覆面を被った切田くんと、メイドさんの話
『勇者』が目を覚ました時、彼は台の上に全裸で雁字搦めにされていた。――身じろぎひとつ出来ないほどに、入念に、綿密に、彼はガッチリと拘束されてる。
「な、何なんだよこれっ!どうなっているんだっ!!」己が正義に基づいて、『勇者』は猛然と抗議の声を上げた。
「…ちょっと、そこのあなた!これは一体どういうことなんです!?ちゃんと説明してくださいよっ!!」
どよめきが起こり、ヒソヒソ声が飛び交う。声をかけられた兵士は怯え、目をそらして後ずさる。……周囲の人々が、まるで化け物でも見るかのように見てくる。その不可解な理不尽さは、あまつさえそれを他人に押し付ける態度は、「…なんだよっ、ズルをしたがる奴らの動きを…!」非常に『勇者』の気に触った。
「なんとか言ったらどうなんですっ!?おかしいだろっ!!こんな、人を不当に拘束して…!!」
兵士達の後ろより進み出た人物が、――その誇り高き言葉を遮るように、馴れ馴れしく声をかけてきた。
「あらぁん、気がついたのね?…『勇者』くん、でいいのかしらね?」
ゆらりと進み出てきたのは、このくすんだ場で異彩を放つ、金髪の美丈夫。豪奢でスマートな印象の男。「ハァ〜イ」
パンデモーヌ伯爵だ。彼は書類もないのに片目にモノクルを嵌めたままの姿だ。手をヒラヒラしている。……『勇者』はその異様な雰囲気にたじろぎ、思わず声を細めた。
「…すいません、偉い方なんですか?だったらこれ、一体どうなって…うひゃあっ!?」白手袋越しに体中をまさぐられ、素っ頓狂な声を上げる。
「変な声出さないで。……随分復活が早いわね。想定以上の出力がある……」パンデモーヌ伯は手を離すと、近くの兵士に呼びかける。
「ねえ、そこのあなた。召喚実験室から『あの袋』を持ってきて頂戴」
「…はっ!」「くれぐれも箝口令は徹底させて」
無視をされた。『勇者』はムッとして、――それでいて、顔色をうかがう様におずおずと声を上げた。
「…あの、すいません、教えて下さい。あれから一体どうなったんですか?たしかさっき俺は、頭の固い兵士に刺されて」
「死んでいたわねぇ、あなた。ハリネズミみたいになって」
パンデモーヌ伯のありえない言動に、『勇者』は沈黙する。
自分はこうして生きているではないか。この男は何を言っているのか。
そう言いたげな顔を、パンデモーヌ伯は冷ややかに眺め、続けた。
「今回は大変だったわねぇ『勇者』くん。おつかれさま。突然召喚されてびっくりしちゃったでしょう」
「え?…ええ。…あの、これ、解いてもらえませんか。俺は善良で誠実な人間です。俺の国ではすべての人間が、教育として道徳心を学ぶんです。話の通じる相手に対して暴力を振るったりなんてしない」
「へぇ~?」パンデモーヌ伯は、その言葉がツボに入ったかのようにニマニマと笑い出した。
「うふふっ。…素晴らしいわ『勇者』くん。あなたって理知的で誠実。まるで『勇者』の鑑のような存在なのねぇ?とってもステキ」
「いえ、それほどでも」「まあぁ、ご謙遜」目を細め、皮肉げに笑う。
「…そうねえ。じゃあ『誠実』に話し合い、あなたが安全で協力的な存在だと示してみてくれるかしら。そうなればもちろん、あなたの拘束を解いてあげるわ。どう?出来る?」
「ええ、わかりました。必ず潔白を証明してみせますよ」
「それは結構。話のわかる相手で助かるわ?…ではまず、あなたが召喚された場所で何があったのかを、なるべく詳しく話して頂戴。どんなささいなことでも」
◇
「ところで東堂さん」「…何?」
「お腹がすきました」
隣の呑気な声を聞き、彼女は空を見上げた。――中天をとうに過ぎている。確かに昼飯時を過ぎてしまっているようだ。
