ギルドの扉
3番目の街 セリオン
前の日に怒られ、野宿をし、美味しい朝ごはんを食べ、水魔法警報アラームが使えず、ぐりちゃんを紹介できて、といろいろあったせいかお互いにかなり打ち解けたと思う。
足取りも自然と軽く、次の街へ向かう。
どんどん街に近づくにつれ、人通りも格段に増えている。街道には旅人や商人、荷馬車が行き交っている。
あ、でもこれはワイバーン討伐の成果も大きいな。
ワイバーンのせいで止まっていた物流がここにきて一斉に動き出しているのだろう。
今日は早めに街に着いて宿屋を確保する。せっかくだから街を観光して、明日ヴァリセアに向かうことになった。
「無事に街道を歩けるようになったのはガレンのおかげだね」というと、くすぐったそうな顔になり、「いや、俺一人でやったわけじゃないからな」と返してきた。
でも、自分が参加した討伐が成功して、こんなに人の動きに影響を与えるなんてほんとにすごい。
戦士でもない、魔力量も少ない私はどうしていけばいいのか、ちゃんと考えないとね。
約束通り、セリオンでは野宿せず、ちゃんと宿屋に泊まります。ガレンがあらかじめ宿の目安をつけていたので、到着後すぐに宿屋に向かうことになった。
そこは安宿でもなくほどよい金額のところで、女将さんがとっても親切だというガレンおすすめの宿でした。
確かにアットホームなところで、ガレンは部屋をお願いした時に女将さんに「あら、彼女できたの?」なんてからかわれていたっけ。
ガレン、お宿の人に好かれますね。人誑しですか?
「依頼者です。二部屋よろしく」と答えていたのは、絶対にめんどくさかったんだろうな。
わたしも「ワイバーンを討伐した方に同行してもらって安心なんです」なんて調子よく答えたら、女将さんが大興奮、ガレンの手柄に「ガレンが討伐の功労者なんて、うちの子、絶対に興奮するわ!」なんて大喜びでした。
ガレンは『言わなくていいのに』って顔してこちらを見たけど、嘘じゃないもんね。
なんとなく、いいことをした気になってます。一日一善実行です(笑)
宿も無事に確保できたので、予定通りに街の中を案内してもらう。
まずは広場と広場近くの神殿に向かう。ここの神殿は高い塔が連なっている石造り。白灰色の重厚な建物は青空に映えて、存在感がすごい。なんていうか、とっても大きい!
中に入ると、多くの人がいくつもある大きな柱のもとで、静かに祈りを捧げている。天井が高い。
さっきまで青空のもとにいたのに、扉を潜ったら一瞬で深い森の中にいるかのような不思議な感覚で自然と敬虔な気持ちに誘われる。
静かに中をまわり、再び外に出ると明るい青空で人々が騒々しく行き交っていて、あっという間に浮世に戻ってきた感じがまた不思議だ。
ガレンは街を案内してくれる間、冒険者になるにあたっての注意事項、安全確認や情報収集の仕方なども具体的な例をあげて教えてくれた。
それによると、例えばよい宿は入口や客層などを見るとある程度は判断できるらしい。
あと、連絡板があると情報把握が楽だとか、荷物の扱いはきちんとしているか、馬小屋がきれいか、なども判断材料になるそうだ。
言われるとそうだよね、と納得するけど、自分で気がつくのって難しい。いろいろと教わることができてよかった。
せっかくだから、街を一望できる丘にいき、夕景を楽しむことにした。夕方から夜にかけての街の明かりが有名なのだそうだ。
街の中心から少し離れた丘に向かって歩いていく。
ふと、かすかに『リィーン…』という音が聞こえ、周りを見渡すと、ちょっと離れた道の先にさりげなく小さなお社があった。
広場の神殿と違って、お社は道の端にこじんまりと鎮座していたが、お花が飾られ、金色の鈴が下がっていて、とても大切にされているのがわかる。
なんとなく明るくて清浄な空気が感じられるところだ。
