あるバレンタインの桜花学園
バレンタインの季節になり、街中に限定チョコが溢れ、どうしてもバレンタインネタが書きたくなって、でも本編は現在も過去もどっちもまだ1学期。
そんな理由からセルフパロディの番外編として書いちゃえばいいじゃないですかって職場の後輩にそそのかされたので、書きました。
本編とはつながりはなく、IF世界パラレルみたいなもんだと思って下さい。
真梨香2年生の2月。2月なので生徒会役員は引退時期。引継ぎとかすっげえ忙しい季節だと思うけど、ご都合主義で仕事をログアウトしてます。
攻略キャラ達は全員お姉ちゃん狙いになってる仕様です。
キャラ崩壊しまくりです。
お姉ちゃんの鈍感&無防備が天元突破しています。
桃香ちゃんが黒いかもしれません。
一人、かなり可哀想な人がいます。
一人、かなり依怙贔屓されてる人もいます。
もっかい言うけど、パラレルです。
ご理解いただけた方のみ、ご観覧ください。
その日、桜花学園高等部2年、梧桐くんはいつものように自転車で早朝から登校していた。
彼は毎朝誰も来ていない時間帯から教室に来て、一人で予習復習する習慣が身についている。特待生として、学年上位をキープすることが義務付けられていることもあるが、彼自身早朝に勉強するのが好きなのだ。
登校中、いつも学校から少し手前の道で、葛城真梨香、桃香姉妹と鉢合わせる。高等部生徒会で副会長を務め、先日無事に新たな副会長へと役目を引き継ぎ、次期監査委員長に就任した真梨香と剣道部の朝練に参加する桃香も、登校時間はかなり早い。その日もいつものように挨拶を交わして、自転車の梧桐君は彼女たちを追い抜いて先に学校へ向かう…はずだった。
「あ、梧桐君、ちょっと待って。はい、これ。いつも面白い本を教えてくれたりするお礼よ。」
渡されたのは小さなラッピングパックに入った一口サイズのチョコレート菓子。渡されて初めて、そういえば今日がバレンタインだったと思い出す。
そして、真梨香がその包みを手に持った紙袋から取り出す瞬間、梧桐君は見てしまったのだ。紙袋の中にはいくつかの、同じようなビニールパックにラッピングされたチョコレート菓子に挟まれるようにして、いかにも特別と言わんばかりの箔押しのロゴがデザインされ、リボンで飾られた手のひらサイズの紙袋が入っていたのを。
そしてその事実は彼が姉妹よりも早く校門に着いた時、たまたま風紀検査の準備をしていた風紀委員長の菅原棗に伝えられ、姉妹よりもいつも早く学校へ来ている元生徒会長、篠谷侑李にも人伝てに伝わった。
そしてその情報は瞬く間に、そしてひそやかに学校中に伝播していったのである。
その日、桜花学園風紀委員長、菅原棗は不定期に朝の校門で行われる風紀検査の為、早朝から校門に詰めていた。バレンタインとはいえ、元々菓子類の持ち込みが禁止されていない桜花学園では特別取り締まりを強化している訳では決してない。たまたま、偶然、風紀検査の日程がバレンタインに当たってしまっただけだ。
しかし、学内でも人気の高い風紀委員長が朝から校門に立っているという事で、すでに部活の朝練などで早くから登校している女生徒に渡されたチョコレートが紙袋いっぱいになっている。その状態で校門に立っている方がよほど風紀を乱しているかもしれないが、菅原自身は気づいていない。
そんな女子の熱視線と男子の嫉妬を浴び続けている菅原の心を現在大いに乱しているのは先刻登校してきた顔見知りの2年生男子のもたらした情報である。
菅原が気になってやまない後輩女子が、義理チョコの詰まった紙袋に、一つだけ本命らしきチョコを入れていたという。
彼女はもうすぐこの校門を通るだろう。それなりには親しくしている自信はあるので、顔を合わせれば普通に挨拶も交わすだろう。そしておそらく普通に義理チョコが渡されるだろう。
