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ハーレム参入希望おじさん

「『アミュレット・オブ・イェ(イェンドナの魔除け)ンドナ』の反応が出ただとぉっ!?」


「追認出来てます!深夜に(まぎ)れて出現した模様、前回観測より誤差八時間以内!」


「…だから無理にでも続けろと言ったのだ!観測を!!」近衛兵団第一戦隊所属のカニンガム副長は()()()()(あゆ)みを進めながらも、早朝から寄せられた報告に、息を切らせる補佐官を思わず怒鳴りつけた。


 カニンガム副長は体格の良い初老の男性だ。今も全身より吹き出る余りある活力が、(よわい)()てなお現役であることを周囲に強く認識させている。――近衛兵団の白具足を身に(まと)い、特務仕様のマントを(ひるがえ)して、余裕も無しにガチャガチャと足早で歩み始める。


 放置された補佐官も鼻白みながら追いすがり、必死の報告を続ける。「現在【ロケート(方向把握)】示唆角度ならびに三点計測より、現在地を特定中!」


「……もう出てますっ!目標現在地、ルート河下流域!第二流通大橋付近に目下、停滞中!…目標に動き、ありませんっ!」対策室へと乗り込んだ途端、言葉の端を聞きつけた魔術技官が叫んだ。バサバサと卓上地図を広げ、東部を流れる大型河川を指し示してカニンガムを呼び込む。


「河を(つた)って海路で逃げるつもりか。脱出の船を待っているのか?やらせるものか」苦々(にがにが)しげに、即座に指示を(わめ)く。「事態は一刻を争う!スクランブルをかけるぞ!当直は!?」


 (おび)えを見せた補佐官が、それでも食い下がって報告する。「…一名が準備中です!カタパルトデッキで合流できます!」


「一名だと!?」カニンガム副長は怒りを(あらわ)にした。「ふざけているのかっ!?」


「魔除けの消失からもう4日目なんです!ずっと手がかり無く動かされて、皆疲弊(ひへい)しているんですよ!総魔研にもリソースを取られて!」


「近衛兵団第一戦隊は、『王』をエスコート出来るだけの実力を持った親衛隊なのだぞ!その程度の事で…」


「『王』の出撃なんて、ここ二十年は行われていないじゃないですか!強すぎたんですよ!…小競り合いや破壊工作があっても、衛兵隊や特魔戦が出るだけの非対称戦で!」



「…『()()()()()()()()()』と言いたいのか!貴様ぁ!!」カニンガムは怒りのあまり、弁解する胸ぐらを()()(つか)んで釣り上げた。



「ヒグッ!」突然の窒息に()(むし)る様子を()()()と睨み、面白くもなさそうに突き飛ばして床へと転がす。「…任務中だぞ!公的な場でそれを言うな!!…お前たちもだっ!!」咳き込む補佐官を尻目に、対策室内の手頃な魔術技官を物色する。「【ロケート(方向把握)】持ちで行けるものは!?飛べずとも良い!首根っこをひっつかんででも連れて行く!!」



「…ボク行けますよぉ」



 部屋の(すみ)でのっそり手を上げたのは、緊迫したこの場に()()()()そぐわぬ存在。……可憐な容姿で銀髪の、不気味な雰囲気を(まと)った少女だ。


 実年齢は定かではないが、少女と言っても差し支えない、小柄で痩せぎすな体躯。近衛兵団の軍服にヨレヨレの白衣を着込み、素足に今にも裂けそうなサンダルをつっかけている。――どこか気品漂う、(ととの)った可愛らしい顔立ちを、ボサボサ髪と目の下の(くま)、汚い格好がすべて台無しにしている。


 ちんまり白衣を厄介(やっかい)そうに見下ろして、カニンガムは怒鳴りつけようとして躊躇(ためら)い、それでも大声を張る。「…まだいたのか!『パトリオッタ』の。対策室にまで入り込んで何をしているっ!?制服まで盗んで!!」


「誰も()めませんでしたのでぇ」のそのそと()()()()()()()くる白衣の少女が、不服そうに口を尖らせる。「飛行申請出したのに飛ばせてくれないんだから、こうやって待っているしかないじゃないですかぁ」


