【閑話】メイド長の素敵な日常
メイド長のごく普通な日常光景です。
失楽園と呼ばれる夜のみの世界に、【黄金の主】と呼ばれる女王が存在する。
この世界において絶対的な君臨者である彼女には、数百万とも数千万とも言われる、24時間働き続ける【SHACHIKU】と呼ばれる配下達が居た。
だが、彼女の側で主の世話をする特選メイドは13人しか居ない。現在はそのうちの一人、黒髪の蜘蛛メイドが昇格して他世界に出向いているので12人になっているが、業務は一切手を抜かれることはなく、通常通り稼働している。
そんなある日――
「材料が無くなりました」
敬愛する主の為に自らの手で菓子を作っていた、二十歳ほどのスレンダーな体型の女性が、特に感情も無く平坦な声でポツリと呟いた。
きらめく豪奢な金髪は縦ロールに巻かれ、その一切の歪みを排除した顔立ちは、十人が見れば9人は絶世の美女だと言うだろう。
「材料を取ってきます」
「え、うん、いってらっしゃーい」
その隣で、ほっぺを膨らますように試作品の菓子を貪っていた同じ年頃の銀髪の女性は、唐突な同僚の言葉に一瞬キョトンとしてからにこやかに手を振った。
彼女達はこの失楽園でも最上位の力を持っており、菓子の材料程度なら彼女達13人の配下に居る五万の一般メイド達に命令すれば良さそうだが、黄金の主に出す菓子や食事は厳選された素材を使い彼女達の手で作られているので、材料一つ手を抜く訳にはいかないのだ。
仕事部屋から出て行く金髪の女性に、彼女達の弟子でもある他の10人の最上級メイド達がずらりと並び、わずかな差違も無く頭を下げ声を掛けた。
『行ってらっしゃいませ、メイド長様』
***
「おや、間違えましたか?」
とある世界に降り立ったメイド長は、微かな違和感に無表情のまま首を傾げる。
メイド長が赴ける世界は複数あるが、最初は、不肖のバカ弟子でありながら昇格を果たした蜘蛛メイドが、最近良い物が採れるとサンプルを寄越したので、自分の手で収穫する為にそちらに向かおうとした。
蜘蛛メイドに直接届けさせても良いが、昇格してメイド長と同格の存在に成れはしたが、やはり技量も力もまだまだなので、ついでに再特訓でもしてあげようかと師匠としての“愛”で考えていたのだが、
「……また“あの世界”の者ですか」
宇宙には意外と人型の生き物が住む世界が存在する。
永い宇宙の歴史の中で、たった数万年の間に、そんな同じような人型生命体と同じような文化が存在するのは、【世界】と呼ばれる惑星の意思が他の世界から生命を呼び寄せあっているからだと言われていた。
その中で一つの【世界】が育成に失敗し、人間がはびこりすぎたせいで精霊や悪魔さえ居ない、歪になった【世界】があった。
そのせいかその世界の住人の精神は荒廃しており、常に他の世界でやり直したいと思う者が多くなり、魔術などの『異世界召喚』が行われると、高確率でその住人が呼ばれてしまう世界がある。
その者が望むからこそ、少ない魔力で確実に呼べてしまうお手軽な存在だが、その世界の住人は危険だ。
やり直したいと願っておきながら、その世界に馴染まず、自分が求める環境を求めて歪な文化や文明をその世界にもたらし、世界を熟成させる前に腐敗させる。
全員がそうとは言わないが、低くない確率でそのような『癌細胞』を呼び寄せてしまった世界は、数百年は繁栄するが、千年くらいで多くが滅亡している。そしてそれを見越して、歪んだ文明を排除する為に黙認している【神】もいるらしい。
弟子である蜘蛛メイドも、元はそんな一人であったが、こちら側の存在になったことで今は異様な文明を排除する為に苦労しているらしい。
この世界は、そんな世界から異世界召喚を行い、その余波でメイド長も本来向かうはずだった世界への道を少しばかりずらされた。
「まぁ、仕方ありませんね」
メイド長ほどの存在でも、考え事をしながら歩いていればそんなこともある。
感覚では召喚とメイド長が降り立った時間は数ヶ月から数年はズレたようだが、偶然とは言えせっかく初めての世界に来たのだから、何か珍しい食材でもないかと、メイド長はその召喚された魔力の残滓を追ってみることにした。
