0:どこかの地下大空間
本編の始まりです。
「全ての歪みは、百数十年前の、あの後始末の不手際にある。そうは思わないかね」
空間全域に重々しい言霊が響き渡る。人影のある地面からは三十メートルほどの高さのある巨大洞窟に、幾つかの人手が加わった巨大柱や垂直な壁面が不規則に配置されて、何らかの神殿もしくは宮殿の大広間の趣である。巨大柱には下から一定の間隔で明かりのような装置があり、明るすぎず、暗すぎず空間を照らしている。
居合わせる数名は全員表情も変えず声のした方向に正対している。その視線の先には高さ十メートルを超える巨大な石像が背もたれの長い椅子に着座の姿勢で、巨大洞窟の壁面に直に彫り出されて鎮座している。上半身は筋骨隆々の半裸姿で、両の腕はどちらも斜め四十五度下に突き出され、開いた手のひらを上に向け小指だけを曲げた姿勢をとっている。頭部に目を向けるとその額には一本真っ直ぐに尖った角状の突起があり、尖った耳たぶともども人類では無い何かを想起させるが、頬骨辺りから上の両の目横殴りに抉られ、どのような眼差しでいたのか推定するのは不可能だ。よく見ると首筋や二の腕・手首辺りにも大きく抉った跡があるので、本来その辺りには何らかの特別な造形があったか、宝玉のような何かが刻むか埋め込むかしてあったのかもしれない。
声は、確かにその石像の方から聞こえてきていた。
「実に、それを改めるために、その最低限の支度のために、費やした時間が百数十年」
淡々と、しかし少しばかりの怒気を秘めた声が再び響き始める。
「実に、再びこの場に貴女を招き得るという、ただそれだけのために、費やした時間が百数十年」
「まずは、ここまで時間をかけてしまったことへの詫びと」
「かつてと違わぬ尊顔を拝せることの喜びを」
「魔王として貴女・メイフェリに告げる」
石像の向かい側の数名の、その中央の一人以外は同時に・しかし静かに片膝をつく礼をとる。
棒立ちに無表情の人影が、メイフェリということだ。
-魔女・メイフェリ。魔族と呼ばれる((一方の人類))の中でももっとも古い部類の記録から名前の残る大物である。彼女は魔族たちの中でも飛び抜けて特殊な異能を持つとされ、魔族たち自身からも畏れられてきたが、具体的には何が出来るのかはよくは知られていない。ただ、彼女が外界に干渉するときはことごとく大量の死ともに世界の環境が乱れ((時代の終わり))をもたらしてきたため、いつの頃からか人類側から((終焉))の名を冠して呼ばれるようになった。
その容姿はまず・地面に着こうかという長く・うねった艶のある黒髪に隠れ気味の銀色の瞳。記録通りならば何千歳かであろうのに顔立ちは二十歳を少し超えた程度で、肌は少し青く見えるほどに純白、背丈は百七十に少し足りないくらいだが姿勢が良いので周りの者たちよりひときわ大きく見える。
黒紫のロングドレスに身を包んだ身体のその首・腰・両肩から手首にかけては不揃いな鎖が巻きつき、その先は地面に繋がり一目で拘束されているのだと理解できた。
「もっとも、そのような鎖で、動けなくなるような貴女ではないことも承知でありー」
「実に、今日まで、あえてそれに甘んじてくだされたことへの感謝と」
「今日からは、その全てを解き放つことを」
「魔王として貴女・メイフェリに告げる」
メイフェリは無言のまま瞼を閉じる。
「実に、あの後始末の不手際による歪みは永年放置された結果」
「それ以前にあった歪みの比ではなく」
「実に、今やこの世に真の終焉を招きかねず」
「我らは座してそれを受け入れるつもりはなく」
「魔王として貴女に、この調停を乞い願うものである」
そこまで聞いて、承知したと言うかのようにゆっくりと一度瞬きをしたメイフェリの体からずるりと鎖が滑り落ち、地面に消えた。口元には軽く笑みが浮かんだように見えたが、気のせいかもしれない。




