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01. 第1章 第1話 『ハズレの採掘者』

 それは、僕が私へと――白銀の美少女へと造り変えられた日。

 そして、やがて世界の頂点に君臨することになる『万華の魔装姫』が産声を上げた日だった。


 ◇  ◇  ◇


 日本に2つだけ存在する固定常設型ダンジョン。

 その一つ、複雑に分岐する鉱山迷宮のような浅層の奥深く。

 湿った土と鉱石の冷気が淀む薄暗い空洞に、硬質な岩を穿つツルハシの音がまばらに反響していた。


「もっとしっかり『目』を読むんじゃ。いつも言うておろう? 魔晶石でも、モンスターでも、変わりゃせん。節目、流れ、弱いところをしっかりと見極めて……ほれっ!」


 僕を含めてたった5人の零細探索者クラン、採掘業専門『陽だまり鉱業』。

 その最年長であり、作業服を隙間なく着込んだ『権爺(ごんじい)』こと権田 鉄平の細腕が、鋭くツルハシを振り下ろした。


 カツンッ!


 最下級魔力保有量のF級を示す『薄赤色』の魔晶石に、甲高い音を立てて叩きつけられる。


 パキッ、パキパキッ! パキィン!


 直後、付け根から広がった罅割れを起点に、一抱えはある水晶のような魔晶石の塊がゴロンと転がった。


 手の中にある使い古したツルハシをぎゅっと握る僕。

 僅かな魔力を必死にかき集めても、僕が持つ詳細不明のハズレスキル『虚ろなる器』は何の反応も返してくれない。

 それどころか、僕が成長できないようにしている疑いだって……。


 身体強化してすら、あれ一つ砕くのに1時間はかかる僕。

 もう5年も採掘に携わっているのにちっとも筋肉もつかない、細っこい腕。


「生来の魔力が少なくても。干渉力が伸び悩もうとも。見極める『目』を養っておいて損はない。攻略者(アタッカー)になれない……否、ならない採掘者(ギャザラー)であっても、のぅ」


