プロローグ 授与の儀~第1光の始まり
十歳になった子どもは、神殿でひとつだけ《スキル》を授かる。
それは剣の才能かもしれない。魔法の才かもしれない。商人向きの鑑定眼や、農作物を育てる力を授かる者もいる。
だから王都の大神殿で行われる《授与の儀》は、子どもにとって人生で最初の大勝負だった。
「次、ルーク・レイフォード!」
「はい!」
名前を呼ばれたルークは、思わず背筋を伸ばした。緊張で固くなった足を一歩ずつ動かし、祭壇の前へ進む。
広い神殿には、同じ年頃の子どもたちと、その家族が並んでいた。少し前に《剣術》を授かった少年は、父親の肩の上で得意げに両手を広げている。《火魔法》を得た少女は、母親に抱きしめられ、照れくさそうに笑っていた。
ルークも、その光景を横目に見ながら胸を弾ませる。
とんでもないスキルでなくてもいい。剣が少し得意になるものでも、魔法がひとつ使えるものでも。父と二人で暮らす今の生活に役立つなら、それだけで十分だった。
「では、水晶へ手を」
老神官に促され、ルークは祭壇の中央に置かれた水晶へ右手を伸ばした。指先が触れると、ひやりと冷たい。
次の瞬間、水晶の奥に淡い光が灯った。
「おお……」
誰かが息を漏らす。光は一度大きく膨らみ、揺れながら文字を形作っていった。
老神官が水晶に顔を寄せる。ルークも、胸の前で左手をぎゅっと握った。
「授かったスキルは――《親の七光り》」
「……え?」
ルークの声が、静まり返った神殿に小さく響いた。
すぐに、周囲からざわめきが広がる。
「親の七光り?」
「そんなスキル、聞いたことある?」
「名前からすると、親の能力に影響されるスキルか?」
ルークは困惑したまま、水晶を見つめた。すると、スキル名の下に説明が浮かび上がる。
《親の七光り》
親の力、地位、功績に応じて、所有者へ恩恵を与える。
「おお!」
今度は、先ほどより大きな声が上がった。
「すごいじゃないか」
「親が貴族なら大当たりだぞ」
「功績まで影響するなら、名門の子は最初から強くなれるんじゃないか?」
老神官も感心したように頷き、ルークへ向き直った。
「珍しいスキルだ。ご両親はどちらに?」
「父さんが、後ろに」
ルークが振り返る。
神殿の一番後ろで、人の列から少し離れて立っていた男が、目を合わせると困ったように片手を上げた。
くたびれた上着に、少し伸びた茶色の髪。腰に下げた剣の鞘も、すっかり色が褪せている。
ルークの父、アルフォード・レイフォードだ。
その姿を見た途端、期待に満ちていたざわめきが小さくなった。
「あれが父親か?」
「平民じゃないか」
「じゃあ、そのスキル……」
囁きはルークの耳にも届いた。けれど聞こえないふりをして、もう一度水晶へ目を戻す。
さっきまで輝いていた《親の七光り》の文字は、すっかり光を失っていた。
力が湧いてくるわけでも、頭が急によくなった感じがするわけでもない。剣の腕だって、きっと今朝と同じままだ。
「……これ、ハズレなんですか?」
思わず尋ねると、老神官は口を開きかけ、そのまま言葉に詰まった。
「いや、スキルに当たり外れなど……その……」
神官が視線を泳がせたところで、後ろから父の声が飛んできた。
「まあ、俺が親じゃ仕方ないな!」
妙に明るい声に、張り詰めていた神殿の空気が緩む。
「父さん……」
「帰ったら肉でも食おう。スキル授与祝いだ」
アルフォードは親指を立てた。ルークは祭壇の前から、疑わしげに父を見る。
「昨日、財布の中に銅貨三枚しかなかったよね?」
「よく見てるな」
「肉、無理じゃない?」
「豆を肉だと思って食えばいい」
「それはただの豆だよ」
近くで見ていた子どもが吹き出した。ルークも頬を緩める。父はいつだってそうだった。貧しくても、仕事に失敗しても、誰かに馬鹿にされても、最後には冗談を言って笑う。
だからルークも、これでいいと思っていた。
少なくとも、そのときまでは。
※※※
儀式を終えた帰り道。二人は王都の外れにある小さな借家へ向かって歩いていた。
「気にするなよ、ルーク」
隣を歩く父が、何でもないことのように言う。
「何が?」
「スキル」
「別に気にしてないよ」
「顔に書いてあるぞ。《せっかく授かったのに父親が貧乏だから何の役にも立ちません》って」
「そこまでは書いてない」
「じゃあ半分くらい?」
「一文字も書いてないよ」
アルフォードが笑う。ルークも笑い返した。
