表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/80

伯爵の家に遊びに行こう

「すっかりラキコに嫌われたわねぇ、キルタくん」初手から()()()と来た。普通に(へこ)む。なんなの。


 中央区の一角、立ち並ぶタウンハウスの一棟。燦々(さんさん)と降り注ぐ日の光に照らされる、格調高き中庭テラスの、精緻(せいち)で白い丸テーブルのほとり。――お茶会と言うにはアンフォーマルな軽食形式にて、二人は歓待(かんたい)を受けていた。


 切田くんの横にて粛々(しゅくしゅく)と座る、清楚な(たたず)まいの黒髪の女性が、訳知り顔のドヤ顔で首を突っ込む。「…あんなんじゃ()()()()にござろうよキルタ氏〜。…というか、マ〜ジでござるか?お(ぬし)。ちょっと振り返ってみるでゴザルよ」


「初対面での話の取っ掛かりにと、知恵を(しぼ)って散々(さんざん)歩み寄った挙げ句、……そしたら嫌な顔されて詐欺師呼ばわりされて…」(…そこまで言っては、…いや、同じ事か…)


「いくら営業目的にしたって限度があり申そう。ただでさえ上司指定の怪しい客先。そんな飛び込み営業イヤイヤイヤ〜のイヤ〜でござろうよ?」皮肉げ()()横柄(おうへい)な態度で、ハハァン?と(あお)る。「……もしやキルタ氏〜、自分が(きら)えば相手からも(きら)われる。そんな簡単な認識さえ出来ない(たぐい)の、プフ〜。量産増殖(りょうさんぞうしょく)プラナリアの(くさ)れ能無し馬鹿チン○コだったのでござろうか?」黒縁メガネをずらした緋村もゆが、流し目で嗤った。「…あーあ…」


「…ラキコだって自分に出来る事を、精一杯に頑張ってるだけなのに…」


「…きっと今頃泣いてるよ…?」


「…ねぇ、泣いてるよ…?」


(…うるさいなぁ)「……てか、緋村もゆ。あなた何でそこにいるんですか」何故か隣にちょこんと座っている、(なんなのこの人…)黒髪赤目の少女を見る。


「…フルネームで呼び捨て、…酷い(あつか)い…」眼鏡をずらしたままフンフンと怒る。「…『もゆさま』でしょう…?」(…何だとぉ…?)


 そんなしょうもないやり取りに、金髪片眼鏡の豪奢(ごうしゃ)なおじさんがクスクスと笑いかける。「あら、あなたの仲間じゃなかったの?私すっかり…」


「違いますよ。ラキコさんの()れです。そちら側の人間じゃないんですか?」「……寡聞(かぶん)にして存知(ぞんじ)上げないわねぇ……」二人はムムムとなる。


 緋村もゆはフンフンと怒った。「(あつか)いひっどぉ!いくらなんでもライン越えだよ!…あーあーあー!そう来たでござるか!あーめっちゃ傷つくぅ〜!」


「見損ないましたぁ!せっかく拙者が目をかけてあげたのに。そういう差別を区別だと刺しに来る(たぐい)の、脳内ハラスメントハッピーパウダーな御仁でござったのですな!性根の腐った孤独死物件!馬鹿馬鹿バーカ!そっちがその気ならこっちにだって考えが、……ムギィ!覚えとくでござるよ!!」黒縁メガネを乱暴に外す。


「…意地悪の悪人…!」(口悪(くちわる)ぅ〜)ドスドスとがに股で、赤ローブの少女はタウンハウスに消えた。


「…なんだったのかしら」(……僕にもわかりません)とても怖い。


 立場の割には偉そうな素振りをまったく見せない、ラフな格好のキンキラおじさんは、ミルクコーヒー並みの余裕たっぷりに、白銀の水差しみたいに嫣然(えんぜん)と微笑む。


「じゃあ、ラキコ諸々(もろもろ)に嫌われた者同士。今は仲良くするとしましょ?キルタくん?」



 ◇



「……おふろ……」「『聖女』さま、こちらに……」ハウスメイドたちに何やら(ささや)かれた東堂さんが、連れ立ってフラフラと部屋を出ていこうとする。――凛とした表情で振り返る。「……類くん。ちょっと席を外すね」