本命チョコが貰えるなどと己惚れるほど、自意識過剰ではない。そう己に言い聞かせつつも、それでは誰がその特別なチョコを手にするのかと考えると、胸が痛くておかしくなりそうだった。一昨年から生徒会で一緒に活動していたメンバーや、代議会にいる同級生など、可能性を考え出すときりがない。
いっそ全員義理ならいいのに、と後ろ向きな願望すら抱いてしまう。
「……裏門の方も様子を見に行くか…。」
正門は他の風紀委員に任せて、裏門への巡回を決める。人はそれを敵前逃亡という。尊敬する風紀委員長の逃げ腰な対応に、周囲の風紀委員たちがあわてて止めに入る。
「ちょ、梧桐君の話だと葛城さんもうすぐきますよ! 待ちましょうよ!!」
「そうですよ! きっと菅原先輩へのチョコですよ!!」
「そんなことはない。いや、そもそもそれとこれとは関係ない。風紀検査の監督をする身として裏門も疎かにできないから見に行くだけだ。」
そうやって揉みあっているところへ、件の少女が姉妹で登校してきた。
「おはようございます。菅原先輩。…何してるんですか?」
はたから見れば校門に背を向けどこかへ行こうとしている菅原に他の風紀委員が縋り付いている図である。事情を知らないものから見れば何事かと思うだろう。菅原はあわてて姉妹の姉の方、葛城真梨香に向き直って咳払いをしてごまかした。
「ああ、いや、朝の風紀検査だ。裏門と正門を行き来しなくてはいけなくてな。葛城は今朝も早いんだな。」
「はい、いつものミーティングです。菅原先輩も朝早くからお疲れ様です。早朝検査くらい、次期風紀委員長にでも押し付ければいいんじゃないですか?」
「ああ、篠谷はまだ引継ぎも残っているしな。一応風紀も監査も今月いっぱいは任期だ。最後の務めだと思って頑張るさ。」
「菅原先輩は本当に仕事熱心ですね。」
ニコニコと笑う唇から吐く息が白い。首に巻かれたマフラーに癖のない黒髪が巻き込まれて膨らんでいるのすら可愛い。そして…。
菅原の視線はつい、彼女の手元に行ってしまう。学校指定のカバンと一緒に提げられた紙袋。透明なビニールパックに囲まれて、リボンのついた手のひらサイズの紙袋が一つだけ入っているのが見えてしまい、つい喉がゴクリと鳴る。
誰に渡すのかと、いつものように軽い口調で尋ねたら答えてくれるだろうか。しかし、その答えが自分以外の男だったら、知らない方がマシな気もする。
逡巡する菅原の顔を、真梨香が思いがけず至近距離から覗きこんできた。
「菅原先輩、今日放課後、お時間ありますか?」
「え? 葛城、今なんて?!」
思いもしなかった言葉に、声が裏返りそうになる。
「あの、よろしければ生徒会室に来ていただけないかなって。」
ちょっと恥ずかしそうに頬を染めて、首を傾けている。これを断れる男はいないだろう。
「ああ、少し遅れるかもしれないが、構わないか?」
「はい。それじゃあ、お待ちしていますね。」
真梨香が嬉しそうに笑って立ち去るのを、菅原は呆然と見送り、風紀委員たちは良かったですね、と涙ぐんで見守ったのだった。
早朝の生徒会室。基本的に朝一番にここへ来ているのは、元生徒会長である篠谷侑李である。生徒会選挙が終わり、会長職を無事に後輩の加賀谷桑に引き継いだ。残りの年度内は新会長への引継ぎと補佐をしつつ、来年度からは風紀委員長に就任が決まっている。普段ならば、デスクについて、朝の生徒会役員のミーティングの準備を始めているところなのだが、今朝は落ち着かなげに窓辺に立って外を見ていた。
そこからは生徒会室のある南校舎への昇降口が見えるのだ。
先刻、篠谷の後から登校してきた執行部員の一人が気になることを言っていた。同じ生徒会の役員で、篠谷とは何かと衝突も多かった元副会長が、数多の義理チョコに混じって本命チョコらしきものを持って登校してきたという情報だった。
「…彼女に限って、本命がいるとは思えないんですけどね…。」
一年生の時は同じクラスで、生徒会でもずっと一緒にいたが、それらしい様子は全くなかった。もちろん、彼女のすべてを把握しているというわけではないので、自分の知らないところで育まれた人間関係があるのかもしれないが、だからと言ってはいそうですかと引き下がるつもりはない。
