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*かべのなかにいる*

 荒々(あらあら)しくもお洒落(しゃれ)な丸窓が目を引く、小粋(こいき)な黒樽鎧の(ころ)がる境界部屋。(…(かざ)っておけないかな。一式立たせて…)やめなさい。2名もの『スキルホルダー』が無惨(むざん)にも屠殺(とさつ)されしスローターハウスを出立(しゅったつ)して、迷路側の下水道を(さかのぼ)る。(ミキサー兵器は何だか怖いので放置)


 道順(みちじゅん)は、最後尾の『猫目』に(まか)せている。(おぼ)えてもいる様だが、魔法の地図『マジックマップ・オブ・クレ(千里眼の地図)アボヤンス』も確認している様だ。『自信』や『信頼』となどいった甘言(かんげん)でヒューマンエラーを(まね)かぬ様、安全を(りっ)する道具(アイテム)はどんどん使うべきだろう。


 往路(おうろ)の汚名返上「…ホントに平気ぃ〜?」(…うっさいデース…)「やらせてもらいますよ」「……へーへー」とばかりに先頭を行く。――煌々(こうこう)(かがや)く照明の先、大鼠(ジャイアントラット)(あわ)てて(きびす)を返すのが見える。


(……賢明(けんめい)だな。僕より()()()……)何故(なぜ)か、胸がチクリとする。間違(まちが)(つづ)けている。()()みすぎている。(……いや、)(とど)まるよりマシだ。破滅に向かい続けるのだとしても。


 頭上の照明球は、従来(じゅうらい)よりも(さら)に光量を()した『飛ばない()()()()()()()()』。そのパワーに脅威(きょうい)を感じたのか、はたまた。


「キルタ、(まぶ)しい」


「すみません」


「…(まぶ)しすぎるわ、類くん…」


「すみません」


 後ろの二人もチベットスナギツネ目になったり手を(かざ)したりしている。(ねずみ)も単に、(まぶ)しいのが(いや)だっただけかもしれない。



 中継の伝声管部屋を()け、本来の下水道へと(もど)る。


 徐々(じょじょ)に悪くなる足場。満ち潮か、引き潮か。逆流する海水が汚水と()()じり、管理通路を(ひた)(はじ)めている。


 辟易(へきえき)しながらジャブジャブ進むと、『猫目』が眼帯をつまみ、天井を(なが)めた。


「上の()とし(ぶた)、つっかえ棒で(ふさ)がれてるね。…()()で一応()()めたつもりなんじゃない?」()()()()口調。


「…()()せはどうです?」


「いない。逃げ帰っちゃったみたい。ダサ」


 タラップの先、(かんぬき)で固定されし()とし(ぶた)。『迷宮』を(ふう)じる金属隔壁さえも(やぶ)った相手が、この程度(ていど)の封印で()められるはずも無い。(…(あせ)りや衆愚(しゅうぐ)のバイアスで、(あたま)スカスカになったのか。…それとも、ただの嫌がらせかな…)


 ()()(ゆび)()ると『飛ばないマジックミサイル』が急発進し、(かんぬき)ごと()とし(ぶた)を突き破った。ポーンと天高(てんたか)く、(ふた)()った。



 見上げたそとの様子は、すっかり夜だ。――曇天(どんてん)



 タラップを(つた)い、地上に出る。昏い雲の(わず)かな月明かりに()かぶ、加工場の輪郭(りんかく)(かす)かに遠い、破楽戸酒場(ごろつきさかば)のおぼろげな影。


(…誰もいない…?)バヨネットの酒場は()(くら)だ。


 ならず者たちは、完璧に()()()()()()んだ様だ。酒場には一切(いっさい)の気配もなく、一片(いっぺん)の光源さえ見あたらない。『メイズ・フォレスト』とイェップ=ヤップを(たお)した切田くん(たち)に対し、彼らは”(きわ)めて高い脅威(きょうい)”を(いだ)いている。(…そりゃ、そうでしょうよ…)