わたしの視線の先をみて、ガレンが「天鈴さまという女神様のお社らしい」と教えてくれた。
「テンレイ?」
「天の鈴とかいてテンレイ。東の方の鈴の音で穢れを払う女神様だそうだ」
「あのね、なんかさっき鈴の音が聞こえた気がしたの」
「鈴の音? あ〜、社の鈴がなったのかな? 天鈴さまの天の鈴ってお守りらしい」
「くわしいね」
「宿屋でも売ってる。初めて泊まった時にすすめられた」
「あ、そうなんだ。確かにこの鈴、かわいいね〜」
せっかくだから、女神さまに旅の無事を二人で祈願する。
街の大きな神殿もいいけど、こういう身近なお社で神様にお願いすると、神様がちゃんとお話を聞いてくれているような気がするわ。
なんとなく、とってもやさしい女神様が「よく来ましたね」って言ってくれているみたいだった。
丘からみた景色はとてもきれいだった。薔薇色からだんだんと紫色に空が変わっていく。その柔らかな色の中にある街の光が暖かく、あらためてこれから冒険がはじまっていくのだなぁと実感できた。
暗くなる前に宿屋に戻るとなにやら、騒がしい。話を聞くと、お子さんがまだ戻ってこないのだとか。
もうすぐ暗くなるし、そうなるといくら治安がいいといっても、子供一人だと危ない。
手伝いますよ、と申し出て、ガレンといっしょに探すことになった。
女将さんの子供は6歳の男の子、紺色の服を着ているそうだ。紺色…夜になると見つけにくいな。急いで見つけないと。
「ねぇ、ガレン、どこに行ったと思う?」
「人懐っこい元気な子なんだ。子供って大人が思うより行動範囲が広かったりするからちょっと遠いところまで行ったほうがいいかもしれない」
「そうかも」
「かといって、ヒュリも迷子にならないでくれよ。俺から離れないように」
「気をつけます」
捜索隊がまだ向かっていない方へ二人で向かう。
夜の街は、昼間よりずっと静かだ。子供の名前を呼びながら、周りを見渡すが人通りがすでにあまりない。…大丈夫かなぁ。不安な気持ちを抑え、声掛けをしていると、
ーーリィーン
どこからか、かすかな音が聞こえた気がして足をとめる。
「ねぇ、ガレン…」
「どうした?」
「鈴の音が聞こえた」
「鈴?」とガレンが首をかしげる。
「うん、すごく小さい音だったけど…聞こえたよ」
二人で顔を見合わせ、
「ここ、お社の近くだな。いってみるか」
夜道を子供の名前を呼びながら、お社を目指して歩いていくと、遠くに、ほのかな光が見えた。
昼間にお参りした小さなお社だ。
その前に、小さな魔石灯があり、ほんのりとした光を発している。
お社が光ってる…と思ったら、その下でーー
紺色の服の男の子が丸まって眠っていた。
「まったくもうこの子は…! 心配させて!」
そう言いながら、女将さんは男の子をぎゅっと抱きしめる。男の子はまだぼんやり、眠りから冷めきっていない感じ。
「見つかったか」「どこにいたの!」「あ〜〜よかった」「無事でよかった!」と口々にご近所さんたちが駆け寄ってくる。皆、女将さんの腕の中の男の子をみて、ほっと一息ついていた。
ご近所捜索隊が無事発見の知らせを聞いて戻ってきたので、女将さんの心尽くしのホットワインが皆に配られた。
男の子の話を聞くと、ガレンがワイバーン退治をしたことを聞いて、興奮して追いかけていって迷子になってしまったそうだ。ここでもガレンの人誑し力、発現。
そして、思いがけないワイバーン効果。無事に見つかってほんとによかった。
あやうく、後味の悪い思いをするところだった。
「天鈴さまがお守りしてくれたんですねぇ」と女将さんに話していると
「本当。天鈴さまにお礼をしなきゃねぇ」
「天鈴さまっていい神様だねぇ」
「美人だしねぇ」とご近所さんもホットワインを飲みながら参加してきた。
おじさんは天鈴さまにお会いしたことあるのかい?
