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その絵の名は。

 その絵の名は、ディヴェル(レ)ティーヴォ。だったと思う。

 あまりにも大きなものなので、絵と言うよりも壁画と言うべきであったが。

 展示している場所も博物館や美術館ではなく、駅から歩いてすぐの一角であった。



 今回の主役は、長身痩躯のおじ様であった。

 ん~…50代…半ばくらいか。

 スーツを着てはいるが、技術系の方で、こちらが持ち込んだ金属のナット状のものを覗く目は、とても真剣であった。


「わたし」も脇役として出てきたが、主役はそのおじさまである。


 そして、昨日までかかずらっていた書きものの内容と、昨夜調べていた南米旅行が

 見事に融合した夢であった。



 夢の流れの通り話すのが、分かりやすいだろうか。


 あぁでもあの絵。

 黄金に見えてしまうくらいに光り輝く黄色。その黄があまりにも眩しくて、それを取り巻く暗色が黒っぽかったか茶色っぽかったのかを、すでに思い出せない。


 大聖堂のファザードを、原寸大で描いたものだと思う。

 写実よりは少々デフォルメされた、ゴシックもしくはバロックの聖堂の扉と柱達。

 ミラノにある大聖堂よりはカクカクしていなかったけれど、天高く聳え立つ威容はよくわかった。


***


 夢は、あるオジサンからはじまる。

 主役の彼ではない。


 主役の彼よりもよほど背が低く、少々お腹も出て頭頂部も寂しくなったそのオジサンは、地方の中小企業の社長さま。

 自社の熟練工たちが精魂こめて工場にこもって造った部品達を売る為、サンプルを山ほど抱えて売り先を増やそうと行脚しているのである。


 で。今回オジサンが訪ねたのは、JRの傘下の大きな会社。

 グループ企業らしく、会社のロゴはJRの文字の間にLもしくはIが入っていた。

 そこが自社ビルかまでは分からないけれど、通された応接室の大きな大きな窓からは、新幹線の発着が見下ろせた。


 大きな会社と言っても、ワンフロアに社長も常務も専務と思われる人の席もあり、じゃあ風通しのよい社風なのかと思えばさにあらず。

 まぁ飛び込み営業なのでそれも仕様がないかとも思うが、オジサンは大分待たされ、上から目線でじろじろ品定めされながら、丁寧に、しかし粘り強く売り込みをかける。

 で、やっと出てきた担当者様は、主役のおじさまなのである。

 そしてようやくここで、夢の中の「わたし」とその仲間達が登場する。



「わたし」の上司である社長のオジサンが差しだすサンプルのナットを、木製の鋳型にはめて真剣に見つめるおじさま。

 反応は上々で、援護射撃をするべく、「ウチの発注システム使えないよね~」なんておじさまに水を向けられわたしと一緒に来た女の子がすかさず「出来ます。クラッキングもブロッキングもされていないダミーシステムを触らせてください」

 と申し出る。


 わたしはその場で何をしているかと言うと、どうやら「担当営業」という役どころらしく、自分のノートに観察していた社内の力関係、社長と常務と専務、実権を握っているのは誰か。等を絵つきで書きこみつつ、おじさまに聞き取りをしている。


「あ、彼女15分くらいかかると思うので……」なんて言いながら。



 持ち込んだ製品の質のおかげか、それともわたしと社長オジサンが繰り広げた漫才のような言葉の応酬のおかげか。

 おじさまの言動が大分砕けてきた。


 わたしの横でシステムを読み込んでいる同僚の様子を気にしながらも、「まさか自分がこんな列車を見下ろすような場所で仕事をするとは思わなかった」なんて心情を語りだしたのだ。

