サクラ耳の美少女と限界社畜の夜
「俺……入社三年目にもなって、なんで新人の雑用を全部やってんだ……」
深夜、街灯に照らされた夜道を重い足取りで歩く。
文句を言ったところで、ここ数年うちの部署に新入社員が入ってこないのだから仕方がない。
会議の資料作成、お茶くみ、無限のコピー取り、さらには行く当てもない接待の幹事まで。
そろそろ自分のメイン業務に専念させてほしい。
帰ったら、すぐにでも寝たい。
だが、あいつの飯を出して撫でてから寝よう。
俺の帰りが遅いと、決まって玄関でふてくされている茶トラだ。
◇
深くため息をつき、使い古された鍵でアパートのドアを開ける。
玄関の明かりをつけた瞬間、俺の思考はフリーズした。
そこには、見知らぬ美人が仁王立ちしていた。
息をのむほど整った美貌。
光の加減で明るく輝く茶髪のセミロング。
小柄で華奢なフレームに反して、オーバーサイズのTシャツを着ていてもはっきりとわかる、主張の激しい胸元とお尻から太もものグラマラスなライン。
「だ、誰だお前……!? 鍵は閉まってたはずだぞ、なんで家の中に……っ!?」
あまりの恐怖と混乱に動揺する俺。
だが、彼女は怠そうに「遅かったじゃない」と呟き、不満げに耳元の髪をかき上げた。
その瞬間、俺の目が釘付けになる。
彼女の左耳のふちに、見覚えのある小さな切り込みが見えた。
……え? 切り込みってサクラ耳……? あの明るい茶髪……それに、俺を見下すようなあの生意気なドヤ顔……まさか……?
「お前……まさか、うちの……」
「ちょっと、人の顔をジロジロ見ないでちょうだい。美少女を待たせたんだから、もっとこう可愛がってくれても良いでしょ」
「待て待て待て!」
混乱する俺を無視して、彼女は当然のように胸元へすり寄ってきた。
ドタッと尻もちをつく俺に構わず、彼女はクンクンと鼻を鳴らし、そのまま口を半開きにして恍惚とした表情を浮かべる。
「やっぱり主の匂いが一番……」
「うわぁっ!?」
距離の近さに焦った俺は、反射的に彼女の肩を押しのけようと手を伸ばしてしまった。
ポンッ!
軽い破裂音と、一瞬の白い煙。
次の瞬間、バサリと崩れ落ちたTシャツの中央から、聞き慣れた声が響く。
「にゃ〜ん」
煙が晴れると、そこにはドヤ顔の茶トラ猫が佇んでいた。
彼女──いや、我が家の愛猫は「待ってました」と言わんばかりにドカッと俺の膝の上に乗ってくると、そのままくるりと丸くなり、満足そうに喉を鳴らし始めた。
「フシュ〜……ゴロゴロ……」
「……?!?!」
さっきまでの息をのむような美人と、いま膝の上でデカイ顔をして丸まっている猫。
まさか、さっきの美人は……この猫なのか……?
「夢……? 疲れすぎて幻覚を見てるのか、俺は……!?」
パニックのまま、その夜は逃げるようにベッドに潜り込んだ。
◇
「ん……なんだ、もう朝か……」
翌朝。
眩しい日差しで目を覚ました俺の視界を埋め尽くしていたのは、至近距離にある超絶美貌だった。
「うわあああああ!?!?」
驚きのあまり飛び起き、勢い余ってベッドから転げ落ちる。
「き、昨日のあれは、夢じゃなかったのか?!」
床に腰を打ちつけながら見上げると、ベッドの上で美人が眠そうに目をこすり、フンと鼻を鳴らした。
「何よ朝から大声出して……耳元で叫ばないでちょうだい」
「なっ、なぜそこにいる!?」
「なぜって……昨日の夜、主が寝た後に匂いを嗅いでリラックスしてたら、そのまま寝落ちしたのよ。寝ている間に人間の姿に戻ったみたいね」
「だからって俺のベッドで寝るなよ!」
「嫌よ」
「なんでだよ!」
「ここ、主の匂いがするもの」
「……ッ」
「猫のときだって、いつもここで寝てるでしょう?」
「猫? うちの猫はそうだけど……」
「だったら問題ないじゃない」
「大アリなんだよ! 理性が吹き飛ぶわ!」
「失礼ね! 美少女が添い寝してあげたんだから、感謝しなさいよ!」
ドヤ顔で胸を張る彼女の頭には、普通の耳とは別に機嫌よさそうにピコピコと揺れる猫耳のような寝癖が見えた気がした。