くすりと笑って、「いい宿だね」とガレンにいうと
「だろ」とガレンが得意そうに返してきた。
チリン、とかすかにヒュリから鈴の音が聞こえた。ヒュリが女将さんからもらっていた天鈴さまの鈴だ。
宿屋の女将さんから迷子探しのお手伝いのお礼として、簡単なものだけど、と二人分のお昼まで用意してくれた。二人して弁当代を払おうしたが、「また二人で泊まりに来て」と受け取ってくれない。それではと好意に甘えたが、なんとなく落ち着かなかった。
「ガレンはもらわなくてよかったの?」とヒュリが聞いてくる。
「鈴二人でつけるのか? 気持ち悪いだろ」
「かわいいかもよ」と笑いながら言ってきたので、
「そこ、別に求めてない」と軽口を返す。自分で言うのも何だが、会ってから3日でこのやりとり。我ながら不思議だ。
徒歩の旅にいい季節だ。街をでてしばらくいくと道なりに細長い糸杉が並んでいる。その先には麦畑が広がり、風にそよいて緑が波打っている。
のんびりと歩いていたが、道行く人が増えてきた。
これからヴァリセアに近づくに連れ、人が多くなるのは確実なので、早めに昼とすることになった。
女将さんがもたせてくれた紙袋にはハムとチーズのカスクートとオムレツを挟んだサンドウィッチが2種、2つずつはいっていた。
けっこう大きい。ヒュリは2つ見比べ、「ガレン、3つ食べれる? わたし、1つくらいしか食べられないから、どっちか1つあげる」という。
2つともとって、ナイフで2つにわけ、2種類のサンドウィッチを半分ずつ渡すと
「えー、ありがとう! 実はどっちも食べたかったの! このオムレツ、朝ごはんのお豆の煮物がはいってるよね、楽しみ〜」
「そうだろうなと思った」
ヒュリは俺が渡したサンドウィッチをしげしげみて
「ねぇ…なんでこんな切り口きれいなの!? ぜんぜん崩れてない!」と声をあげた。
「あ〜、なんだ、力の入れ方できれいに切れるもんなんだ」
「これ、普通じゃできないでしょ。やっぱりガレンってすごいんだね」というと
「せっかくだから、もっとおいしくしよう。オムレツサンドはパンは焼き立て、オムレツは常温でいいと思うんだけど」と提案してきた。
「確かにそれがいいかもな」
「じゃあ、焼き立てにするね」といって、一瞬でパンを温め、こちらにはい、と渡してきた。
「カスクートも焼き立てがいいならするけど?」と普通の顔をして聞いてくる。
「パンだけ? そんなことできるのか」
「あ〜、ぐりちゃんが喜ぶからいろいろやってたら、細かくできるようになったの」とあっけらかんと返してくる。
ヒュリはもうパンを頬張っている。
前から思っていたが、魔力操作をここまで使いこなしているのに無自覚すぎる。無防備だ。悪いやつらに目をつけられたら、危ないぞ。
俺も同じくパンをかじりながら、注意した。
「この魔力操作、かなり貴重だぞ。ここまで細かい操作をするやつ、みたことがない。変な奴らに知られたら、危ない。暗殺者として使われかねないぞ」
「え? 暗殺ぅ〜?」
「初心者が無防備にオープンにしていい情報じゃない。しばらくは秘密にしておいた方がいい。使う時も考えろ」
「えーーー。そんなに?」
「そんなに」
「…わかった。気をつけるけど…無意識で使っちゃいそう」
「お前、ほんとにそれ、危ないからな。自覚しておけよ」
「でも魔力量少ないから、そんなにいろいろできないよ」と、まだ言うか。
「都会は怖いぞ。ほんとに気をつけろ」と、俺はしつこく言い含めた。
昼食後、一息つき、再び歩き進めると、どんどん往来がにぎやかになってくる。馬車や荷馬車が増え、沿道には人の多さを見越してか屋台も出ている。ソーセージの焼けるいい匂い、フライドポテトを揚げている音は賑やか、冷たいジュース売りは呼び込みに余念がない。沢山の人のざわめきや馬の嘶き、街が息を吹き返しているのを感じる。――なんていうか…人間ってたくましいな。
