29. 第1章 第28話 『強行突破』
少しでも使い慣れてきていた大鎌への未練を無理やり断ち切って、紫雫を想わせる棺桶『微睡みの薔薇柩』にしまう。
まずは、鎖。
棺桶を盾みたいに構えたり、鈍器として振り回したり、いざとなれば投げ飛ばしたりもできるようにしたい。
彩晶石の奥から紫色の魔力を引き出して武骨な鋼の鎖に編み上げ、両手で握れるように棺桶の周囲へ何重にも絡げていく。
大鎌同様、私自身は『万華の魔装姫』の補正でそこまでの重さを感じない。これなら、狭い場所でも取り回せる。
両手はこれで埋まるから……武器は脚にしよう。
最近見た映像。烏丸さんが車の中で見せてくれた、S級亀裂攻略のニュース映像が脳裏をよぎる。
S級6位、『最強の最弱』あるいは『豪拳修羅』。魔力1だった私にもかつて希望の光を感じさせてくれた剛堂 鉄心さんの、竜の頭蓋を砕いた拳。
徒手空拳なんて、素人の私には無理。ならば。
(――紫雫、お願い。もっと力を貸して)
今はミッションのことを無理やり頭の隅に追いやり、縋る。
そうしないと、雪奈姉の元にたどり着く事だってできない……全部はまずそこから。
彼女が好むような優雅で綺麗なデザインを想像する余裕は今の私にはない。それでも。
鎖骨の間の彩晶石から、圧倒的な密度を誇る紫色の魔力の糸がさらに溢れ出す。
両脚を包み込む、熱を帯びた質量。
(……これ、後で絶対怒られる)
それくらい、壊滅的なデザインセンスだった。
まるで深淵の壁面に無造作に生えている魔晶石のように、刺々しい薄紫の水晶がゴツゴツと重なり合って生えてくる。
せっかくドレスに合わせて亜夢さんが見繕ってくれた、黒の編み上げロングブーツ。それを覆い隠す、武骨過ぎる脚部甲冑。でも、そんな有様でも紫雫からの反応はなにひとつない。お咎めもない。
ただ、魔力を糸状に渡してくれるだけ。
ならばと、そのまま全身甲冑を生み出そうとするけれど……ダメか。
スキル『万華の魔装姫』は、これ以上反応してくれない。魔力の糸の放出も終わってしまった。
グリーブだけの今でも膝より下、特に足首の関節がほとんど動かせないから、紫雫が指導してくれた華麗なステップも舞えない。
時間をかけて実際の防具のデータとかを亜夢さんに教えてもらいながらなら、もっと上手に創れるかもしれないけれど。
今はそんな時間……ない!
ズンッ!!
滑り止め代わりの逆棘が生えた足裏を床に叩きつける。
モノトーンになった、アパートの床に見せかけた強固なダンジョン構造に、蜘蛛の巣状に罅が走る。
見る間に修復される損傷だけれど、紫水晶の脚はしっかりと床を捉え、凄まじい反発力を生み出していた。
『黎姫!? ちょ、それ』
「行く――よ!」
魔力による身体強化。
残り約8割、本来なら4時間は平常運転の戦闘状態を維持できる魔力を、倍の出力で燃やして。
ズン、ズン、ズンズンズンズンッ!
『無茶しすぎぃ!』
巻きつけた鎖を両手で握りしめ、左肩を添える。
左前に突き出して盾代わりに掲げた棺桶を全身で押し出し、がちがちに固まったグリーブ(脚鎧)を地面に叩きつけ、重戦車のように床を踏み砕きながら湾曲した通路へと突貫する。
あまりに乱暴な突進を抑え込もうとでもしたのか、通路の先から刃の両腕を構えた影法師がわらわらと湧き出してきた。
S級モンスターである紫雫の魔力を借りた超重量級のシールドチャージの前には、そんなの無駄!
