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8. 第二回竜眠会議 後半

 志津江が唱えると画面が切り替わった。女生徒の立ち絵で、背景は学院の食堂だ。彼女は栗毛のボブヘアにオーバルの眼鏡をしている。

「エマ……」

 こちらで初めて出来た友人がそこに描かれていた。

『何が知りたい?』

 記憶通りの彼女の声がそうたずねると、紙をめくるSEと共にメモ帳を模した小さなフレームが開く。そこには攻略対象の名前が列挙されていた。


エルヴェ・ガティネ

セイクハイリ

リュカ・ベルナール

アンリ


 最下部に不自然な空白がある。未解放の攻略対象のスペースだろう。

「では上から行きましょう」

 シシリカイレの指示通り、エルヴェ・ガティネを軽く触れるように選択する。画面が切り替わり、ハリウッド俳優さながらの立絵が現れた。横に説明文が表示されている。


エルヴェ・ガティネ

ヒーディカーレ王国執政ガティネ大公の第二子次男。

学院のシェルシェールに在籍。

自身の立場を弁え、自律心は強いが……?


「え、何?」

 なぜ煽り文のように途中で切るのか。自律心が強いが何なのか。

「攻略進んだら追加されて先が読める奴でしょ。相手の心の内を聞いて『実は弱い一面も』とか言う奴」

「その程度なら最初から書いておけと言うものですね」

 土岐の説明にサカラがぶった切る。最初からそんな風に書いてあったら本人を目の前にして(この人心弱いんだ……)と考えてしまいそうなので伏せられていて良かったと思う志津江だ。何となく立ち絵に手を差し伸べる。

『ふふっ』

 立ち絵が笑った。エルヴェ・ガティネ本人の声で。そしてポーズが変わった。片手を腹の前で握っていたがそちらを下ろし、反対の腕を腰に当てる。滑らかなモーションで。

「こいつ……動くぞ!」

「ぬるぬる動く!!」

「あのクソMADは何だったんだ!」

 日本クラスタが沸いた。四人組外国人画像ばりに沸いた。立ち絵をつつき回す志津江、立ち絵差分数を数える土岐、セリフ差分を書き留めるサカラ。逆らえないオタクの性も満足して落ち着いた三人は、ようやくシシリカイレとリジィの存在を思い出した。二人はお茶を飲みながら三人を眺めている。

「すいまっせん!」

 土岐が綺麗にお辞儀をした。直角だ。

「いえ、パターン解析もしてくれていたでしょう、構いませんよ。後は下の箱を試してもらえますか?」

「はい!」

 志津江が説明文下の宝箱アイコンに触れる。切り替わった画面は宝箱の中を模していた。左上に二粒宝石が描かれており、そこに透けて大公子息が見える。それぞれ別画像で凝ったサムネイルだ。こんなとこよりオープニングにもっと力入れた方がいいのに。そんな事を考えながら志津江は画面の宝石にそっと触れた。


◇◆◇◆◇◆◇


「そこで何をしている」

 声をかけられたので振り返れば少し離れたところに青年が立っていた。明るい金髪に白い服、学生証のスカーフをしているからこの格好いい人もここの学生なんだと思う。私は優雅にカーテシーをした。

「お恥ずかしい話ですが、道に迷って途方にくれておりました。恐れ入りますが、小ホールとはどちらでしょうか。お教えいただけませんか?」

 そう聞けば訝しげな顔をされた。

「何故小ホールと?」

 質問された。格好いい人はこんな最小限の質問も格好いい。

「そこでオリエンテーションが行われると、入学案内にあったものですから。私は今日入学する新入生なのです」

「今持っている?見せて」

 鞄から案内を取り出して渡す。

「ああ本当だ。ありがとう。小ホールというのは多目的ホールの事だよ」

 案内を返しながら地図を確認するよう促された。

「多目的ホール、確かに載っています。ありがとうございます。助かりました」

 はい、ここで令嬢スマイル!

「君、名前は?」

「志津江ルロー小故島と申します」

 彼は何かを納得したらしい。一緒に小ホールへ行こうと誘われた。畏れ多過ぎる。

「目的地が同じだからね。ここで別れたところで君の後を僕が追うか、僕の後を君がついてくる事になるけど?」

「ご一緒させていただきます!」

 気まずいからね!


