06.支援者の会
木山さんは犯人ではない。
そう思っているのは、何も宮本記者だけではなかった。
この事件は、その捜査や裁判の杜撰さが既に各方面から指摘されており、世間では既に「冤罪事件に間違いなし」との風評が立っているのである。
しかし、そうなったらなったで、検察や裁判所は態度を硬化させる。検察は結審したのをいいことに、証拠品を全て廃棄してしまった。裁判所も、当時の最高裁で判決を下した裁判官が、退官後にわざわざ「この事件について再審はあり得ない」などとコメントを出す始末だ。
「こんな連中が人を裁いているんですよ。」
宮本は、裁判官のコメントを載せた紙面を指で叩いて示しながら、吉沢デスクに向かって吐き捨てるように言った。
吉沢は、聞いてないふりをしながら、珈琲を啜った。
◇
この日、宮本はある団体の事務所を訪ねていた。
「冤罪被害者支援の会」である。
「冤罪被害者支援の会」は、弁護士や大学教授、退官した元裁判官等が中心となって運営する民間ボランティア団体で、冤罪と思われる事件の被告人や刑が確定した受刑囚等を支援し、事件の洗い直しや再審請求等を行っている。活動資金は、一般市民から広く会員を募り、会員からの寄付や会員向けの会報の売り上げ等で賄われている。この「黒部川殺人事件」についても、既に複数の支援者がいて、そこからこの「冤罪被害者支援の会」に再審請求の代行が依頼されている。
宮本の今日の目的は、「黒部川殺人事件」の再審請求の活動状況の取材である。宮本は、一昨年から始めたこの事件に関する取材に基づき、現在、新聞紙上に月一回の連載記事を書いているのである。
◇
「いや、正直厳しいですね。」
担当の槇原弁護士が、「黒部川殺人事件」についての現在の状況を、率直に語り始めた。
「この事件を難しくしているのは、事件発生直後に台風による黒部川の出水で、音沢地区の被害者宅もその周辺一帯も、その下流の河口付近に至るまで、一度完全に浸水してしまっていることです。これによって、普通ならば現場に残っていたであろう数々の証拠が、全部洗い流されてしまっていますからね。」
「そうですね。」
「正直、検証作業は行き詰まっています。我々は今、むしろ貴方に訊きたいくらいなんです。貴方は事件の検証のために、何度か現場を訪れたと聞いています。その後、何か新しい発見はありましたでしょうか?」
槇原弁護士からの話は、正直、予想されたものではあった。
「実は、この間また音沢地区へ行ってみたんですよ。」
「おお、そうでしたか!で、どうでした?」
「警察がとった調書のとおりに動いてみました。実際、被害者宅で二人殺したとして、供述通りに増水した黒部川に遺体を捨てるためには、200mほどの距離を2度往復しなければなりません。犯行時刻とされる時間はまだ明るくて、黒部川の水位もまだ低い状態でしたから、誰にも見つからずに被害者宅と川との間を往復することは、ほぼ不可能だと思われました。」
「そこなんですよね……。」
槇原弁護士は、大きく溜息をついた。
「ほぼ不可能。事実上不可能も同然です。でもやれた可能性を『完全に』排除できるだけの証拠がない。」
「……そうなんですよね。」
宮本が出されたお茶を啜る。
「ですからやはり、あの『バイカモとアキグミ』の線で証拠を探すしかないかな、と。」
「そうですね。調書のとおりに犯行が行われたとしたときの、はっきりとした矛盾点を示せるものがあるとしたら、多分もうあれだけでしょうからね。」
◇
高橋さんの遺体は、濁りのない透明な水と、そうした透明な流れのある水にしか生えないバイカモと、黒部川の愛本堰堤より下流にしか生えていないアキグミの実を飲み込んでいた。
そして、出水による濁った水は、高橋さんの胃の中からは出てこなかった。
高橋さんがこれらのものを飲み込んだのは、まだ生きていた時しかあり得ない。
となれば、高橋さんの死亡した場所は、バイカモが生える濁りのない流れがあり、しかも扇状地の乾燥した河原に生えるアキグミが近くに生えていたか、あるいはその実が流れ込んでくる可能性がある場所、ということになる。
「河川敷内で湧水が出ている場所、と一度は見当をつけたんですがね。」
「ありましたか?」
「まだ見つからないんですよ。この条件を全て満たすような場所が。」
◇
警察の調書が、暴力的な取り調べによる自白の強要によるものだと証明するには、まずは高橋さんが死亡した場所を特定し、それが音沢集落内でないことを証明しなければならない。それも、誰も否定できないほどの確たる証拠を示して。
だが、話の方向性は定まりつつある。
あとはとにかく進むだけだ。