***
「アンヌメリーっ! 公爵家の令嬢でありながら、その権力で嫌がらせを繰り返すなど言語両断っ、其方との婚約は破棄させて貰うっ!」
王国中の貴族が集まった祝賀会の会場で、この国の王太子であるエドガーが黒髪の少女の肩を抱きながらそう言い放った。
「そ、そんなっ、何かの間違いですっ、エドガー様っ!」
エドガーの言葉を聞いて一瞬呆けていた白金髪の少女が慌ててそう言うが、エドガーはそんな元婚約者を侮蔑の視線で睨み付けた。
「くどいっ、これは国王である父にも承認されているっ!」
「……ああ、そんな」
アンヌメリーはその場で崩れ落ちながら、“やっぱりこうなってしまった”かと、心の中で泣き崩れた。
この国では巨大な森を挟んで魔王領と隣接しており、その脅威に対抗する為、古き神が残した【神器】を扱える『聖女』を異世界より召喚した。
その神器は魔力がある人間が使うと誤作動を起こす為、『魔無し』と呼ばれる異世界の聖女が必要だった。
聖女と神器の力で森の一部を焼き払い、王国は森にあった魔王領の一部を接収した。
その為の祝賀会が行われており、アンヌメリーの婚約破棄はそんな多数の貴族の目がある中で行われたのだ。
アンヌメリーは前世の記憶があった。普通の高校生だったがトラクターにはねられて死亡し、気付いたら生まれ変わっていた。
その知識で、その神器と呼ばれる物が、古代文明で作られた現代兵器に近い大量破壊兵器だと気付き、調べたことで、古代文明がその兵器を多用したため崩壊したことを知ったが、それを説いたことでエドガーやその側近から疎んじられることになった。
召喚された、おそらくは前世の世界から召喚された女性に、それとなく危険を伝えたが、彼女はそれに耳を貸さず、嫌がらせを受けたのだとエドガーに訴えた。
大量破壊兵器で魔王領を焼き払いながら朗らかに笑っていた彼女を思い出し、思わず睨み付けたアンヌメリーに黒髪の女性はエドガーにしなだれかかる。
「怖い、エドガー様っ、アンヌメリー様が睨んできます」
「怯えることはない、クロエ。大人になるまで私が守ってやるからな」
クロエは可愛らしく童顔で、この世界では二十歳程にしか見えないが、彼女の持ち物を見る機会があったアンヌメリーには、運転免許証から彼女が28歳だと知っていた。
そんな彼女が17歳と言って、18歳のエドガーに甘えているのは、すでに大人としてどうなのだろう?
幼い頃からの婚約者で、愛情は薄くてもそれなりに良い関係は築けていたはずが、まさかあっさりと寝取られるとは思いもしなかった。
こんなことなら、魔族の王に求婚されていた時に、この国を裏切れなかったあの時の自分を罵ってやりたい気分だ。
魔族は、魔と呼ばれても悪魔とは違う。魔力を浴びすぎて動物が魔物になるように、魔力を浴び続けても死ななかった元人間の一民族だ。
人間より強いから恐れられているが、彼らは温厚で誠実だ。
その事実を知り破壊兵器を使う為に聖女が召喚されたことを知ったアンヌメリーが、単身お忍びで魔王城に訪れ警告したことの気高さを高く評価され、その時に美麗な魔王に求婚されていたのだ。
どうしてこうなってしまったのか? まるで巨大な手で運命を弄ばれるように、全てが裏目に出てしまった。
「アンヌメリーっ、其方には外患誘致の疑いがあるっ、極刑は免れないぞっ!」
「そんなことはしていませんっ!」
被害を減らそうとはしたが、この国を危険に曝そうとしたことはない。
「これから地下牢で尋問を受ければ喋りたくなるわよ」
そう言って嫌みたらしく笑うクロエに、アンヌマリーの目の前が暗くなった。
神器が使われた今、魔王領は被害に手一杯で、魔王が助けに来てくれるなんて、お伽話のような展開はあり得ない。
「ああ……神様」
「そんなけったいな輩ではありませんが」
突然、いつの間にかそこに居た金髪のメイドに、その場に居た全員が驚かされた。
「もし、少々お訪ねいたしますが、最近、他世界からの来訪者はいらっしゃいませんでしたか?」
