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切田くん、召喚される②

 スイッチが、音を立てて()()わる感覚。(バチコーン!)


 (あふ)()る、めくるめく情報のヴィジョン。パラダイムシフトの高速アクセス。カリカリと脳内が()()い、(まわ)る。()()()と、冷たい怖気(おぞけ)()()じる。


 翻弄(ほんろう)する潮流(ちょうりゅう)只中(ただなか)で、()()()新しい力が宿(やど)っていることを、()()理解する。


(そうか、僕には『三つも』不思議な力が宿(やど)っているのか?)


 ――(いま)や、(ちから)の使い方が、()()()理解できていた。


(…この力を宿(やど)らせるために、僕たちは拉致(らち)され、改造されて、(おり)(なら)べて値踏(ねぶ)みをされているんだ…)


(…ペットショップの犬猫のように…)


 データの津波(つなみ)に対応し、(…考えるべき事が多い…)切田くんは(みずか)らの思考を加速して、(ギュイイィン!)過集中(かしゅうちゅう)()()()へと(いた)る。――白昼夢めく、周囲の時が止まって見える(ほど)の高速思考。


 異界の能力にあらず。切田くん()()()の、刹那の思考だ。


 相対的に鈍速化した世界が、ゆっくりと、コンマ倍速で(なが)れていく。カチ、カチ、カチ。(集中すると、こうなるよね?)ならない。


(異世界チート(インチキ)能力が三つ。把握(はあく)して、行動に(つな)げないと…)


 ひとつめは、『異世界言語』。異界の言葉を理解し、話すことが出来る力だ。


 日本語に聞こえるのは、()()のおかげだろう。(…ありがてぇ、ありがてぇ…)銀シャリ農民になる。


(これが無ければ()()()()()(なに)も出来ずに棒立ちで終わっていた…)


(…今は、感謝しておきますよ)


 ふたつめは、『精神力回復』。(()()だ。この力が、僕への洗脳を()()したんだ)


(…先程(さきほど)から感じる、(へん)な落ち着きもだ。動揺(どうよう)や混乱を回復し、消してしまったんだろう)


  精神の損耗(そんもう)や状態異常を回復し、平静へと()せる力。(…便利すぎィ!)


 他にも、精神力と密接(みっせつ)(つな)がる、『魔力』と呼ばれる内在(ないざい)エネルギーを回復させることが出来るらしい。(…魔法ください…)本来ならば、そちらの効果が主眼(しゅがん)だったのだろうが、(……魔法……)今はまったく重要ではない。


 そしてこの『精神力回復』は、(……魔法)うるさい。接触を(つう)じて、他者にも効果を()(あた)えることが出来る。


(ならばチャンスを見て、接触して二人の洗脳を()()すことが出来るかもしれない)


(この(ちから)ならば、ふたりを助けられる)


 加速思考に相対(そうたい)し、極低速化する周囲の世界。――白皙(はくせき)牢獄(ろうごく)内。魔法陣の光に(きら)めく(ほこり)が、鉄格子()こうの喜劇模様が。ゆっくりと、超低速で流れていく。


 そして最後の、第三の力。


 高揚(こうよう)も、抵抗(ていこう)もなく、これから()()()()()()を思う。


 切田くんは、此岸(しがん)()こう(ぎし)を、なにか()()を見る目で(なが)めた。


(…背水(はいすい)(じん)なんてものは、頭のおかしい指揮官が、(さか)らえない兵士を()()てて()()()()ものだろ…)勝ってもすぐに(ほろ)びそう。(ぐやぐやの人!)