 気の抜けた声に苦々(にがにが)しく他の者を見回し、……目を伏せ、萎縮し、災厄が振りかからないことだけを(いの)る技官たちを眺めて、――カニンガムは(きびす)を返しながらも白衣の少女に怒鳴りつける。


「話は後だ!来い!」


「アイアイサー」少女はピョコンと敬礼した。



 屋上階へ向かう階段を足早(あしばや)に昇っていく。重装備のカニンガム副長もそうだが、白衣の少女も見た目に似合わず、歩みを止めることも息を切らすこともない。


 初老の男は背を向けたまま、少女に向かって探りを入れる。「お前のところはパンデモーヌ伯の間諜(かんちょう)だろうが。『祭器』消失を探ってどうするつもりだ」


「誤解ですぅ、『パトリオッタ』は愛国戦隊ですよぉ。国に協力するのは当然ですぅ」


「地方領主の伯爵が、どうこう口を出す問題でもあるまいに!」


 スキップで昇り出した少女は、実に(たの)しげに語りだした。「『伯爵ごとき』をどうこうできる人、この国にいますぅ?貢献度も利権の数もダンチなんですから、血筋の権威なんて()()とっくに通りませんよぉ。あなたが付けてるその落下(フォーリング)制御(コントロール)マントも鎧の抗魔コーティングも、ぜんぶ上司の過去作じゃないですかぁ」頬を()()()と膨らませ、小さな口を尖らせる。「…ボクもそんな上司に追いつけ追い越せってガンバってるのに、ずっとイジワルで実験の邪魔してさ」


「空気を読んで()()()()()と言っている!国難の真っ最中だぞ!」


「魔除けがなくなったら、『狂王』が使えませんものねぇ」キシキシ嗤う少女に、カニンガムも声を()()()()ひとりごちる。


「…あんな良くもわからん道具(もの)を、国の中枢に()えるからこうなる」


 魔除けのことか、『狂王』を指すのか。――階段を昇りつつも振り返り、ピョコピョコ白衣に声をかける。「行くのならば、指示には従ってもらうぞ!パトリオッタの『技術神童(テックジーニアス)』」


「アイサー」少女は、踊りながらもピョコンと敬礼した。



 ◇



 近衛兵団第一戦隊屯所、『見張り塔』屋上階。『王城』に()()うように建てられた、()()とも取られかねないこの建物は、……『王城』よりもわずかに低い程度の威容を持つランドマークとなっており、――その垓下(がいか)。朝日に染まる『迷宮都市』の様子が、遠くの方まで良く見える。


 近衛兵団の『見張り塔』。ここは市街と共に『王城』の監視所も()ねているのだ。


 円形に広がる広い屋上階。『王城』を背に胸壁前にて()()かれているのは、前時代の遺物。……いや、この場では異物か。木組みによる巨大な塔を形作る、旧型のトレビュシェット式カタパルト(投石機)がそそり立っている。


 てこの原理と回転で、(すい)の質量を運動エネルギーに()え、スリングショットの如く石弾を撃ち出す攻城兵器。……しかし今、投石紐(とうせきひも)には弾丸の代わりに()()装填(そうてん)されている。――カニンガムと同様の近衛兵団制式装備。白具足とマントに身を包むその男は、投石紐(とうせきひも)をブランコ代わりにしゃちほこばっている。


 ……男が左右に広げた腕。そこには軽金属の骨組みに布張りの、蝙蝠を思わせる翼の模型が張り付いている。――正直な所、非常に間抜けな格好だ。


 間抜け姿を視界に収め、カニンガムが即座に眉をひそめて怒鳴る。「貴様か!新入り!」


「いつでもいけます!」


「上げろぉっ!!」間髪入れずに()()と指示を飛ばす。操作レバーにとりついた兵士の渾身(こんしん)の切り替えに、(かんぬき)を外されたトレビュシェット式カタパルト(投石機)が、たちまち()()()、と豪腕を振り上げた。