「育てば育つほど良いだろうと浅慮をしてね、早速作った薬を少し垂らしてみたんだ。おや、と想った瞬間にとんでもない速度で蔦が伸びて閉じ込められてしまった。生木を燃やす程の火を出す訳にもいかないし途方に暮れたよ。助けてもらったときには夜中でご飯抜きがそのまま罰になった」

「オリエンテーションが終わったら見に行ってみます」

「よく見てみて。バラだけ庭園エリアを大きくはみ出してるから」

 とても気さくな人だ。私が上手い返しは出来ていないけど、緊張もあまりしないで済んだ。服の仕立ても良さそうだし、多分身分がとても高いんだろうな。比例してコミュニケーション能力も高い。

「ご覧、小ホールはあの突き当たりだよ。もう解るね?」

「はい、お世話になりました。ありがとうございます」

 カーテシーをしてから小ホールに向かうと、後ろから彼が通りかかったスタッフに指示出しする声が聞こえた。

「案内板の有無を確認して、ないのであれば案内人を立てるよう実行委員に伝えておいてくれ、今なら充分間に合うだろう」

 すごい、身分が高くてその上ちゃんと仕事してる。


◇◆◇◆◇◆◇


 私アホすぎではなかろうか。

 志津江は机に突っ伏す。エルヴェ・ガティネとの会話だけでなくその時志津江が思った事まで全てテキスト化されていた。それを同年代だけならともかく、祖父母世代のシシリカイレに見られたのがとにかく恥ずかしい。令嬢スマイルのシーンでは全員笑っていた。

室内は何とも言えない空気になっている。誰もが志津江に気を使って何も言えない。志津江としては誰かに何か言って欲しい。頼む。

「ヒロインマスク、試してみますか?」

 救いの神はシシリカイレだった。この居たたまれなさがどうにかなるのであれば何でも良い。その一念で志津江はコンフィグを開いてヒロインマスクをONにした。

 気を取り直してセイクハイリの項目を開く。



セイクハイリ

ヒーディカーレ王国国王ナイレハイリの第一子長男。

ヒロインと同時に学院に入学。

責任感が強く隙を見せるのを嫌う。その原因とは……?


 

◇◆◇◆◇◆◇


多目的ホール/オリエンテーション


指定ページが見つからない

セイクハイリ「…………」(焦って)


ヒロインが二人で資料を見えるよう差し出す

セイクハイリ「…………!」(軽い驚き)


セイクハイリ「…………」(警戒しつつ安堵)


廊下/オリエンテーション


セイクハイリ「さっきは助かった」(警戒しつつ)


お辞儀をしつつ

ヒロイン「あ、いえ余計なお世話じゃなかったら良かったです。お気になさらず」


◇◆◇◆◇◆◇


「台本じゃん」

「王子無口キャラか」

 セイクハイリのイベント回想は、案の定資料を一緒に見たシーンだった。ガイダンス中と言うこともあり無言のやり取りだったため、台本も至ってシンプルだ。これでは何があったか他のメンバーには解りにくいだろう。状況を問われて志津江はその時の事を思い返しながら答える。とは言えマスクOFFのゲームシナリオよりは志津江の心にまだ優しかった。令嬢スマイルの下りでSAN値はガリガリ削られている。何なら今もまだ下がり続けている。

 残すところのリュカ・ベルナールとアンリの項目だが、検証自体しないと言う。

「オンオフ両方検証したいところですが……止めておきましょう。学術的興味は尽きませんけれど、筆者が存命中の日記を紐解くような事はしませんよ。必要に迫られればその限りではありませんが」

 エルヴェ・ガティネとセイクハイリはゲーム画面のUIを調べる意味で、その“必要に迫られた”事例だったのだろうか。突っ込んだ場合日記共有の共犯になってしまうため志津江は心の扉を閉めた。

「じゃあまた各自感想からのブレインストーミングで。ここまでの感じ俺は全年齢乙女ゲームだと思う」

 土岐が司会として先陣を切った。サカラが続く。

「確かにR指定には見えないけどまだ断定は出来なくない?」

「確かに全員エロくないなら全員にエロの可能性が……」

「ギャルゲクラスタの業深さよ」

 

「トキ君は何故乙女ゲームだと?」

 シシリカイレが静かに問う。

「世界観がゆるふわだからですね」

「それ私がゆるふわと言うことでは」

 志津江は戦いた。何しろ主人公視点で進むゲームだ。確かに、頭脳戦や政治闘争が自分にできるとは思わないけれど。

「まあ女主人公に攻略対象が全員男でギャルゲもボブゲもないでしょうけどね」


「そこでラノベの可能性ですよ」

 と提唱したのは土岐だ。

「自分で前提ひっくり返したわね……でも今のところの攻略対象、全員婚約者も恋人も居ないわよ。ラノベなら悪役令嬢は居てしかるべきではなくて?」

 サカラの言にリジィが首をかしげる。

「悪役令嬢が居ないとラノベじゃないの?」

「普通は乙女ゲームに悪役令嬢なんて居ないのよ。居ても惚れてしまいそうなくらい男前なライバルとか、協力してくれる情報屋くらい」

「そうそうゲームでまで皆不愉快な思いしたくないからさ」

「攻略対象に付随する立場で、持ち物隠したり水かけたり階段落ちさせたりするのは寧ろ少女マンガの系統ね。乙女ゲームに悪役令嬢は居ない。悪役令嬢が居るならそれは漫画や小説の創作である可能性が高いって事」