(…兵士とは、必ず()()すものであり、自陣においては決して(のが)さぬ様に(あつか)わねばならない。だったかな?へーホー。…まあ、僕は死にたくないので、脱出路を確保する…)


(だから今は、辛抱(しんぼう)する。鉄格子が()くのを待つんだ)


(洗脳が()けている事は、まだ気づかれていない。…いずれ必ず、移送(いそう)のために鉄格子を()けるはず…)


 ――過集中(かしゅうちゅう)、刹那の思考の()()()。鈍速化した(すべ)ての光景が、目まぐるしく()()()()に加速する。


(その、第三の力ならば)




(きっと、彼らを()()()に出来る)




 胸中(きょうちゅう)に、薄昏(うすぐら)(おも)いが渦巻(うずま)いている。


()ったところで、鉄格子があっては逃げられない。…今は、気取(けど)られないよう、息を(ひそ)めてチャンスを待つんだ…)


(……そら、(まぎ)れはあっただろ。必ず脱出の機会は作れるはずだ……)



 ◇



 (やみ)(おとず)れを待つ切田くんは、()()気づく。今、この場で異変が起こりつつある。


(…なんだ…?)()()()()の、『聖女』の様子がおかしい。


『ぁぁぁぁぁあああ』


 (かす)かだったうめき声が、……どんどん、どんどん(ふく)()がっていく。


『ぁああああああああああ』


 ――やがてそれは、(すさ)まじい(さけ)(ごえ)へと変わった。


『ああああああああああああああああああああああああ』


 広い部屋に、彼女の(さけ)びが(みち)ちる。



 あふれる。



『『あああああああああああああああああああああああああああああ!!!』』



 飽和(ほうわ)した。



 ――轟々(ごうごう)反響(はんきょう)する。壁が共振(きょうしん)()()()()(ふる)えている。


 『聖女』の(また)(ととの)った顔が、(ひど)(みにく)(ゆが)んでいた。


 細身(ほそみ)(からだ)衝動(しょうどう)(みなぎ)り、(にく)しみの波動を()らめかせている。――可憐(かれん)(くちびる)(つた)って、よだれがポタポタ落ちる。


 (ぶた)が「ひゃぁ!」と()(ちぢ)めた。白い老人も(きび)しい眼差(まなざ)しで下がり、両側兵士が老人をかばう。他の兵士も武器を(かま)えた。


 切田くんも(おどろ)きのあまり、身をすくませる。


 (いか)れる『聖女』はギラついた、(けもの)眼光(がんこう)(にら)みつける。――(はな)たれる圧力。


 そして即座(そくざ)(きびす)(かえ)し、瞬時に跳躍(ちょうやく)(からだ)躍動(やくどう)させた。


 ――豪と空気を切り裂いて、()(しぼ)った(からだ)()(はな)ち、()()()()()両腕を背後(はいご)(かべ)(たた)きつけた。



『『うわああああああああああああああああああああああああああああっ!!』』



 轟音。


 破砕音。


 壁が大きくへこんだ。



 部屋中が振動する。()ねる破片(はへん)。――分厚い壁は、()()にて、丸く大きく(えぐ)られていた。


 反動(はんどう)()()った『聖女』は、()()(はげ)しく床を(ふる)わせ()()み、強弓(こわゆみ)の如く(からだ)()(しぼ)る。……足元のローファーが()()()()と音を立て、靴底(くつぞこ)より白煙が()った。


 ――絶叫。()りかぶった右腕を、ハンマーにして(たた)きつけた。



『『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』』




 ()()()




 爆轟(ばくごう)。壁が()()に爆発した。――衝撃波が()ぐ。「…うわぁっ!?」


 ()こう(がわ)は通路だ。ぶち()ける破片に()じり、(いきお)いのままに回転、『聖女』の(からだ)が飛び込んでいく。


『アアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ…』雄叫(おたけ)びが、遠ざかる。


 たくさんの悲鳴と破砕音。――そして、肉が(つぶ)れる音が、かすかに聞こえた。


「……わお」切田くんは硬直(こうちょく)したまま、呆然(ぼうぜん)とつぶやいた。



 ◇



 誰もがあっけにとられていた。――(まゆ)()()げた老人が、(するど)く指示を出す。


「何をしている!追えっ!手配しろ!」


 (あわ)()った兵士が「はっ!」と答礼(とうれい)し、背後のドアへと足早(あしばや)()かった。



「あっ」――切田くんは()()()、重要な分岐点(ぶんきてん)に立っていることを自覚した。



(彼を行かせれば、もう、手がつけられなくなる)


