フォーリング・コントロール
独断専行の末に民間人の被害を出すという失態。素知らぬ体でそれらを成し遂げた若き親衛隊員は、失点隠しに無断で追撃しようとした挙句に、……『魔除け』奪取犯とおぼしき覆面魔術師によって、瞬く間に撃墜されてしまった。「…まったく…」
「…酷いものだ。何もかもが後手後手とはな…」カニンガム副長は状況に心底呆れ果て、腹立たしげにぼやく。「事の分別もつかん子供を、エリート気取りで送り込んで。親衛隊など形骸化も甚だしいと言うことよ」
「ヒステリーと嫌がらせだけで場を掌握出来るとでも?俗物めが。…これでは若さを信じることなど、絶望と同義ではないかっ!」本当に頭が痛い。「……ふん。それが分かっていながらのこのざま。……ええい!前へと向かわぬ自責など、他責のままにしておけばいい!動きが鈍るわっ!!」
苦々しき告解の眼下、それを墜とせしめた魔術師は、低空を衛星の様に距離を保ちながらもこちらの出方を伺っている。……向こうから仕掛けてくる気配はないが、逃げに転ずる様子もない。
「……誘っているな、覆面。癒やし手の側には行かせぬと言いたいか。……これでは敵方のがまだまし、という事であろうなっ!!……ええいっ!!」苛立たしげに吐き捨て、『ローターソプター』へと正確に寄せる。回転機械の騒音を劈き声を荒げて、カニンガムは銀髪の操縦士をこっぴどく怒鳴りつけた。「これ以上は邪魔だっ!もういい、帰れっ!!」
銀髪ゴーグルはぷくーと頬をふくらませると、「…言い方さあ!」抗議するが如く乱暴に、座席の前に立つ操縦桿をガクンと手前に引き倒した。
煽る角度で急上昇していく『ローターソプター』。操縦する防寒服の少女が向ける視線は、――低空でオーブを掲げる覆面魔術師の姿を、しっかりと捉えている。「…あの覆面のひと。腰掛けのプリーチャーがはしゃいでた、『キルタくん』って奴じゃないかなぁ…」隈の浮く目で、じっとり観測。
「だったら上司の欲しがる『スキルホルダー』だって、アレと同じのなんじゃないの?」小首を傾げ、ゴソゴソ座席右脇を探る。「…んむぅ〜!?届かぁん!!」素っ頓狂に悶える。
骨組みにしか見えない『ローターソプター』の中心部、座席を取り巻く機械類。……股ぐらに伸びる、機体の傾きを変える操縦桿。旋回用ジャイロの正逆を司る左右フットペダル。座席左方、『ミンチミキサー機構』の回転出力を変えるスロットルレバー。
操縦席の右側には、伝声管らしきものが突き出した、奇妙な機械が据えられている。
一方、『ローターソプター』を追い払ったことにより、下方の覆面魔術師に迷いが見える。奴はこれをチャンスと見るか、誘われていると見るだろうか。――カニンガムは周囲から粗暴な人物だと見られてはいるが、当たりが強いだけで極めて慎重な男だ。今も覆面魔術師並びに倒れた民間人に寄り添うもうひとりの様子を、高所より厳しい視線で伺っている。
「…あれほどの火傷を治せる癒やし手は、強力な治癒スキル持ちの『聖女』であろうが。さすればあれは、総魔研から逃亡した強化勇者か。総魔研の事件と魔除けの消失日時。距離は遠いが辻褄は合う」
「となると相方の覆面は、魔術師系勇者の『賢者』ということになる。しかも『スキル』を二つも三つも持っている新型か?」
「『トリプルホルダー』の可能性など、責任逃れの眉唾かと思っていたが。…飛行するオーブに先程の焼き殺し、【ヒートウェポン】の術式改変を使ったのか?」
「…『賢者』の枠ならば他に、火力型や阻害型の『スキル』を持つ可能性もあるか。『スキル』の数が多いというのは実に厄介だな…」
