かっこいいタル
アイテムボックスの破壊によって通路いっぱいに溢れた、数々のアイテム類。
剣、槍、打撃武器、盾、鎧、弓矢、投擲武器、杖、薬品瓶、書物、巻物、宝飾品、大量の貨幣、食料、野営道具。それらボックス内に収納されていた物が閉所にギュウとひしめき圧搾されて、――更には次の一瞬で、破壊エネルギーの渦へと飲み込まれた。
走る無数の雷が、怒れる龍となって吠え猛り弧を描く。油脂の炎が爆発して渦を巻き、局所的な火炎旋風を巻き起こす。魔弾が乱舞して金属スラグを刳り取り、残骸をピンボールみたいに跳ね飛ばす。……そして、すべてのアイテムたちが、眩く光る超高温プラズマの噴出に飲み込まれていく。
溶岩化した石壁は沸騰した蒸気と化し、爆ぜる活火山の如くマグマを吹き散らす。煮えたぎる溶岩は溶け残りの金属類を引き連れて、ボコボコと激情を吐露しながらも、立ち塞がる全てを己の体内に飲み込もうと、その灼熱の触手を伸ばしていく。
そんなものに立ち向かったところで意味などない。
三人は張り直した【ミサイルプロテクション】で身を守りつつ、爆発からスタスタ大きく距離を取った。
すると『猫目』は、――眼前の祭りに興味すら示さずに、何処かへと歩き去ってしまった。爆発の左方奥、右手に筋力強化の片篭手を嵌めて、壁に埋まった十字手裏剣をポンと引っこ抜く。「流石にもう進めないね。帰ろ?」何の気なしの声。
「……『猫目』さんはそれで良いんですか?」胡乱げな問いに、一瞥して肩を竦める。「良いも悪いも。見ればわかるでしょ」
「何事も諦めが肝心でしょ。ゴブリン達は倒したし、『出入り口』も守った」
「壊れた『迷宮』だってそもそもが不思議な力で直ったり変わったりするものなんだから、数日もすれば元に戻ってるよ。…だから仕事は、これでおしまい」
手に持つ日本刀と手裏剣を見やり、……ちょこちょこ寄ってきて差し出す。
「はいこれ。…こんなとこ、いつまで居たってしょうがないよ。行こ」
切田くんはなんとなく察する。(『猫目』さんは拾った装備を使いたがっているようだ)
(……結局、僕にとってのめぼしいものは、一切何も手に入らなかったか)
どうやら少女の言うとおり、今回の『迷宮』探索はここまでのようだ。階下へと続く通路は焼け付く溶岩に塞がれ、冷めたとしても通れる状態ではない。
当初の目的であるスクロールや魔法書などは、一切何も手に入らなかった。無駄足、であるとは言いたくはないが、……命を賭けて戦った対価に見合いそうなものは、今回の探索ではゼロである。
(…決裂させる予定だった交渉も視野に入れないといけないな。…あぁ〜↑、憂鬱。絶対嫌味全開で足元見てくるだろ、あのババ…お婆さん…)心の重荷でしわしわになる。(大人になるって、こういうことなの?)一概には言えない。
(渡すものは迷宮品の九割。手裏剣も日本刀も、素人の僕らには使えない。筋力強化の篭手は、…東堂さんが使うには過剰だし、僕とはあまりシナジーがない。すべて『猫目』さんに渡してしまって良いだろう)もういいやポイーだ。(…外聞が悪いな。プレゼントだよプレゼント)「そのまま『猫目』さんが使っていいですよ、それ」
「ありがとー」気の無い返事を置き土産に、そのままぷいと歩み去ってしまった。……入場ゲート側へと向かっている。放置した荷物を回収するつもりなのだろう。
(…しかし、随分と素っ気なくなってしまったな。自業自得とはいえ…)切田くんはしょんぼりする。懐いてくれていた気の良い少女が、自分のミスで態度を反転させて冷たくなる(本日二度目)。とてもへこむ。(…まあ、『猫目』さんとは知り合ってまだ数時間の関係だ。こんなものか)