「状況が動いたら、きみの判断で進めてくれていい。……私が追いかけるから」


「わかりました」(警戒心〜、…とはいってもなぁ…)ムムムとなる。(流石に止めるわけにもいかないだろ。…どうせ、向こうに害意があれば即死の状況だしな。ホントすみませんね、流浪の生活で…)


 ラキコ一党の案内に(したが)い、――切田くん達は『王城』のお膝元、中央区に並び建つお屋敷街。その中でも大きなタウンハウスの一つに来ていた。彼女らの上司、西方鎮守パンデモーヌ伯爵(スゲー名前だね、しかし)に会うためだ。……貴族の本宅、という感じではない。ゲストハウスなのだろう。


 不思議なことに、あれから後続の追撃はない。羽付き兵士が飛んで来ることもないし、重装兵士が詰めてくる事もない。一般兵や門番だって知らん顔である。


「パンデモーヌ伯爵閣下は、まもなくいらっしゃいます」クソデカ巨漢の執事が、丁寧な物腰で言う。


 来客や商人を待たせる(ため)の待機部屋なのだろう。応接家具が立ち並ぶ、広い待合室のテーブルに座らされている。――荷物と外套は(あず)かられてしまった。詠唱短縮の指輪だけは、シャープペンシルと一緒に内ポケットに(こっそりと)入れてある。「ご心配ですかな、キルタ様」(……んぇ?)


 タウンハウスを案内してくれた、見るからに体格の良すぎる執事。あのアルコルに並ぶほどの体躯である。(そんなサイズの人が、そうそういるわけ……共通規格なの?)キャラ(かぶ)りだ。(イェップ=ヤップさんみたいに変化つけて?)


 凶悪な見た目ではあるが(つつ)ましく上品。体格にピタリと合った(パツパツではない)執事服を着ている。(…仕立てにいくらかかるんだ…)


 巨大執事は胸に手を当て姿勢を低くし(高い)、丁寧かつ穏やかに語りかけてくる。「キルタ様はもっと、ご自身に自信を持ってもよろしいかと」「…はぁ」(ダジャレかな)


(わたくし)どもはキルタ様のお力を、大変高く評価しております」体躯に似合わぬ、柔らかな語り口。「――失礼ながら、皆様がたの御力(おちから)(すべ)てとは申しませんが精査(せいさ)して御座(ござ)いますゆえ」


「よって、(わたくし)どもがお客様がたに危害を加えることなど、あり得ぬことにございます。キルタ様が今までになし得た戦歴と御力(おちから)は、取引相手に不義を躊躇(ためら)わせる、という自負にございましょう」


 突然のお褒めの言葉に、ムムムとなる。(…赤の他人が『何かを信じるべきだ』ってわざわざ言ってくるのって、100パー胡散臭(うさんくさ)いんだよな……)切田くんは最低だ。(…同調圧力攻撃…!)


(…この人はまだ、『私を信じるべき』『他人を信じるべきだ』って言ってこないだけマシだけど。そんな言い草使う人って、DV野郎か詐欺師でしょ?)全力で偏見を振りかざす。……けれども答える。「……ありがとうございます」(社交だね、切田くん)神妙(しんみょう)に返すと、巨漢の執事は、深くにこやかな笑みを作った。(接客のプロ。すみませんね、こんなガキンチョ相手に…)


(…まあ、実際には単に、『ちったあ力抜いて(くつろ)げや、おう』って意味だろうしな。『ワシらのもてなしが受けられん、ちゅうんか?おう、ワレ…』言葉のチョイスが胡散臭(うさんくさ)いってだけで…)


「…でも、今なら毒殺とかで、普通に死ぬと思いますけど」(『精神力回復』が使いたいんだっけ?なら平気か)待合室のテーブルに置かれているのは温かい紅茶と、甘い焼き菓子だ。(フィナンシェ的なやつ。他にもクッキーとかだ。普通にうまそう)手を伸ばそうとして、ふと気がつく。


「ああ」スポンと覆面を取る。(わき)(ひか)えるクソデカ執事が、なんだか二重(にじゅう)に困った顔になった。焼き菓子うまい。もっちゃもっちゃ。「美味(おい)ひいです」「……それはよう御座(ござ)いました……」食いながら(しゃべ)るな。