「ふん。俺は貴様を、勇者四日目の素人などとは思わん!!」カニンガムは、魔法の詠唱を開始した。
◇
指揮官らしき白鎧姿が動き出す。苛烈な態度で指示を出し、簡易ヘリコプターを下がらせている。
(…諦めて帰ってくれるの!?…よし…)……飛行機械の損耗を嫌ったのだろうか。軍用ヘリなら確かに安いものではあるまい。状況を見上げる切田くんは、(一人残るんか〜い)暫し判断に迷う。
「……貴重だから温存したの?敵を前に分散して?……それとも、増援を呼びに行ったのか……」とはいえ、明らかにチャンスだ。――意識の没入。刹那の思考が加速する。
(ヘリの援護が消えれば、相手は一人。…しかも、さっきの羽付きとは違って兜を被っていない。装甲面ではつけ入る隙がある…)相対的に鈍足化した世界の中で、敵の細かい挙動を読み取ろうとする。(全・然・見えない!)……遠すぎる。鷹の目が欲しい。しかし、これ以上接近すれば、間違いなく戦闘の火蓋を切ってしまう。
(指揮のために視界を確保している?…部下と違って翼のマジックアイテムを使っている様子がない。…部下のレベルでは修得できない、飛行魔法を操る手練だということ…)考える程に嫌になる。グエー。(しかも、カッコイイ上位種の鎧を着た戦闘のプロだ。飾りじゃないだろアレは。…ハッハー、終わってるなぁ。素人が素直に正面から行ったって、返り討ちがオチ…)駄目だ。悪い考えしか出てこない。(…ホント、どうすりゃいいのさ。なんとか勝ち筋を見つけないと…)
暗澹の沼より粘つく気持ちをすくい上げ、接敵してからの数少ない手がかりを思い返す。(…さっきの戦闘、この人は上から観察していたよな。…接近しようと突っ込めば、【ヒートウェポン】攻撃が来ると警戒するんじゃないの?)
(だったら、愚直な素人と思わせる作戦だ。見せ札で気を引いて、チャージを背中に隠して砲弾を叩き込んでやる。…躱されたらフクロウの時みたいに、砲弾を誘導弾に切り替えての迂回攻撃だ)砲発射ミサイル攻撃だ。(二段構えの攻撃。牽制射撃で気を引けば、迂回弾からは気をそらすはず。……これならば行けるか?)
集中が必要な『ガラス玉』と『誘導するマジックミサイル』を交互に操作などすれば、意識はそれだけで、いっぱいいっぱいになってしまう。牽制の『マジックボルト』を撃つことさえ難しいかもしれない。――切田くんは決して、自分が並列処理の出来る人間などとは思っていなかった。(並列処理だなんて得意がっても、僕の力じゃ手違いを増やすだけだ。……今は、ひとつミスすれば死ぬんだぞ……)
だが、欺瞞工作が有ると無いとでは、本攻撃の成功率は格段に違ってくる。出来るかどうかは、やってみるしかない。(それでも今は、受けに回るべきじゃない。射撃戦は先制する側が圧倒的優位なんだ。……行かなきゃいけないんなら、……行けっ!!)
上空に舞い上がろうとした瞬間、――ぐいと、首根っこを掴まれた。「…えっ?」
刹那の思考の区切り。加速する世界の中で、――切田くんは背後より、首を鷲掴みにされている。「っ!ぐがっ!?…がっ、はっ…」たちまち万力の如く締め上げられた。頚椎がミシミシと、嫌な異音を立てる。(…い、息がっ…!?)喉と気管が圧迫され、呼吸が出来ない。――怒鳴り声が響いた。「『魔除け』を渡せっ!!殺して探すぞっ!!」すぐ背後。
(…な、何のことっ!?)いつの間にか、上空の敵が消えている。切田くんは既に捕まり、尋問を受けているのだ。(…ぐっ、…まだだっ!!)