「逃走中なのだけれど」ツンとしている。デレは無い。
街の中心部へと向かう道路を、切田くん達はポテポテ気楽に歩いている。手を繋ぎながらのゆったりとした歩行に、――道行く人々の視線は幾分穏やかだ。ダッシュお米は相当酷かったようだ。(それはそう)それはそう。
しずしずと隣を歩く、麗しき『聖女』先輩は、――手のひらをぎっちりと握り、離しはしない。しかし、その返答はつっけんどんだ。目を向けようともせずにそっぽを向いている。
(…流石に壁を感じるな…)出会ったばかりの見知らぬ男女だ。急に馴れ馴れしくなるはずもない。
切田くんとてコミュ強だのリア充だの、そういった言葉に対して恐れを抱くタイプだったし、(……何も切り出し方がわからん。天気デッキ?向こうだって困るよ……)必要だからと『精神力回復』を盾に手を握ることだって、正直言うと気後れしていた。
(…じゃあ、どうしろっての。『…僕みたいなのにいつまでも握られていたくなんてないですよね?』とかヘラヘラ卑屈ぶって、手を離して突き離せばいいって事?…ないわぁ)
(…いや待て、逆に『落ち着くためには仕方ないのだけれど、どうしてこんなのと…』なんて、疎まれていたら最悪…)
(……グエー。胃が痛くなってきた……)
二つ年上の、麗しき他校の先輩。普段であれば、接点など有り得ない存在である。――学生のコミュニティなど学校、学年、学級が違うだけで関わりのなくなる極めてローカルなものだし、……切田くんに至っては、安定のコミュニティ外を維持している。関わり合うはずもない。
東堂さんの飛び抜けたルックスや存在感、洗練された制服デザイン等から察するに、庶民でぼっちの切田くんからすれば高嶺すぎて登山道具さえ揃わないような絶界霊峰の花である。気後れどころか警察もやむなし、といった勢いであった。(…通報は止めてぇ…)
(知り合うわけがないし、筋もない。仮に知った所でどうやって関わっていけっての。ボーイがガールにミーツするにしたって、限度ってものがあるんだよ。格ってもんがさあ…)
(偶然ぶった下心丸出しで、住居近くをウロウロすればいいって?「や、やあ偶然!」…うわ。おじさん構文のロミオレター抱えながらストーキングするなんて、冗談じゃない…)とはいえ、物事には都合があるし、(いつも見てるョ^_^可愛いね-_-;ナンチャッテ^_^;;(汗))必要なことを放ってはおけない。(今度あいたいナ=_=;;(爆)連絡くれると、……あ、もういい?あ、そう?)切田くんは深刻な顔で、不退転の覚悟を決めた。
(……そうだ、伺い合うばかりじゃいけない……)
(人と人とが関わり合うのなら、主張が正面からぶつかり合う事だってあるんだ。……ならば、ここは僕のわがままを通させてもらう……)
(なぜならば、僕は昼食を抜くと体調を崩しやすい体質なんだ)「お腹が鳴りそうです」切田くんのお腹が、キュウ〜と鳴った。
「……」
「……」
(…タイミング良すぎだろ…)切田くんは恥じ入る。超恥ずかしい。(…昭和かな?…)
東堂さんは、吹き出すような、困ったような、凄く奇妙な顔をしていた。……流し目で、いびつに膨らむ麻袋を見る。「…食料の入った袋って言ってたよね。中を見てはいないのだけれど、食べ物も入っているの?」
「食べ物しか入っていませんよ」
「そう」……つい、と目をそらす。何の気無しに、彼女は言った。
「…じゃあ、軽く、ね。軽く」説得完了だ。お腹の音。
◇
ふたりは道端の木陰に並んで腰掛け、食料の入った麻袋を開く。……道行く人々が、怪しむよりも微笑ましいものを見るように眺めていく。(…ニッコニコやないかワレェ…)何故だ。(カプ厨かぁ?お?)
