魔法を習得しよう
寄りかかったまま試行錯誤をしてみたものの、「…ちょっと、動かないで」「牛乳ジョッキが…」結局ふたりは、食事の都合で自然と離れてしまった。普通に食べにくい。……顔を見合わせ、少し笑う。
なごやかに、かつお互い意識しながら食事を終えて、――再びしずしずと、ベッドに並び合って座った。
……無言の時間が流れる。
もたれかかる熱の余韻が、まだ、体の中に残っている。――ふたりの間は今や、握りこぶしほどの隙間もない。ただでさえ『聖女』でまかり通る超絶美少女(年上)の隣なのだ。彼女の重みや熱さ等を思い返し、緊張してモジモジしてしまう。(…というか、何なんだろう、この状況…)どうにも変な雰囲気だ。
同様に押し黙る彼女が、伏し目がちに切り出す。「……切田くん、これからどうしたい?」
……なんだかドキッとしてしまった。「えっ…」
「明日以降のこと」「……ああ、なるほど」スゥ…と息を吸い、変な気持ちを振り払う。そして、ショルダーバッグから三冊の本を取り出した。
「魔法書ね」
「はい。これからの僕たちは、ひとまずこれを求めるべきだと思います」ならず者魔術師から奪取した、三冊の魔法書。これらは切田くん達の強さに直接繋がっている。
強力な武装を入手したところで、扱う技術の無い者には宝の持ち腐れ。しかし、魔法ならば『スキル』と同様に、"超常の力"――技術やフィジカルに頼らない特殊能力を有することができる。……さすればきっと、今後も戦いようはあるはずだ。
「…つまり、魔法書が売るほどあるはずの、『迷宮』に入る方法を探すのね。良いと思う」
「今の僕らには、力はどうしたって必要です」頷き、なにげなく続ける。「できれば、差し向けられた追っ手を、裏で手を引いている奴らごと排除できる。そんな強い力が望ましい」
東堂さんは黙り込む。
……正直な気持ちではあったが、自分を強く見せ過ぎただろうか。(…いや、ここは誤魔化すべきじゃない…)本音をさらけ出す局面だろう。毅然として続ける。「…すみません。でも必要な事だと思います。確かに隊長さん達には勝てましたが、追っ手はどんどん強くなる」
「能力の対策をされるかもしれないし、どうにもならない程に取り囲まれるかもしれない。…決して勝てない敵をぶつけてくるかもしれません。そんな終わりかた、僕は嫌です」
「……ねえ、切田くん。私は追っ手から逃れたり隠れたりする力でも構わないのだけれど」
「もちろん、手札は多いほうが良いですよ。…ただ僕は、出来る事なら追われる原因そのものを取り除きたい。解決したいんです。…だって、…理不尽な話じゃないですか。…おかしいですよ。こんなの…」
とは言ってはみたものの、敵の姿が漠然としすぎていて、切田くんはいまいちピンと来なかった。(どうなれば、この状況は解決するんだ?…敵は、誰だ?)
(…僕は初手から『僕らを害した事件の責任者』を排除することに成功している。…追いかけてくる敵は、結局はその残響。連なる仕組みに従っているに過ぎない…)
(…仕組みに追われて追う敵を、全部殺せば解決するのか?)