(…そうなれば()()()()()し、結局(ぼく)らは、彼らの『()()()()(あつか)われてしまう』事になる)


(つまり、()()が阻止限界点だ)


(駄目だ。行かせてはいけない)


(……)



()()()()()()()())機械的に、右手のシャープペンシルを()けた。



 切田くんは第三の力、『マジックボルト』を発動した。ペン先から光がほとばしり、兵士の頚椎(けいつい)へと吸い込まれる。


 そのまま貫通(かんつう)し、(とびら)()()()と小さな穴を開けた。


 ――兵士は、糸が切れた様に(くず)()ちる。


 光景を見て、静かに思った。(段取りは(くる)ったけど…)


(…脱出するならば、どうせ、目撃者は()()()()しかないんだよ。…仕掛けてきたのはそちらの(ほう)だ。悪く思わないでくださいね…)


(…次っ!)次の撃つべき対象を(さが)し、ペン(さき)()ける。



 ◇



「……う、撃ってきたぞぉっ!!」鉄格子()こうは一気(いっき)騒然(そうぜん)となった。


「【ブレインウォッシュ(洗脳)】が()いていない!!」「誰のミスだあっ!経路調(しら)べろ!!」「閣下を守れ!閣下を!はやくっ!!」(あわ)てるローブと着飾(きかざ)る男たち。必死に()()る兵士たち。


「ひいぃ…」へたり込む(ぶた)一瞥(いちべつ)し、老人が(するど)(さけ)んだ。「魔術兵、撃ち殺せっ!」


「…はっ!!」杖持ち兵士たちが焦点(しょうてん)()け、()()をつぶやき始めた。(…撃ってくる気だな…)


(攻撃手段()ちを(さき)(つぶ)せれば、こっちだって()()()(らく)になるんだ!)


(遅いっ!!)ペン先から『マジックボルト』を(はな)つ。


 目にも()まらぬ速さで光条がほとばしり、――光弾は、魔術兵の眉間(みけん)の前、()()()()()に当たって(はじ)けた。



(……あれ?)



 ――魔術兵らが、()()()と、(ゆが)んだ()みを()かべた。『こいつ、わざわざ異世界から呼ばれた勇者様のくせに、そんな事も知らないのか』。そんな顔だった。


 無力を(みと)める弱者に、加害者が()ける様な、そんな(いや)な、(いや)()みだ。


 三人の魔術兵は、同時に、()()()()()を終えた。



「『魔力よ、(つぶて)となりて敵を撃て』、【マジックボルト(魔法弾)】!!」



 三条の光弾が(はな)たれた。――彼らには()()()。この子供は、魔術師の持つ『障壁』を使っていない。魔術兵たちは少年の死を確信した。



 その瞬間、虚空(こくう)より(はな)たれた三条の光が、三つの殺傷光弾と『(きわ)めて正確に』衝突した。――バチッと(はげ)しく、(まぶ)しく(ひか)って消滅する。


「えっ…?」「なにっ!!」「馬鹿な……」


 (おのの)き、よろめく。


相殺(そうさい)?そんな事出来るはずが……そんなこと……」


 同時に発動した魔術が、着弾までに空中でぶつかりあう。亜音速(あおんそく)で飛ぶ小さな(つぶて)、【マジックボルト(魔法弾)】で(おこな)うなど不可能である。


 切田くん(がわ)から見れば、銃弾を銃弾で撃ち落とした様なものだ。


「…出来るわけがないだろっ!!なんでっ…!?」


 さらなる異常事態に気づく。自身の『障壁』か、()()()()()()(たゆ)まぬ音を立てている。飛来(ひらい)する()()()()()が、何度も(はげ)しく()らしているのだ。


 切田くんは(すで)に、シャープペンシルを(かま)えていなかった。


 光弾は数限(かずかぎ)りなく、斉射式ロケットランチャーの様に整然(せいぜん)(はな)たれている。


 ――美しい軌跡(きせき)(えが)く、間断(かんだ)なき光条(こうじょう)