(…心持ち、東堂さんも期待を込めた目で見ているのは気のせいだろうか)「東堂さんもお腹が減っていたんですね。良いのを選んできましたから、きっと御期待にも添えますよ」
切田くんのドヤりに対し、――彼女は、どこか 剣呑な笑みを浮かべた。ジトッとした目で覗き込んでくる。
「切田くん。デリカシー」
「はい」ヒエッとなる。(…余計な一言だった。少し怒ってるみたいだ…)
(…でも、まだ立て直せる。『賢者』の慧眼によって選びぬかれた食料たちならば、東堂さんだって喜んでくれるに違いない)気を取り直し、居住まいを正す。(うまいもんばかりですからね)――さあ、攻撃開始だ。「…まず、ひとつ目は」「うん」
1ターン目。切田くんは厳選されしひとつめの食料を、袋の中から取り出した。「ホールチーズです」
「…ホールチーズ」東堂さんは固い口調で答えた。
丸のままの平たく厚い、重量感のあるかたまり。クリーム色に近い色合いの、白い硬質のチーズ。蝋引き紙に包まれており、重くて大きい。……とても食いでがありそうだ。持ち出した食料の中では、これが一番重い。絶対うまい。
両手で渡すと、彼女は軽々と受け取った。
「…いえ、そうね。きっと今後の役に立つわね」東堂さんは一旦チーズを膝の上に置いた。
「続いて」2ターン目の攻撃。次の食料を取り出した。「ベーコンブロックです」
「…ベーコンブロック」東堂さんは先程と同様に、固い口調で答える。
こちらも丁寧に蝋引き紙に包まれている。中にはからからになるまで燻製されたベーコンの塊。――これも、大きく食いでがありそうで、重い。絶対うまい。
「…そうね。これも役に立ちそうね」東堂さんはそれも軽々と、一旦チーズの上に重ねた。
……どうも先程から攻撃の手応えが悪い。切田くんは焦りを感じる。
(…効いていない?保存と味のスペックを両立した、総合力のあるチョイスのはずだ。…僕は何かを間違えているの?)梢で小鳥たちが戯れる声が聞こえる。
切田くんは不安に駆られ、おずおずと次の食料を取り出す。3ターン目。「…丸いバゲットです」
「うん。良いと思う」安堵の声が答える。……僅かながら攻撃が通ったようで、切田くんもホッとする。
大きなカチカチのバゲット。(全部パン呼びでいいじゃない…)三つのうちのひとつを渡し、次の食料を取りだず。
「ドライフルーツの小袋」「良いじゃない。切田くん」褒められた。4ターン目にして、声に喜びの気配がある。攻撃成功だ。
保存のために砂糖漬けにして干した果物だ。小袋と言っても一抱えになるほど詰め込んであり、重い。――これも、袋の中に蝋引き紙が敷いてある。蝋引き紙は便利だ。
東堂さんはやはり軽々と受け取り、小袋を大事そうに抱える。
「塩の小瓶」
「うん」5ターン目。コルクのはまった陶器の小瓶を差し出したが、東堂さんはそれを押し止める。……攻撃はブロックされたようだ。そのまま袋に戻す。
「以上です」
「…切田くん?」一瞬の間をおいて、彼女が困った顔で尋ねてきた。
「…切田くん。包丁やナイフなんかは持ってる?チーズやお肉、バゲットを切り分けたりする」
「あっ」
「…それと、飲み物は?水筒、飲み物の瓶、あるいは水袋のようなもの」「覆面に使いました」「切田くん!?」ちなみに、あの覆面はそのまま捨ててきた。(…そんなに声裏返さんでも…)説教かもしれない。
東堂さんは仕方なさそうに、バゲット、ベーコン、チーズを切田くんに返す。……じっと覗き込み、……すぐに力を抜いて、嘆息する。「…そんなにシュンとしないで。先のことまで考えて持ってきてくれたのでしょう?」座り直して、少しだけ躰を寄せてくる。「はい、これ」
