兄さん、事件です?
事件の内容が……
残念な色調に変わりつつあるかも
助けはわりとすぐに来てくださいました。ほっ。
どうやら騎士訓練部の収納庫が近くにあるのだそうですの。つまり今集まりつつある殿方達は、その訓練部部員と考えて良さそうですわね。なんだか先程の犯人に体つきの似た方々がチラホラいらっしゃいますわ。……では先程の犯人は部の先輩ですの!? いえいえ服装は違っていたような気がします。断定は良くありません。
「クルイウィル!? お前何やってんだ!!」
おそらく先輩であろう方の怒鳴り声に、わたくし現実逃避の考え事から我に返ります。
現在のわたくしと〈お花君〉の有り様は、ちょっと誤解を生み兼ねない姿です。〈お花君〉が後ろからわたくしを抱き込み、御自身の額をわたくしの肩と言うか首にめり込ませ、もろともに地面に座り込んでいるのです。因みに〈お花君〉がわたくしを抱き込む腕は片腕です。どうやら残る片腕は負傷しているようですの。負傷が犯人の仕業かどうかまでは、今のわたくしには分かりません。おそらく周囲には分からないでしょうが、〈お花君〉は震えています。
何はともあれ周囲の誤解を解くのが先です。
わたくしは軽く掌を、助けに来てくだされた(たぶん)部員に示します。
「違います」
「何が?」「そもそもお嬢さん誰だよ?」「何でこんな朝早くからこんな場所に居るんだ?」
色々なお声が同時多発で上がりましたので聞き取れません。ですので、こちらの伝えたい要件を優先させていただきます。
「わたくしは通りすがりの発見者であり、通報者です」
「何言ってんだ、あんた」
「彼は、被害者です」
「!?」
「犯人は逃げました」
「何だって⁉️」
はい。大騒ぎになりました。騒ぐのはかまいませんから、〈お花君〉を速やかに回収してくれませんかね。しがみつかれるの、すこぶる邪魔です。
わたくしがそれを素直に訴えますと、私に絡み付く〈お花君〉の腕に益々力が入ります。腕はわたくしの胸の下、鳩尾辺りを締め付けるのです。……苦しいがな!
わたくしは自身を拘束している腕をペシペシ叩きながらもがきます。たとえ片腕でも男の腕。何とか引き剥がそうと悪戦苦闘いたしますが、まるで歯が立ちません。
「うー!」
「せめて人の言葉で訴えてくださいまし! こちらは苦しいので放してもらいたいと要求いたしますわ!」
「うーううー……」
「イヤイヤが通用するのは幼子までですわ!」
「うーしか言ってないのに、良く言いたいこと分かるなお前」
「見知らぬ先輩にお前呼ばわりされる筋合いはございません!」
普段ならば言葉を選ぶか飲み込むかできる事が、恐怖の後のイライラがつのって直接表現でぶちまけてしまいます。後で後悔するのであろう事が分かっていても抑えが利きません。
「な、何はともあれ、離れろクルイウィル」
粗野な方ばかりではなかったようで、〈お花君〉を引き剥がそうとしてくれます。まあ、そうしないと話が進みませんものね。
ですが肝心の〈お花君〉本人がそれを阻害します。先輩だろう方に手をかけられて暴れ(?)ましたの。勿論、わたくしを拘束したまま。
「おま、お待ち、くたさ、ください、まし!」
わたくしは慌てて声を挙げます。あまりに(物理的に)ギュウギュウ締め上げられたり振り回されるものですから、無様にも聞き苦しい発言になります。ですが〈お花君〉も周囲も意味が分からなかったのでしょう。決して無視された訳ではないと信じたいです。とにかく状況は改善されません。
「暴行、等の、ひど、酷い仕打ち、を受けた、直後は、似た、ような何かの、条件で、暴れる事、が、ままある、そうですの!」
相変わらずわたくしの発言は聞き苦しいです。しかし言い切りました! 昔、地球で、ドラマで知り得た知識。おそらくこちらの人間にも当てはまりますわ。
「たぶん、先輩達、犯人と、混同、ですわ!」
まずいです……! わたくしの言葉が切れ切れだけでなく、酷い片言になってます。上手く呼吸できない為の酸欠でしょうか?
私の状況はともかく、今度は言葉を聞き入れてくだされたようで、部員達が離れてくれます。代わりに大人がわたくし達の前に立ちました。
「私は部の顧問だ。私でも駄目か? ゴツい男だからな……」
「たぶん、大丈…ぶ……〈お花君〉?」
「クルイウィル、とにかく少し力を抜け。レディが限界だ」
誰かが呼んできてくだされたのであろう先生の指摘に、〈お花君〉が良い意味で反応しました。わたくしの拘束が少し弛みます。
──はふぅぅぅ………
わたくしは人目も憚らず大きく息を吐きました。酸素回復!!
「クルイウィル、一人で立てるか?」
顧問先生の確認に〈お花君〉は沈黙したまま頷き立ち上がりました。わたくしを抱えたまま……。何故!?
「〈お花君〉──ではなくクルイウィル子息、この手を放してくださいまし」
無言。腕の拘束も弛みません。わたくしの眉間に僅かに力が入ります。
「わたくしには日課の観測がございますの。まだまだ数が残っておりますの」
無反応。
わたくしの顔が不機嫌に歪み、何人かの部員が呻きながら後退ります。
「雨の日も風の日も休まず続けてきた観測を頓挫させたくありません。今すぐこの手を放してください。観測に戻ります」
「待ちなさい、レディ」
待ったをかけていらしたのは顧問の先生です。
「まだ犯人は捕まっていない。この辺りは危ない」
「大丈夫ですわ」
「だから大丈夫ではないと言っているんだ」
「どうせ犯人は〈お花君〉の美貌に惑わされたのですわ。でしたら不美人であるわたくしは安全ですわ」
「誰も君をブスだとは言っていない」
「わたくしもブスとまでは言っておりませんわ」
「……あぁ、君は充分可愛い。だから気を付けねばならない。観測は中止しなさい」
「嫌ですわ」
「命令だ」
「実行不能。不当な命令には従えません」
「頑固だな! 自由か!」
「わたくし、観測がございますの」
「だから……」
「継続観測は文字通り継続に意味がございますの。授業を休んでも観測は続けます。でもその方が危険ではなくて? ああ、それと、その場合の責任は先生の物とさせていただきますわ」
「授業を休む事は許さない。きみの言っているのは責任転嫁だ」
「観測の許可を学園より受けておりますの。そしてこの場合は授業よりも観測が優先されます」
「……マジか」
「私が観測に同行します」
漸く〈お花君〉が顔を上げて人間の言葉を取り戻しました。
応援してくださる皆様ありがとう(。ノuωu)ノ