「……本当に、鈍感で嫌になります。」
そうつぶやく金髪碧眼の王子様は、自身の愛情表現にも問題があるとは露程も思ってはいない。そんな彼の視界に、黒髪の少女が南校舎に歩いてくるのが見えた。
「おはようございます。今日も会長は早いですね。ちゃんと寝てらっしゃるんですか?」
生徒会室に入るなり、篠谷の姿に目を止めた真梨香は心配そうに眉をひそめる。1年生の頃には顔を合わせるだけで舌打ちしそうな顔をされていただけに、随分と和らいだ態度をするようになった。コツコツと距離を詰めてきている、篠谷にはそう感じられた。
「もう会長じゃありませんよ。それと、睡眠は充分にとってます。…それより、今朝は…寒いですね。葛城さんこそ、風邪などひかないように気を付けないと。」
「会長、じゃなかった、篠谷君は相変わらず心配性ね。防寒は気を付けているから大丈夫よ。」
聞きたいことはあるはずなのに、つい口をついて出てしまうのは皮肉めいた返しだけで、彼女の手に提げられた紙袋の事には触れられずにいる。けれど、篠谷の逡巡をよそに、真梨香はあっさりと、紙袋をちょっと持ち上げて見せながら、こう言った。
「篠谷君、給湯室の冷蔵庫お借りしていいかしら? 放課後、良かったら一緒に食べましょう?」
篠谷は脳裏で教会の鐘が鳴り響くような幻聴を聞いた。
執行部員の証言によると、その日のミーティングでは元生徒会長の機嫌がよく、名物であった元副会長との嫌味の応酬もなく、あまりの機嫌の良さに、役員を含め、執行部員全員が恐怖の時間を味わった、とのことである。
一之宮石榴は朝からひっきりなしに訪れる女生徒からのプレゼント攻勢を適当にあしらいつつ、教室の入り口を睨みつけていた。噂によると、生意気でムカつくが、つい絡まずにいられない後輩の少女が、本命用チョコを用意しているらしい。彼は当然のようにその相手が自分であると信じて疑わなかった。突っかかって来る生意気な態度も、愛情の裏返しだと思えば寛大な一之宮は許してやろうと思っている。
「まったく、渡しに来るなら早く来ればいいものを…。それとも俺宛のプレゼントが多くて嫉妬しているのか…?」
そんなおめでたい妄想に浸る親友を、呆れ半分の眼で眺めているのが3年の双璧と呼ばれる一之宮の相棒、吉嶺橘平だ。彼は一之宮程楽観的でもナルシストでもないので、件の少女の本命が自分だなどと己惚れることはしない。
「なんとなく、読めてきたけど、折角だから彼女のチョコは欲しいよねえ。」
そう呟いて、何事か企み始める吉嶺の横顔は大変楽しそうだったとクラスメイトが証言している。
「あ、加賀谷じゃ~ん~。どったの? なんかご機嫌ななめ??」
昼休みの食堂で、新生徒会長、加賀谷桑は同学年の小林檎宇に遭遇し、盛大に顔をしかめた。ご機嫌は元々良くはなかったが、檎宇に遭遇したことでさらに低下した。元々クラスも違う二人の共通点は生徒会所属という点に限定される。
それなりにお金持ちの家柄であるはずの檎宇は見た目や服装が全く持って異質で、それだけでも加賀谷とは反りが合わないというのに、彼はその堂々たる体格で加賀谷のコンプレックスを常に刺激してくるのだ。今でも隣に座られ、嫌でも身長も肩幅も全く違うのを見せつけられている。これで同じ学年だなんて世の中不公平だ。
「あ、わかった~。加賀谷の不機嫌の理由~。」
檎宇はにやりと笑うと、加賀谷の方に身をかがめ、耳打ちしてきた。
「真梨センパイの本命チョコが気になってんでしょ~?」
予想外のポイントを突かれ、加賀谷は飲んでいた牛乳を吹き出しそうになった。過去、敵対関係にあった生徒会の先輩に対する気持ちはこの1年で劇的変化を遂げていた。その気持ちをなぜよりにもよってこの男に見抜かれているのか、本人はおろか、付き合いの長い篠谷にだって知られていないのに。そんな思いが顔に出ていたのか、檎宇はにや~っと笑う。非常に腹立たしい。