前を塞ぐ全てを、無理やり撥ね飛ばす。
体勢を崩した黒い影法師を、紫水晶の足裏で踏み潰し、消し飛ばす。
けれど、当然そんなに甘いわけもなく。
半円を描いて右へ曲がる通路の途中で、棺桶の縁がぎゃりっと外側の壁を擦った。ろくに関節も曲げられない脚では方向を変えきれず、壁に勢いを削られて失速してしまう。
右前方には、まだ続くカーブの先に下り階段の踊り場が見えていた。
方向転換を急ごうとした、その時。
棺桶のシールドで守っていた正面とは逆に、無防備な背後や側面の影から、すでに刃を振りかぶった影法師たちがわらわらと湧き出してきた。
「やぁぁぁっ!」
裂帛の気合と言うにはいささか可愛すぎる声を上げながら、私は『微睡みの薔薇柩』を思い切り床に叩きつける。
跳ね返ってきた衝撃を利用して身体を天井へ向けて撥ね上げ、空中で身を翻す。
そのまま、床に横たわった棺桶の天板へ、薔薇装飾を避けて両手を突いた。
棺桶の上で倒立(逆立ち)し、身体の軸を作る。
「そぉれっ!」
棺桶の上で倒立したまま、紫水晶に包まれた両脚を思いっきり開き、ブレイクダンスのように身体を回転させながら出鱈目に振り回す。群がる影法師たちを、手当たり次第に蹴り飛ばそうとする。
『ぱ、ぱんつ! みえ、みえ、黎姫それじゃぁ、ちじょ……ぷひゅっ』
なんか絶叫が聞こえた気がするけれど、身体の制御に必死で聞き取る余裕がない。
白銀の長い髪が顔に絡みつき、視界を遮る。目を細め、長い睫毛の向こうにわずかに覗く景色を頼りに必死で敵の動きを追いながら、私は脚を覆う巨大な質量を振り回す紫の竜巻と化す。
当たるを幸い、狂暴な嵐に巻き込まれたみたいに影法師たちが引き千切られていく。
けど。
ブワッ、と私の身体から鮮血の花が咲いた。
雑な、素人丸出しの出鱈目な蹴りの隙間を的確に掻い潜り、影法師の鋭い刃が、白く透けるような私の柔肌を次々引き裂いていく。回転に合わせて突き込まれた刃の一振りが、私のあばらをへし折る。走る激痛に、奥歯を噛み締めた。
でも、残った敵はあと3体だけ!
棺桶の天板から両手を離し、バク転の要領で床へ降り立つ。かき上げた髪をさらりと後ろへ流すと、床に横たわった棺桶の鎖を掴み、身体を捻りながら力任せに引っ張る。
敵にとっては途轍もない質量を持った棺桶が大きく弧を描き、壁面との間に挟まれた影法師が爆散して消える。
あと2体。
回し蹴りで1体を撥ね飛ばすと、無理やり身体を反転させ、その勢いで返した踵をもう1体が構えた刃へと叩きつける。
火炎が膨れ上がる。
やっぱり、衝撃に反応して起爆する魔法!?
狭い通路いっぱいを満たす、先ほどの比じゃない熱波にドレスのフリルが一部炭化し、肌を焼く痛みに思わず目を閉じる。
でも、その炎ごと紫水晶の踵で確実に蹴り潰した。
『上、追加1!』
ARも見えない、ずきずきする痛みに閉ざした視界を補う亜夢さんの警告。
私の体勢も崩れきっている……!
(間に合えぇっ!)
右手に握ったままだった棺桶の鎖を、手首のスナップで強引に引き戻す。
倒れ込んで床に腰を打ちつけながらも、そこを支点に脚を振り上げる。(この辺!)目を開けられないまま、引き戻した棺桶のどこかを確かに蹴りつけ、頭上へと射出した。
多分天井の方で鳴り響く炸裂音。
粉塵とともに天井の欠片が落ちてくる。
嫌な予感がして目を閉じたままゴロゴロと転がった私のすぐ横に、ドゴンッ! と、天井で影法師を押し潰したであろう『微睡みの薔薇柩』が轟音と共に落下してくる。
手を離れても私へ激突する際の荷重や衝撃は小さいと信じたいけれど、今は試す時でもない。
私は目を開けられないままガーターポーチを探り、辛うじて覚えていたガラスの刻印を指先で確かめる。20万円もした虎の子のD級中級ポーションを、どうにか探り当てた。
ペキリとアンプルの先端を折り、甘めに調整された薬液を一気に飲み込む。
人類が採集素材から作れる今の限界品質。
お高いだけはあって、折れたあばらの痛みもすっと消え、焼けるようだった目もようやく開けられた。
休む暇も惜しいと、再び棺桶を今度は右前方に掲げ、階段へ向かって強行突撃を再開する。
さすがに敵も大分出尽くしたのか、密度が薄くなった襲撃に対して、今度は冷静な蹴りと棺桶のぶん回しで対処していく。
たどり着いた3階への下り階段は、黄色から緑、そして青へと、グラデーションを描いて色を変えていた。それが再び黄色へと戻り、不気味な変化を繰り返している。
――ダンジョン発生後の世界でこの色を見て探索者が思い浮かべることはただ1つ。
D級からB級のランク相当を示す色彩。
今までとは次元の違う、格上の脅威の予感だった。
◆ ◆ 作者からの御礼とお願い ◆ ◆
拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
本日ついに、本作がローファンタジー部門、週間ランキング100位以内を達成する事ができました♪
応援、ご評価くださった皆様へ最大級の感謝を!!
本作のこれからにご期待をいただけましたら、是非、さらに多くの方に黎の頑張りをお届けできるよう。
『ブックマーク』そして『★~★★★★★』のご評価をいただけましたら幸いです。




