2:遡り半年前・どこかの地下空間
少し遡ります。
「何度来ても、つまらない場所ぉ」
黒の短髪の女が眼前の、フードを目深に被った背の低い女?と思しき者に先導され回廊を歩んでいる。回廊は自然に出来た直径四メートルほどの洞穴に所どころ垂直の壁や一定の間隔ごとに柱や梁状の人工物が食い込むように露出している。
黒の短髪の女は見た目二十歳前後・この時代でも比較的新し目なあちこちにファスナーの付いた上下の服は半袖短パンで肌の露出が多い。
「あたしさぁ、なんかここへは至急で飛んでこいって言われて朝から満足にモノ食ってないんですけどぉ」
噛んでいたガムを包み紙に出し、くるむとファスナーの一つを開けて仕舞い、別のファスナーを開いて取り出した次のガムを口に運ぶ。
「用事が済んだら何か食事とか出るんですかねぇ?」
「こちらです」
フードを目深に被った背の低い女?は短髪の女が悪態をついてもそれには反応せず、回廊の分岐ごとに「こちらです」と短く発する以外の言葉を漏らさない。黒の短髪の女は少しばかり苛ついてきていて、
「もう入り口からかなり歩かされてるよね?前に一二度来たことあるんだけどぉ?その時は玉座の間ってのぉ?もっとすぐ辿り着けた気ぃするんですけど」
フードの女?は返事をしない。
「私、レレっていうんだけどぉ、あんたは何て名前?」
半分期待せずに語りかけてみる。
「モリン」
意外なことに、こちらです以外の返答が来た。
「!?なぁんだ、普通に喋れるんじゃん」
「先に名乗られた以上、名乗り返すのは礼儀ですから」
思わぬ会話の成立にレレは少し、いやかなりテンションが上がってきた。
「ふ、ふぅん?じゃさ、あんたは何年モノの魔族なん?あたしは百十九年モノなんだけどぉ」
「こちらです」
「そぉぉじゃぁなぁくてぇ!!」
本気でキレかかったレレの真横の壁状のものが、静かに奥に倒れ込み、その奥からぱあっと光が差し込んできた。眩しさに瞬時に瞳孔が萎縮する。魔族であるレレの瞳孔は四角い。
「お連れしました。こちら在里魔族のレレ殿です」
モリンはそう短く紹介して横に下がる。レレはそのやり取りでこの部屋に誰か居るのを悟り、ようやく戻った視界の、しかし至近真正面に黒紫の大きな胸を見た。
「ふ、ふぁ??」
不意のことに怯んだレレはたたらを踏みながら後退りして、改めて眼前の人物を見上げた。
「大姐様です」
モリンが絶句状態のレレに、眼前の人物を紹介する。レレは比較的新参に属する魔族であり、ほとんどの時間を人類側の街に棲まう在里の魔族なので、魔族社会の上位存在についてほとんど知識がないが、『大姐』と呼ばれる存在が何かくらいは知っている。
「「終焉の魔女・メイフェリ」」
かろうじて、そう発声することだけは踏みとどまれた。さらにはかろうじて、即座に片膝を地面に落とし首を垂れ得た。貴人の前で既に失態を重ねたが、これならばなんとか一度首を刎ねる程度で許してもらえるかもしれない。レレの能力は自身の超回復特化なので、普通に殺されるくらいでは死なない自信がある。それにしてもいきなり魔郷に呼び出された上にいきなり魔族のトップクラスと面通しされなければならないのか?レレは魔族になってからの百十九年間前後を光の速さで振り返ってみたが、
「あ…なんか思い当たる節しかぁ、ないわ」
断罪の覚悟をするしかないなと思う。
「ようこそ、レレ」
かけられた言葉と声音は、思いの外優しかった。
××××
「人里に降りられますので?大姐様が」
概要を聞かされたレレは困惑している。部屋には新たに魔王副官〜秘書のようなもの〜第二位のラーラスが加わっていて、メイフェリが近々人類の生活圏に移住すること・その案内/世話係としてレレが選ばれたことなどの説明が行われていた。が、レレにとっては全てが晴天の霹靂であって、理解が追いつかない。が、用意された午餐はちゃっかり粛々と胃袋に収まっていく。
「我々魔郷に過ごす者は人里の暮らしや価値観に疎く、無用な軋轢を生んでは大事を果たす前に支障が起きる。それゆえ目付けとして人里の生活が長いが若い者をーというのは理に適ったことだと思うが?」
「そしてお前はゾレントのそれなりの都会に棲んでいると聞く。それは大姐様の最初の目的地に近く、最も都合が良いと判断した」
「左様ですか。…うーん」
レレの煮え切らない様子が気になり、ラーラスが問う。
「何か、懸念があるのか?」
「懸念とゆーかぁ、その頃あたしは((生まれてない))から知らないですけどぉ、大姐様って人里に降りると何かこう、ヤバいこととかあるんじゃなかったでしたっけぇ?」
微妙に室内が冷える。主にラーラスとモリンの反応で。メイフェリは静かに微笑んでいる。
「私が自ら何かを始めたことは、これまで一度もない。全て事が不可逆に到達したときに請われて、介入してきたというだけ」
「此度は初めて、その縛りを離れて動くことにするのだから、過去に起きた顛末は参考にはならない」
その語り口はまるで子守唄のようにこの場の三人を包む。予期していなかった感情がレレを襲い、何故だかわからないが今すぐ平伏し、今日までの不実を全て吐き出し懺悔せねばならないとまで気持ちが昂る。実際、身体は既に反応して椅子から立ちあがろうとして〜
「すまない。その感情をなかったことにする」
言われてすぐに、レレの心と身体は平静を取り戻した。腰が抜けたように椅子にへたり込む。
「今のような事が起きるから、私はあまり喋るべきではない。ないからこそ、代わりに喋ってくれる者が必要であり」
「お前はそれに、向いていると信じる」
レレは、今度は耐えた。