 石弾の如く放り出された白具足の男が、高度到達点にて模造翼を広げる。――見事に風に乗って滑空(かっくう)を始めた。補助翼(ハーピィウィング)落下(フォーリング)制御(コントロール)マント、【レビテーション(浮遊)】の魔法を組み合わせた、少ない魔力で長距離飛行が可能な『第一種簡易飛行装備』だ。


 トレビュシェットの側面には、胸壁に沿()って移動用木製レールが弧を(えが)き、……その横には()()別の、レールを背に()()かれた機械がある。剥き出しの座席が付いた、やはり時代に見合わぬ奇妙な構造の機械だ。


 白衣の少女が我が物顔で、有人機械へと歩み寄る。すでに二名の白衣が待ち構えている。助手だろうか。


「へんてこ武器のミンチミキサー機構には、こういう使い方もあるんだよぉ。『ローターソプター』、回せぇっ!!」けだる気な態度一変、威勢良く張り上げた声に答えて、助手が座席付き機械を操作する。――イグニッション。


 有人機械の中央、換装され天を突く巨大ミキサーブレードが、徐々に回転速度を上げながら下向きの強風を巻き起こしていく。どうやら簡易ヘリコプターの様だ。


 受け取った飛行帽とゴーグル、分厚い防寒着を、白衣の少女は(白衣の上から)いそいそと着込む。「…御身脚(おみあし)を」助手の言葉に白衣の少女はサンダルを蹴飛ばして()()と片膝を上げ、丁寧にブーツを履かせるに任せる。


 両足ともブーツを履かせてもらった少女は、もはや暴風()(すさ)ぶ中、ドタドタとおっとり刀で機械の座席に乗り込む。助手たちが強風の中、怒鳴り散らした。


「『ローターソプター』発進する!おい平民、そこをどけっ!!」「ごちゃごちゃするなっ!!危ないぞっ!!」乱暴に追い払い、手信号を出す。「進路、クリア!」


「フルスロットル!!」銀髪もこもこゴーグル少女が叫んだ。「ゴーッ!!」()()()()()()と跳ね回る挙動を見せた機械は、やがてゆっくりと離陸する。……暴風巻き上げ塔を縦断して、飛行機械は羽根男を追って飛び去っていった。


「…まったく…」そんな様子を苦々(にがにが)しげに眺めたカニンガムは、ぼやきながらも周囲のスタッフを追い払う。


「片手落ちでやらねばならんとはっ!…カニンガム、出るぞ!離れろっ!!」周囲に旋風が渦巻く。全身から吹き出る高圧の魔力が渦巻いているのだ。――せっかちな詠唱。



「『リーバ・グラビ・デオ・リパルス!集いし魔力を根源となし、星の(くびき)よ、解き放て!』、【フライ(飛行)】っ!」



 大気引き裂き飛び立ったカニンガム副長は、たちまち先行したふたりを追い抜いて、『迷宮都市』東部、ルート河下流域へと進路を向けた。



 ◇



 ()()()()()()とけたたましい騒音。「わぁ!」細身の女性に埋もれて眠る切田くんは、心地よい眠りより飛び起きさせられた。


 眠そうに半身を起こす東堂さんが、けだる気に橋の底盤を見上げる。「…荷馬車かな…」「人力台車のようですね。大八車みたいな」


 昨夜の暗雲はすっかり晴れわたり、(かすみ)の向こうから朝日が差し込んできている。……時刻は早朝。木製の連絡橋を渡る、重い荷役台車の音。(…騒音公害~)


 騎乗動物の(いなな)きや(ひづめ)の音は聞こえない。道中でも、馬などの騎乗動物の姿を見ることはなかった。都市部は乗り入れ禁止なのかもしれない。


(……なんだ。二度寝しよ)パタリと寝転がり直すと、寝ぼけ(まなこ)のふわふわ東堂さんが、逃がさんとばかりに(おお)いかぶさってくる。「…んふー。…おはよう、類くん…」


(……んん!?)「お、おはようございます?(はがね)さん?」切田くんはドキリともしたが、彼女が積極的すぎてちょっと引く。「…昨晩…」上の人は、ぼんやり顔でぽわぽわする。


