太を引き摺るようにして、アジトのドアの前まで移動した。
「ここが入口か。ずいぶんと武骨なドアだな。インターホンもねえし」
颯太がいかにもな印象を口にした。
「メインの出入り口はここだけだ」
「なにいっ? こんなデケえ建物なのにか?」
権三郎は、彼の反応は想定内とばかりに即答する。
「このアジトの壁にはな、壁のフリをした非常口があるのさ。現状知ってる限りでも、2箇所は確認済みだ」
「道理で。一見倉庫風のわりにシャッターらしきものはないし、妙な建物だと思ったぜ」
颯太の言葉に頷いた権三郎が、ある推測を口にする。
「動物の檻のような大型の設備を出し入れするときは、そのサイズに見合った搬入口を用意してるんだろう。時間の都合でそこまでは聞き出せなかったし、非常口ボタンの位置も明確には分からんがな」
「なるほどな…」
颯太はまだ半信半疑な様子ながら、一応の理解を示してくれたらしい。
「その辺りは、警察のほうでこの建物を徹底的に調べてくれりゃいい。なあに、尋問の対象は山程いるんだ。すぐ証言が取れるさ」
「山程いすぎるのが問題なんだがな…」
颯太のテンションが再び下がる。
「とにかく、入るぞ」権三郎はドアノブを回したが予想通り施錠されていた。すると、すかさずポケットに手を入れる。
権三郎が取り出したのはやや大きめの鍵だった。それを見た颯太が言う。
「そいつが例のスペアキーか」
「ああ。いずれここへ入る際、この分厚いドアこじ開ける手間を考慮してな。あらかじめスパイメカに盗ませといた」
「…今のは聞かなかったことにしとく。いずれにせよ、証拠関連の入手経路がフリーパスになったのは有り難いことだよな」
そこで、権三郎が軽い憂い顔をみせる。
「ま、こいつを盗ったのは半分失敗だったがな。お陰でアジトの連中が警戒心を強めて、急に増員しやがったわけで」
「いや、八割くらい失敗だと思うぞ。それのお陰で、現場は大量のマグロが並ぶ漁港みてえな状況だ」
颯太が苦笑しながら返してきた。
「話を蒸し返さないでくれ。とりあえず、入るぞ」
権三郎はキーを挿し込み、ガチャリと解錠音が響いた。
颯太が真上を見上げて言う。
「このUFOは放置するのか? どうせ、この大きさじゃ入れないだろうが」
「そいつはとりあえずそこに浮かせとく。どのみちアジトの中を捜査するにゃ、ちゃんとした照明が必要だろう?」
「なら、いま照明はどうする? まさか懐中電灯か?」
颯太の問いに、権三郎は「答えはすぐ分かる、待ってろ」と言って、内開きのドアを押し開けて屋内に入って行く。先行された形の颯太は、漠然とした様子で入口前に立っていた。
権三郎は懐中電灯で内壁をざっと照らすと、目当てのスイッチを発見する。それを押すと。
屋内の一部の照明が点灯された。
「おおーっ!」
颯太の大声が聞こえる。大層驚いてるようだ。
権三郎がスイッチ群を押すたびに、広々とした内部の照明が次々と点灯されていき、まもなく一階部分の全容が光に照らされ浮かびあがってきた。
「これで問題なかろう。入ってこい、ソータ」
権三郎が自分の部屋に招くような言い方をした。
颯太は屋内に入るなり、キョロキョロと首を動かしながら言う。
「ゴン、よくスイッチの位置が分かったな」
「そこはスパイメカで予習済みだったのさ」
権三郎が微笑を浮かべて言った。
そこから権三郎は先行して歩き、一階の奥まった方向へ進んで行く。そのうち、大小様々な檻が並ぶ飼育ゾーンが視野に入ってきた。
「うっぷ。何だかケモノ臭くなってきたな」
颯太が鼻のあたりを押さえる。
「照明の類はともかく、換気扇のそれまでは掴めなかったんだ、スマン」
権三郎は特に鼻を摘むこともなく、平然と言い放った。
「うわお、こいつは壮観だ!」
獣舎群の前に辿り着いた颯太が、驚きに満ちた声を上げる。
「俺も、生で見るのは初めてだ。やはり映像で見るのとは迫力が違うな」
颯太の横に並んだ権三郎が淡々と言った。