「ハハ…」


 切田くんは笑った。――格子(こうし)(かす)めた火花に、()()気を取り直し、スン…と愉悦(ゆえつ)(おさ)()む。(…()かれて死んだら、()ずかしいな。…多連装(マルチプル)『マジックボルト』だ)


 恐怖に(ゆが)んだ男の顔が、(さけ)んだ。



「や、やめろーーーー!!」



 先頭魔術兵の『障壁』が、(くだ)()る。眉間(みけん)に数発。残り二名も『障壁』を(くだ)かれて、顔に何発もの光弾を()びた。


 (たお)れた頭部から、ピュッピュッと血が()()した。


 大きな部屋に、静寂(せいじゃく)()ちる。



 口々(くちぐち)(さけ)んだ。


「…うわあああああああぁっっっ!!」


「嫌だ、嫌だぁっ!死にたくなぁい!!」


「助けて!助けてぇっ!!母さん!!」無様(ぶざま)に逃げ惑う、着飾(きかざ)姿(すがた)やローブ、兵士たち。


 切田くんは真顔のまま、(とびら)()かう者を『マジックボルト』で(つらぬ)いた。次に、()()()()()()や、()(すく)む者を穿(うが)つ。――リズミカルに、ライン作業の様に『マジックボルト』で(つらぬ)いていく。


「…ゔぉっ、…ああっ…」体液を()(なが)(ぶた)が、白い老人へとすがりつこうとする。


「ああーっ!!おたっ、お助け!お助けください閣下ぁ!!」


 老人は顔をしかめ、身を(ひるがえ)して()()をかわした。


「…君が私を助けたまえ。出来るものならな」


「…ひぃっ!?そ、そんな物言い!!それが一国の宰相のとる態度かっ!!この人でなしっ!!」(ぶた)は宰相を(にら)み、口汚(くちぎたな)(ののし)った。


「今までワシはしっぽを()ってやったんだぞ!!(はじ)(しの)んで()ってやったのにっ!!…その恩を!恩を(あだ)で返すのですか!!この冷血漢!恩知らずめっ!!」


 そして()けられるシャープペンシルに、(いき)()んで()(みだ)した。「…ひっ、だっ…だから今すぐワシを助けて恩を、ああっ…恩を!閣下!?早く!!…なんで無視するのぉ!?こんなに()びてあげんだからっ!そこはありがとうでしょっ!!んもうっ!!」


 (らち)()かぬと矛先(ほこさき)を変え、憤懣(ふんまん)やるかたなしに激昂(げきこう)した。「お前だってそうだぞっ!そんなの無礼で失礼なんだぞ!それが()からないだなんて(はじ)を知れっ、(はじ)をっ!!」


「…あああ、もう、駄目だコイツっ!!サイアクっ!!…ねえ閣下ぁっ!!なにしてるのバカっ!!早く、早くしてえぇっ!!!」



「ぴぎゃっ!!」



 太った男のこめかみを(つらぬ)き、切田くんは攻撃を止めた。



 ◇



 いつしか、牢屋の位置は、鉄格子を(さかい)()()()()になっていた。


 囚人(しゅうじん)豪奢(ごうしゃ)な服装の、白髪の老人。威厳(いげん)ある(たたず)まいで、(きび)しくこちらを(にら)みつけている。


 ……部屋に、血の(にお)いが充満(じゅうまん)している。


(背後の穴が換気してくれるだろう)()()、そう思った。


 彼を遠く(にら)む老人も、血煙(ちけむり)の中、()()、足元の肉塊へとひとりごちる。


「…名誉職に無能を()えるつまらん横やりは、やはり後顧(こうこ)(うれ)いとなったか。実務の者を()くことさえ出来ていれば、少年の挙動(きょどう)()めることも出来たろうにな…」


「無能なればこその(やす)傀儡(くぐつ)など、余計な邪魔にしか使えんだろうに。……邪魔を武勲(ぶくん)と言い張るものが、あまりに多すぎるのだ。だから正しく(したが)う『スキル』持ちが必要だと言うのに……」