「……主人が戻られましたらお呼びいたします。お(くつろ)ぎ下さい」「どうも」巨漢の執事は深く一礼し、部屋を去っていく。(向こうも社交だな、こりゃ)


 せっかくなので、(せっかくですからね)どんどん焼き菓子を食べ、紅茶を飲む。とてもうまい。(普通ではない()()()()がするな。毒は、…入っていない、気がする…)甘いものは疲れた心を癒やしてくれる。すると、


 ――ヒソヒソと、(ささや)く声。




『魔女が来るよ』




(……)焼き菓子をリスみたいに頬張(ほおば)る切田くんは、紅茶を飲み干して流し込み、そして、首を(かし)げた。(……なんて?)


(何だ今の)「ブリギッテさん?」辺りを見回す。……何も無い。遠話の魔法らしき緑の光は見当たらない。(ちくわ大明神?)「どなたです?ブリギッテさんのお知り合いですか?」


 ――問いかけは、ただ静寂に飲み込まれる。(むな)しい。(…気のせいかな。幻聴?)


(…(いな)、『精神力回復』のおかげで、――幻聴が起きる時特有の、()()な感じや遠い疲労感はない。…だったら僕は、本当に聞こえたって事だ…)張り詰める警戒感。……そして、砂を噛む、感覚。


 切田くんの現在の手札は索敵手段に(とぼ)しく、――火力自体はあるが、それなりの貫徹力(かんてつりょく)しか持っていない。切田くんの力では抜けないクラスの装甲や、視認できない敵の相手が不得手(ふえて)である。(…そんなん得意な人なんていないでしょ…)気分は機動戦闘車、対戦車戦闘用意!だ。バリバリー。(…やめて…!)そしてやはり、(ささや)き声の主は見当たらない。(…駄目だなこりゃ。気にするだけ無駄だ…)


(……声の相手が誰かは分からないけれど、――実際にブリギッテさんが来たのなら、この現象の心当たりを直接聞くことも出来る。……つまり、どうせ来るなら『余計なお世話』だな)「ご親切にどうも」



 次元を引き裂く、甲高い耳障りな異音。(ヒェ…)思わず椅子を倒し、()退(すさ)る。



(……うそーん……)待合室のテーブルが、お菓子の皿ごと真っ二つに裂けた。……内側にへたり込むように倒れ、重なり合う。――正確な裁断面。怒らせてしまったのだろうか。それかお菓子アンチ。(……本当にどういうこと?)



 しばらくすると、待合室のドアがノックされる。丁寧に扉を抜ける巨大執事が、穏やかに、かつ上品に伝えた。「パンデモーヌ伯爵がお会いになられます…」「……?」


 そして、流石にこの状況に、眉をひそめた。「お客様…?」


「こうなってしまって……」



 椅子にぼんやり座る少年と、真っ二つに裁断されたテーブル。残骸には(から)の皿やカップが、少し欠けて(はさ)まっている。



「……こうなってしまったのなら、致し方ありませんな」困り顔で、ニコっと笑う。「……しかしながら、もう一度主人に確認して参ります。もう少々お待ちください」


「はい」(…ごもっとも)


 巨漢の執事は(きびす)を返し、丁寧に扉を閉めた。……バタン。



「理不尽〜」



  ◇



「ほら、おかし食べなさい。ジュースも」(…てか、なんでポテチとサイダーなの)目の前に広がる光景に、首を(かし)げる。世の中不思議でいっぱいデイズだ。(無双つぶしか?お?)


 自然な心尽(こころづく)しに飾られる中庭。白く優雅な丸テーブル。……緋村もゆが去った(…永遠に去って…)今では、モノクルを掛けた金髪男性と、切田くんの二人だけが席についている。(…さっきの執事さんが遠くに(ひか)えている。すみませんねホント…)


 テーブルの上には、銀のピッチャーとガラスコップに注がれた炭酸飲料。陶器の大皿にはポテトチップスが山となっており、各員それぞれに喫食(きっしょく)用の、二本の細い棒が置かれている 。(はし!)