「篠谷もとカイチョーは自分が貰えるみたいな顔して浮かれてたけど、まだわかんないじゃん? 放課後義理チョコ渡されてはいおしまい、かもしんないし~。」
「ぼ、僕には別に関係な…。」
「あっそ? じゃあ、加賀谷は放課後生徒会室に来ないでまっすぐ帰れば~?」
「い、いや、それは仕事だってあるわけで…。」
「予餞会も終わって、あとは引継ぎをちょっとずつやるだけで、今日は急ぎの仕事はないって今朝のミーティングでも言ってたじゃん? あれ、カイチョーの言外に邪魔者は来るなっていう牽制だよね~。ま、俺は行くけど~。」
「僕は普通に仕事があるから顔を出すだけだ。別に邪魔をするつもりもないし、チョコにだって興味なんかない!」
加賀谷は真っ赤な顔でそう言い返していた。
放課後、篠谷は生徒会室でいらいらそわそわと落ち着きなく歩き回っていた。真梨香は一度生徒会室に来たが、給湯室で準備してきますと言って出ていった。今朝急ぎの仕事はないと宣言した為か、執行部員が来る様子もない。
「………ちょっと時間がかかりすぎじゃありませんかね…?」
思わず生徒会室のドアに歩み寄った時、ドアが勢いよく開かれた。危うくぶつかりそうになった篠谷の目の前に立っていたのは黒髪の少女ではなく、居丈高な3年総代だった。
「なんだ? あいつはまだ来ていないのか? しかたない、待たせてもらおう。」
「……何しに来たんですか? 代議会関係の書類なら今日はないはずですが?」
「なんだ篠谷か、おれは葛城にどうしてもと呼ばれて仕方なく来てやったんだ。お前こそ仕事がないなら帰ったらどうだ?」
一之宮の言葉に篠谷は耳を疑う。他のどの恋敵が真梨香の本命でも嫌だが、この男だけは可能性ゼロだと思っている。ふと見れば一之宮の後ろから吉嶺もついてきているのを見て、何となくほっとする。
「どうせ二人して、ごり押しで約束を無理やり取り付けたんでしょう? 義理チョコを渡されたらおとなしく帰ってくださいね。」
「義理チョコ片手に帰るのはお前の方だろう。元生徒会長と元副会長は犬猿の仲だと有名じゃないか。」
「ケンカするほど仲が良いんです。放っておいてください。」
揉めているところに、菅原棗までやってきた。
「あれ?葛城はまだ来てないのか? 放課後生徒会室で待ち合わせたんだが。」
菅原の言葉に篠谷も一之宮もしばし呆然となる。
「どういうことだ?」
更に遅れて加賀谷桑と小林檎宇まで登場した。
「…桑、今日は生徒会活動はないと言ったはずですが…?」
笑顔で後輩を脅しにかかる篠谷に、小林が気の抜けた声で返事をする。
「ちゃんと真梨センパイには声かけたよ~俺にもチョコちょーだいって言ったら、放課後、生徒会室で食べさせてくれるって、折角だから加賀谷も連れてきちゃった~。」
ここにきて男性陣は顔を見合わせた。吉嶺は予想通りの展開だったのか、愉快そうに笑っている。
そうして男子全員が不穏な空気を放ちつつ、生徒会室内に落ち着いたころ、真梨香がお皿や茶器の乗ったワゴンを押して現れた。
「あ、全員揃ってますね。それじゃあすぐ用意しますね。」
そういうと楽しそうにテーブルに皿を並べ始める。皿の上には切り分けられたチョコレートケーキ、甘い香りと紅茶の芳香が漂う。
全員の目の前にケーキと紅茶を出し終わると、真梨香は自分の分のお茶を入れ、席に着く。彼女の目の前にはケーキではなく、手のひらサイズの紙袋。本命チョコと噂になった特別ラッピングの包みが置かれている。
「葛城…? これはいったいどういう…?」
その場の男子全員の疑問を背負い、菅原が問いかける。紙袋の義理チョコとも違うケーキがどこから出たのか、義理チョコはどこへ行ったのか、そして真梨香の前に置かれたいかにも本命向けの包みは何なのか。
「紙袋に入ってた小さなチョコですか? 梧桐君や執行部の他の子とか、由紀…女友達とかに配りましたよ? ケーキは今朝持ってきてました。紙袋の底の方に入れてたんですけど。」