「え、……その」
空気を読まずにへたり込んだ状態で話しかけられたアンヌメリーは、そのメイドの美貌に唖然としながらも、何となく意味を察してクロエに視線を向ける。
「貴様っ、どこのメイドだっ!? 無礼であろうっ!」
衝撃から立ち直ったエドガーが金髪のメイドに吠える。
これだけの貴族がいれば当然給仕の数も足りなくなるので、王都にある複数の貴族家からメイドを呼び寄せていて、当然どこかの家のメイドかと思われた。
でも彼女は、キャンキャン吠える躾のなっていない犬に向けるような目を、彼らに向けて。
「“メイド長”とお呼びください」
ただそう言って、クロエの方へ歩き出した。
その優雅な姿に一瞬呆気にとられたが、そのメイド長がポカンと口を開けるクロエに近づくと、無造作に心臓へ手刀を突き刺した。
「……え?」
自分の状況とジワジワと感じはじめた痛みにクロエが間抜けな声を漏らすと、メイド長はそんなクロエに目も向けず、エドガー達に声を掛けた。
「コレは、この世界の害悪なので、私が善意で駆除してさしあげます」
「クロエ――――ッ!!!」
「き、貴様ぁあああっ!!」
エドガーが叫びをあげ、騎士団長の息子が剣を抜いて襲いかかると、金色の鞭のような物が一瞬だけ飛んで、彼の剣を彼の頭部ごと塵状に粉砕した。
「……や、やだ、死にたくない、私は、逆ハー…ぐへぇっ」
メイド長が黒く光る玉のような物を掴んで手を引き抜くと、何かを言いかけていたクロエは白目を剥いて崩れ落ちた。
一瞬で起きたあまりの惨劇に、全員が固まっていると。
『我が領域で狼藉をしておるのは何者かっ!!!』
突然天井を貫くように光の柱が立ち、溢れかえるような清浄な神気が溢れると、そこから着物のような服を着た『幼女』の姿をした存在が降臨した。
「……女神様……」
一神教であるこの国が崇める唯一の【神】であり、神器も聖女の召喚も、女神によってもたらされた。
王都の大聖堂で年に一度行われる感謝祭では、大量の供物を捧げると姿を見せる、民に近い気さくな神として親しまれている。
『この私がせっかくお膳立てしたのに、どうしてその子を、ぎゃあああっ!?』
「申し訳ございません。存在が鬱陶しいので静かになさってください」
女神は背後からメイド長の手に貫かれ、胸を貫通したその手には光る玉のような物が握られていた。
『ぐふあ』
メイド長が軽く腕を捻ると、女神の身体が四散する。
右手にクロエから、左手に女神から抜き取った魂のような物を握ったメイド長は、無表情のままでちらりとエドガーやアンヌメリーに視線を向けた。
「こちらは害虫と寄生虫駆除の代金として受け取っておきます。礼はいりません。あと抗議等がございましたら五秒ほど受け付けます」
さすがに女神を瞬滅した化け物相手に、そんな命知らずは居ない。
だがそこに、
「アンヌメリーっ!!!」
「……シメオン様っ!!」
窓から飛び込んできた浅黒い肌の青年がアンヌメリーと抱擁する。
それを見て、メイド長は何か思い出したようにポンッと手を叩く。
「途中で拾ったのを忘れておりました。屋根の上は寒かったですか?」
「「…………」」
惚けた発言に何か言いたくても、何も言えずにアンヌメリーと魔王であるシメオンは互いを庇うようにして黙り込む。
「お詫びに、お好きな場所までお送りしますがどうなさいますか?」
「「………お願いします」」
こうして公爵令嬢アンヌメリーは駆け落ち同然で魔王の王妃となり、夫婦してトラウマを抱えながら互いを支え合い、深い愛を育むことになる。
そして女神を失った王国では、精密な魔道具である神器が大量すぎる魔力を受けて動かなくなり、数年後、他の人間国家に吸収され、王家は一貴族に落とされた。
そしてメイド長は、収穫してきた極上の材料でタルトを作ったが、黄金の主様からは『美味しいけど、ちょっと酸っぱい』との評価をいただいた。
「精進が足りません」
「私は美味しーよ?」
テンプレ。人間との見てる尺度の違いですね。
またネタがありましたら投稿いたします。