差し出されたドライフルーツの袋。切田くんも気を取り直し、ひとつ受け取ろうとする。――しかし、両手にはベーコンとチーズを抱え込んでいる。膝上の食料袋にはバゲットが乗っかっている。お祭り満員電車だ。ワッショイワッショイ。
少し沈黙して、彼女はドライフルーツを指でつまみ上げた。「切田くん、口を開けて」「え」「はやく」
(…な、なんで?)混乱する。(まさか、これは、『はい、あーん』というヤツなの?…どうして…)
「嫌なの?」
「…いえ、そんな」(…単に実利の問題なのか?)「…はい」
戸惑いながらも、彼女の指から直接ドライフルーツを咥え、もそもそ食べる。――砂糖にまぶしてあるものの、それは、未熟なりんごのような、杏のような。そんな味だった。(酸っぱいな)もしゃもしゃと咀嚼する。
「…おいしいよ、これ。甘酸っぱくて」自分もドライフルーツを千切って食べながら、もうひとつ、ドライフルーツがつまんで差し出される。「はい」
(…はい、じゃないんですよ…)「…あの…」切田くんは顔を赤らめ、躊躇する。(…何でそんな、当然みたいにそうするかなぁ。いくら実利があるからって…)「…ちょっと待って下さい。食料を片付けますから」「駄目」
「駄目て。…はい…」速攻で拒否られてしまった。
「嫌なの?」「…いえ、その。…食べます。はい」差し出された指から直接ドライフルーツを咥え、もそもそと食べる。
――自らの手で給餌される様子を、東堂さんは神妙な顔で、じっと眺めていた。
「…ねえ、切田くん。こういうのって私は、今まであまり良い印象を持っていなかったのだけれど」ジトッとした目で、微笑む。
「…やってみると楽しいね。これ」
切田くんは身悶えしそうになった。(…まさか、本来の意味での『はい、あーん』なの!?何故僕で…)奥まで熱い。(からかわれているのか!?)んもー。
向こうでの切田くんは、異性に変にからかわれる質だった。彼女たちは本当に不条理な、イジメまがいの構い方をしてくるので、何とかしてほしいと常々思っていたし、――それが嫌で自然と距離を置いていたのだ。男子ともだが。学園カーストに組み込まれてヘラヘラさせられる日常など冗談ではない。
顔を赤らめてうつむくも、思考を切り替える。(…待て、切田類。からかう気配ではないな。東堂さんは真剣だ…)
(疎遠な関係でギクシャクしたままでは、これから先は危険だと判断したのか?…東堂さんは不器用そうな面もある。彼女なりに歩み寄ってくれているのかもしれないな)
(…だったら協力し合わないと。僕も歩み寄る姿勢を見せなくては…)もぐもぐする少年をじっと見つめ、……不意に彼女は、ボソリと言った。「…それに、少し安心した」
「っ」何の事かと聞き返そうとしたが、もそもそと食べている途中だったので自重し、飲み込む。……水分がほしい。
悶える彼に、彼女は微笑む。
「切田くんってスーパーヒーローみたい。そうなのかなって。でも、切田くんは切田くんだよね」
「はい、切田くん?」
「…嫌じゃないよね?」甘酸っぱいドライフルーツが、口元へと差し出された。……下くちびるに、軽くちょんとくっつけられる。
真剣な顔で覗き込んでいる。――艷やかな長いまつげの奥。挑戦的な、肉食獣の瞳。
「あーん、して?」
切田くんは恥辱に悶え、なんだかグラリと変な扉が開きそうになったが、……焼け付く意識をつなぎとめ、えいやとばかりに果物を咥えた。
「…よろしい」指先の砂糖を舐め取って、彼女はじっとりと微笑んだ。
◇
「パンデモーヌ閣下!」部屋を出た彼の、足を止めるものがいる。
「…衛兵隊の、研究所当番の隊長さんね。なんて言ったかしら」