それぞれサイズの異なる檻群は、一列に横並びで置かれていた。その中では、日本特産の多様な野生動物が飼育されていた。
大きな檻にはツキノワグマをはじめ、イノシシ、シカ、カモシカといった大型獣。中型の檻にはニホンザル、キツネ、タヌキ、アナグマなどの類。小型の檻には、イタチ類、リス類、野ウサギ、そして子熊を初めとした幼獣などが主に収容されている。
颯太は檻の一つ一つを眺めながら「ゴンよぉ、こりゃホントに現実か? 何だか夢でも見てるみてえだぜ」と呆けた顔で言った。
権三郎はツキノワグマの檻の前に立ったが、熊は特別興奮する様子は見せなかった。
「ふむ、だいぶ人慣れしているな。もう成獣のようだが、調教された個体なのかもしれん」権三郎が推定するように言う。
「ここには調教師もいるのか?」
颯太が問うてくる。
「飼育班の奴らはおそらく全員がある程度のスキルを備えてたとみてよさそうだ。それに密猟班の中には、調教もこなす二刀流がいた。そいつがМ山でヒグマを逃がした男だ」
「あの若い男か」
「そうだ」
「それにしても、これだけの数の動物たちを、たった四、五人で世話できるもんなのかねえ?」
颯太が最もな疑問を唱えた。
「飼育班だけじゃ到底無理だろう。たぶん警備の連中も全面的に手伝ってたんだろうさ」
権三郎が妥当な推測を述べる。
「警備よりむしろ手伝いのほうがメインだったのかもな」
颯太の発言に、権三郎はカメレオンアイが捉えた映像を思い出しながら答える。
「普段のパトロールの様子からみて、ルーティンの巡回は少人数で行っていたようだ。なので力仕事をはじめ屎尿の処理などは、粗方警備班の奴等が担当してたと考えられる」
そんな会話を交わしつつ、権三郎と颯太は動物達の生態をつぶさに観察した。
二人が檻群を一通り鑑賞し終えたところで、権三郎が口を開く。
「次は裏手に廻ってみるか」
権三郎を先導役に、二人は檻の列の逆サイドへと移動した。そちらも同様に横並びで檻群が並んでいる。二列目というところだ。そして、そこにいたのは。
レアモンスターならぬ、日本の『レアアニマル』たちであった。
権三郎が「レッドリストのコーナーってとこだな」と呟いた。
そのとき、小さな檻の前に佇んでいた颯太が、権三郎を手招きしてくる。
「おいゴン、コレってもしかして、イリオモテヤマネコじゃねえか?」
権三郎は颯太の傍らで膝をつき、「そうだ」と一言。
「なぜ即答できる?」と颯太。
権三郎は、実は既にスパコンで解析済みだと伝える。颯太はそれで納得し「俺は子供の頃に図鑑で見たやつと何となく似てるなぁと思っただけだからなぁ」と呟いた。
「大半はそんなもんだろう。イリオモテヤマネコなんて、もはや大きな動物園でも滅多にお目にかかれねえシロモンだ」
権三郎は淡々モードであっさり返す。
颯太は「相変わらずお前の調査能力は凄まじいな。生安課の連中も裸足で逃げ出すレベルだぜ」と言って、隣の檻の前へと移動していく。
颯太が次に『お、派手な髪型したタカがいる!』といえば、権三郎は「カンムリワシ」だ、と説明。『モグラみたいなやつがいる』とくれば「センカクモグラ」と答える。同じ調子で『首が金色のコウモリが!』と来たら「ダイトウオオコウモリ」だ、と即答。その後も「トキ」「ヤンバルクイナ」「コウノトリ」「ライチョウ」「クマタカ」と、主に鳥類をメインとしたレア物が並んでいたが、颯太が問いかけてくるたび、権三郎はサファリパークのガイドよろしく次々と説明を重ねていく。メデューサからレクチャーを受けていたおかげであった。
やがて二人は、このアジトの中でも最大サイズの檻の前に立った。
中にいたのはヒグマ。それも成獣である。オスなのか、凄まじい巨体を誇っていた。
「とんでもない威圧感だな」
颯太がブルリと身体を震わせて言う。
「スパコンの解析によれば、七歳オスってとこらしい。体重も250キロ越えだとよ」
権三郎が例によってあっさり言う。
「に、250キロ!? そいつぁ化物クラスだな」