少女に気の迷いを作り出してしまった『精神力回復』の力そのものは、切田くんにとって譲れない、必要なパッケージだ。――その結果、引き起こされたズルを許容できないのならば。これも必要な摩擦だったのだろう。
黒衣の勇者の立場に付け込んだ、洗脳からの『回復』によって戦いへと追い込む『支配』の連鎖。……その、今は許容できないズルさを恥じ入り、覇道が閉ざされたことにどこかホッとする。
(…悪いとは思うけど、流石に貴方には謝りませんよ)祭事の人柱が居る辺りを見る。――いくら誤りがあったところで、あそこまでの執拗な攻撃を受けては、どちらが悪いなどという一元論で語れるものではない。(…い〜や?向こうが悪いですゥ〜)物を投げつけたい。
(…やれやれ。折角の異世界ざまぁも即日閉店店じまいか。…お客様にはご不便ご迷惑お掛け致しますところ。…はい解散解散。蛍もピカピカ軍艦マーチだ)(…お客様ー?お客様ー!?困りますお客様ー!!ああー…)
脳内が馬鹿になる少年に寄り添い、足早に去りゆく『猫目』の背を眺めて、……東堂さんは、絞り出すように言う。「……切田くん……」
「……私、謝らないから」
ざらりと砂を撫でる、違和の感覚。聞く者を不安にさせる、音割れノイズに震える声。
切田くんは反射的に手を伸ばした。
「…あっ…」握られた手が、胸元へと差し上げられる。更に(……こうかな?)交互に組まれていく指を見て、「……類くん……」彼女は頬を染めた。
内心ビクビクのセクハラ少年に対し、御大層にふてる。「…だって、今、絶対にそうしなきゃって思ったし…」
「…類くんてば、ずっと風船みたいにフワフワしてるし…」(……すみません!!)グサッ。(アカン)刺されてしまった。外からそう見えていたのならば、やはり自分は、極めて宜しくない状態だったのだろう。
「……お互いに要求する、真剣な部分です。間違う事柄もありましたし」おくびにも出さず、温度を込めて、政治家みたいに広く柔軟な言葉を返す。「『ふたりでいる』って言うのは、そういう事でしょう。一緒にいるんだから、すり合わせはずっとやっていかないと」
「…こんな言い方、エモくはないかもしれませんが…」
「……うん……」
「…そうね。…うん…」沈んだ顔がほころぶ。手のひらにギュッと力が籠もる。潤んだ瞳が溢れないよう、彼女はそっと、目をつぶる。
「…信じる。…類くん…」そして柔らかく、澄んだ微笑を浮かべた。
しばらく見つめ合った後、急にスン…となって言った。
「でも、流石に当てつけがましすぎるから、今は離して」
「あ、はい」(そうですね)同意だったので手を離した。
「私たちも荷物を回収しましょう」
「はい」
大広間には死骸や残骸や溶岩等の他に、篝火、燃料の薪、鍋や食器類、黒ずんだ肉の塊、骨の山、わずかな穀類の袋などが残されている。少量の火薬樽も残ってはいるが、……安全な次元収納庫があるわけでもないのだ。危険物を目的なしに持ち歩くべきではないだろう。
転がったままの『ビー玉』や荷物を回収すれば、他に持っていくべきものは無さそうだ。床の『ビー玉』をスポポポと順次バッグに収納する。ちょっと楽しい。
(……何の光?)切田くんの目に止まった、微かな緑の魔力光。
――広場の中央。残骸の中に、爆発によって飛ばされたと思われる小さなアイテムが落ちている。
四角い板飾りの付いたネックレス。あるいは鎖ストラップ付きのカードキーにも見える。意匠は単純、貴金属ではない鈍色のアクセサリー。……魔力さえ纏っていなければ、とても価値の有るものには見えない。(こういうの、なんて言うんだ?…メダリオン?四角いけど)「鋼さん、これ、どう思います?」
「…趣味じゃない」