「ラノベは王道・逆張り何でもありになってるから、悪役令嬢が居ないラノベ世界の可能性もあるけどね」

 そこまでひっくり返してしまえばこの検証の意義も揺らぐが、否定要素のない可能性は捨てられない。

「……ゲームの世界に転移とか転生って本当にあるんでしょうか」

 志津江の本音がポロリとこぼれた。乙女ゲームは気になったものしか手を出さないけれど、ハマれば楽しい。しかし、製作には申し訳ないが所詮ゲームだ。そこに主人公達以外の人物・国・世界を構築するだけのものが果たして収まるだろうか。

「ゲームによって、世界がひとつ構成される事は、まあ無いでしょう。情報量に物質量、とにかく全てが圧倒的に足りない。異世界の一部の、更に特定の時間帯をゲームとして切り出しているのではないかと思いますよ」

 シシリカイレの概要をサカラが補足する。

「ドキュメンタリーだと思ってみて。違う選択肢を選んだパラレルワールドの分も撮影して、編集して選択肢毎に無理のない展開になるようまとめたものが“乙女ゲーム”。貴方はその撮影舞台となった異世界の、撮影開始前に転移して、今撮影が始まったところ」

 志津江の求めた方向性の回答ではなかった。かと言ってどう言えば伝わるか解らずモヤモヤしていると、土岐が続く。

「ヒロイン密着24時だね!……っていやそんな込み入った話じゃなくない?異世界に転移しちゃったどうしよう!?ってだけだよ。ね、小故島さん」

 ああそうだ、自分が言ってほしかったのはただそれだけの事だ。

「……そうかも知れません」


 発言が落ち着いてきたところで夜も更けてきたからと、会議はお開きとなった。

 各自食器はサカラが手配したワゴンに乗せ、リジィが台拭きで机を清拭する。片付けが粗方落ち着いた頃合いを見て、志津江は退出しようとするシシリカイレを呼び止めた。

「あの、今少し良いですか?」

「どうぞ……そうですね、座りましょうか」

 志津江の様子を見て、シシリカイレは立ち話ではなく聞く場を設ける。先ほどは離れて座ったが、今回は隣の椅子を勧めてくれた。

「どうされました?」

「あの、私……帰る方法を優先して探したい、です。帰れるか解りませんし、帰り方が見つかったとき帰りたくないかも知れないですが、でも帰りたいときに帰れないのが一番イヤなので、先に見付けておきたいんです。えーと、それで……?」

 帰るがゲシュタルト崩壊し、自分が何を言っているか、何が言いたいか解らなくなった。フリーズしながらも復旧に向けて何とか考える志津江を、シシリカイレは静かに待つ。

「あ、そう!つまり、帰り方を探すのをお願いしたいのと、あ、勿論私も頑張りますが、学院の授業より優先したいんですが、それって出来ますか?」

 リジィの教えてくれた異界研究は慈善事業ではないという事。志津江にはこの世界での生活基盤がなく、今与えられているのもシシリカイレの趣味投資の一環だ。いつ取り上げられるかも解らない。ならば自分の希望を明示し、誠意をもって頼むべきだ。マリヤは自身の後悔と共に志津江にそう教えてくれた。

 だが思い出したままに口にしたので、頼み方としてはとんでもない言い種になってしまった。志津江本人も仕切り直した方が良いかなと考えたところでシシリカイレが微笑んだ。

「出来ますよ。解りました、その方針で行きましょう。卒業は遅くなりますが、一日辺りの授業数をセーブして、空いた時間を帰り方の模索に使うので宜しいですか?」

「あ、はいそれでお願いします」

 思いの外アッサリ申請が通った。肩透かしをうけた気分だが、それもシシリカイレがマリヤの時の事を知っていて、かつ志津江が彼女によく仕事を教わっている事から察してくれたのだろう。

 志津江は実感のなさから呆然としつつ、それでもなんとか頭を下げた。

「では明日、授業要綱が配られると思いますので戻られたら持って来てください。履修方法を一緒に考えましょう」

「あ、はい。宜しくお願いします」

 志津江は恩知らずにも、面倒くさそうだななんて考えていた。

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