「うおっ!?」カニンガムの手が重力に引きずり込まれる。掴む腕に突然掛かる荷重。切田くんが『ガラス玉』を手放したのだ。落下に転じた人体の重みが、突発的に片腕へと掛かってくる。
「逃すものかっ!……ぬぐっ!?」首を掴む手に、さらに『ガラス玉』が叩きつけられる。白篭手を打撃に跳ね飛ばされ、たまらず手を離した。
開放された切田くんは、そのまま地上へと落下していく。未だ状況は最悪に近い。(…背後に突然現れた?転移攻撃ってやつか!ラノベでよくある…)
「対応が速い。【テレポート】攻撃を知る敵か。やるなっ!!」カニンガムの使った【テレポート】攻撃は、一般的とは言えない攻撃方法だ。
術者の指定した座標への瞬間移動。魔術師自身の移動や逃走のために使うことはあっても、……短距離転移からの近接攻撃、などという術者が直接身を晒す攻撃など、(キ○ガイだ)魔術師が採用したい攻撃では決して無い。
今回は飛行任務の都合上、武器は持ってはいなかった(持っていれば仕留めることも出来たはずだ)が、鍛え抜かれた豪腕によって敵を無力化し捕縛する、という目的に当たっては、奇襲としてもベストな手段であるはずだった。
――跳ね上がった『ガラス玉』が弧を描き、落下する覆面少年を追う。切田くんも必死に手を伸ばした。地表激突はすぐそこだ。(よし、間に合う…)
「遅いと言った!!」大気を引き裂き迫撃するカニンガムの剛腕が、手に収まる寸前の『ガラス玉』を跳ね飛ばした。……迫る地表。もう、『ガラス玉』は間に合わない。
「うわああああっ!?」
落下死するには十分な速度。――切田くんの脳裏に、はっきりと死がよぎる。
「死ぬものかっ!!!」即座にショルダーバッグが跳ね上がった。肩紐がメリメリと嫌な音を立てる。(…保ってくれぇっ!!)ショルダーバッグは本体を精一杯に引っ張りながら、追走するカニンガムへとまとわりついた。
「生きているバッグだと!?…むうっ!?」バッグに引かれ落下速度の遅くなった覆面魔術師が、相対的に体当たりで突っ込んでくる。(…『スキル』も魔法も布地を通った。だったら指輪の接触回線だって通ってくれっ!!)ショルダーバッグに手を当てる。中でシェイクされたアイテム類が、慣性によってその裏に貼り付いているはずだ。(……届いたっ!)
「【ヒートウェポン】!」
布越しに回線を繋いだ詠唱短縮の指輪を使い、目の前の金属鎧へと、左張り手ごと術式を叩き込んだ。(…これで、…詰みだっ!!)たちまち胸鎧が加熱し、塗装が焦げつき赤熱化する。「終わりだっ!!……えっ?」
張り手がギュウと掴まれる。カニンガムは、離れようとした切田くんの左手のひらを、赤熱化する自身の胸鎧へと押し付けた。
――ジュウと皮膚が溶け、肉が焼けた。
「う゛ああああああぁっ!?」骨まで焼ける激痛に、悲鳴が裏返る。溶けた皮膚が、ズルリと滑った。……駄目だ、相手の力が強くて振り払えない。慌てて胸鎧の温度を下げる(赤熱が地金色へ)も、予熱が未だ、手のひらを焼く。
焼け付く腕を拘束したまま、カニンガムが怒鳴った。「『短詠唱』のスキルを使ったか!だが、甘いぞっ!!」このまま地表に叩きつけるつもりだ。(……頭と首を守らないと!)ショルダーバッグの肩紐が、引っ張りに耐えきれずにバツンと千切れる。
――後頭部を押さえ首を竦めた切田くんは、そのまま直下の屋根へと背中から突っ込んだ。「ぐはっ!!」衝撃に息が詰まる。
(…いっ、死んでないっ!生きてる!!)軽い目眩に脳震盪。手酷く背中を打ったものの、毛布の詰まった背負い袋から落着し、『ビー玉』がギリギリまで引っ張ってくれたおかげで、切田くんはなんとか血袋肉塊にならずに済んだ。――しかし、未だ左腕は拘束され、カニンガムは間髪入れずに詠唱を行っている。
「『割りて散らせ。跳ね除け拒め。魔力を禁ずる』!【ディスペルマジック】!!」
凄まじき音割れノイズ。切田くんの付与した【ヒートウェポン】、【ミサイルプロテクション】、【ディテクトマジック】、そしてカニンガム自身の【フライ】。触れる全ての付与魔法がシェイクされ、術式を分解されて魔力が放散し、消えていく。
カニンガムが、迫真かつ威圧的に吐き捨てる。「『魔除け』を出さなくば死んでもらうぞ!!覆面!!出さねばあとは、癒やし手に詰めるだけだぞっ!!」
魔除け魔除けと言われても、何の事だか。……しかし切田くんは、『迷宮』で拾ったカードキーのことを思い出す。とても魔除けには見えないが、候補は他に思い当たらない。(…あれか!【ロケート】の魔法に反応するGPSマーカーは!)切田くんは、ものすごくムカッ腹が立ってきた。
自分は確かに、自身を地獄に陥れようとした人々に対し、反撃によって彼らの命を断つことをした。――よって、腹の立つ話ではあるが、彼らが逆ギレして襲いかかってくるのはまだわかる。
しかし、この初老の重装魔術師は、ただその辺で拾っただけの小汚いカードキーのために、わざわざ空から襲ってきたというのだ。(…ハァ?)意味が分からない。
恨みを飲み込み、戦いを避けて、この国を離れようとした矢先に、(…離れてやろう、って言っているのにっ!!)――無差別の空爆に周囲も人も何もかも巻き込んで、今まさに、切田くんのことを縊り殺そうとしている。もはや、理不尽を通り越してわけわかめ星人エベレストに行く。(上から?下から?)