けれど、その日の夕食に本当に豆だけが出てきたときには、もう少し役に立つスキルがよかったかもしれない、と少しだけ思った。
ルークは、匙で豆をすくいながら、ふと尋ねる。
「父さんって、昔から平民だったの?」
豆を口へ運ぼうとしていたアルフォードの手が止まった。
「……なんでそんなこと聞く?」
「神殿でさ。知らないおじいさんが、父さんを見て驚いてたから」
「ああ」
父は短く答え、匙の豆を口へ放り込んだ。いつもより長く噛んでから、まるで昨日の仕事の話でもするような調子で言う。
「昔は、王族だった」
「ふうん」
ルークも豆を食べた。
そして、三秒ほど経ってから父を見た。
「えっ……王族!?」
勢いよく立ち上がり、椅子が後ろへ傾く。アルフォードが慌ててその背をつかんだ。
「大きな声を出すな。近所迷惑だぞ」
「いやいやいや! 王族!? 父さんが!?」
「信じてないだろ、お前」
「だって父さん、昨日、酒場の皿洗いしてたじゃん!」
「王族だって皿くらい洗える!」
「そこじゃないよ!」
ルークは椅子を戻すと、机へ身を乗り出した。
「どうして王族が平民になってるの!?」
「いろいろあったんだよ……」
アルフォードは目を逸らし、空になった匙を皿の上で動かす。
「いろいろって?」
「まあ、失敗した」
「何回?」
「七回」
「そんなに!? 多いよ!」
ルークが両手を広げると、父は気まずそうに眉を下げた。
一度目の失敗で、王位継承権を失った。
二度目で、有力貴族の支持を失った。
三度目で、軍での地位を失った。
四度目で、領地を失った。
五度目で、財産を失った。
六度目で、王家とのつながりをほとんど失った。
そして七度目の失敗が決定打となり、アルフォードは王族の身分そのものを剥奪された。
「……七回全部、失敗したの?」
「まあな」
アルフォードは苦笑して、皿の上の豆をひと粒つついた。
「逆にすごいね」
「まさか息子に褒められるとは思わなかった」
「褒めてないよ」
父が笑ったので、ルークも呆れながら笑った。
けれど寝台へ入ったあとも、聞いた話が頭から離れなかった。
もし父さんが失敗していなかったら。
自分の《親の七光り》は、ものすごいスキルだったのだろうか。父が王族のままだったなら、その地位も、力も、功績も、自分に影響していたのだろうか。
「まあ……今さら考えても仕方ないか」
ルークは毛布を頭までかぶった。隣の部屋からは、もう父のいびきが聞こえている。
いつもと同じ夜だった。
だからルークは何も疑わず、目を閉じた。
※※※
「アルフォード殿下! お待ちください!」
怒鳴り声に、ルークはびくりと肩を震わせた。
「……え?」
目を開け、体を起こす。
そこは自分の部屋ではなかった。
寝ていたのは豪華な天蓋つきの寝台。足を下ろすと、磨き上げられた大理石の床が冷たい。壁には金糸の刺繍が施された旗が掛かり、窓の外には見覚えのある王城の尖塔が見えた。
「……どこ、ここ」
毛布を握ったまま辺りを見回していると、廊下から足音が近づいてきた。
扉が勢いよく開く。
「殿下! 北方遠征の件ですが……」
若い騎士が飛び込んできた。その後ろから、ひとりの青年が姿を見せる。
ルークは息を止めた。
茶色の髪、少したれた目、騎士に呼び止められて、困ったように笑う顔。
見慣れた父の顔だ。
けれど、ずっと若い。
「ん? 誰だ、この子?」
青年がルークを見つけ、不思議そうに首を傾げた。
昨夜、父が話した言葉がよみがえる。
一度目の失敗、北方遠征。
それが、すべての始まりだったと。
「……父さん?」
「父さん?」
若き日のアルフォード王子は、自分を指差した。
「俺が?」
その瞬間、ルークの目の前に青白い文字が浮かび上がった。
《親の七光り》
《第一光 発動》
《親の人生に存在する“七つの分岐点”へ接続しました》
《第一の失敗まで 残り三日》
ルークは文字を読み終え、もう一度アルフォードを見る。
寝台から飛び降りると、裸足のまま駆け寄った。
「父さん!」
「だから誰なんだ、お前は!?」
「三日後、絶対に北方へ行かないで!」
「なんで!?」
「行ったら人生終わるから!」
「いきなり怖いこと言うな!」
アルフォードが目を見開き、騎士も扉のそばで固まっている。
こうして、平民まで落ちた元王子の息子は、父の人生に刻まれた七つの失敗と向き合うことになった。
カクヨムにも掲載しており、改定したものを投稿させていただいています。