返事は芳しくない。たしかに、これではアクセサリーと言うよりもガジェットだ。切田くんはカードキー的なガジェットに滾りを感じたので、『ビー玉』や指輪ケースの入ったショルダーバックに放り込んでおく。
(……なにさ。あんなに当てつけがましくイチャイチャイチャイチャして……)「荷物、無事だよ!」入場口からピョコンと首を出し、『猫目』はやけくそ気味に言った。
◇
荷物はすべて無事だった。荒らされて当然と思っていた切田くんは、なんだか拍子抜けする。――ゴブリンの残党達は、こちらには来ていないようだ。『迷宮』奥のどこかに潜んでいるのか、……あるいは、全滅してしまったのかもしれない。
「そういえばさ」通路の先頭を行く『猫目』が、いたずらっぽく言う。「キルタは怖くないの?あたしの目」
「…聖女さまが怖がらないのはわかるよ。『死の光線』よりも治す力のほうがずっと強いもんねー」
常時発動型の強力な治癒相手では、『猫目』のスキルは相性が悪すぎる。スキルの発動を司る箇所さえ分かれば勝ち目も出てくるのだろうが、脳神経を焼いて瀕死に追い込んだ、黒衣の勇者のラストアタックを見るに、現状では厳しいと言わざるを得ない。「…でも、自分で言うのも何だけど、結構、恐さを煽る力だと思うけど?」
からかい口調の問いかけに、少年はこともなげに答える。「『猫目』さんは突然撃たれた『マジックボルト』を防げますか?」
「……」
「そういうことですよ」
「…ふぅん。そっか」背を向けたままの『猫目』は、どこか嬉しそうに答えた。…だが、すぐにスン…となり、不機嫌そうに歩みを速める。「ほら、ついたよ」
ゴブリン王の謁見部屋へとたどり着く。空っぽの宝箱や、燃え尽きどなお列を成す松明などが、……今は墓標の様に、寂しく『飛ばないマジックボルト』の光に照らされている。
ここには特に何もない。東堂さんの荷物も脱ぎ落とした時のままだ。誰かが手を付けた様子さえない。
奥に向かう通路もあるが、直ぐに突き当り、そこは殺風景な小部屋となっている。鞣した毛皮が床に置かれている他は全て片付けられており、本当に何もない。……どこか、物悲しさが漂っている。
「今回の探索はこれで終わりだね。ふたりともお疲れ様」素っ気なく、『猫目』が言った。
大広間へと戻る。グツグツ煮える溶岩の横を通り抜け、『出入り口』側通路へと向かう。
昇り階段へと進む途中に、――ゴブリンがひとり、膝を抱えて座り込んでいた。『出入り口』の黒門を守っていた、革鎧のゴブリンだ。
傍らでは、大狼がだらんとした伏せの姿勢で、石畳の冷たさを堪能してピスピス鼻を鳴らしている。
特にこちらに反応する様子はない。戦う意志も、逃げる様子さえ見せない。
「……ほっどいてぐでぇ……」
酷くかすれた声で、縮こまるゴブリンが言う。その目はどこか、中空を見つめている。
寄り添う大狼が首をもたげ、気遣う様にキュウと鳴いた。
――彼らにはもう、後も先もないのだ。
「…行きましょう」
放置して進み、長い階段を登って黒門を抜ける。通り抜ける違和感を感じつつも、……目の前に広がった光景に、切田くんはまた別の違和感を覚える。
隔壁が閉じている。
鉄格子扉(第二)も金属隔壁(第一)も、両方しっかりと閉じている。通常の手段では、こちら側から開けることは出来ない。
首を傾げた『猫目』が、壁に備わる伝声管をリズム良く叩き、蓋を開けて声を吹き込んだ。「『猫目』でーす。『猫目』ですよー」
間を置かず、騒々しい怒鳴り声が、真鍮管を伝ってわんわん響いてきた。『…やっと出てきやがったっ!!『猫目』てめえ!こいつはどういうことだっ!!』
「何のこと?」『『メイズ・フォレスト』だろ!!』「……ああ」すっかり忘れてた、という体で、『猫目』は答える。