(……そんなわけはない。……僕は、いったいどうすれば……)「…東堂さんの言うとおりです。一番大事なのは、『安心できる生活』を取り戻すこと。環境を手に入れたり、可能ならば向こうに戻ったり…」軽く首を振る。
「…向こうでだって、本当に安心できる生活だったのか。そう聞かれると困りますけど」
「…そうね」
「押し付けやごまかし、頑なに悪意を押し通そうとする人たち。どこも変わりません」気持ちを切り替え、正面を向く。「……それでも、今の状況よりはずっとマシでした。武装勢力に拉致されて、洗脳されて。必死に逃げ回って追手と戦って、やっとの思いでたどり着いたのがこの夜なんですから」
考え深げに口をつぐみ、滔々と語る。
「彼らは僕らを捕らえ、殺そうとするでしょう」
「…あるいはもっと、ひどいことになる」
東堂さんはうつむいたまま、コクリと頷き返す。「…うん」
「そんな輩の暴力に怯えながら、恨みがましく膝を抱えて過ごすなんて嫌です。まっぴらごめんです」
「戦いますよ。僕は」(…そうだ。戦う意思を持たなければ、悪意に呑まれて死ぬだけなんだ。…今は、戦うしかないはずだ)
「……うん……」東堂さんが顔を上げ、真剣な顔で問いかけてくる。「…切田くん」
……ピリ、と、空気が張り詰めた気がした。「なんです?」
彼女の問いは、どこか、遠い響きを持っている。
「切田くんは、私と一緒がいいの?」
「えっ」
◇
(…しまったっ!!)――切田くんは失敗した、と思った。この冷たい緊張感は良くない。東堂さんとふたりで戦うという前提を、当然のように思っていたのだ。(…反発されてしまった…?僕の言い草に…)
(…いや、確かに僕は、押し付けがましい事を言ってしまっている…)
(あれじゃ、『東堂さんも同じ意見ですよね。だったら僕に従って、僕の言うとおりに命を懸けて戦ってくださいね』なんて言っているのと同じ事じゃないか!)傲慢!――つまり、彼女は牽制しているのだ。『私と一緒がいいの?きみ程度で?本気?(侮蔑の表情)』
『だったらもう、一緒じゃなくてもいいよね?(コツコツと歩み寄り、背中にまわる)』
『私がきみとずっと一緒に戦うだなんて、お門違いなことを思ってないよね?(首筋に扇)』と。(…ひぇぇ…)むしろ興奮する。(…ヒュー。…も、もといっ!)
(やってしまったみたいだ。あーあーあー……)深刻な失敗の感覚。胸の奥が重く沈み、身体の芯が、ヒュッと冷え込む。(『正しき者』気取りで、調子に乗りすぎたか…)
(…そういえば僕は、さっきから他人の文句と強さアピール(イキリ)しか言っていない!…戦いを避けたいと相談する相手に、『それじゃ駄目だ』だなんてマウント取って、…うっわぁ〜…)内心しおしおになる。(…誰だって嫌だよそんな奴。相手を否定して得意がるだけのポン中クズと、どうして一緒にいようなんて思えるんだ?)
(しかもそのアピールの根幹は、たまたま拾っただけの『マジックボルト』…)(自分自身の強さじゃあないんだよ。…あれだ、よくあるやつ。ちょっと成功体験を得たぐらいで、ふんぞり返って指図しはじめるイキリ人間。…ぐべぇ)もうマジ無理。手足をバタバタして暴れたくなる。今なら空も飛べる。フライハイヤァ。
(…そもそもの所、僕は頼りないし、パッとしないし…)胸の奥がチクリと傷む。頭をよぎったのは、最初に感じたコンプレックスだ。……そして直接、彼女に聞いた言葉。(『しばらくよろしくね』とも言っていた。つまり、僕らはもともと一時的な仲間)
(東堂さんは元がしっかりしたひとだ。事態に翻弄されて、一時的に気弱になっていただけ。…ずっと他人の『精神力回復』が必要ってわけじゃない)
(僕と一緒にいるよりも、一人のほうが動きやすいだろう。持っている『スキル』のパワーもダンチだ)
(場合によっては、僕より強くてまともな仲間だって見つかるかもしれない。…そうなれば、僕は邪魔になる…)どんどん情けなくなってしょんぼりする。(…ああ、終わったぁ。役立たず。無用の長物…)(『やっぱり追放ニャン!』うるさいな!だれだよ!?)追放ニャン子は別のところに除外しておく。
(…最初の負い目と年下だからって、僕のことをかまってくれてはいるんだろうけど…)
(あれだ。親切心でかまってくれたのを勘違いして、『もしかして脈があるんじゃ』ってアピったらドン引きされるやつ〜 →→→)
(『戦いますよ。僕は』(キメ顔))
(これで東堂さんに『素敵!抱いて!』と思わせた!アハーン。もしかして僕のことが好きなんじゃね?)
(『だから東堂さん。僕と一緒に来ませんか。…出来ればずっと、ふたりの力を合わせて』(キザ顔))
(東堂さんは答える。『はい?……そういうのはちょっと……』(引き笑い))
(あっ、あっ、あっ、やめ、やめて!)