「類くん、なにか変だった」


「…ああ」ギクシャクしてよそよそしくなってしまった記憶がある。自責の念に(あせ)りも感じたが、……だからといって、彼女を傷つけるのは本意ではない。


「…すみません。僕だって(はがね)さんとこうしているのは嬉しいですよ。(そりゃあもう)…ただ、僕がしているズルの分、後ろめたくなってしまっただけなんです」言葉が(すべ)る。意識の根元がねじれている。ただ今は、もう本当によくわからない。地図も道標もなしに細かい住所を目指す気分だ。(…グェー…)「……そういう気持ちって、簡単に(ぬぐ)えるものじゃありませんから」


 機械的に言葉を並べる切田くんに、上の彼女は答えた。


格好(かっこう)の良い言い方ね、類くん。類くんはかっこいいの好きだものね」――(うつ)ろな目でのしかかる美貌が、()()()()笑みで覗き込んでいる。


「『嘘』ではない。でも、隠してる。本当のことで隠してる」


「……そうでしょう?だって、言葉が()()()()フワフワしてるもの」張り付いた仮面の笑み。――しかし、深淵を写し込む()()瞳の下は、確かに喜色を浮かべている。「……だから、類くん?」


「私が思って信じたことを、類くんの隠し事の答えにするから」


(……?)その言葉は、切田くんの頭の中にスッと入ってこなかった。(…なんて?)思わず聞き返す。「……何ですって?」


 ――問いには答えず、そのまま寄りかかって頬を寄せてくる。(…ちめたい…)()()()()()重みと、頬に感じる冷たさの奥の熱。……密着する頬越し、ツンとする声が言った。「あと、返事」


「え」


「好きの返事」尖った口調。少し()れて、()かす。「昨晩の。ちゃんと言って」


「そ、そりゃあ…」(…その、昨晩の空気からして、そういう事なんだろうとは思ったけど。…でも、どちらとも取れるような言い方だったし…)切田くんはこの後に及んで()()()()した。「早く」「…はい」急かされてしまった。


(…第一、気持ちも欲望も、ちゃんと最初からここにあるんだから…)悲愴な決戦などではない。お膳立てされた凱旋(がいせん)である。変ににやけそうな顔(…ニチャア、ってなるぅ…)を必死に押さえ、つばを飲み込みボソボソと答えた。「好き…ですけど…」


 上からジトッと覗き込み、口元だけで()()()と笑う。「()(つくろ)うところが、本当っぽくて良き」(良きて)


「私も好き」何でもない事のように言うと、(さと)す口調で言い含める。「問題は、そうやってすぐ固くなっちゃう事だよね。……お互い様だけれど」


「慣れていない。経験がない。嫌われそうで、怖い。……そうね、自己肯定感が薄いのかな。こうして触れ合っている現実に、噛み合う感じが足りなくて……」言葉を飲み込み、真剣な顔で続ける。


「……全部が全部、うまくいかなくても……」


「……心を交わし合っていれば、それでいい……」




「でも、物事には限度というものがある」




 ピリ…と、状況にそぐわぬ緊張が走った。(…ヒェ…)


「撫でて」キッパリとした声。


「え」


「いいからやって。早く」また急かされてしまった。立体迷路みたいにわけがわからない。とにかく、(あせ)る動作で手を伸ばす。……女性の髪を触るのは、正直緊張する。「そこじゃない。抱きしめたまま撫でて」「す、すみません」「謝らなくていい。やって」強くダメ出しを受けてしまった。(…ひえぇ…)


 そのまま手を下げ、背中をふわふわ撫でてみる。手のひらに外套の感触がする。……彼女は声を尖らせた。「もっと強く撫でて。内側に向かって。…ギュッと(つか)んで、引き込むみたいに」


(かたち)でも衝動でも、気持ちを込めて。……たまらなくなって、続きがしたくなるみたいに」(……続き?)注文の多い東堂さんの言うとおりに力を込め、背中から腰の辺りにグリグリと手を押し付け、滑らせる。「…ん、…そう」曲線をなぞる事に緊張と怖さがあるが、こうなりゃヤケである。……腕の中の(からだ)に、熱と力が籠もった。「……いいよ、類くん………」