「トガリであります!任務に関するお願いの儀があり参上いたしました!」衛兵隊の軍装を纏う、ヘラついた雰囲気の中年男だ。
近年の風潮によって、前時代的な貴族の風習こそ今は廃れてはいるものの、――衛兵隊の中隊長ごときが、上位貴族へと直訴を行っている。しかも衛兵隊は宰相派ではなく、利権屋派閥に属していたはずだ。
パンデモーヌ伯は不敵でにこやかな顔を作り、率直に伝えた。「不躾すぎるわ。不愉快ね」
トガリ隊長は緊張の面持ちで硬直する。「…は!…緊急時ゆえ、平にご容赦いただきたく!」
「まあ、言うだけ言ってみれば良いんじゃない?」
「はっ!逃亡した召喚者の、追撃の許可をいただきたく」
「…つまりあなたは、わたしが命令したという言質が欲しいわけね。勇者を取り逃がした汚名を返上するべく、責任の押し付け所として私のところに来た。そう言うのね?」
「…はっ!現地の判断というものを、魔法学者として名高き閣下ならば受け入れてくださる度量があると、見越した次第であります!」
嫌味にしれっと返答するトガリを見て、パンデモーヌ伯は、見直すように口を釣り上げる。「…あら、なかなかどうして口の回ること。トガリ隊長だったかしら?今から追えるの?」
「もちろんでぇあります!」その答えを聞き、パンデモーヌ伯はニンマリと笑った。
「よろしい。では、あなたに特命を与えましょう」
「…はっ。…特命、でありますか」流石のトガリ隊長も、これには怪訝そうな顔をする。
「逃亡者の中に、男の子がいるはず。貧弱そうな子よ」
「はっ?…はっ!」
「その子、私のものにしたいわ。必ず私のところに連れてきなさい」
「…逃亡したのは女と、外部の魔術師らしき人物でありますが…」
「あるいはそれのことかもしれない。出来る?」
「はっ!可能であります!!」――神妙な面持ちで姿勢を正し、そして、内心を邪に歪める。
(…いやはや、お偉いもんだ。自分の領地をほっぽり出して中央で遊んでいる、昼行灯の変態伯爵が。稚児趣味が高じて異世界のガキにまで手を出すつもりか?…気っ色悪いなぁ、おい…)
(…まあいい。俺の目的は女のほうよ。仮に覆面がご指定のガキでなくっとも、…勢い余って殺してしまったとしても。手柄さえありゃあ、いくらだって誤魔化しは効くだろうさ)しゃちほこばるトガリ隊長に、……パンデモーヌ伯はぬるりと顔を近づけて、至近距離で彼を覗き込む。――眼窩のモノクルが鼻先に触れ、皮脂がこびりついた。
「…よろしい。成し遂げたならば」カッと目を見開いたまま、パンデモーヌ伯はニンマリ笑った。
「『無礼』は許しましょう」
硬直したトガリの額から、汗が滴る。
「察しの良いあなただもの。意味ははっきりと分かるわね?とり逃がした無能と此度の無礼、返上する機会を与えられたの。とおっても幸せよね?あなた」
「…は、はっ!ありがとうございます!!」
「聞き返さないだけましだと思ってあげましょう?…フフ。自分の立場が分かっているようで何より」至極ゆっくりと顔を離し、パンデモーヌ伯はにこやかに続ける。
「必ず成し遂げなさい。…無様を晒したのなら…わかるわね?」
トガリは汗まみれの顔をしゃちほこばらせ、敬礼した。
◇
「イジメすぎちゃったかしら?」よろよろと去る男の背を一瞥して、……パンデモーヌ伯はモノクルを外してハンカチで拭き、ひとりごちる。「解除魔法など受け付けない高位の状態異常魔法である【ブレインウォッシュ】。それを、ひと撫でで解除する『スキルホルダー』」
「……狂王の帰還のためには、必要になるパーツ……」
浮かべた意地の悪い笑みは、――そのまま、凄惨な笑みへと変わった。
「絶対に、何をしてでも、手に入れなくてはね?」