「…あの〜、宰相閣下でしたっけ?総理大臣の」


 ()()()()とした切り出しに、短く返答。「そうだ」総理大臣という言葉はわからなかったが、言葉の意味的には正しいと考えたのだ。


 落ち着いて()う。「君の要求はなにかね?」


「ああ、いえ」切田くんは所在(しょざい)なさげに答える。


「ありません」



 ……その答えに、宰相は(まゆ)をひそめた。



「…ならば何故(なぜ)、私を()かしたのだね?」


「あなたがちょっと、()()()()()に見えたからですね。殺していいものか、ためらったんですよ」困り顔で苦笑する。


「今、殺します」



 眉根(まゆね)()せて、(ふか)く息を吐く。……困った相手だ。どうしたものか。(奪い合った(すえ)の敵対でも、程度(ていど)というものはあるのだ。被害を(おさ)えねばならん時に…)


(……馬鹿が余計(よけい)先入観(せんにゅうかん)()()けるから、こんなおかしな事になる!)重々(おもおも)しく口を開いた。


「…これだけのことをしておいて、(きみ)に後があると思うのかね?(きみ)が相手取ったのは、私ではない。この国だ。…国は(きみ)所業(しょぎょう)(ゆる)しはしないし、決して逃がすこともない」


「ああ、そうですね」あっけらかんと答える。


「ちょっと長くなるけどいいですか?」


「…いいとも」



 切田くんは淡々と、そして、長々(ながなが)と語り始めた。



「司法は無差別の報復合戦を(ふせ)ぐためのものと、僕は()いたことがあります。そうして(ささ)えられるのが社会ですよね。人が安心して()らすために必要なものです」


「人が安心するから、文明が、文化が(そだ)つ。それをなすのが国です」


「…逆に言えばですね、司法や社会が守らない人というのは、()()()()()()()()()()ということですよ」


「そんな原始人が、あなたがたに対してちょっと変わった雄叫(おたけ)びを上げたところで、あなたがたはただ『()()()()()』だけ。国が僕を(すく)うことはないし、対話が(つう)()うこともない。ウホ、ウホ」


 棒読みでおどけて、気まずい顔で表情を(さぐ)り、続ける。


「…そんな僕らを、あなたたちは(さら)った。(おり)に入れて()(かこ)んで、舌なめずりをした。僕は(さっ)して、(あらが)(ため)に、手に持った石斧(いしおの)を投げた」


「…今、ここで行われたのはそういうことです。後先(あとさき)の話は関係ありません。これが僕にとっての、取りうる最善(さいぜん)(うご)きです」


勘違(かんちが)いでしたか?」真顔で問う。


「…いや、合っている。君の認識は正しい」苦虫(にがむし)()(つぶ)した顔。


 うなずき、肩を(すく)めた。「ありがとうございます。…ですが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…あなたがやったんですよね」


「後も先もなかろうと、()りかかった理不尽とは戦います。怒ってるんです。…僕も残念ですよ」



 シャープペンシルが(わず)かに動き、(ひたい)()(しめ)した。

 それを一瞥(いちべつ)し、宰相の老人は、()()(はら)って提案した。



「待ちたまえ。私にはまだやることがある」



 切田くんは(だま)()み、そして、怪訝(けげん)そうに答えた。


「…命乞(いのちご)いですか?」


「そう受け取ってもらってもかまわん」ため息()じり。「この国を良き方向に(みちび)くために、私はまだ、尽力(じんりょく)せねばならん」


「…(おの)目先(めさき)の利権のために、不正と外患(がいかん)を呼び込む、内憂(ないゆう)(やから)が多すぎるのだよ。奴らにこの国を、好き勝手させるわけにはいかんのだ」


 太った死体をちらりと見、真面目くさって提案してきた。


(なん)とか私の命は、まけてもらえんものかね?」


 片眉(かたまゆ)を上げ、うなずいて問い返す。


()()()()()()()?」


「まず(きみ)、いや、君達の命と立場は保証しよう。今まで呼ばれた召喚勇者すべての待遇(たいぐう)を調査し、改善する。(きみ)たちや召喚勇者に()けられた不正や理不尽には、(きび)しく処罰(しょばつ)し、()()()()にしよう」


