05.帰京
結局宮本は、黒部川の愛本堰堤より下流の扇状地区間で、黒部川の河川敷内に湧く湧水を見つけることは出来なかった。もちろんバイカモの生育する流れもだ。限られた日程での現地確認では致し方ないことではあった。
宮本はレンタカーで空港に戻り、車を返すと、空港で帰りの便の搭乗手続きを済ませた。
空港の売店で、宮本はネクタイを一本買い求めた。富山湾の海面から最深部までがイラストで表現されたそれは、深さごとに生息する生き物がコミカルな絵柄で描かれていた。一目見て面白いと思い、つい買ってしまったのだった。
もちろん、「ますのすし」も買った。
◇
「どうだった?」
宮本の富山土産の「反魂旦」をつまみながら、出社した宮本に吉沢デスクが尋ねる。
「大体の様子は分かりました。思った通りで、木山さんの自供通りに犯行を行おうとすると、色々と無理があって、実行はほぼ不可能だと思われます。きつい取り調べで無理矢理自供させたのは間違いないでしょう。」
「そうか。」
吉沢デスクは、淹れたばかりのコーヒーを啜りながら、宮本の報告を聞いていた。
「だがなあ、どんなに杜撰な判決でも、一度確定した判決をひっくり返すには、誰も反論できん位の決定的な新しい証拠が必要だ。それが見つからないと、再審開始は難しいぞ。」
「そうですね。」
「まあ、他の仕事もあるんだから、あんまり入れ込み過ぎんようにな。……ところで、お前そのネクタイ何だよ?」
「富山空港で買ったんですよ。富山湾の深さごとに住んでる生き物が描いてあるんですよ、面白いでしょ?」
「ふーん……白エビってこのあたりにいるのか。」
◇
「再審請求」。
それは、一度判決が確定した裁判を、もう一度やり直すよう求めることだ。ただし、再審請求が認められるのは、
①証拠の捏造・偽造などが明らかに行われていた場合
②合理性に照らして判決に明らかな誤りがある場合
の2つの場合に限られている。
では、それぞれの可能性について検討してみよう。
まず「証拠の捏造」。
「黒部川殺人事件」の場合、これはあったかも知れない、いや、あった可能性は高いだろう。しかし、何分昔の事件であるから、これを立証できる物的証拠を見つけることは、ほぼ絶望的だろう。検察も多くの証拠を既に破棄してしまっている。だから、「検察側に証拠の捏造があった」という線で追及することは既に困難だ。
次は「判決の明らかな誤り」。
これについては、この間の現地調査でも、自供との矛盾点が幾つか確認できている。常識的に考えると木山さんの犯行は不可能だろう。だが、この「判決の明らかな誤り」を理由に再審を勝ち取るには、それを客観的に証明できるような具体的な証拠が必要だ。今はここがまだ弱い。
それでも、再審開始への道程として、選べるルートはこちらしかあるまい。判決の矛盾点について一つずつ検証して、「木山さんの犯行は理論上あり得ない」ということを証明するしかない。
そのためには理屈だけでは駄目だ。
必要なのは「証拠」、それも有無を言わせぬ程の具体的な証拠だ。
◇
宮本は、これまでの資料調査や現地調査の結果を整理しはじめた。
・再審請求に至るために、今後何が必要か
・今現在手元に何があって、何が足りないか
・足りないものをどうやって探すか
それが出来たら、今度は東京で出来ることをリストアップする。
宮本の、次の戦いが始まる。