「いりませんよ!あんな板っ切れ!『迷宮』で拾っただけなのに、どうしてあなたがたはこんな乱暴をするんです!!」心の底から憎しみの籠もった罵声に、カニンガムは明らかに鼻白んだ。
「…口では何とでもっ!」
「これのことでしょう!あなたの口ぶりではっ!」脇に落ちたショルダーバッグの隙間から手を突っ込み、鎖ストラップ付きのカードキーを引き出そうとする。
「…こんなもののために民間の母子まで巻き込んでっ!!」「ぬぐっ!!」忌々しげに、言葉に詰まる。
それでも引っ張り出されたカードキーに目を留めて、カニンガムは乱暴に手を伸ばした。
「…とにかくそれは、渡してもらうぞ!」
……その時。高速で飛来する『ガラス玉』が、彼の側頭部を急襲した。「うおおっ!!?」一度は彼に跳ね飛ばされた『ガラス玉』。それが加速誘導する実砲弾となってカニンガムに激突したのだ。
咄嗟に差し込まれた白篭手に衝突して結晶球は砕け散り、粉微塵に降りかかる。流石のカニンガムも弾け飛び、その身体は屋根の上を跳ね飛んだ。
最初から狙ったわけではない。『うまく落ちてきただけのガラス玉』が視界に入ったことで、奴の意識をカードキーに引き付けての奇襲が実現したのだ。
(これが目的だとしたら、…こんなカードキーなんかいらないけど…)荒い息をつき、ストラップと爛れた左手のひらを見る。(…このままでは、良くわからない巻き添えを食って殺される!!)
(…奴には転移と飛行がある。捨てるにしても、今は一旦、射線を切って隠れないと!!)素早くカードキーを首に引っ掛け、肩紐の切れたバッグをひっつかんで、――切田くんは地表目掛けて、屋根から転がり落ちた。
◇
簡易ヘリ『ローターソプター』を操る銀髪の操縦士は、座席固定ベルトを限界まで引き伸ばして「ムギギギ…!」伝声管機械の奥へと手を伸ばし、「届いたぁ!…届きましたよっと」寄りかかってぐるぐるぐると、横から突き出たクランクを回す。
すると、どこにも繋がっていないはずの伝声管が、突然女性の声で喋りだした。『交換です』
銀髪の操縦士は席に戻り、涼しい声で伝声管に話しかける。「3番に繋いで」
『お待ちください』ブツンブツンとノイズが聞こえ、……呼び出しベルらしき音が、遠く、連続して響く。
ベルが鳴り止んだ。銀髪の操縦士は伝声管へと話しかける。
「もしもし?ラキちゃん?みょんみょんです」
『…!……!』何かが聞こえる。
「えぇ?何?」
『……!……!!』
回転機械の爆音と暴風の中、『ローターソプター』に備え付けの伝声管機械へと耳を澄ました銀髪の操縦士は、ムキーと声を枯らして叫んだ。
「…うるさくて聞こえないって!?…みょんみょんですけどぉっ!!!」