「いいですね」


「この国に残るならば、十分な地位と報酬を約束する。…だが、(きみ)の不信を払拭(ふっしょく)は出来まい。十分な()(きん)、身分保障とともに、(のぞ)隣国(りんごく)への脱出を支援しよう。…この国は決して一枚岩ではないからな」


「なかなかいいですね。それらが確実に行われる保証は?」


「重大な取引に使われる、【ギアス(制約)】のマジックスクロールがある。国から見てもたいへん高価なもので、効力は絶大だ。魂に制約を(きざ)()む強力な魔法で、あらゆる解除を受け付けない。(きみ)が私に使うといい」


「すごそうですね」


「そしてこれから君達に()けられる、心無き数多(あまた)の暴力に対しては、私が権力のすべてを動員し、その盾となろう。【ギアス(制約)】の項目に()()むといい」



 ◇



 切田くんは、老人の口調や言葉の内容、表情や様子をじっと(なが)め、うなずく。


「…あなたの誠意は感じました、宰相さん」


「わかりました。提案を受け入れます。僕だって後がないのは嫌ですから」


「…ただし、その【ギアス(制約)】のスクロールは二枚用意し、僕の目の前でテストを(おこな)わせてください。それが演技かどうかは、こちらが()()で判断します。不信を感じた場合、証拠の必要なく(だん)じます」


「ふむ、もっともだ」宰相も(うなず)く。


段取(だんど)りはすべて宰相さん、あなた個人が、()()()()()()()(おこな)ってください。…あなたの誠意は感じましたが、(かか)わる人はそうではない。絶対に『よからぬ(たくら)み』をくわだてる事でしょう。…周囲への不信は、あなたがおっしゃったことですね」


「…ふむ」


「そして準備が出来るまでの間、僕はすべての攻撃に対して、先制攻撃を(おこな)います」



 切田くんは、高らかに(だん)じた。



「僕に対して威嚇(いかく)したり、攻撃の(かま)えを取ったり、それを命令した、そうした疑念を(いだ)かせた存在に対し、僕は攻撃の意思ありと(だん)じ、即座に攻撃を(おこな)います」


「…相手が誰だって遠慮はしませんよ。僕にはこの世界の攻撃手段がまだ理解できていない。これは、自衛のための安全マージンだと思ってください」


「ふむ」


「どうです?」


「君の言うことは、(すじ)(とお)っている」宰相は落ち着いて答え、そして、彼の要求を受け入れた場合の、これから()こる光景を想像した。




 ――まなじりを決し、静かに目をつぶった。




 一言だけ言った。


「殺したまえ」


「すみません」


 切田くんのシャープペンシルから(はな)たれた光弾は、宰相の頭を吹き飛ばした。



 ◇



 首の無い死体が(ころ)がっている。鉄格子の()こう(がわ)には、もう、動くものは何も無い。


(…()()()()()だからって、僕らを突き落とそうとした張本人なんだ。譲歩(じょうほ)してしまえば、(ひど)いことになるのは()かりきっている。引くわけにはいかなかった)


(……僕は、落ち着いている)


 かつての牢獄(ろうごく)白皙(はくせき)かつ壁穴の開いた、魔法陣部屋。大小の破片が()らばり、真新(まあたら)しい足跡が薄っすらついている(今もつけてやった)程度で、鉄格子の()こう(ほど)には(よご)れてはいない。まるで別世界みたい。


 ブレザーを着た男子高校生がひとり、今も超然(ちょうぜん)と立っている。すべて思い通りとはいかなかったものの、少なくとも彼だけは(すく)えた様だ。女の子のほうがよかった。