激しい羞恥と落胆が通り過ぎると、なんだか達観した気分になる。……どうせ『精神力回復』が立て直してくれるのだ。気にすることなどない。
(まあ、こんな美人がいつまでも僕と一緒に居てくれるわけはないか。拾ったインチキの気休めしかない僕だ)
(…他人と関わるのが面倒で、上辺の態度で距離を取り続けてきたのが僕なんだ。…そんな奴に、人との関係がまともに作れるわけがないんだよ…)
ヤケクソ気味に切田くんは、自身の精神を完全に立て直した。気分が落ちれば頭もろくに回らない。――ポジティブシンキングなどという盲目的なやみくもさに縋ることは出来なくとも、上げたほうが都合が良いのならば、上げるのだ。プヒー。(あーあ。せっかくこんな綺麗でちゃんとした人と、ドキドキ異世界冒険が始まると思ったんだけどな。多少ハードモードではあるけれども)
(まあ、現実はこんなものか。なんとかなるさ。ひとりでも)
刹那の合間に高速で廻る思考。鈍速化した世界が思考の区切りに、通常速度へと加速する。……切田くんは長考によるタイムラグもなく、彼女の問いに答えた。
「もちろん、東堂さんがそう望む間だけで構いません。同じ拉致被害に合ったよしみですから」
「……」
その落ち着きはらった態度を、東堂さんはじっと見つめ、覗き込む。
そして、彼女は目をそらした。「わかった」……どこか壁を作るような、固い口調。
――伝播する冷気に、鼻白む。(…やっぱり怒ってたか。…辛い。胃に来るぅ…)顔が凍りついたと錯覚するほどだ。両手でゴシゴシ擦ってみる。「…その。じゃあ魔法書を試してみましょう。東堂さん、『異世界言語』は?」
「持ってる」未だ凍ったままの空気。――なんだか失敗を重ねた気もするが、これが本来あるべきふたりの関係性なのだろう。(…自業自得だな。いつ切られてもいいよう、内心で身構えてはおくか…)気に病まないことにする。カリカリと歯車の音。
机に置かれた三冊の魔法書。一冊は白い表紙の装丁で、あとの二冊は黒い装丁だ。
黒い一冊を手に取ると、中身は意味のわからない文字で埋まっている。……ただ、切田くんにはなにか、『読めそう』な感覚があった。(行けそうだ。この黒い二冊、よく似ているけど同じものなのかな?)
(…使わずに持ち歩いていたんだ。適正が無かったか、被りの魔法ということになる。…なるほど、販売目的か。売るほど魔法書があるってことだ…)
東堂さんも残った二冊を手にとり、順に目を通す。「こっちの白い方は読めそう。黒いのは駄目ね」
「一応見せてください」手渡された白い本。こちらは全く読める気がしない。「…僕には読めなさそうです」
「じゃあ、それぞれ読んでみましょう」ふたりはそれぞれ、本に目を通す。
いつしか切田くんは黒い本に引き込まれていた。……『異世界言語』でも意味のわからない、文字の羅列。
――わからないのにページをめくる手が止まらない。
それは読むたびに、しっくりとした感覚とともに体の中に入ってくる。
それらは体の中でつながって、何かを形作っているようだった。
切田くんは、はっと気がつく。
いつしか本は、白紙になっていた。
朽ち果てる様に色褪せ、皺が寄ってボロリと崩れる。――すぐに見えない粒子になって、跡形もなく消滅してしまった。(でも、本の内容は確かに僕のものになった)
(今ならばわかる。本に秘められていた力が。そして今の僕は、それを自由に使うことが出来る)知識がエネルギーとなる感覚。自身の意識が回路を通し、世界の仕組みと繋がっている実感。
コマンドワードとして紐付けされた呪文を詠唱すれば、この先、いつでもこの魔法を使用することが可能となった。――外部の人間である切田くんにも、魔法書は適切に働いたようだ。
(…ただ、問題が一つ)残ったもう一冊の黒い本を手に取り、パラパラとめくる。……この本は、やはり崩れた本と同一のものだ。同じ本が二冊入っていたのだ。
(この本は…)
(…【マジックボルト】の魔法書だ!)
(『マジックボルト』と【マジックボルト】が、被ってしまった!)
(……ぐううっ……)切田くんはぐにゃりと崩れ落ちそうになった。顔はしおしおを通り越して、しょっぱすぎてしわしわだ。(…ぐぇぇぇ…)ゲフゥ。……なんなら『マジックボルト』と【マジックボルト】と【マジックボルト】が被ってしまっている。三重被りだ。(何でぇ!?…おま、もう、…なんでぇ!?)