 肯定する声に(したが)い、腰から背中、背中から腰へと、強い力で彼女の細い(からだ)を抱き寄せ、引き込む動作を繰り返す。「……んっ……フフ……」……からかう甘い笑み。伝わる高熱。()()()()()みたいに密着が(こす)れ合っている。(……しっかし細いな、この人……)(……ところで……)


(……何してんの?……僕ら……)切田くんの頭は、尻尾追いかけ犬みたいにグルグル(まわ)っている。高揚と謎。(…これがいわゆる、『撫でポ』というやつなの?ホントにぃ…?)


 脳が大分死んでいる切田くんの鼓膜を、……陶然(とうぜん)とした声が揺らす。「……フフ。類くんの圧力が気持ちいい。こうやって、求められている感じが好き」


「……形としては」声が突然シャキッとした。「あとは、類くんから()()」説教じみて来た。と言うかこれ、説教だ。「本当にすみません」



「……どうして謝るの?」



 顔を起こした『聖女』と、すぐそばで目が合う。――熱っぽく、真剣な眼差しが、瞳の奥を射抜いている。


「出来るよね?一度、あなたの体を通してから。……でないと私、もう満足できない……」酷く(つや)っぽい、ジトッとした視線。「……類くんだって、そうだよね?……」蠱惑(こわく)の笑みと、甘い誘惑。意図の圧力に、上気する熱。


 イグニッション。意識に急激に火が入る。重なり合った二人の心臓が、酷く(うるさ)く鳴り響いている。……ハァッ…と、息苦しくも悩まし気な吐息。


「……ねえ類くん。最初から……」奥底を(のぞ)()む視線が、圧力を持って浸透する。


「……最初に出会った時から、こうなるべきだったこと。こうなるのが、自然の道行きなんだよ?」


「……ね?……聞こえるでしょう?……雑音を、ひとつひとつ丁寧に、取り除いてやれば……」



 ……(とろ)けた獣の様な眼光が、熱線みたいに脳を焼く。「……出来るよね…?」



 ……遠い耳鳴りがする。「……類くん。……ねぇ、類くん?」



「……さあ、手を伸ばして……」



「……もっと……求めて……」



 ……グツグツと()(こぼ)れた脳みそが、ゆで卵みたいに真っ白になる。――目の前の美貌が、懇願(こんがん)の瞳で覗き込んでいる。


(…そ、そうだ。……なにかしないと…)眼前の彼女が陶然(とうぜん)と、(みずか)らの前髪を掻き分けて、――そっと、顔と唇を寄せる。



(……何でもいい……自然な()()()……)



 脳を焼かれて震える切田くんは、熱に浮かされたみたいに上体に力を込めた。




 ()()()()()()と、轟音が響いた。




「…わぁっ!」ゴチンとぶつかった。「ひゃっ!?」「あ痛っ!」「切田くん!?」「すすすすみま」「…もうっ!!」グチャグチャだ。プンスカ。


 橋上を通る人力台車。続々と来るようだ。夜明けと共に、都市内の流通が動き出したのだろう。荷役の威勢の良い掛け声も響いてくる。


 大変ムッとした顔で身を起こす。そして彼女は、()()()とした(つや)っぽい目で見下ろしてきた。


 ……朝日が、引力と曲線に、陰影をつけている。


「…それで、今日はどうする?類くん。日暮れまでに脱出の準備を済ませるのでしょう?」



 ◇



 空き缶を使ってホットワインを作り、交互に飲む。(わりとうまい)温めるだけで酸味と渋みが軽減されて、素の状態よりはずっと飲める。(…慣れただけかも)


 切田くんは()()、昨晩の(かす)かなアルコールの匂いを思い出してしまう。「どうかしたの?」「…いえ」「……」……寄りかかる重み。ふたりはドライフルーツをつまみながら(酸っぱさにも慣れた。おいしい)毛布に並び、本日の大まかなプランを立てることにする。