「うん」


 転がった薄赤色の魔晶石に、細い女性の手が伸びる。

 すうっと、空間に溶けるように消える、水晶のような塊。

 空間収納スキルの効果。


「いいのよ~。怜君は探索者ギルドの売買に~、めんどうくさ~い事務仕事だって。ぜ~んぶ助けてくれてるんだもん。採掘も無理しない程度に。ね?」

「明日香さん……ありがとうございます。でも、探索者特権を受けている以上、現場の仕事もちゃんとこなさなくちゃ……」

「そうね……サポーター登録じゃ、怜君はダメなんだもんね……あ、飴ちゃん舐める?」


 世界各地に突如として現れるインスタンス型ダンジョン『亀裂』で両親を失った僕たち。

 姉の命を蝕む『魔力欠乏症』を抑え込むには、莫大な費用と、探索者だけが持つ医療特権が必要だった。


 魔力も最低、才能もない僕が、探索者の花形『攻略者(アタッカー)』になれるはずがない。

 それでも姉を生かすためには、血と泥にまみれて、時に命の危険だって呑み込んででも、ダンジョンに潜って石(魔晶石)を掘り続けるしか道はなかった。

 致命的に向いていなくても……最低限こなせる、採掘者を続けるしか。


「あ、あの。僕も子供じゃないですから、ね?」


 いくら僕が童顔小柄だと言っても、二十歳にもなる男性に飴ちゃんはないと思うんだ。

 ほら、採掘仕事や、モンスターからの消えない傷痕だって、身体中にある。

 ……いや、違うか。


 どんなに過酷な労働をしても、覚醒した12の頃から身長も伸びない、筋肉もつかない、まるで最初から中身が空っぽの人形みたいに細く、か弱いまま。

 立派な探索者……には、見えないよね。


 ポニーテールを揺らし、いつも持ち歩いている飴ちゃんをポケットから取り出して、はいって可愛らしく差し出すクランリーダー(社長)の娘、日向 明日香さん。

 いつも明るい、人懐っこい笑顔に押し負けて、個包装に包まれた飴を受け取って、ぱくり。


「ん、甘いです」


「おう、しっかり糖分もとっておかないとな! よし、もうひと踏ん張りがんばったら今日はしまいにするぞ!」


 クラン拠点で待つ社長を除く4人の現場チーム、そのリーダーを務める須藤 浩平さんが、声をかけてくれる。

 26歳になった去年に美人な奥さんをもらって、仕事への気合の入り様も一段と増している頼れる僕たちの兄貴分が、優しく僕の背中をトントンと叩く。



「目、目……流れ……」


 何度も教えてもらったみたいに、瞳を中心に魔力を込めて。

 見えてくるぼんやりとした、ぐるぐると水晶の中を巡る靄みたいなナニカ、魔力。


 なんとなく、澱んでいそうなところに。


「えい!」


 カスンッ。鋼鉄のツルハシを叩きつけたにしては気の抜けたような音がして、小さな欠片が抉り飛ばされるみたいに弾け飛んだ。


「――あいたぁっ」


 飛んだ破片は僕の額にこつーんって当たって、どこかに飛んで行った。


「ほほ。怜坊、修練あるのみじゃ」

「5年前と比べりゃぁ、格段の進歩だ! 気長にやって行けばいいさ」

「やだ、大変。可愛い怜君のお顔に傷がついちゃう!」


 ぅ……明日香さん、可愛いはやめて、お願い。

 和やかな笑い声が、薄暗い坑道に溶けていく。



 ――もう少しで広間の魔晶石を採り終わる。

 ありふれた日常が唐突に終わりを告げたのは、まさにその時だった。


「ね、ねぇ。おかしい、おかしいよ!?」


 明日香さんが、辺りを見回し不安げに呼びかける。


 たまに小さな欠片を飛び散らせることに成功して、付け根が大分細くなってきたのになかなか折れない魔晶石から顔を上げると、須藤兄貴の不思議そうな声で呟くのが聞こえた。


「壁の色が……変わる?」


「異常事態。魔力濃度が上がっとる証拠じゃ。逃げるぞ。ほれ、急げ」


 ダンジョンの階層の深さ、亀裂の難易度、探索者のランク、魔晶石が秘める魔力量。

 あらゆるものの指標となっている、魔力強度の高さを示す色。

 虹色に変わるそれは、赤が最低のF級、紫が最高のS級に分類される。


「う、嘘でしょ!? 橙、黄……緑も飛び越して、青……び、B級魔力濃度!?」


 明日香さんが腰が抜けたようにへたり込んでしまう。


 すさまじい圧迫感が空間に満ちる。

 常人が、弱者が、踏み入ってはいけない領域。きっとダンジョン深層にも匹敵する魔力濃度。


 息が苦しい。

 視界が揺れる。


 さっきまではまばらに生えているだけだった魔晶石が、今や真っ青に染まった岩壁からにょきにょきと生え始める。

 そのどれもが高濃度の魔力を湛えた、神秘的なまでの青色の輝きを宿している。


「逃げる……逃げるけれど……権爺。二塊だけ、急いで採掘してから逃げよう。これ一塊で1千万は行く」


 一瞬僕に向けられる、須藤兄貴と権爺の視線。

 お金……一番お金を必要としているのは、僕。

 それだけあれば――補助金と合わせたら、お姉ちゃんの延命治療費何年分になることか。


 でも。


「だ、ダメです! 今すぐ逃げましょう!!」


 ダンジョンでの異変は絶対に甘く見たらだめ。

 どんなに低レベルの探索者でも、嫌と言うほど講習で叩き込まれる教訓。


「そう……じゃな。すぐ外の通路の壁はまだ赤。局所的な異常じゃろう。モンスターの気配もない」

「そう来なくっちゃな! 怜坊は明日香ちゃんを連れて先に出てな。出し惜しみなしだ、魔力全開振り絞ってへし折って脱出だ! それに勘違いすんな、俺は子育て貯金をしっかりしておきたいのさ」


 気遣いに、涙が浮かびそうになる。

 けれど、ぐっとこらえて腰の抜けた明日香さんに肩を貸すために駆け寄る。


 ふわりと良い香りのする明日香さんを、なけなしの魔力でわずかな身体強化をかけて、ぎゅっと抱き上げる。


 そして、それは同時だった。


「よっしゃ! 一番でかいの、もらいぃ!」

「ほれ、一つと言わず、二つ同時に。そこじゃ!」


 思い切り振り下ろされる二振りのツルハシ。


 景気の良い、硬質な音が響くはずだった。



 ――ぐちゃり。


 青く美しい魔晶石が、泥のようにツルハシを呑み込んだ。


「え……?」


 それは誰の言葉だったか。


 視界いっぱいに広がる、美しかった青い魔晶石が。

 深海の底の水晶窟みたいな幻想の景色が。


 歪んだ。


 狂った、濁った虹色に、世界が汚染される。

 溶け出した青い水晶のような魔晶石が、周囲の岩壁を巻き込みながら急激に質量を膨らませていく。


 それはまるで、悍ましい人外の『肉』。


 ドロドロに濁った虹色の粘液が、須藤兄貴と権爺の顔面に向けて、汚らわしい触手を弾けさせた。


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本日、第4話まで投稿させていただきます。

(第2話-12:20、第3話-18:20、第4話-20:20公開)

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