(装甲自慢の重戦車が、トップアタック。誘導兵器に搭乗(とうじょう)ハッチを()かれて(しず)んだんだ。…デサント(跨乗兵)は、戦線を()げるしかない…)


 とはいえ暗闇の中、敵が()()()(うかが)っている可能性は(のこ)されている。今は明かりをつけるべきではないだろう。


 (ゆが)んだ()とし(ぶた)(つか)み、下水孔(げすいこう)へと()せておく。(…フギギギ…)とても重い。

 

「さて、ここからは一緒に居ると面倒そうだね」空々(そらぞら)しく、『猫目』が(のたま)う。「…それともキルタ。アタシと一緒(いっしょ)に、婆ちゃんの()そうな所まで()いていきたい?」


(『猫目』さんは()()()()()、僕らと別れたがっている)否定の気配。内心は、(すで)に決別しているのだろう。


 ()()()()()とも正しい判断と態度だ。敵対した組織にどの(つら)()げて顔を出すのか。(仲良し(ヅラ)?)無駄な戦闘が()えるだけだ。(…ならば、引き止めたり食い下がるべきではないか…)


「やめておきます」


「だよね」即答し、口元だけで()()()と笑った。「落ち着いたらまた会おうよ。いつになるかはわかんないけど。…『聖女さま』もね」


「その時はよろしくね〜。アタシは相手に()くすほうだし、実際(やく)()つと思うよ?」


(リップだな)(わか)(ぎわ)の社交辞令。(…社交だね、切田くん…)具体的な言い回しを()けるのも、お(ことわ)りの定番だ。(…これでもう、『猫目』さんと会うこともないだろう…)


 出会う機会があった場合、その時は、()()()()敵同士である可能性が高い。


 ガバナは『スキルホルダー』との直接戦闘を(いや)がっている。よって、切田くん達に差し向けられる刺客(しかく)は、暗殺や奇襲、(から)()によって、事を()()()とするだろう。


 なれば『猫目』を刺客(しかく)に立て、『デスレイ(死の光線)』や仲良し暗殺など。仕掛けてくる可能性は十二分にある。


 ()()と言われれば『猫目』はやらざるを()ない。外部に抑止力(よくしりょく)を持たぬ組織など、いつの世も卑劣に()ちるが当然。(それが、()()()()()()ですからね…)積極的に卑怯な手管(てくだ)を使ってくる事だろう。(…腐敗(ふはい)、ではあるんだろうけど。ほっときゃ(くさ)るのは当たり前だよな)自然の摂理(せつり)だ。


 ならば、()()()()彼女に強力な迷宮装備を(わた)したままでは、『危険』ということにもなる。(……いや、)即座に意見を(ひるがえ)す。(…取り上げるべきじゃない…)


(『猫目』さんが組織を()()()()()()()事を(しめ)()しになるはずだ。…黒衣の勇者が(えら)んだ決戦武装。(きわ)めて強力なものだし、功績(こうせき)としては十分だろう…)


 切田くんの眼前には、現実の分厚(ぶあつ)い暗闇が(よこ)たわっている。(結局のところ、『猫目』さんには帰れる場所がある。たとえそれが、()()()()()()場所だとしても)


()えと(かわ)きに(くる)しみ、(けもの)の襲撃に(おび)えて眠る。そんな()()のない流浪人になるよりは、ずっとましなはず……)力なき自由など、生存さえ(ゆる)されない。考え込む少年をチラと一瞥(いちべつ)し、返事を()たずに『猫目』は言った。


「じゃあね〜。ふたりとも〜」抜身(ぬきみ)の刀をフリフリ()って、()()くことなく夜の闇に消えた。


 背を見送る東堂さんが、……自身だけに聞こえる声で、ボソリと(つぶや)く。


「……聞き分けのない子」


 さて、()()()()()()目的だった『迷宮』探索も一段落(ひとだんらく)()いた。それを()まえて切田くんは、これからの指針(ししん)、どうするかの解答を(みちび)()す。