「当面の大きな問題はふたつ、今後の食料と、飛行重量の問題です」


()()()()言っていたものね」「うぐ」モロバレである。それはそうである。


「…その、まずは手持ちの少ない水と食料を。水袋2リットル分は持っておきたいですが、勿論(もちろん)それでは足りません。水源は上空から探せるはずです。そのつどの浄化を頼めますか?」


「いいよ。でも頼まないで。少し距離を感じるから」


「…はい。食料は保存の効きそうな主食を優先しましょう。肉は狩猟でも手に入るでしょうが、出来れば加工品が望ましいと考えています。軽量なものがあればそれを」


「野菜も食べて」


「は、はい」



 ……なんだかずっと、()()()と見られている。(…美人は三日で、なんて言うけど、…三日じゃ全然慣れないよ…)魅入りそうになるし、何より緊張する。



「問題は総重量ですね。食料品は必要ですし、そのつど減っていきますから。ある程度の重量は甘受(かんじゅ)するしかありませんが…」


「宝飾品をなんとかするのね」


「ええ。折角(せっかく)あるので有効に使いたい。魔法書やスクロールを購入出来ればベストなんですが。…『迷宮』が空振りだったこともありますし、ここは是非とも」


「道すがら、店の情報を集めましょう。それと類くん、子供は何人が良い?」


「そうですね。何人が…」


 問いかけが理解できず、頭の中でよく反芻(はんすう)する。(…ん?)


「へぇっ!?」目を白黒させた。……彼女にからかう様子はない。真剣に、ニコリともせずに()(つの)ってくる。強い圧さえ感じる。「今後の相談なのでしょう?類くんの答えによって、将来必要になるものや生活の条件が変わってくる」


「ひとりにつき一年から必要なのよ。幸い、こういったことに私の『スキル』は刺さっている。そのための『スキル』たり得る力なの」


「…本当は私、静かな方が好ましいのだけれど。…それでもたくさん家族がいた方がって、そんな漠然(ばくぜん)とした期待も感じるの」悩ましげに視線を外す。


「この力がいずれ消えたりすることまで考えると、早めに使っておきたいの。だから」高出力レーザー並みに焼け付く視線で、()()()()と詰め寄ってくる。(…な、なにかヤバい!?…いや、ヤバくはないが…ヤバいような…?)


「す、すみません!今は目の前のことにいっぱいいっぱいで、うまく考えられる気が!」必死に誤魔化すと、さらに()()と圧をかけてきた。


「必要なことだから、ちゃんと考えて」


(ぐ、ぐいぐい来る…!?)(ちぢ)こまって目を泳がせる切田くんをじっと覗き込み、……ジトッとした目になって、不服そうに肩の力を抜く。


「…わかった。まずは食料品店を優先。住居の多い地区なのだから、これは必ず近くにもあるはず」


「…追手と戦闘にもなるかもしれない。食料だけは早めに確保しておきましょう。魔法書やスクロールは、城や『迷宮』の(そば)、危険区域に近づかなければいけないかもしれないのだから…」


「……絶対に無理はしないで。場合によっては金品は捨てていく。それでいいよね?」


「はい。異論ありません」


 目配せし合い、おたがいに外套のフードを被る。あとは敷物にしている防水布や毛布などを片付ければ、出発準備は完了だ。「……(あらかじ)め言っておくけど……」


「ベタベタはするからね?」腕を取られた。「するから。ベタベタ」


「へぁ、……はあ。まぁ……」


「異論があるの?」


「ありません」(ナイデスー)


 睨む顔で覗き込まれているが、別に異論はない。全身に目立った疲れもない。『生命力回復』に疲労回復の力はないが、間接的に回復の補助をしてくれている。


「これで、ずっと一緒だね?」笑みを深める彼女。(…なんか怖い!)


(チェック項目に漏れは感じない。やるべきことも決まっている。…だったら僕は、前を向けてるってことだ…)


(……さて。逃げると決めたら全力だ)「じゃあ、行きましょう」


「ええ」


 冒険4日目のスタートだ。二人三脚。ふたりは毛布から立ち上がった。

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