颯太が無意識にか、後方へと後ずさる。
「まぁ、エゾヒグマの中でも最大級の部類だろう」
権三郎がその巨体を見上げながら呟く。
「それにしても、密輸団はなぜコイツを飼ってたんだろうか。こんなにデカくなったら売り物にならねえんじゃねえの? 餌代も半端なさそうだし」
颯太がそのように疑義を呈してきた。
「それは俺も不思議に思った。実際、このアジトのリーダーは成獣どころか『人間でいえば中1』の若い個体すら不用品と判断したんだからな」
権三郎も率直な思いを吐露する。
「あの学者先生の言ってたことか。なんだかなぁ。いったいどんな基準で選別してるのやら」
首を傾げる颯太に対し、権三郎はすぐに反応せず、暫し黙考ののち口を開く。
「一口に密輸といっても様々なケースがあるんだろう。今回の事件で逃走したヒグマはサーカス用に調教をかけていたそうだが、こういった成獣の場合は、食用や毛皮用、あるいは実験用といった狙いで流通させる肚なのかもな。もしくは、成獣を好んで受け入れてくれそうな海外の動物園なんかを捜してるのかもしれん。あとは単に、その時々のニーズやタイミングの問題じゃねえかと」
権三郎がそう見解を述べた。
そのヒグマは堂々たる成獣にも関わらず、権三郎たちを前にしても興奮するどころか、これといって特別な反応をみせることは無かった。人間に観察されることに慣れている様子が伺える。
「ゴン、ここはもういいだろう。そろそろ移動しようぜ」
颯太が冷汗をかきながら促して来た。
「なんだ、怖いのか」
権三郎がニヤケながら言う。
「そうじゃねえけどよ。でもま、本音を言えば早く立ち去りたいとこだ」
颯太が苦笑混じりに答えた。
「そうだな。これで一通り、奴等の『商品』である動物達は全部見せたことになる。そろそろ撤収の頃合だろう」
権三郎が腕時計を見ながら言った。
「これで全部なのか?」
颯太が問うてくる。
「俺が掴んだ限りではそうだ。少なくとも哺乳類と鳥はこれで全部だろう。もしかしたらこのアジトのどこかに、爬虫類や魚類を飼ってる場所がある可能性はあるがな」
「可能性の話ってことか」
「ああ。後は全部お前達警察が調べてくれ」
「二階は案内してくれないのか?」
「二階は主に団員達の居住スペースだ。武器庫などもあったが、何もかも案内してたら時間がかかりすぎる。二階には鍵類をまとめて置いてあるキールームがあったから、そこだけは教える。後はお前達警察の仕事だ」
権三郎はそう告げると、「じゃ、そろそろ戻るか」と言って踵を帰した。
「それにしても凄かったな。まるで国内オンリーの動物園って感じだった」
飼育エリアから出口ドアに戻る途中で颯太がそんな感想を口にした。
「確かにな。これだけ国産の動物だけに限定されてるとなると、世界を相手に商売してるのは確実だろう。都内にある本拠地というのも、おそらく世界規模の密輸団の一支部にすぎないんだろうな」
権三郎が言った。
「本拠地? 都内にあるのか」
その颯太のリアクションに、権三郎は眉根を寄せて返答する。
「おいおいソータ。このアジトを摘発するだけがお前達の仕事だと思われちゃ困るぜ。本部に速攻ガサ入れかけて、少なくとも国内のアジトは全て摘発する。つまり全体的な撲滅だ。そこまでやるのが警察の仕事だろう」
権三郎に指摘され、颯太が申し訳なさそうな表情をみせる。
「わりいわりい。そうだったな。このアジトは密輸団全体からみれば一拠点にすぎないってことを忘れそうになってたぜ」
「しっかり頼むぜ、エース様」
権三郎はアジトの出口付近まで来ると、颯太に対し、リーダーのAから得た情報を伝え始めた。本部の所在地、表向きの会社名、大ボスとみられる人物の名前などだ。最後にメデューサが切り取った映像データをコピーしたUSBメモリを手渡して、引き継ぎを終えた。
「ソータ、この手の案件、警察組織はどんな部署を中心に動くもんなんだ?」
権三郎がそう訊くと、颯太はうーんと腕組みして暫く考えていたが、ようやく口が開かれた。