楽しみにしていた分、ショックも大きい。(…ああもう。道理で敵もバンバン撃ってくると思ったよ。産出が多いんだ。…だからって、初手から被らなくても!…初手からっっ!!)つる植物みたいに捻れる。フギギギ。
しわしわを立て直し、…スン、となる。(敵に居場所がバレたら、どこから狙撃されるかわからないってことじゃないか。…あの『マジックボルト』を防いだ謎バリアを、早く手に入れないと危ないな…)隣を見ると、東堂さんがまだ白い本を読んでいる。
(…これ、無防備すぎるな。魔法書を読むなら、安全な場所じゃないと危険すぎる)
◇
東堂さんも白い本を読み終わった(だいぶ時間が掛かった)。目をパチパチさせて(かわいい)、そっけなく言う。「試してみたいのだけれど、いい?」
「構いませんよ。もちろん」
彼女は静かに目をつぶり、自らの胸に手を当てる。朗々と、透明な詠唱が口をつく。――それは、部屋の中で奇妙に反響する。
「『世にあまねく聖なるものよ、淀みを祓う清浄さよ』」
「『今ここに清らかな水となり、風となり、光となり、力となりて、穢れしものを、不浄を滅せよ』…【ピュリフィケーション】!」
どこからともなく清浄な風が吹き、キラキラと、細やかな光が彼女を包む。――場末の酒場の澱んだ空気が、高原を吹き抜ける爽やかな風になる。
やがて、細やかな光は、徐々に消えていった。
東堂さんはフゥと息を吐き、晴れやかに笑った。「やったわ、切田くん。見て」(…いいなー)視覚にもはっきり映る超常変化。まさしく魔法だ。(…ちゃんとした魔法だ。羨ましい…)
返り血をあびたスカートやブラウスが、おろしたてのまっさらな状態になっていた。埃や汚れも消えている。(…ダメージの修復は流石に無理みたいだけど…)
ブラウスの首元を引っ張り出してスンスンと嗅ぎ、ホッと安堵する。「良かった。洗濯の魔法よ。お風呂も」「…あっ、はい」切田くんは、内心首を傾げながら答えた。……なるほど、洗濯とお風呂の魔法だそうだ。たしかにそれは良かった。(…ご機嫌も直ったし、本当に良かった…)
しかし彼女は、悩ましげに顔をしかめる。「…でもこれ、詠唱っていうのかな…」
「すっごく恥ずかしい」
(…ふむ)切田くん的にはかっこいいと思っていたのだが、……残念ながら理解できる話ではある。人には向き不向きがある。一定の年齢を超えて魂を維持し続けるためには、ある種の残酷な取捨択一が必要となるのだ。
思い当たることがあったので、ショルダーバッグから魔術師が使っていた短杖を取り出す。「これを使ってみてください。もしかしたら」(【スパイダーウェブ】という魔法を、奴は詠唱無しで使っていたはずだ)
「うん」短杖を受け取った東堂さんが、神妙に居住まいを正す。「…はい、切田くん、じっとして?」「はい」同じく姿勢を正した少年へと、粛々と短杖を向けた。
「【ピュリフィケーション】!」
細やかな光に包まれた。
光がおさまった所で、ふんふんと服や体の臭いを嗅いでみる。……汗や埃の気配が消えている。よれよれ学ランも多少はパリッとした気がする。スッキリしてベタつき感もない。(…最高かぁ…)なるほど、これは便利だ。(…宇宙ステーションの風呂とかに良いかも…)「バッチリです。いいですね、これ」
「フフ。…これ、しばらく貸していてね」彼女は短杖をフリフリと振った。気に入ったようだ。「もともと東堂さんのものですよ、それ」(あの魔術師を倒したのは東堂さんだものな。別れた時のために、今のうちに渡しておいたほうがいいだろう)
「…そういうことは、後で話し合いましょう。今は…【ピュリフィケーション】!」ベッドに積んだ外套やローブに向かって魔法を放つ。白いローブは見違えるような純白になり、外套もさっぱりした色合いになった。すっかり洗濯魔法だ。
「【ピュリフィケーション】!」楽しげに立ち上がり、ベッドに向けてえいと放つ。
「…あっ」突然、彼女は貧血を起こしたかの様によろめいた。
光に包まれたベッドの端に膝をつき、ふらりと倒れ込んでしまう。切田くんは咄嗟に支えようと、――力が足りず、そのまま押しつぶされてしまった。
