マダム・ヤロウ
マダム・ヤロウのお店は、旧市街地の一角にありました。
小さなビーズ刺繍のバッグやレースの小物、きれいな色のアクセサリー、ちょっとおもしろいぬいぐるみ、くすっと笑えるカードなどの雑貨が並ぶこじんまりとしたおしゃれなお店。女の子が絶対に好きなお店です。
「こんにちは〜!」
お母様が先導してお店へ。カランとかわいいベルの音。
「いらっしゃいませ〜!」
奥から現れた方がマダム・ヤロウ。シンプルなドレスにインパクトのあるアクセサリー。着こなし方からして只者じゃない感満載の方でした。
「ふふふ。来ちゃった〜」
いたずらっぽく笑うお母様。マダムと仲良しなんですね。
「あ〜、ミリか。あら、キャンディちゃんもセレスちゃんも一緒なんて珍しいわねぇ」
いきなり、声のトーンがナチュラルになってます。あれ、声からすると男性ですか?
「お久しぶりです〜」あ、キャンディスさんたちの声が揃ってます。
「あらぁ、お初にお目にかかるお嬢さんね」
マダムがわたしに気が付きます。目があったので目礼。
「かわいいでしょう。このお嬢さんはリサの一番弟子のヒュリちゃんで〜す」とお母様。
「えー、あのリサの!」
びっくりしているマダム・ヤロウ。
「そう、あのリサの!」
アヴェロン家三人の声が揃ってます。息が合いますねぇ。
「ヒュリア・カーディルと申します。よろしくお願いいたします」
「ミカ・ヤロウです。こちらこそよろしくね。ワンピース似合ってるわ。あのリサちゃんの弟子になるなんて、あなた、見た目によらず強者ねぇ」
「いやいや、至って普通なので、お恥ずかしいです。このワンピース、とってもすてきですね!」
「あら、うれしいわぁ」
マダムのお言葉のほか、セレスティーナさんやキャンディスさんの「至って普通だって」「自覚なしね」という声がチラチラ聞こえますけど、ほんとに普通です!師匠が特殊なだけです!
「この無自覚なところがヒュリちゃんのいいところなのよ。でね、今年の収穫祭の仮装にも参加してもらうの。だから、今日は採寸お願い。それで明日でも明後日でもいいからうちに来てくれる?」
「あ〜、海賊と姫君だっけ?いいわよ。かわいい子の衣装作り大好き!」
「ありがと!明日はマルクを迎えによこすから」
「キャー!ほんと!?ミリ、好きよ!」
お、なんだなんだ。急に乙女の会話になってるぞ。
「今日は?」
「マルクには三十分後にここに来てもらうことにしてる。あんまり帰りが遅くなると悪いからね」
「そっかー。そうよね。父一人子一人ですもんね」
え?と思ったところで、セレスティーナさんがすかさず情報補完してくれました。
マルクさんは奥様に先立たれ、息子さんを一人で育ててらっしゃるとか。息子さんは8才。いい子なんですって。マルクさん、いいお父さんだろうなぁ。
そして、マダム・ヤロウ。本名ミカエル・ヤロウ。男性。元冒険者。女装家。雑貨店オーナーおよびデザイナー。お母様の昔のパーティメンバーで、お母様の心の『あに様』。
で、マルクさんのファンなんだって。ゲイとかそういうのじゃなく、『人間』が好きで、そういう意味で性別にこだわらない方だそうです。
うん、わかる。そんな感じする。すごくする!
「じゃあ、明日にでも伺うわ。ヒュリちゃんに似合いそうな海賊と姫の衣装提案ってことでいいのよね?」
「そう!」
「もう、かわいい子が来て、楽しくってたまらないのよ、この人」
「リアル着せ替え人形だもんね〜」
「人聞き悪いわぁ。かわいいものをかわいがってどこが悪い!」
「はいはい。ミリは悪くございません。ヒュリちゃん、マルクが迎えに来るまでにささっと採寸しちゃうわ。その後はよろしかったら、うちの商品、自由にいろいろ見てみてね」
「ありがとうございます!」
かわいいを連発されると照れますね。日頃言われ慣れていないので、新鮮です。
そして、お言葉どおり、さくっと採寸されました。さすが、手慣れていらっしゃる。でも、あらためて考えると、採寸して衣装作るの?ほんとに?え、いいの?ほんとに?
そうなんです。マダム・ヤロウのお店は雑貨屋さん。だけど、一部の顧客には特別に服の注文も受けているそうです。
「ほとんど趣味に近いわね」といって笑っていらっしゃいました。
「明日、ヒュリちゃんに合いそうなもの、いろいろ持っていくわね。今のヒュリちゃんを活かすも良し、別人にするのもよし、う〜ん……迷うわねぇ。まぁ、任せて!」
どん、とマダムは胸を叩いて宣言しました。
うん、楽しみのような、恐ろしいような。
……いや、これってオートクチュールみたいなもんじゃないの?
そんなことに気付くにつれ、どんどんと顔がこわばっていったらしく、
「大丈夫よぉ〜。わたしのセンスを信じなさいね〜」
と背中をバシバシ叩かれながら励まされました。
いや、マダムのセンスは信用してる。ただ、オートクチュールじゃないの?ってことに心臓がバクバクしてるの!
マダム・ヤロウのお店を出て、アヴェロン家に戻ってきました。
はぁ〜、盛りだくさんの一日でした。楽しかった!
でも、それだけじゃ終わりません。泊まる部屋問題が残っていました。
「ヒュリちゃん、お部屋決めた?」
「ああ!そうでした!決めないとだけど、無理です!みんな素敵すぎて!決められないです!」
「うーん、じゃあ、しばらく泊まるんだから、全部に泊まっちゃいなさいよ」
さらっとセレスティーナさんが提案してくれました。
「え!?」
そんなのあり!?
「そうね。それがいいわ。そうなさい」
「えー、いいんですか?ちょっとご迷惑じゃ?」
「大丈夫よ〜」
「選べないんじゃ全部試さないと」
「遠慮なんてなしなし」
なんと、全室お泊まり出来ることに。選べなかったので、うれしい!
「あと、ヒュリちゃんの朝練の場所だけど、裏庭がいいんじゃないかしら?」
「一番奥ね」
「裏庭なら薙刀も使えるし。壁使っても大丈夫だし」
「走ったりするのは、家の裏庭からぐるっと回ってもいいし、外に出て坂使ってもいいし」
「そうね。ただ、外に出るのは暗くなったらやめてね。お嬢さんをお預かりしているんだから気をつけないと」
「ありがとうございます。裏庭を使わせていただきます。あと、暗くなったら出歩かないようにはします」
「よろしい。まぁ、治安は悪くないけど、一応気をつけましょうね。護身術は使わないですむようにしないとね」
「で、今日どこの部屋にするの?」
「う〜ん。じゃあ、今日はもう少し今の部屋を堪能させていただきます!」
「あら、意外」
「どうせなら、ちゃんと堪能させていただきたいなと思って」
「なるほど」
「じゃあ、お部屋も決まったところで、何かつまみましょうか」
「そうね。お母様の見学ツアーではスイカジュースしか飲んでないからね!」
「あら、だから、ありがたみが増すんじゃなくって?」
「増しまくりでしょ!」
キャンディスさんとセレスティーナさんの声がハモります。
「あっははは」
おもしろすぎて、思いっきり笑ってしまいました。