「忘れてた」
『忘れてた、じゃねえが!!どうすんだこれ!?』
伝声管越しの声はひとしきり息巻いた後、……じっとりと、剣呑な気配を伝えてきた。
『…『猫目』。てめぇ、…裏切ったな?』
動じず返す少女。「グラシス組のデカい人が言ってたでしょ。アタシにこのふたりが止められるわけ無いじゃん。しかも勝手な理屈で仕掛けてきたのはソイツのほうだよ。いいからさっさとここを開けてよ」
『……』重々しく沈黙し、――そして、極めて深刻な声で、伝声管の男はボソリと言った。
『…そいつは出来ねえ。わかるよな?『猫目』…』
「わかりませんけど?」
『開けられるわきゃねえだろうが!開けて欲しけりゃお前がそいつらを殺せっ!!…それが出来なきゃ、しばらくそこで黙ってろおっっっ!!!』ギャンギャン喚く声に辟易し、片耳に指を突っ込んで、『猫目』は嫌そうに伝声管の蓋を閉じた。
「だってさ」
非常に短い伝達に、東堂さんが躊躇なく進み出る。「私がやる」
言うやいなや鉄格子扉(第二隔壁)をメコッとこじ開ける。そしてヘビーメイスを両手で構え、――問題の第一隔壁。銀行の金庫扉、分厚い金属製の隔壁へと向かった。
東堂さんはこともなげに、ヘビーメイスを餅つきみたいにスイと振り下ろした。
甲高い、激しく擦れる金属音。ズドンと衝撃震わす重低音。
そのたった一撃で、分厚い金属の隔壁が奇妙に歪み、たわんだ。「『な、なんだぁっ!?』」今出来たばかりの隙間から、驚愕や混乱の声が聞こえてくる。
再びヘビーメイスをスイ、と叩きつける。けたたましき轟雷音。金属隔壁がさらに歪み、たわむ。
「『わああああっ!?』」
「『迷宮が溢れるぞっ!?下がれ、下がれっ!!』」
東堂さんがヘビーメイスをスイ、と三度叩きつけると、歪んだ隔壁がついに弾け飛んだ。金属が引き裂かれる騒音を立てて蝶番より脱落し、酔っ払いみたいに石畳を転がり、縦揺れ地震と轟音を起こす。
通路の先、いくつかの逃げていく人影が見える。「く、来るぞぉっ!迎撃!迎撃ぃーっ!!」どうやら待ち構えて迎撃する気のようだ。
◇
(…あれは…樽アーマー!?)切田くんは、実用クソださ系の装備が大好きだ。まさにそれそのものが、眼前にそそり立っている。
『メイズ・フォレスト』を返り討ちにした、下水道へと続く境界の部屋。今は綺麗に片付けられ、テーブルや死体などは見当たらない。――代わりに待ち構えるのは、酒場で見かけた(気がする)ならず者たち。そして彼らの前に陣取る、一際目立つその巨体。
「アルコルのぉ、脳筋野郎がほざいてた、『無駄飯食らいの召喚勇者』たぁ手前らのことで合ってるなぁ!!」天井に届かんばかりのその威容。黒い全身鎧を纏った大巨人だ。――アルコルも巨躯ではあったが、流石にこれは常軌を逸している。明らかに人間のスケールではない。
あまりに巨大な、樽みたいに膨らんだ鎧は、細長い鋼板を幾重にも重ね、鋲止め形成されたラメラーアーマーだ。無骨な外見とは裏腹に細部には彫金の装飾が施され、黒地に金がよく映えている。
四肢を守る具足も同様に、樽状の鋲留め鋼板で構成されており、ぼんぼりのような積層装甲が各所を守護している。
頭部を守る兜も樽状だが、目の部分だけが丸くくり抜かれ、視界を確保している。……覆面の切田くんは、何だか親近感をおぼえる。
体躯に見合わぬキンキン声が、鷹揚に見下ろしてきた。「腰掛け程度で随分と滅茶苦茶やってるらしいじゃねえかぁ。このトンチキがぁ!」
「我が名はぁっ!」装甲重量に見合わぬ俊敏な動きで、轟と巨腕を振り回す。装甲板が天井を削り、火花を散らした。――広げた腕をキレッキレの物凄い勢いで畳み、ミトン状の親指で、自身の頭部装甲を堂々と指し示す。