 ポンと肩を叩くと、彼は()()としてこちらを見る。そして、部屋の様子を呆然(ぼうぜん)(なが)めた。


 気安(きやす)く声をかけてみる。「さあ勇者くん、さっさと脱出しましょう。同じ被害にあったよしみもあるし、ひとまず力を合わせるというのはどうです?」



 ……『勇者』は、その場でうつむき、()()()()、そして、ボソリと言った。



「…なんで殺した」



 切田くんは(こま)ってしまった。「なんでて」


何故(なぜ)こんな真似をしたっ!」周囲を手で(しめ)し、()()と強く(にら)みつける。


「血の海だ!」


 怪訝(けげん)な顔で、向こうを(なが)める。


「そうですね?」


「…何故(なぜ)か今まで()()()()していたが、全部見ていたぞっ!!なぜ彼らを一方的に殺した!?」



「…ああ」



 今気づいたみたいに()()()()返答し、たしなめる様に言う。


「あのね、勇者くん。あなたも学校で考えたことがあるでしょ?」


「何を!」


「授業中に銃を持ったテロリストが乱入してきたら、自分はどうするか」


「……はぁ!?」


「教室のみんなは人質に取られ、なすすべもなく泣いている。好きなあの子も、仲悪いやつも。みんな鼻をグズグズさせて、(ふる)えながら泣いている」



 片手を(なな)めに振り上げて、腹の底から力強く、(りん)と宣言する。



「そこまでだテロリスト共!」



 (あご)に手を当て、不敵(ふてき)な表情を作る。


「…残像だ」


「バシュンバシュン!デュクシデュクシ!」シュッ、シュッとシャドーボクシングの真似事(まねごと)をする。




 切田くんはスン…として、スッと『勇者』に()(なお)った。




「今でしょ」


「…ふざけるなっ!!」『勇者』は怒りと悲しみを込めて(さけ)んだ。


「ふざけている場合だと思っているのか!!なにがデュクシだ、今でしょだっ!!」


 (だま)()む少年に対し、高らかに、気高き想いを()()らかす。「どうして殺したんだ!!思いとどまって話し合える事こそが、人の持つ素晴(すば)らしさだろ!!?」


「お前にはわからないのかっ!助けを(もと)めていたんだろ、この人たちは!だから俺たちが呼ばれたんじゃないか!!その話を今からするところだったのを……台無(だいな)しにしたんだ!!お前のせいで、めちゃくちゃにして!!」


 ()()がる正義のままに、(はげ)しく()こうを()(しめ)す。


「このざまだ!!どうするんだよこれからっ!!」


「…敵の増援が来る前に脱出?」


(ちが)う!!」悪い少年を手酷(てひど)(にら)みつけ、「こんなの人間のやることじゃない!!俺たちはこの人たちと冷静に、落ち着いて話し合うべきだった!」崇高(すうこう)なる(おも)いを()めて、力強く惨状(さんじょう)()(しめ)した。



「これは…これは人がやっちゃいけないことなんだよ!!」



 息を切らせて(にら)む『勇者』を、切田くんは、(こま)(がお)(なが)めた。


「……」


「…あー」


 目をそらし、片手で頭をくしゃくしゃとする。


「わかった勇者くん。あなたの言いたいことはわかりました」


「じゃあお(たが)い、ここからは関わり合わないようにしましょう」


「…何っ!?」鼻白(はなじろ)む『勇者』に、興味なさげに答える。


「僕には僕の都合があるし、あなたにはあなたの都合(つごう)がある。歩み寄れない、腹が立つだけ。もう金輪際(こんりんざい)(かか)わらないようにしましょう」


「何を勝手なことをっ!!」


「じゃあさよなら。できれば()(ぎわ)を攻撃してこないでほしいな」


「おい、待て!ちゃんと俺の話を聞けっ!!…逃げるのか卑怯者(ひきょうもの)!?」


 切田くんはなにも答えず、壁穴へと(あと)ずさっていく。……『勇者』からは目線を切らさない。彼が攻撃をしてくる可能性は、十二分にあるのだ。


()()()()した時というのは、なんでこれほど(つか)れた気分になるんだろうな)