ケーキの箱の上から義理チョコが多数入れられていたため、紙袋の上からは義理チョコしか見えなかったという事らしい。
「…葛城が自分のところに置いているその包みは…?」
この状況からすると、真梨香はケーキではなくその本命チョコ? を食べるつもりでいるらしい。誰かにあげるつもりで持ってきたのではないのか。
「これですか?」
質問をされた真梨香の顔がキラキラと輝くような笑顔になる。自慢したくて仕方がないというドヤ顔だ。
「妹の桃香が!今朝!!くれたんです!!!! 『お姉ちゃん、いつも遅くまで大変そうだから、放課後学校で食べてね。』って。優しくて気遣いができてお菓子作りも上手だなんてすばらしい妹だと思いませんか?! 皆さんへのケーキも妹のアイディアなんですよ。『放課後みんなで食べたら楽しいんじゃないかと思うから、みんなまとめてケーキにしたらいいんじゃないかな?』ですって。本当に気の廻る良い子だわ。」
嬉しそうに妹自慢を続ける真梨香に、肩を落とすもの、予想通りの展開に苦笑するもの、無言でケーキを頬張るもの、様々だ。
「もとカイチョーさん、当てが外れちゃったね~。」
「何の事ですか? まあ、こんな事だろうとは思ってましたよ。」
隣の席に座ってケーキをつついている長身の後輩に、篠谷は苦笑交じりに返す。真梨香の姉バカは出会ったころから変わらない。知っていたはずなのに振り回された自分が少し恥ずかしく、ごまかすように紅茶を口に運ぶ。
「いや、でもさ~これ、妹ちゃんの作戦勝ちだよね~。」
「? 何がです?」
檎宇の言葉に首をかしげると、檎宇はおかしくて仕方がないというように真梨香を見つめながら言葉をつづける。
「お姉さんを焚き付けて、ライバル全員が『まとめて一個のケーキ』になるよう仕向けて、自分からの『本命っぽいチョコ』で大喜びするお姉さんを俺たちに見せつけてって……完全に牽制しにかかってるよね~。」
檎宇の言葉にまさかと思うが、現に真梨香を狙う男どもはまとめて振り回され、妹自慢を延々聞かされている。おっとりした癒し系美少女の桃香がこれを意図的にやったというのか…?!
「…意外なところに敵が隠れている、という事ですかね…。」
「ま、俺は引くつもりないけどね~。」
「……望むところです。」
頬を紅潮させ妹のかわいさを語り続ける少女を見つめながら、男たちは決意を新たにするのだった。
おまけ 1
「主将、これ、いつもお世話になっているお礼です。」
剣道部主将、津南見柑治は早朝練習のあと、部活の後輩であり、想い人の妹という立場の少女から可愛くラッピングされたチョコを渡され、戸惑った。
「葛城から、俺にか?」
「はい。いつもお世話になってるので。作るとき、お姉ちゃんも手伝ってくれたんですよ?」
「葛城 (姉)が…?」
津南見の頬に朱が上る。女性恐怖症の為ほとんど声もかけられないでいる自分にとっては、間接的にでもチョコが貰えたことが嬉しい。質実剛健と言われつつもその実中身が乙女な剣道部主将は手の中の包みを感動の面持ちで眺める。
「あ、あとこれ、姉から手紙を預かってます。」
「な、なんだと?!」
慌てて受け取ると、その場では開けることができず、挨拶もそこそこに、部室を後にする。人気のない階段踊り場にきて、そっと手紙を開く。そこには彼女らしく流麗な文字が綴られていた。
『津南見柑治先輩へ。いつも妹がお世話になっております。おかげさまで部活動での成績も残せており、本人も楽しんでいるようで、姉としても喜んでいます。このたび、妹が先輩へ普段のお礼にバレンタインのチョコレートを作ると言い出したので、手伝わせていただきました。なので、妹がお渡ししたチョコは決して妹の個人作ではありません。本人もお礼以外の意味は特にないと申しておりましたので、その点についてはお心に留めて頂くよう、お願い申し上げます。 真梨香』