「メインの対応部署としては『生活安全部』になると思うんだが、この規模の密猟グループの摘発なんて日本じゃ前代未聞だからな。正直俺にも先が読めん」
「М山熊害事件の追求の方はどうなる?」
権三郎が言った。
「あの件に関しては、業務上過失致死と証拠隠滅などの罪状で立件できる可能性が高いと思う」
「一課は動かないのか?」
権三郎が問うた。
「本部を追求する際には、どんな手口で税関をくぐり抜けてきたのか、そういう所が捜査の焦点になると予想するが…俺達一課が関わるとすれば、М山事件のような『広義の』殺人や、銃刀法違反の容疑などが捜査の対象になる可能性はある」
「これから行う警官隊の呼び出しは、どういう名目で行うつもりだ?」
権三郎が聞いた。
「それはまぁ……ひとまずダイレクトに密猟の容疑で引っ張る以外ないだろう。引っ張るもクソも全員拘束済みだけどな。あと、対物銃って証拠もあるから、銃刀法違反も適用できそうだ」
「警視庁とS県警の連携は出来そうか?」
権三郎が訊く。
「ま、K県警と違い犬猿の仲ってわけでも無いから、合同捜査は可能だと思うが。どのみちこれから国内のアジトを全部潰していくとなれば、全国の県警と連携していかなきゃならないだろうしな」
語れば語るほど、颯太の顔が憂鬱の色に染まっていく。
二人は暫く今後の展望について語り合ったが、現時点では全てが『予想』の域を超えることは無かった。
「結局、初物尽くしで先が読めねえってとこか」
権三郎が開き直るように言った。
「ああ。殆どもうマンガのような展開だからな。先なんぞ読めるわけがねえ。とにかく俺はこの密輸団を潰すことと、М山熊害事件の真実を白日の元に晒すこと。その2点に全力を尽くすだけだ。但し、自分のできる範囲でな!」
颯太が力強く結論を出してくれた。
権三郎はウンウンと頷き、「頼むぜ、相棒」と颯太に握手を求め、右手を差し出した。
五章 10
権三郎と颯太はアジトの建物を出て、目の前の広場を横切りながらオクトパスが待機しているポイントへ向かった。
「オクトパス、セパレート解除!」
権三郎の号令と同時に、上空に浮かんでいた円盤が下部ユニットと合体し、本来の姿を取り戻す。
「オクトパス、再びライトアップ!」
厚みを二倍に増した円盤がふたたび宙に浮かび、柔らかな光で周囲を照らした。
やがて二人は、颯太の乗ってきたSUVパトカーのある位置にたどり着く。
「ソータ、もう警官隊を呼んでいいぞ」
「ゴン、お前はこれからどうすんだ?」
「ちょっと待ってろ。すぐ戻る」
権三郎は二分ほど歩いて、ゴンザブラーを停めた場所へ向かった。
エンジンをかけ、メットとツナギを装着し、跨るやいなや、颯太の前へと戻ってくる。
「ソータ、わかってると思うが、俺だ」
権三郎はメットのバイザーを上げ、パトカーのそばでしゃがみ込んでいた颯太に声をかけた。
「おお、そのバカデカいバイク、久しぶりだな。いつ見ても圧巻だぜ。ん? オフロード仕様? 前に見た機体とは別モンか?」
颯太が興味深そうにゴンザブラーの車体を眺める。
「いんや、同じ機体だ。コイツは一台で三つの顔を持ってるからな」
権三郎が誇らしげに応じた。
彼は一度エンジンを切り、片側スタンドでバイクを止めると、颯太に向き直る。
「ソータ、ひとまずここでお別れだ。これからオクトパスを回収する。光源がなくなるから、お前はパトカーで待機してろ」
颯太は素直にうなずき、運転席に戻った。
その間に権三郎は黒いフルフェイスヘルメットを白く発光させ、新たな光源を作り出す。
「オクトパス、クロージング!」
宙に浮かんでいた直径一七〇センチの円盤がみるみる圧縮され、やがて手のひらサイズのフリスビー状の物体へと変化した。
権三郎はそれを手に取り、ツナギのポケットにすっと収める。
颯太を見ると、彼は目を丸くしてぽかんと口を開けていた。
「どうしたソータ、呆けた顔して」