「ほんとにすごいね。ワイバーン効果。これってガレンのおかげでしょ」とヒュリに言われ、
「いや、一人でやったわけじゃないから」と答える。
「うん。みんな、すごいよね。でも、功労者ってことは、中でもガレンがすごいってことよ。こんなにたくさんの人がとっても助かってる。考えてみたら、わたしだってそうだよ。ワイバーン討伐がなかったら、旅にでてなかったもんね」と続ける。
そして、しみじみと
「そういう人が今となりにいるのも不思議。どうもありがとうございます」と言われ、
「なんだそりゃ」という照れ隠しに失敗し、思わず
「…でもな、ほんとにそんなにすごくない」とつい口をついた。
その勢いのまま、俺は続ける。
「俺はCランクに上がってから、死ぬ一歩手前までいったんだ。今考えると自分も悪いが、リーダーがよくなかった。そして、俺は運よく助かったが、死んだり、怪我をして引退となったやつもいた。
怖かったよ。だからまずは無事に帰ることを第一にしていたんだ。それが悪いこととは思わない。
でも、ある人に『そんなに閉じてて面白い?』と言われて、正直刺さった。反発しかけたが、言われたことに反論できなかった。で、まぁ、いろいろ考えてワイバーン討伐に参加したんだ」と続けた。
「そうだったんだ」と少しびっくりしているヒュリ。
「そういうこと。だから、本当にたまたま。まだまだこれからなわけ」
俺は肩をすくめて、軽く笑った。
「それはそれは…楽しみですね…でもその人すごいね。お師匠さま?」
「いや、師匠じゃない。通りすがりの人」
俺は首を横に振る。
「通りすがり? じゃあ、もう会うことがない人なの?」
「どうだろう。そのうち会うのかもな」
「会ったらお礼言わないとだね」
「会ったらな…あー、でも気合いいれてからじゃないと会えない」
「そういうもん?」
「そういうもん」
と、俺は苦笑しながら答えた。
ヴァリセアが見えてきた。この街の特徴的な橙色の屋根を持つ建物が遠景に映える。
川にかかる大きな橋をわたり、街門をくぐると、今までのどの街よりも石畳は広く、建物は高い。行き交う人の数も、通りに響く声や物音の大きさも、すべてがこれまでと違う。
「……すご」
隣でヒュリが小さく呟く。
「このままギルドに行くか?」と聞くと、「行く」と迷わず即答だった。
「今日は登録だけだろ、終わったら簡単にギルドの中を案内して、その後おばさんのとこまで送っていくよ」と言うと
ヒュリはじっとこちらを見つめ、指を組み、
「やさしい…ガレン、お兄ちゃん…」とぽつりと呟いたので
「おー、兄貴のいうことはよく聞くように」と冗談めかして返す。
ギルドは街門から歩いて15分ほどのところにあった。
左右対称に伸びる外壁、規則正しく並ぶアーチと柱列。豪華な装飾はない。
思わず見上げて、息を呑んだ。
「緊張するか?」というガレンの声に
「少し」と答える。
正面から入り、大きな木扉を押して中に入ると、内部は一転して、騒がしかった。
冒険者でごった返し、笑い声や怒鳴り声、受付嬢の呼び出しの声。奥に受付があり、複数の受付係が冒険者の応対をしているのが見える。
壁面には巨大な紋章。中央には書類を記入するためのテーブルが配置されている。実務と権威が同居する空間だ。
冒険者登録の用紙を記入し、受付に提出した。
受付を待っている間、つい緊張感からか周囲をきょろきょろと見回してしまう。
ガタイがよい、いかにも冒険者という人。
ヒーラーような静かな雰囲気の人。女の冒険者もちらほら見かけた。
さまざまなタイプの人たちが雑多に入り混じる空間にちょっと圧倒される。
「そろそろ呼ばれるぞ」とのガレンの言葉を聞いた直後、
「ヒュリア・カーディルさん」と呼ばれた。
「はい」
返事をして、ガレンをちらりと見てから、小さく息を吸う。
手のひらのどきどきを感じながら、わたしは一歩踏み出していた。