「ぐえ」
圧と柔らかさ。
「ごめん」
咄嗟に身を起こし、東堂さんは呟く。「なんだか、クラっと来て…」
(魔法を使ってクラっと来た?)「もしかして、マジックポイント的なものが切れたんじゃないですか?」
「…そうかも。でも今、切田くんにのしかかったら…」そこまで言って東堂さんは、顔を赤らめ、神妙にうつむく。
「…私、切田くんにみっともないところばかり見せてるね」
「…そんなのありました?」よっこらせと身体を起こす。特に思い当たることはないし、むしろ自分のほうがそうだ。
すぐ隣でシュンとする、ふたつ年上の麗しき先輩。――輝く美貌を曇らせて、かすれた声で続ける。「いつもはそんな事はないの。もっとちゃんとしているつもり」
「…なのに、きみに見せている私は、――今みたいにはしゃいで倒れたり、…切田くんを乱暴に叩いたり、…叫んで暴れたり…」
「ああ」なるほど、物は言いようだ。彼女の言う活躍のうち最初に思い浮かんだのは、……牢屋の分厚い白壁を殴りつけて爆発させた、『聖女』東堂さんの姿だった。(ヒェー。かっけぇー)
「かっこよかったですよ、あれ。衝動のままに力の限り躍動する東堂さんは、かっこよかったし綺麗でした。…ああ、むしろ、美しかったって言ったほうがいいんですかね」(良いよね暴走。暴走はロマン)切田くんは、当時の仰天とワクワクを思い出しながら、素で答えた。
「……」東堂さんが、うつむいたまま黙ってしまった。
(…しまったっ!!)切田くんはハッとした。またもや失敗の予感がする。
(…今のはおべんちゃらに聞こえたかも。東堂さんレベルの人だと、綺麗とか言われるのはむしろ、ウザイと思うのでは。他人が一方的にすり寄るための、下心の押しつけみたいなものだし…)
内心で(こいつウッゼ)と舌打ちしていたらどうしよう。…どうしよう。(…ヒィィ…)危機感といたたまれなさに、全身から冷や汗が吹き出す。(…そんな周囲の下心にうんざりしている人だ。それこそ嫌悪感しか抱かないはず…)
(……やってしまった……)
真横から熱波が伝わってくる。彼女の両手のひらが、膝の上、ギュッと強く握りしめられているのが分かる。――握られる短杖が、ミシと嫌な音を立てた。
それ以上、目を向けることの出来ない雰囲気だ。
怒りを食いしばって耐えているのだ。非常にまずい。緊張に目をそらし、情けなさそうに声をかける。「…あの」
「……いいの?」怒っているのか聞こうとしたのを遮って、彼女は一言だけ言った。声色に怒りの色はない。(…あれぇ?)肩透かしされた気分になる。(…別に怒っていないのなら良かった。…恥ずかしかっただけ?)
(…確かに、あれだけの大暴れだものな。心無い人にどうこう言われる要件ではあるのかもしれない)「良いんじゃないですか?別に。僕しかいませんし」
そう答えた切田くんの手に、そっと手のひらが覆いかぶさった。――熱い。熱を持っている。『精神力回復』の落ち着き要請と判断し、(はい)と手を握る。……ギュッと強く握り返された。
しばらく黙っていた後、東堂さんは落ち着いた声で言った。
「…そう」彼の手をしっかり握ったまま、東堂さんは床のブレザーに短杖を向け、魔法を放つ。「【ピュリフィケーション】!…ところで、切田くんの憶えた魔法は何だったの?」
「……今見せますよ」切田くんは、困り顔で詠唱を始めた。
「『魔力よ、礫となりて敵を撃て』…【マジックボルト】!」
パチンと指を鳴らすと、机の上にこぶし大の光球が出現した。――ふわふわと浮き、眩い光を放っている。(…飛ばない【マジックボルト】。スキルの方と同じようには使えそうだ。…というかこれ、『マジックボルト』とまったく同じものだよな。…なんかショック…)
東堂さんは、机と燭台の二つの光球を見比べて、困惑する。
「…あれと同じの?」
切田くんも、仕方なさそうに答えた。「…同じやつです」
「…そっか」
「…はい」
「ポーズは止めて」
「はい」切田くんは、腕をスッと下げた。