「そりゃ、目の前であんな現象見せられたら誰でも呆けるだろ」
「ああ、クロージングのことか」
「あんなデカい物体が一瞬で……完全に質量法則ガン無視してんだろ。どんだけスゲーんだよ、お前の組織」
颯太は感嘆と呆れをないまぜにした声を出した。
「ここの装備は、等級が上がるほど持ち運びが容易になる傾向がある。大幅なコンパクト化ってやつだ。全部がそうってわけじゃないがな」
権三郎は淡々と説明し、再びヘルメットを光らせた。
「ソータ、俺はこれからもう一仕事してくる。アジトでの任務は終わったが、探偵としてのミッションが一つ残ってる」
「まだ何かあるのか?」
「ヒグマを埋めた場所の調査だ。だいたいの位置は埋めた本人から聞いてある。あとは俺一人で十分だ」
「今から行くのか。ちなみに場所は?」
「G県の山中だ。深夜の作業になる。職質されないよう気をつけるさ」
「そうか、無理すんなよ」
「埋葬場所を突き止めたら、詳しい地図をお前に送る。その遺骨を、のちの遺留捜査に役立ててくれ」
「了解。その辺は俺が上手くやっとく」
権三郎が頷くと、ふと思い出したように言った。
「警官隊はもう呼んだか?」
「ああ。あと三十分もすれば到着する」
「照明器具の類は十分か? 光源がなけりゃ話にならんぞ」
「その辺は抜かりねぇ。夜間工事用レベルの照明を複数持ってくるよう頼んでおいた」
「流石だな。あ、そうそう――渡し忘れてた」
権三郎はゴンザブラーのハッチを開け、小型のボックスを取り出して手渡す。
「俺が使った拘束ロープを切断する専用のハサミだ。五本入ってる。あのロープは特殊素材で出来てるから、これ以外じゃ切れねえ。人数が多いから多めに渡しとく」
「サンキュ、助かる」
颯太が軽く笑い、ボックスを受け取る。
権三郎はゴンザブラーに跨り、再びエンジンをかけた。
「じゃあなソータ。俺の引き継ぎ、頼んだぜ。お前ならできる」
「フッ。一課のエースたるオレ様に任せとけ――と言いたいとこだが、実際は運次第だな」
颯太が皮肉めいた笑みを浮かべる。
権三郎は片手を上げて応え、ヘッドライトを灯すと走り出した。
ゴンザブラーはオフロードモードで山道を駆け抜け、数分で舗装路へ出る。
「オフロード仕様解除!」
車体が変形し、タイヤがオンロード仕様へと切り替わった。全体がややマッシブになり、通常モードに戻る。
権三郎はスピードを七十キロに保ちながら、螺旋状の山道を下っていった。
途中、上ってくるSUVパトカーの集団とすれ違う。六台が連なり、最後尾には大型ワゴンも続いていた。
権三郎は減速し、右手を軽く掲げる。
「頼むぜ、ポリスの皆さん方」
その一言を残し、峠を抜けて二車線の一般道へ入る。
何台かの対向車とすれ違ったあと、計器盤のボタンを押した。
「ゴンザブラー、フルカウルモード!」
クラシックなフォルムの車体が一瞬で黒い装甲に包まれ、メタルブラックの鎧を纏った。まるで別の機体のようだ。
「よし、いっちょ飛ばすぜ!」
アクセルをひねると、黒い弾丸と化したゴンザブラーが疾走した。
風圧が唸り、景色は瞬く間に背景へと溶けていく。メーターは二五〇キロを指したが、権三郎は途中でスロットルを戻した。
「ま、急ぎじゃねぇしな。このくらいでいい」
小さく笑い、再び前方へ視線を向ける。
――約一時間後。
権三郎は、Dがヒグマを埋めたというG県の山林へ到着していた。
すでにフルカウルモードは解除し、ゴンザブラーは通常の姿に戻っている。
「メデューサ、Dが言ってたエリアまであとどのくらいだ?」
『あと三キロで目的地付近に到達します』
「よし、もうすぐだな」
まもなく森の入口に着くと、木々の隙間にゴンザブラーを停めた。
権三郎はメットとツナギを外して収納し、道中で購入した缶コーヒーをぐっと煽る。
「ふう、美味ぇ。バトル後の一本は、缶でも俺のスペシャルブレンドに匹敵する味だな」
満足げに呟きながら飲み干すと、ピンマイクに声をかけた。
「メデューサ、今何時だ?」