 パンデモーヌ伯爵は気さくな紳士で、(おねえのおじさん!)フリル多めではあるが、仕立ての良いラフな格好だ。はしを器用に使い、ポテチをつまみながら紅茶を飲んでいる。(オネエのおじさんは、ポテチを箸で食うんだ!)解像度が上がってきた。


 肌や造作からは中年から壮年だとは思われるが、反対に、不思議と非常に若々しくも見える。――片目にモノクルを嵌めている。(鑑定の魔道具とか、ビームが出るやつかな)特に魔力は感じない。(ハズレ。残念……)おしゃれモノクルなのかもしれない。


「私、今日はお紅茶にもお砂糖をたっぷりと入れているの。…んーおいし」オネエ口調(くちょう)のキラキラおじさんが、心底嬉しそうに(のたま)う。「甘いとしょっぱい、しょっぱいと甘い。人の脳を焼く欲望の無限のサイクル。コントラストが大事なのかしらね?」


(…しかし、ずいぶんと気さくな人だな)流石に首を(かし)げる。(聞いてみよ)「伯爵と言ったら、地方のトップのかたですよね」(…県知事どころじゃない。外様(とざま)大名(だいみょう)のお殿様ぐらい。つまり、超偉い人のはず…)


「まぁ、気になるものかしらね…」やれやれと首をすくめる。「もちろん、貴族といえどプライベートというものはあるの。ないのは『王様』ぐらい。お気の毒さまねぇ」フゥン、と鼻でため息。


「……今は、プライベートの時間よね?」そして、ニッコリと笑顔。


「はぁ」(そら、言うだけなら勝手ですけれども)権力者の言う『無礼講』など、鵜呑(うの)みにする方が悪いはずだ。(結局は匕首(あいくち)突きつけて、『私好みに気さくに踊ってご覧なさい?』って事だもんな…)ひどい。


「そもそも、あなた達召喚勇者って、この国の権威の外側にいる存在でしょ。うちに税金納めてる?」


「買い物ぐらいはしましたよ」


「あら、ご協力ありがとう。元いた場所から無理矢理に連れ去られ、社会保障もなく、習慣も倫理の基準も違う。そんな存在を無理にでも従属させようと、各国はいろいろな手管(てくだ)を使っている。この国だと『洗脳(ブレインウォッシュ)』ね?」


「…あれ」(僕らを呼ぶのに結構税金つぎ込んでそうだけど…)召喚時の規模感を思い出す。「この国の予算で呼んだんだから、って。所有権を主張しないんですか?」


「逃げちゃったでしょう。貴方達」「…そうでした」所属なしだ。税金も無駄だ。


「…呑気(のんき)なものねえ。そんなイリーガルかつ危険な存在であるフォーリナー(部外者)を、個人の邸宅に個人的に(まね)いて、一緒に暇つぶしをしているのだから。どこからどう見ても趣味の時間のプライベートでしょう」「暇つぶして」(…ずいぶん呑気(のんき)だな。用事あるから呼んだんじゃないんかい)


「それとも、もう一人の女の子が来る前に話を進めても良かったかしら?それってちょっとイヤな事じゃない?」フフーンと、伯爵は笑う。「レディの準備は時間がかかるものよ?」


 切田くんは失礼を押し付けぬよう、慎重に問いかける。


「僕の持っている変なアミュレットは、探索魔法で親衛隊にマークされています。空から襲ってくる羽根付きの人たちとか。……ご迷惑じゃないんですか?」


「ダイザ?」


「いらっしゃっております」(いか)つい顔の巨大執事が、穏やかに答える。「随分(ずいぶん)とお(いか)りのご様子でしたな」(でしょうねぇ…)


「そのまま(とど)()きなさい。少しは頭を冷やしてもらわないと。ね?」「かしこまりました」(権力バリアつえー)


「もちろん私には、あなたに対する意図はある。でも、それとこれとは別」パンデモーヌは鷹揚(おうよう)に構える。「やり方に沿()った格式ある歓待で、あなたに権威を押し付けることもできるけれど。――でもあなた、そんな事されてうれしい?」甘い紅茶を飲み、フゥ、と一息つく。「すり寄ることに必死ならまだしも。あなた、帰りたくなってしまうんじゃない?」