「この街を脱出しましょう。(はがね)さん」



「……切田くん……」(きょ)()かれ、振り向く黒影。暗夜(あんや)曇天(どんてん)にさえ凛と立つ、(かす)かな(あか)りに()かぶ、細身の輪郭(りんかく)


 落ち着いた論調(ろんちょう)で続ける。「僕らはまだ、僕らを()(かこ)牢獄(ろうごく)の壁を(やぶ)ってはいません」


「『迷宮』探索がこうなってしまった以上、死中(しちゅう)(かつ)(こだわ)るのは危険です」


「今は、強化よりも退避(たいひ)を優先しましょう。一度、相手の手中(しゅちゅう)から完全に(だっ)するべきです」


 姿の見えない膨大(ぼうだい)なる敵。国の手配が掛かり、巨大な裏組織とも敵対。射程内に居座(いすわ)っての二正面作戦が始まろうとしている。(…無理(ムリ)デース…)索敵(さくてき)(ろく)(まわ)せない現状、流石(さすが)()()()潮時(しおどき)だろう。


 安全な場所まで退避(たいひ)して、その後のことは()()、落ち着いてから決めればいい。……戦うにしても、忘れたふりをするにしても。


 たおやかな影が、(かんが)(ぶか)げに覗き込む。


「もういいの?」


(…(いや)さ。良くない。(いか)りや(うら)みが消えるはずも無い。…だけど、引っ張られすぎれば判断が(にぶ)る…)


(敵の攻撃より(のが)れれば。…不安や警戒心、そういったストレス障害を排除(はいじょ)できる。…もっと、冷静な判断が出来るようになるはず…)はっきりと断言した。


「ええ」


 ――東堂さんは暗闇の中、(おだ)やかに微笑んだ。


 少年の手を()()()引き、自然と二人の指を(から)める。


「…私も」


「一緒に行ってもいい?」



 覗き込まれている。



「もちろん。一緒に来てくれますか?」


「いいよ?」いたずらっぽく彼女も即答し、「…フフ…」破顔(はがん)して、(うれ)しそうに笑った。



 ◇



 少女は(いま)だ、()()()()()()


 加工場の上。屋根を死角に風下(かざしも)陣取(じんど)って、見えない闇に(ひそ)む黒影。


 行儀(ぎょうぎ)悪く(また)(ひら)いて座り込み、(りょう)裸眼(らがん)で覗き見る『猫目』が、音を立てずにクスクス笑った。


「いくら『聖女さま』が()()()()()()()だからって、結局のところは…」


「…(とこ)に入れば、()心地(ごこち)の悪い処女のマグロ」嫌味(いやみ)な笑みを()かべ、舌なめずりする。


「アタシとやっちゃえば、その差は歴然(れきぜぇん)(あじ)わってしまえば、格落(かくお)ち相手じゃ物足りなくなる。……フフ。快楽の手管(てくだ)は細かいことの(あつ)まりなんだ。お勉強には、とても時間が掛かるのさ」


 ()()()()()()がスン…となり、(くも)夜空(よぞら)陶然(とうぜん)と見上げる。「…ねぇキルタ。感じた()()もしてあげるけど、…あたし、絶対メチャクチャ感じるよ…」


「…だって、好きな人相手だよ?心が気持ちよがっているもの…」


 そこには、(わず)かな隙間(すきま)()って(とど)く、月の光が(ひろ)がっているはずだ。


「…『いけないこと』?そうだね。…でも、それは、永遠の()()になる」


()()()()()()だって(うそ)ついても。いくら綺麗事(きれいごと)(なら)べたって。()()()()なんて出来(でき)やしないし、永遠に、納得が()られることもない…」()()()(つな)いで()る二人の姿が、暗闇に()かぶ金色の両目に、()()()()(うつ)っている。