『二十三時三十分です』
「そうか、だいぶいい時間になっちまったな」
『そうですね。でもエスイチゴウ、あとひと踏ん張りです』
その励ましに、権三郎は口元を緩める。
「さて――最後の一仕事といくか」
ゴンザブラーのサイドカバーに手を伸ばし、ホークアイに似た猛禽の顔を模したエンブレムを押す。
球体がポンと飛び出した。
既にアジトで使ったホークアイは回収済みなので、これは新型だ。
銀色に輝くそのボールを地面に置き、権三郎が命じる。
「S級装備、ホークアイ弐式!」
瞬時に鷹型メカへと変形。シルバーメタリックのボディに、鋭利な刃のような翼。体高は若干ホークアイより大きい。壱式がオオタカなら、弐式はまさにクマタカだ。
『エスイチゴウ、私と弐式をデータリンクしますか?』
メデューサの声が耳に届く。
「とりあえず不要だ。この森で探すのは、埋めた痕跡だけだ。不自然な盛り土を見つけりゃ十分だ」
そう言い残し、権三郎は銀の鷹を見上げた。
五章 11
権三郎はすぐさまホークアイ弐式に命令を下した。
「弐式、この一帯の森を――半径一キロ圏内、低空で探索だ。狙いは“盛り土”。何か大きなものを埋めたような、不自然な隆起地形を探せ!」
『キュイィーン!』
短い電子音とともに、ホークアイ弐式が滑らかに離陸する。とはいえ、上昇高度はせいぜい四メートル。速度も40キロほどの低速巡航だ。機体は森の闇に溶け込みながら、枝をかすめるようにして進む。
弐式は木の幹以外の障害物を避けようとしない。その翼前端は鋭利なカッターになっており、航路上の小枝をザクッ、ザクッと切り裂いていく。軽微とはいえ自然破壊だが、回避行動は極力抑えるよう設計されているのだ。
そのかわり、探索能力は圧倒的だった。弐式のサーチライトはオウルアイの倍以上の面積を照らし、明度も桁違い。照射範囲はまるで真昼のように明るく、カメラの解像度は壱式の二倍。近距離なら、世界最小の虫すら識別できる――とマニュアルには誇らしげに記されていた。
そんなスーパーマシンが、わずか7.8分で戦果を上げた。
弐式は爪をシュパッと引っ込めて権三郎の肩に戻ると、機械音声で報告を始めた。
『エスイチゴウ、圏内でそれらしき痕跡を四箇所発見しました。もっとも有力なポイントへ案内します』
人工音声ながら、抑揚は意外に自然だった。
「弐式、距離はどのくらいだ? 遠いならゴンザブラー・オフロードで――」
徒歩を避けたい権三郎の提案を、弐式は軽く否定する。
『せいぜい八百メートルです。バイクを使えば環境破壊になります。歩いて行きましょう、自分が案内します』
自分の自然破壊行為は棚に上げての発言である。
「はいはい、お説教ありがとうよ」
苦笑を漏らしつつ、権三郎は歩みを進めた。
弐式のサーチライトを頼りに、十五分ほどで目的地に到達する。
『ここです、エスイチゴウ』
弐式が光の角度を変え、地面の一角を照らし出す。
「……これは分かりやすいな。Dもよほど焦ってたんだろう」
権三郎の視線の先には、小山のように盛り上がった土。まるで「ここに何か埋めました」と主張しているかのようだった。
「土の締まり具合からして、ここで間違いない。さすがだ、弐式」
『どういたしまして』
感情のこもらない返答が返る。
「弐式、肩から降りて、ここの照射を続けてくれ」
『ラジャ』
弐式が静かに着地し、ライトを固定して周囲を明るく照らす。
権三郎は携行していた小型バッグを開け、折り畳まれた金属製オブジェを取り出した。展開すると直径三十センチ、正十二角形の形をしている。
「メデューサ連動、有線式骨鑑定マシン――ボーンサーチャー、起動!」
彼の声と同時に、オブジェの表面に色とりどりのランプが点灯した。
権三郎はそれを盛り土の中央に置くと、装置はふわりと浮かび上がる。ピンマイクでメデューサに通信を入れた。
「メデューサ、ボーンサーチャー起動。リンクして解析を頼む」
『了解。モールノーズではなく、今回はそちらを選んだのですね』