 自分はただの技術屋で、ただ美しいものが好きで造っていただけなのに、と。

 こんなスーツを着て管理職でございなんて、あまりにも似合わない、と。



 そうこうするうち、同僚のシステム解読が終了したようだ。

 端末のキーボードに突っ伏す彼女の姿に「あ。やっぱり無理だったでしょう?」なんておじさまが言うが、これはいつもの事。

 神がかったパソコン操作能力を持つ彼女の、これは最後のリロードの風景なのである。

 その後ガバリと起き上がり、焦点の合っていない目で虚空に手をさまよわせながら大き目の声で独り言をつぶやくまでが、ワンセットである。


 彼女の異様さにおじさまが少し引いていたけれど、システムを縦横無尽に使ってみせ、感嘆の声を頂く。

 まぁそのシステムが分かったのかという問いへの答えは「彼女語」だった為スル―されていたが……。



 契約はなった。

 双方満足のいく取引内容ににこにこ顔の社長オジサンとおじさま。

 おじさまの方は、先ほどまで着ていたグレイの渋いスーツから。何故かチェックの長そでシャツにカーキ色のチノパンというラフなスタイルに変えている。


「一日の内30分はリフレッシュしないとね」

 おじさまはそう言いながらカメラをぶら下げ、我ら一行を公園へと案内してくれる。


 そこには、人の背よりもすこし上の高さで枝を何十メートルも這わせた木々があった。

 おじさまはその木の森? を囲った柵の前で、カメラを三脚にセットしている。


 彼の横に立っていたわたしは、その木の針葉を見て、「この枝の這わせ方は松……でもこの葉は杉にしか見えない……」なんて呟いている。


 その呟きによってどうやらおじさまに「分かる奴」と認識されたらしい。

 松のように枝を這わす珍しいその杉について説明してくれながら、ある場所へ連れて行ってくれる。



 そこに、あの絵があった。

 そしてそこから、場面は何故かアルゼンチンへと移り変わるのである。


 暗い、昔の駅の構内。そんな内装の建物の中。歩き過ぎる人々の奥、壁一面に

 それはあった。

 構内は暗いのにその絵が光り輝いて見えたのは、天井に窓でもあったのか。



 大きい。使われている黄色に圧倒されながら、全体を見ようと後ずさり、視線だけでなく頭や身体までせわしなく動かして、絵を目に焼き付けようとする。


「オランダ……いやベルギー?この黄色は18世紀以降のものでしょう? この独特の色彩は……」


 興奮して呟き続けるわたしに、おじさまが一点を指し示す。そこには鈍く光る銅の文字盤があり、絵の説明が彫られていた。

 そしてそこに書かれた文字は「ブラジル」。

 この絵の作者の出身は、わたしがあげた旧世界ではなく、「新大陸」であった。

 まぁ生まれはアントワープ。なんて書いてもあったけれど。



「ブラジル? ……ブラジル」


 フランドル派だろうと信じて疑わなかったわたしは、その文字をなぞりながら何度も呟いている。

 そんなわたしに諭すように、おじさまがその絵の素晴らしさ、力強さを語ってくれる。

 特に、黄金と見まごうばかりに輝く黄色についてを。


***


 場面がここで展開し、後日のこと。

 仕事の関係というよりも、同好の士としてわたしとおじさまはやり取りをしているらしい。

 面白いものをみつけたからとわたしが彼に贈ったのは、(たぶん)ツィツィアーノの絵をプリントした大きな厚紙で、あらかじめ入れてある切り込みを抜いて組み立てればリングファイルになる。と言うものであった。


 おじさまと一緒に最初の時応対してくれた、黒縁めがねにぽってりとした赤い口紅のお姉さんが「また(分厚くて重くてそんなファイルは)使いづらいのに……」なんて苦笑しているのを尻目に、上機嫌でファイルを組み立てるおじさま。


 彼はもうスーツ姿ではなく、グレイのハイネックにブラックジーンズというラフなスタイル。

 回想シーンが挿入され、タヌキ親爺風の社長をやりこめるシーンが出てきて、彼が仕事のスタイルを彼にとっては良い方向に変えた事がわかる。



 彼の働く、クロムとメタルとコンクリートで覆われたそのビルは、眼下に望む新幹線の発着風景から考えても間違いなく日本のしかも首都近郊と思われるのに、その駅ビルから徒歩数分の場所に聳え立つあの絵と古い駅舎のような建物は、南米なのである。

 そこに集う人々の風貌、飛び交う早口のスペイン語は、そこがアルゼンチンのブエノス・アイレスであると、夢を見るわたしに伝えている。


 と言ってもわたしはかの地にまだ行った事がないのだが。

 昨夜遅くまで観ていた写真のイメージであろう。



 仕事をさっさと定時で切り上げたらしいおじさまは、あの大聖堂の絵の前で卓を囲み、芸術談義をしている。

 彼と語らうのは黒い巻き毛をベリーショートした、おじさまよりも背の高い30代に入ったばかりと思われるお兄さんや恰幅の良い髭のおじさん。

 彼らはスペイン語で、すぐ傍に聳え立つあの絵がいかに素晴らしいか、そしてその周辺の作家たちの特徴について熱く語り合う。


「この素晴らしさが分かるのは、この作者が男色主義者で……」


 なんて話がディープになって行き、彼らの横で美青年二人が熱く抱擁をはじめたところで、目が覚めた。

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