 少女は嗤った。



「…だからぁ〜。アタシが一度キルタを食べちゃえば、それでぜぇんぶ解決ぅ」



「ドロッドロに()()らせて、カラカラに()えさせて。(いや)なことする気力も熱も、ぜぇんぶアタシが(うば)()ってあげるよ〜」


「…んだってぇ、アタシだってぇ、あたしに出来る、アタシの手札で勝負しないとぉ…」黄泉(よみ)の瞳が、クスクスと、チェシャ猫みたいに笑っている。


「…それにさぁ、クッソ(おも)い真面目女の介護だなんて、続ければ続けるほど(つか)れきってしまうだけだよ」


「…介護に(つか)れて、懊悩(おうのう)にも(つか)れて…」


「……今はわからなくても、わかろうとしなくても。(つか)れは()()()(きざ)まれて、どうしようもなく()()もっていく……」


「……あたしが(すく)()してあげる。キルタ……」静かに、音もなく立ちあがる。


「いくらパワー負けをしていても」


「ずっと暗闇を()いずり(のぼ)ってきたあたしは、タフさならば誰にも負けやしない」


「…もちろん夜も」いたずらっぽく嫣然(えんぜん)と笑い、『猫目』は背を向けた。


「……綺麗(きれい)な世界に引きずり込んで、(はこ)()()めて殺そうとする女から。――アタシが、(すく)いようのない現実の世界に引っ張り上げてあげる。(すく)()してあげる。……ね?そうしよ?」夜風を切って、屋根の上を飛び出した。


「…すぐに会いに行くから。…ハァ…待っててね?キルタ」少女は、声と息を(はず)ませた。


「それで、あたしと一緒(いっしょ)になろ?」



 ◇



 ガバナ『闇迷宮ギルド』の(ぬし)、バヨネットの名を持つ老婆は、()()()()()()()()と酒場に居座(いすわ)っていた。(まわ)り以外(すべ)ての明かりを消して、(すべ)てのならず者さえも()()って、なおも()()()()煙管煙草(きせるたばこ)()かしている。


 もうもうと(けむり)の立ち込める、ヤニ(くさ)い秘密の小部屋。――若い頃より名のある魔術師として()らしたバヨネット老婆は、この『入り口のない』隠し小部屋を使うことの出来る、()()()人間だ。


(ヒヒッ。なぁにを(あわ)てることなぞあるものかいっ!!どいつもこいつもケツの穴の小さいこと。(おく)のメスイキ(せん)まで()()()()()ねぇ。(きた)えてないのかいっ!?キヒヒヒ…)


 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)、プカリと一服する。


 召喚籤引(くじび)きで偶々(たまたま)()たりの『スキル』を引いて、()()()の無双気分でいる異世界勇者が相手とて。()()()()()()()()『この部屋』まで手出しする事は出来ないし、――出来たとしても、()()()()()緊急手段は用意してある。(なに)も問題はない。


 よって今は、素知(そし)らぬ(かお)で距離を取り、(あと)できっちり暗殺を仕掛けた後で、責任者(グラシス)からたんまり賠償(ばいしょう)()()()()事にする。


 それが(すじ)というものだ。(…(すじ)(とお)しておくもんさ。…人をカタに()める時は、特にねぇ?ヒヒヒ…)


 老婆がプカプカ居座(いすわ)るこの場所は、二畳(にじょう)の広さもない小さな隠し部屋だ。


 魔法の(あか)()らす、押し込まれし豪華な椅子に()()()()(すわ)り、サイドテーブルの煙管盆(きせるぼん)()()()(がら)を落とす。


 すると、コンコココンコン。(…うわぁっ…)リズム良く(たた)かれる打音(だおん)。コココンコン。(…本当に(うるっさ)いねぇ。(いこ)いの時間に勘弁(かんべん)しておくれよ、まったく……)(ふた)を開けると、聞き慣れた()()()()()()音声。