「地底調査ならモールノーズだが、骨判定はこっちが本命だ」
『ハイパーモードを起動しますか?』
「頼む。できれば三次元解析も」
『承知。可能な限り再現してみます』
通信を終えると、権三郎は短く命じた。
「ボーンサーチャー、アクティブ!」
その瞬間、十二角の各頂点から細いワイヤーが十二本、蛇のように伸びる。先端の球体が一つ、また一つと地中に潜り込んでいく。
その光景を見ながら、権三郎は静かに呟いた。
「さて……当たりを引ければいいがな」
五章 12
ボーンサーチャーの起動から数分。
深夜の森には、カチカチと規則的な機械音だけが響いていた。
「メデューサ、解析の進捗は?」
権三郎が問うと、即座に返答が入る。
『順調です。遺骨の存在は確定。深さは浅く、形状から大型動物の骨と推定されます』
「OK。ビンゴだな。引き続き頼む」
『ラジャ』
権三郎は太い木の幹に背を預け、静かに息を整えた。
白いスーツには標準で虫除け機能があるため、蚊も寄りつかない。
マニュアルによれば、ボーンサーチャーの十二本の有線センサーは、先端の球体で骨をなぞり、形状や経年、土中の密度を解析する仕組みらしい。掘り返すことなく埋没骨の全貌を明らかにする、調査特化型のマシンだ。
さらに数分。メデューサの声が再び届いた。
『解析進行中。骨格からの推定全長は一五〇〜一六〇センチ前後。クマ科と見てほぼ間違いありません。骨化から約三ヶ月経過』
「……ほぼ確定、か。だが念のため限界まで解析を続けてくれ」
『ラジャ』
通信が途切れると、権三郎は依頼人――鳩森郁美の顔を思い浮かべた。
(お嬢さん、ここまで来たぜ。前脚の骨が親父さんの胸部損傷と一致すれば、密輸団を逃がさずに済む。親父さんの命は戻らんが、せめて償わせてやれる)
彼女と過ごした数時間を思い出す。栗色のショートカット、小作りな丸顔、快活さに溢れた大きな瞳、ピンク色のツーピースといった外見に、豊かな感情表現、父親に対する強い想い、そしてバリエーションに富んだ毒舌……と。短いながら、郁美と過ごした時間は権三郎の心に妙に強い印象を残した
「ソータの奴が言ってたな……“そろそろスタッフ雇えよ”って」
誰もいない森で、権三郎は苦笑を漏らした。
そのとき、ピンマイクが再び鳴る。
『解析完了。3Dモデリング成功。この遺骨、エゾヒグマの若年雄と判定。推定体長一六〇センチ、体重約一三〇キロ。そして――頭蓋骨が完全に欠損。間違いなくМ山熊害事故の犯熊です』
権三郎は無意識に右拳を握り、静かにガッツポーズを作る。
「よっしゃ……! これで依頼の核心は押さえた。あとは科警研が照合すりゃ、この勝負、もらったぜ」
『おめでとうございます。任務完遂です。お疲れさま、エスイチゴウ』
「ああ。だが、最後にもう一手だ。現場検証用に、ソータへ座標データを送る。Dを上手く誘導してもらわにゃならん」
『了解。森の拡大マップを作成し、ポイントをマーキングします。併せて都内からのルートも出します』
「頼む。……それと、ありがとな、メデューサ。ここまでやり切れたのはお前の力だ」
一瞬の沈黙のあと、彼女の声がやわらかく返る。
『もう。そういう言葉は、直接言うのがマナーですよ』
通信が途絶えると、権三郎はボーンサーチャーを手際よく収納した。
「掘り返しもせずここまで解析できる……機構の技術、恐れ入るぜ」
盛り土を見やりながらつぶやく。
「弐式、撤収だ。帰りも頼んだぞ」
ホークアイ弐式が小さく羽ばたき、権三郎の肩に止まる。
「お前、燃費さえ良けりゃ完璧なんだがな」
『だからこそ、速戦即決がモットーです』
「フッ……愛嬌は壱式を見習えってんだ」
やがてゴンザブラーの待つ森の入口に到着。
弐式をクローズし、車体へ格納する。
時計を見ると、〇時三〇分。
「九月〇〇日、〇時三〇分――ミッション・コンプリート」
そう呟いて、権三郎は夜の闇へと溶けていった。
――第五章 完――
終章に続く。