「ガバナの戦士、漆黒の魔導騎士イェップ=ヤップ!!漆黒の魔導騎士イェップ=ヤップとは、我のぉ!ことぉよぉぉっ!!」
「いよっ!」「待ってました!」「漆黒の魔導騎士!」「漆黒の魔導騎士さま!」「御大尽!」ならず者が一斉に拍手し、ニヤニヤ笑いで囃し立てる。
無表情で立つ三人を勇壮に見やり、轟と両腕振り下ろして、情感を込めて堂々とのたまう。「我が身を守りし鉄壁の守りぃ、多重積層ラメラープレート・フルアーマーっ!!その鋼板に塗布されしは!国営工廠より横流しされた、抗魔・コーティング・素材!!」
「我が身に宿るは龍に宿りし力よ。倍増スキル『†威殺人†』の力でっ!!俺自身へのバフ効果は、すべぇてぇっ!!二倍の威力となぁるぅっ!!」轟と両腕広げ、仰け反るみたいにふんぞり返る。拳が側壁にぶち当たり、激しい金属音と火花を散らした。「魔導の根幹、我が『障壁』の耐久力も二倍!」
「ガバナの巨人アルコルをも凌ぐ体躯!其を成し遂げし最強魔法、【ジャイアント・グロース】の効果も二倍!!」
「この装甲厚を持ってしてぇ、なお!軽量化ぁ!我が戦支度に弱点などなぁいっ!【デクリーズ・ウェイト】の魔法によって、装甲重量は半分…もとい!効果二倍!」
「そしぃてぇっ!」映えるポーズで大巨人は、朗々と魔法の詠唱を開始した。……切田くん達は、釣られて構えを取る。
「『魔力よ!我が身を支える戦歌となれ!そして讃えよ、我が筋肉をぉ!』【ストレングス】、二倍発動ぉっ!!」
「最強っ!」ミシミシと、巨人の鎧が軋みを上げる。「最強っ!!」巨躯が膨らみふたまわりも大きくなった大巨人は、「最強ぅ〜っっっ!!!」背部に背負う大型武器へと手を伸ばした。
「そして見よっ!!これが!我が必殺兵器!『DX・ミンチミキサー』よぉっ!!」両手に構えるは、まさに異形たる巨大兵器。長尺のハンドミキサーらしき機械がけたたましき擦過音を響かせ、先端にて重なり合う旋回刃が正逆方向に高速回転を繰り返している。
ぐいと、回転刃を部屋の壁に押し付けた。
――凄まじい異音を上げて、回転火花と破片が舞い散り瞬く間に丸く刳って向こうへと抜けた。……下水の臭いが流れ込んで、ならず者たちが一斉に顔をしかめる。(切田くんたちは【ミサイルプロテクション】で防いだ)
そびえ立つ巨人は長尺ミキサー振り回し、威風堂々、腹の底から己が偉業を叫んだ。「どぉだぁっ!!我が無敵のパゥヮアーッ!!誰だぁ!アイツをガバナの筆頭戦士とか言った奴はぁっ!!!」
「はい出た!」「待ってました!」「いいぞヤップサン!」「ミンチミキサー入りました!」「御大尽!」一斉に囃し立てる後方ならず者たち。
「♪おー、おーおー」「イェップ」「ヤップ!!」
「応ともさぁ!」樽鎧の巨人はドヤ顔でふんぞり返る。ニヤニヤ笑いの取り巻きたちも軽薄空虚に盛り上がった。
「ヤップサン!」「良いよ、デカいよ!」「キレてるよ!」「実質筆頭!」「ヤプサンの」「ちょっといいとこ見てみたい!」「それでは早速、ヤップさんのミキサーキルに愛と感謝を込めて!」「行っちゃいましょう!ヤプさんクラップ!」「エビバディ!クラップユアハンーズ!」「ウェイウェイウェイウェイ!」「御大尽!」
「お?お、応とも!?」
「あ、よいしょっ!」「あ、よいしょっ!」「ソリャソリャ」「ソリャソリャッ!」合いの手で持て囃し、愉快げに煽り立てる。
「アゲアゲ天国!!」「ヤップサン!」「サゲてもドンマイ!!」「いくぜヤップサン!」「準備、いいですかぁー!?」「ッシャポイ!」「っっってみましょーーー!!」「ウェイウェイウェイウェイ!」「それでは早速おねがしまぁす?漆黒の魔導騎士、ガバナの筆頭戦士ヤップさんから!!」「震える哀れな子羊にぃー?」