『『猫目』でーす。『猫目』のお帰りですよー。婆ちゃんやーい』


 伝声管を(とお)って(ひび)く、()()()()()少女の声。……瞑目(めいもく)し、(ふか)く鼻息をピューと()く。問題児が帰ってきたようだ。


「明かりをつけな。『猫目』」


火種(ひだね)も魔法も持ってないよ。別にアタシはいらないし。明かりが()しけりゃ(ばあ)ちゃんがホホイとつけりゃいいじゃん』


『チンカラホホイって?おもしろ』


(なぁに)が『おもしろ』よぉぉっ!!)脳血管切れそう。「……ええい……」(…まったく。聞き分けのない子だよ…)忌々(いまいま)しげに煙管(きせる)(くわ)え、ため息混じりにフスーと()く。


 少女に宿(やど)る、暗闇を見通すスキル『猫目(キャッツアイ)』。比較的発現(はつげん)しやすいコモンスキルではあるが、裏の人間には()()()使い勝手の良い、垂涎(すいぜん)『スキル』だ。(…『(うらや)ましい』って気持ちなんざ、この歳になりゃ()()れちまうもんだけれど…)月の(かく)れた闇夜の酒場内でも、()()()()問題はあるまい。


(…片方の目は(つぶ)された、と言っていたね…)眼帯を(はず)させた事もあったが、正直気分の良いものではなかった。(…まあ、アタシらでさえ歯牙(しが)にも掛けない様な、底辺(ていへん)(そこ)()いずる様な(やから)には。…フン。コモンスキルでさえ()()()()(うらや)ましかろう。嫉妬から(うら)みを買ってもしょうがあるまいねぇ…)


 さて、鉄火場(てっかば)だ。慎重(しんちょう)(さぐ)りを入れねばなるまい。(…脳足(のうた)りんどもの話じゃあ、『裏切った』事になっていたけれど…)


 ならず者たちのイキり仕草(しぐさ)を思い返す。(あんな吹聴(ふいちょう)のしかたじゃ、話半分ってところだね。唐変木(とうへんぼく)ども。…ああ、面倒くさいったらありゃしないよ。ちゃんと証拠を持ってきな!証拠をっ!)()()()()()()頭が痛い。


 酒場入り口の伝声管付近に、今、『猫目』が居る。(…ええい、もどかしいね…)情報を(あつ)めようにも、現状では視覚的な情報を(うかが)い知ることは出来ない。伝聞(でんぶん)質疑応答(しつぎおうとう)だけがソースだ。


 (げん)に今、()()()は反抗して言うことを聞かなかったわけだが。こんなの日常茶飯事だ。(しか)りつけても(きゅう)()えても、少女の減らず口が止まることはない。()()()には、そんな図太(ずぶと)さがある。


(すで)に、『ホルダー』二名の損失(そんしつ)さぁ。屋台骨(やたいぼね)まで(くず)れちまうよ、まったく。…考えなしに毒虫どもを引き込むたぁ、アルコルの()()()()め…)


(…フン。それとも()()()かい?グラシス組。このアタシに戦争を仕掛けようってのかい?だったら、相手になってやろうじゃあないかい?)


 慎重(しんちょう)に言葉を(えら)ぶ。「…仕方のない子だねぇ。裏切ったんじゃなかったのかい?『猫目』。他の二人は?」


『さっき適当(テキトー)に別れたよ。…ホンット無茶言わないでっての。この件は()()()()()(ひど)いこと』になっちゃうって、婆ちゃんには最初からわかってたんじゃないの?』


 いつも通りの軽薄(けいはく)さ。異常は感じられない。


『あ〜んな滅茶苦茶(めちゃくちゃ)あたし一人に押し付けてさ。無理無理ムリーよ。馬鹿(ばっか)じゃないの?あの(あと)アタシが()()()()苦労したと思ってるのさ。お給金(きゅうきん)の割に合わないんですけど?』