 切田くんは心底がっかりして、うんざりしていた。


 同時に呼ばれた三人ならば、きっと仲間になれる。


 突然追い込まれた、この窮地(きゅうち)に。

 誰かを(たお)せば終わるということの無い、姿の見えない敵。

 勝てるとも思えないほど大きな、悪意ある仕組み。

 それらを敵に回してしまったのだとしても。


 仲間と力を合わせて戦っていけるのならば、本当に心強い。



 どこかそう思っていたのだ。



 少し、目頭が熱くなる。



 ()かりきったことだった。見も知らぬ他人など、元々このようなものだ。


 この場は彼を殺すのが正解なのだろう。――だが、間違いなく彼も、同様に複数の力を保持(ほじ)している。力が知られているこちらには、かなり()(わる)い。


(…ここまでやって情報の遮断(しゃだん)が出来ないなんて。…ああ、もう)切田くんは再度、落胆(らくたん)した。これだけ気をもんで目撃者を消したところで、彼経由(けいゆ)で手配がかかる可能性を消すことは、もはや不可能だろう。


 これからは、敵の手配が回る前提で考えたほうが良さそうだ。(画竜点睛(がりょうてんせい)()いたってやつだ。ほんとグダグダじゃないか…)


 ()()()()()壁穴に(もぐ)()もうとする少年に対し、(いど)みかかるように怒鳴(どな)りつける。


「お前が俺から()げたとしてとも、俺は決して、お前を(のが)しはしないぞっ!俺は、お前の罪を忘れない!!必ずお前に、自分の間違いを(みと)めさせてやる…いや、(みと)めさせてみせるっ!!」


「いや、()ってこないでくれます?」


「お前は人の心を(うしな)ったんだ、人の道を(はず)れたんだよ!…(あわ)れだよ。本当に(あわ)れなやつ。ハッ、本当に可哀想(かわいそう)なやつだな、お前はっ!!そのことをずっと胸に(きざ)めよ!よく(きざ)()んでおけよ!!」



 ()(ほこ)った顔で、『勇者』は高らかに宣言した。



 これ以上、接点(せってん)を持つべきではない。無駄な消耗(しょうもう)である。切田くんはもう、何も答えない事にした。(…僕はまだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。…(あやま)りませんよ)


 『聖女』の開けた穴をくぐり()け、壁穴の(ふち)を盾にして、(だま)って()()ける。……少年は、『勇者』の視界から消えた。


 無様(ぶざま)なものを見下(みさ)げるように、「ハッ…!」と、『勇者』はせせら笑った。



 ◇



 ()()がる衝動を吐き出し、「くそが、…くそっ!」と強く毒づく。


 不快な(おり)が消えない。奴には()()()言うことを聞かせるべきだった。正義の力で調伏(じょうぶく)するべきだった。もっと自分は、正しき意志を表明するべきだった。



「突入!!」



 鉄格子()こうの(とびら)が、乱暴に()(はな)たれた。重武装の兵士たちがなだれ()んでくる。分厚い盾や槍、クロスボウなどで武装している。杖持ちの兵士も多い。


 部屋の惨状(さんじょう)(いき)()み、悲鳴を上げ、毒づく。――そして彼らは、鉄格子()こうの青年を(にら)みつけた。


「待ってくれ!俺は(ちが)う。俺は、あなたたちの敵じゃあない!」『勇者』は声高(こえたか)らかに笑いかけた。誤解は(ただ)さねばなるまい。間違いは誰にでもある。


「これをやった奴は、自分の(つみ)から目を(そむ)けて逃げた!そいつこそ、あなたたちが戦うべき本当の敵なんだ!!」


 兵士が壁のレバーを引くと、――壁裏の巻き上げ音。鉄格子は(きし)みを()げて、ゆっくりとせり上がっていく。


「俺は最後まで、正義の心を(しん)じて説得しようとしたんだ。だが…そいつは耳をかそうとしなかった。これほどの(おこな)いを、()()()()()のように思っていたんだ!!」


「…そいつはまさしく悪だ、外道(げどう)だ、人非人(にんぴにん)だった!!…くそっ。あなたがたにはここで()こった、俺の見たすべてを話そう。聞いてくれ!」


 『勇者』は鉄格子から歩み出て、喝采(かっさい)する人々へと()れやかな笑顔を()け、(ほこ)りを胸に(たか)らかに宣言する。



「殺せー!!」



 兵士の一人が、声を裏返して(さけ)んだ。



「やめろ!!」



 『勇者』は(さけ)んだ。

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