「客というのは基本、自身が得をするために来るもの。当たり前よね?…貴族だろうが平民だろうがおんなじ。得がない、損だと思えば来なくなる」


「まあねぇ?マイナスの損得勘定。損を広げない(ため)、暴力に(さら)されない(ため)。我慢して仕方なく来ている人も多いでしょうけど。そういうのは嫌よねぇ~」ぐったり顔で箸でポテトをつまみ、ポリポリ食べる。「ああ美味(おい)し。こうやって、お客様が気を楽に、のびのびと過ごせて」


「私だって、()()()のほうがうれしいわ?」ニッコリ笑顔で、パンデモーヌ伯爵は(あで)やかに笑いかけた。「ほら、お菓子食べなさい」


 切田くんは箸でポテチを食べる派閥ではないのだが、せっかくなので箸でつまんでパリパリ食べてみる。(フライドポテトが太いってクレームが来て、嫌がらせで生まれたんだっけ?)ほんのりスパイスの効いた塩味だ。割とうまい。(向こうで濃い味のを食べ慣れてるからな…。まあまあの味)


「どうかしら、そのお菓子」「おいしいです」


「もっと正直にお願いしたいわ?」(…コワー…)笑みが深まっている。匕首(あいくち)の圧力を感じたので、正直に答える。


「…手作り感を意識してしまっているだけで、ちゃんとおいしいですよ。…向こうでは大量生産のラインに乗せて、安価なコストで客の脳を焼くために、味や精度に対して企業総出で何十年もの試行錯誤(しこうさくご)研鑽(けんさん)を積んでいるんです。コックさんが端正込めて作った()()と比べるものじゃない」


「ふむ」パンデモーヌは意味有りげに覗き込み、続ける。「キルタ君。あなた、――もてなしというものは、『ホストが何か自己主張をしなくていはいけない』、という決まり事があるのは知ってる?」「知りません」(この世界の慣習かな?)


「貴族社会の一般的なプロトコル。定石化(じょうせきか)、慣例化しているのだけれど。…形骸(けいがい)ではなく、もちろん存在する意味がある。貴方(あなた)の世界でもそうだったはずよ?」(…僕みたいな男子高校生が、そんなフォーマルな場になんて行きませんよ…)


「社交というものはね、――まず第一に、相手に理解を示さねばならない。この点については簡単よね?簡単な人にとっては()()()簡単。基本理念」ポテトチップスを箸で指す。行儀が悪い。「同時にね。ホストはもてなしの内容に、『自己』を盛り込まなくてはならないの。どうしてか分かる?」首を振る少年に、言い含めるように続ける。


「でないと、もてなしは(かしず)きと見られてしまうの。招待客を増長させて、不和を(あお)ってしまう。群れにおいて、客がより上位者であると勘違いさせてしまうわけね」


「それと、似たような理由がもうひとつ。……人は、与えられるばかりでは勘ぐってしまうから。ホストの主張が盛り込まれることで、このもてなしが『取り引き』であるという形式を持つ。すると、安心できる。取引相手として認められている、という自負も生まれるわ。――逆に、主張がなければ。招待客は(かろ)んじられていると感じてしまう事でしょうね」


「客側の気持ちがわからない、饗応(きょうおう)定石(じょうせき)さえ(まな)べない愚かなホスト。『()びてやがる』だなんて不快に思うヤカラさえ出てくるわよね?」ヤレヤレと、首をすくめる。「…やぁねぇ〜…」


「まあ、結局は暴力の入れ子構造ね。食い破られたくなければ得をさせ、守ってあげる。あるいは閉じ込めて(おど)しつける。……そうしなければ、組織は常に、死が近づく」


 オネエ(しゃべ)りの伯爵は、指をパチンと鳴らした。「ダイザ」一礼した巨漢の執事が、タウンハウスへと引っ込む。――すぐに銀の盆を片手に、とって返してきた。


「ではキルタくん。…ふふ、楽しみねぇ。今回の主張、本日の趣向。お見せするわね?」パンデモーヌ伯爵は、どこか妖艶(ようえん)に、ニッコリと笑った。


 執事の持つ銀盆には、手のひらサイズの白いカードが載せられている。


「『ステータスカード』よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