 もちろん、鵜呑(うの)みにするわけにはいかない。


「…そんな口先で、本当にあたしが信用すると思ってるのかい?信用に(あたい)する対価はあるんだろうね?」


『ふふーん。見て?黒衣の勇者の装備だよ。特殊部隊の』



 暗闇で見えない。



 無人を偽装(ぎそう)するためとはいえ、酒場の中は真っ暗だ。これでは、映像を(つた)える遠見の魔法【ウィザードアイ(のぞき見)】を使っても意味がない。


 せめて魔力光が見えれば使い勝手も良いのだが。声を(つた)える【ベントリロキズム(腹話術)】が詠唱を遠隔中継できないのと同じように、【ウィザードアイ(のぞき見)】を通して【ディテクトマジック(魔力探知)】を使うことは出来ないのだ。


「…『黒衣の勇者』?近衛(このえ)の特魔戦の?…馬鹿こくんじゃないよ!呼ばれたばかりの新参(しんざん)に勝てる相手かね!」


『うまいこと(わな)()めてたよ。それでも(あぶ)なかったけど。…この曲剣(シャムシール)凄いよ?流石(さすが)勇者の装備って感じ』


「……」


 どうも話運(はなしはこ)びに嘘っぽさがない。(…こまっしゃくれたガキだけど、(だま)しに来たことはないからねぇ…)


 国の(いぬ)、『黒衣の勇者』どもは強力だが、あの狂った(マッド)ゴブリン軍団(ゴブリンアーミー)(たお)す力があるのならば、なるほど。戦いようによっては勝ち目も無くはないのだろう。


 そんな奴らが『敵』として、この酒場の暗闇に(ひそ)んでいる可能性がある。……やはり『猫目』は裏切って、虚実(きょじつ)を混ぜて()()()()きずり()そうとしているのかもしれないし、召喚勇者どもに(おど)されているかもしれない。今は、動くべきではないだろう。


「今日は成果(せいか)を置いて帰りな。よく吟味(ぎんみ)して、お前の明日以降の(あつか)いを決めるとするよ。『猫目』」


『へーへー』伝声管の声が、皮肉っぽく返す。


『あたしが婆ちゃんを裏切った所で、アタシにこの先どこに行けってのさ』


『婆ちゃんは()()()()だけれど、あたしに目を掛けてくれてるじゃん。いつも良くしてもらって、感謝してる』



 老婆は思わず鼻白(はなじろ)んだ。……鼻白(はなじろ)んだことに苛立(いらだ)ち、声を(あら)げる。「…いきなり何だいっ!!そんな安いおべっかに金は出さないよ!!」


『おべっかめいた都合(つごう)の言葉だって、ありがたがってるのは事実なんだ。別に言われて(そん)をするものでもないでしょ。…ところでさぁ?もうあいつらのところに行けとか言わないよね?婆ちゃん。あと歩合(ぶあい)のお手当もね。危険手当もー』


「……まったく。……ハァ。考えとくよ。ほら、成果(せいか)を置いてさっさと消えな」


『ばいばーい』伝声管の()まる音。


 こうして苛立(いらだ)たせはするものの、こんな(ざま)(さら)す子供相手に慎重(しんちょう)すぎたかもしれない。老婆は口元を(ほころ)ばせる。


(あきれたお花畑だよ。『感謝してる』ときたもんだ)


 子供の頭などそんなものだ。わからぬままに不安に(おど)り、大人に(こび)を売って庇護(ひご)を求める。


 ()(さわ)ることも多々(たた)あるが、結果的に『聞き分けの良い子』を(えん)じると言うのであれば。別に子供のひとりぐらいその(へん)に置いてやってもいいし、()()し気分で最低限の(めし)くらい(めぐ)んでやってもいい。それが大人の慈悲(じひ)というものだ。