丁寧な文面だが、意訳すると『妹のチョコは義理以外の何物でもないから勘違いするなよ!』という意味になる。手紙の文面から、黒いオーラを背負った女狐笑いが浮かんでくるようで、津南見柑治はがっくりと肩を落とす。
「いや、せめてでも葛城の手が加わっているチョコだという事を喜ぶべきなのかもしれないな…。」
津南見柑治の想いが正しく彼女に伝わる日は遠い。
おまけ 2
その日、桜花学園非常勤講師、鵜飼杏一郎こと、本名 烏森杏一郎は古文の教官準備室の片付けをしていた。学園理事会役員としての顔も持つ彼は、準備室の片付けを請け負うことで、他の講師が帰った後に、理事会の書類を持ち込んで仕事をこなしているのだ。
窓の外が茜色に染まるころ、準備室のドアが控えめにノックされた。
「誰だ?」
「2年B組、葛城真梨香です。…鵜飼先生に用があって。」
聞こえてきた声に、杏一郎の手が止まる。無表情のまま、ドアを見つめてしまう。
「…入れ。」
「失礼します。」
静かにドアを開けて入ってきた黒髪長身の少女は、室内に杏一郎しかいないことを確認すると、ほっと、息をつく。その手には盆に載せられたケーキと紅茶があった。
「鵜飼先生、お仕事お疲れ様です。ちょっとお茶にしませんか?」
「…真梨香、杏一郎、だろう?」
呼び方を指摘すると、戸惑ったようなちょっと困ったような顔をされる。
二人の時は名前で呼ぶように、と約束してだいぶ経つが、未だに慣れないのか、杏一郎が名前を呼ぶと、恥ずかしそうに赤くなる。その顔見たさについつい何度も呼んでしまうのだが、真梨香は気づいていないようだ。
杏一郎の事も名前で呼んでほしいと常々言っているのに、中々呼んでもらえない。期待を込めて見つめれば、動揺もあらわに目を逸らされ、つい、悪戯心が湧いた。
立ち上がり、壁際に追い詰め退路を塞ぐ。
「お、お茶が零れます!」
「ああ、そういえば。ありがとう後で頂こう。」
彼女の手から盆を奪い、机に置く。狭い教官室だからこその配置が便利だ。ガードする物のなくなった少女を、完全に腕の囲いに閉じ込めてしまう。
「さあ、呼んでくれ。」
耳元に唇を寄せて、囁けば、華奢な肩がビクリと震える。彼女が自分の声に弱いと気付いたのはごく最近だ。見下ろす視界で真っ赤になって震える耳が扇情的だ。
「……きょ…杏一郎…さん。」
真っ赤な顔で瞳を潤ませて上目づかいに名前を呼ばれる。軽く理性が飛びそうになるが、無表情の影で抑え込むと、さりげなく体を離し、机に戻った。唐突に自由になった真梨香の方はきょとんとしている。その顔に嫌悪や恐怖がないのを見て、安堵すると同時に惜しくなる。
「いっそそのまま食べてしまっても構わなかったかもな。」
「…? …えっと…?? ケーキでしたらそのまま召し上がってください。」
従兄の不穏な発言に気づいていない様子で、真梨香は改めて机の上に置かれた盆からケーキの皿と紅茶を杏一郎の目の前に置いた。
「これは…。そういえば今日はバレンタインだったか。」
「はい。いつもお世話になっているので、桃香と一緒に作りました。」
「そうか。…少し残念だな。」
妹と共同で作ったケーキをピースで持ってきた時点で、本命ではないことは察せられる。日頃の様子から、他に誰か本命がいるわけではないらしいのがせめてもの救いだ。
「何か言いました?」
「いや、…美味そうだな。ありがたくいただこう。」
まあ、油断してもらえているのも今の内だ。そのうち本命を美味しくいただけるよう、仕掛けていこう。
無表情に美味しそうに食べるという器用な真似をしている従兄が、そんな不埒な事を考えているなど夢にも思わない少女は、ニコニコと、ケーキを頬張る男を見守るのだった。
津南見に全力でゴメン(笑)でも楽しかった。
柑治くんはついつい苛めたくなりますね。
そして杏一郎との落差が酷い。無口ワンコに見せかけたとんだむっつりスケベでした。
お巡りさん、じゃなかった、桃香さんこっちです!