金にもならない
「グレン、こーんな下等生物ぐらいボクが片付けちゃうのぽ。だから――グレンは好きなようにしたらいいと思うのぽ。一緒に逃げようって、女の子の手を引っ張ったのに。ここで手も足も出ないなんて格好悪いのぽ」
無垢な言葉で突き刺してくる。こんな奴だからデカキノコは騙されて、食用なり愛玩用なりに出荷されていたんだろう。
「……っ」
癇に障ったのは一瞬だ。こんなのに怒りをぶつけたってどうしようもない。
「気楽でいいな。…………アレキサンダー」
「久々に名前、呼んでくれたのぽね?」
「お前はそう呼ぶべきだと思っただけだ。……嗚呼、クソ。俺は勝ち目がない奴がライバルな上に、どっち選んでもチェックメイトだ。青色の炎で死ぬか、インク切れか。……どうすればよかったと思う?」
「ボクもわかんないのぽ」
「……そうか」
ぼやきながら、アレキサンダーに背中を預けた。
今なら過激アンチのクソ野郎とも少しは分かり合える気さえしてくる。
“格好つけんな”
“寄生虫が。アズレア様と一課の戦闘に介入できると思うのか? そこで死ね。そうすればオレが『このコメントを非表示にしました』”
エーテルクラゲの雷光が背後を照らすなか、少しでもアズレアの力になろうとして前へ踏み出した。
視界に広がるのは噴き上がる青色。
アズレアとリード協会一課の剣戟を前に足が竦んだ。――さながら、嵐のようだった。斬り合い、激突しする斬撃。無数の円弧。
間合いが、呼吸が荒く乱れ続ける。
だが、アズレアのナイフが描く青い剣閃は前見たときよりも大振りだった。そのせいで互いに一撃も入らない。
刃を刃が受け止め、数多の火花が飛び散った。刀身がけたたましく金属音をかき鳴らす。長い髪が乱れ靡いた。のけぞり、ギイと軋む球体関節。
「たかが一課ごときさえすぐに殺せない奴が、……青色!? ふざけるな……。ふざけるなよ。そんなものじゃなかった。……そんなものじゃなかったんだよ。……偽物が!」
「そんなこと――そんなこと……我が、一番――!!」
牙の隙間からこぼれ出た言葉が震えていて、グレンは息を呑んだ。何をすればいいかを確証もないのに確信して。
「――アズレア!!」
もう一度だけ名前を呼んだ。ビクンと、殺し合っている最中に華奢な肩が大きく跳ねる。
「これを貸してやるから!! 使え!」
グレンは«蒼輝刀»を投げた。荒々しく揺れる蒼く長い髪。アズレアは一転して獰猛な笑みを浮かべて、小さな手がぎゅっと柄を握りしめる。
瞬間、攻撃はおざなりになった。受け流す動作は間に合わない。
リード協会の敵が見逃すはずもなく、頚椎めがけて鋭い斬撃が放たれる。致命的な一撃を前に、アズレアは首を可動域限界にまで反らした。ギィと、金属が不協和音を鳴らす。
「ッ――!」
「生憎、我の身体は偽物なのでな? たまに人よりは便利なのだよ」
根に持つように嫌味を吐き捨てながら、ナイフを振るった。両刃剣での打ち流しは間に合わず、敵は必要な距離だけ後ろへ下がり回避してみせる。
そして、――不均等な二刀流から生じた間合いを読めなかった。続けざまに振るわれた«蒼輝刀»が深くまで敵の横腹に潜り込み、空間が敵の身体を両断するまで切り裂いた。
どちゃりと、鮮血を撒き散らして身体がそれぞれに地面に伏した。気化したエーテルが作用して、今に無くなる命を溶かし碧色の液体へと変えていく。
「……ッーー。……配信、ついてるんだろ? サムネにしてくれよ。……本調子じゃない偽物とは言え、……色付き相手に、善処したし、伝説回だろ…………」
フードに隠れた視線がアズレアを見上げ、青く映った。
「……ふむ。発言はムカついたが。語り継いでやるとも」
「そりゃ……名誉なことだ。金にもならないよ……」
敵はそれきり喋らなかった。
アズレアは終わりを見届けてから、ジトリとグレンに視線を向けた。気まずいように浮かんでいく羞恥。ん、と小さく呻いて«蒼輝刀»が返された。
「その……教えるはずが助けられたな? 我としては冷静ではなかった。どうしても、侮辱が許せなかったのだよ。けど、グレン……君の前でそんな怒りは見せるべきではなかった。……すまないと思っている」
「誰だってムカつくことぐらいはあるだろ。俺だってムカつく奴がいるよ。ここ最近な。……できることなら少しずつでも事情は教えて欲しいけどさ。……でも今はとりあえず、逃げようか」
コクリと。人の可動域範囲でアズレアは頷いて、小さな手をグレンへ伸ばした。
「……?」
グレンは意味がわからず硬直した。訝しむようにアズレアと目を合わせたが。視線は噛み合わない。アズレアはふんと、鼻で笑うとすぐに走り出した。
都市の血管を駆けていく。