 上機嫌にフフフンと鼻で笑い、(から)煙管(きせる)を詰め替えようと、サイドテーブルの煙管盆(きせるぼん)へと手を伸ばした。その時。




 ――殺気。




(……!?)長年鉄火場(てっかば)をくぐりぬけた老婆の(かん)が、()にもつかぬ根拠のない直感が正しいと、警鐘(けいしょう)を鳴らす。



「【フォース・シールド(理力の盾)】っ!!」



 即時詠唱、右方側面。煙管(きせる)を杖()わりに、老婆は(さけ)んだ。


 魔力が渦巻(うずま)き瞬時展開される、強固なる防御力場。――物理・魔法問わず、全ての攻撃を(はじ)(かえ)す魔導の叡智(えいち)、絶対防御壁。



 ――銀光が(ひらめ)いた。



 鋼芯(こうしん)入りの漆喰(しっくい)()()()と抜けて、白刃(はくじん)が、()()()()()老婆の前を通り過ぎた。



 ボロリ、と、手首が落ちた。



 ()()()と着地し、煙管(きせる)がカラカラと(ころ)がる。――老婆は(さけ)んだ。「(かえ)をぁあああっ!!…ああぁあああぁああぁぁ…」


 断面(さら)した手首を押さえ、アーアー(うめ)く。ジョロジョロと血が()()し、()()()(あふ)れて(したた)り落ちる。


 怨嗟(えんさ)()られ、壁の線を(にら)みつける。……そんなはずはない。何故(なぜ)ここがわかった?


 ここには隠し扉も出入り口も存在しない。伝声管の配管だって巧妙(こうみょう)に壁中を()い、追うことだって出来ないはずだ。分かる道理(どうり)などないのだ。



「アハハッ!!わかんないでしょう!?アンタには!!」



 斬撃痕(ざんげきこん)(くぐ)り抜ける、逆撫(さかな)でる()()()()()。「どんなに綺麗(きれい)(こと)(なら)べたって、()もり()もった(にく)しみの心は()められないっ!!…だって今も、ずっと(がい)されてるってことだもんねぇ!!」


 ()()()()(すわ)()んだバヨネット老婆は、過呼吸にヒハヒハ(あえ)ぎながらも罵声(ばせい)(しぼ)()した。


「…きょむすめ(小娘)ぇ!」


「…(なん)でわかんないかなあっ!ホンット!!」ゴリッ、ゴリッと、(なな)め二度の斬撃。


 ドカン!!と打撃音。鋼芯(こうしん)入りの壁が、三角形にくり()かれて落下した。瓦礫(がれき)煙管(きせる)と手のひらを、()()()()(つぶ)した。




 ――暗がり。窓越(まどご)しに光る、金色の瞳。




「見て!!よく見て!!今だって、ほら!!」嬉々(きき)として声を(はず)ませた。「アタシの気持ちが(がい)されている!!」


「…てぇ、【テレポート(転移)】ぉ!!」(しぼ)()した短縮詠唱は、不発。指に()めた詠唱短縮の指輪は、手のひらごと瓦礫(がれき)()(つぶ)されている。


 逃げ道などない。ここには出口も入り口もない。老婆は壁の中にいる。


 ()いはずの手を(かざ)し、バヨネット老婆は(さけ)んだ。


「やめな!!」


 窓の向こうが、()()を振りかぶる。――金色の()()見下(みさ)()て、『猫目』は嘲笑(わら)った。



「ざぁ〜こ♡」



 投擲物(とうてきぶつ)が、瞬時に絶対防御をすり抜けた。


 視界が、ゆっくりと天井を向く。……(まわ)景色(けしき)。壁、床。椅子やサイドテーブル。自身の背中。


 軽い打撃に床を()める。……口を()()()()と動かすも、声が出ない。



 そして、視界は、じきに闇へと()まれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは猫目ちゃん、ざこざこハートマークを振りまきながら腰を振るタイプですねぇ 良いぞもっとやれ
[一言] これ、勇者の能力が恐らく蘇生?、異世界言語、不明(援護系?)だとするとなかなか凶悪なパーティになってたから話が通じなくて良かったのか悪かったのか…
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