「「「一言お願いしまぁす!!」」」
「え」
樽鎧の巨人イェップ=ヤップは、突然の振りに首を右往左往させた。「あ」
「お、俺は、ハンバーグが、大好きだ?」
「「「ありがとうございまーす!!」」」「どんまーい」ギャラリーがわぁっと盛り上がる。
「畜生!馬鹿にしやがってぇ!!お前らまとめてブッ潰してやる!!!」怒髪天に吠え声たなびかせ、巨大樽鎧が猛然と突撃してきた。空間一杯を埋める凄まじき巨体の圧力。唸りを上げる巨大な回転刃が更に旋回速度を増し、耳障りな擦過音が部屋中に満ちる。
「『ビー玉バレット』」
弾き出された『ビー玉』が鋭くカーブを描き、火線となって樽兜の覗き穴に吸い込まれた。――眼窩を貫く衝撃によって破片となり、円錐形に頭蓋の内部を破壊する。
……空気が抜けたみたいに、シュルンと巨人が小さくなった。
150センチほどの樽鎧姿が脱力し、ぐにゃりと前のめりに倒れていく。同様に尺の短くなったミンチミキサーが、ガランガランと音を立てて床を転がった。
「ヤップがやられた!」「それみろ!」わぁっと蜘蛛の子散らして、取り巻きたちが一斉に下水道へと逃げ出した。……口汚いセリフを吐き捨てていく。
「口だけ野郎!」「サゲサゲ地獄!」「糞雑魚がよお」「何が筆頭だ!」「出落ちの間抜けが!」「御大尽じゃない!」
呆れ果てた東堂さんが、思わず大声で叱り飛ばした。「真面目にやりなさい!」
「無茶を言うな!お前らみたいな化け物同士の戦いに、まともに関わっていられるかよ!」最後尾が吐き捨てる。そして、ドアも閉めずにドタドタと逃げ去っていった。
(…なんなんだ、あの人たち…)
(……しかし、)
(今のデカイ人、超カッコよくなかった?)切田くんは頭がおかしい。キャッキャしたい。(超イカスぅ。無骨で幅広でかっこいい。どうして昨今のアーマー業界は、何でもかんでもシュッとさせちゃうかなあ…)ちなみにチーム切田くんも皆シュッとしている。(アルコルさんとかも重武装で来てくれればな…。なんだ徒手空拳って。しかも魔術師。体格を活かしてもっと戦車感出してくれないと…)
(……しかもこの人、何気に強かったよな。今回の戦闘は、本当に危なかった……)切田くんだけは、今回の窮地を正確に把握していた。
(…抗魔処理を施された積層鎧。鎧を貫くやつが抗魔処理を抜けたのは三層まで。まるでそれをメタったかのような装甲性能)
(強力な『障壁』も張っていた。積層鎧と合わせ、距離を詰められる前に削り切ることは不可能…)
(…『スキル』の威力も強力だ。全力の東堂さんよりも膂力が出ているようにも見えた。それに、あのミキサー兵器をヘビーメイスで受けるのは困難。巻き込まれ、弾き飛ばされて無手で戦うことになったかもしれない)
(『猫目』さんの十字手裏剣も届いたか?…手裏剣の力は魔法防御を切り裂いたけど、構造物の岩壁を貫通したわけではない。積層鎧への効果は怪しい…)
(……『ビー玉』がたまたま弱点に刺さっただけだ。マトモに戦って勝てただろうか……)
倒れ伏す矮躯を眺めるうちに、切田くんの胸の奥は、なんだか凄く重くなってきた。(…もったいないな、ホント…)
(…せめてこの人も、もっと味方を選べたら…)「手強いでしたね。かっこよくて」その言葉に、東堂さんと『猫目』は怪訝な顔を向けた。
「…類くん?」
「そんな雑なボケかた、ちょっとないよ、キルタ」
(反発がすごい)
肩を竦める少年を見て、東堂さんは「…そう」と言葉を濁す。
それを見た『猫目』が、「…なにさ!」と口を尖らせた。
奇妙に深刻になってしまった空気の中で、切田くんは思った。
(…バケツヘルムとかも好きだ)