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幽霊屋敷

「あ……ああ……二人とも帰ったのか……」

扉を開けて、ボサボサの髪型と、伸ばしっぱなしの髭の

バスローブ姿のお父様が出迎えてくれる。

屋敷の埃まみれの玄関口に

アルコールの臭いが全身から漂ってくる。

「お父様、今日は影の騎士との戦いはどうでしたか?」

「な……何とか、倒したよ……みんなを……破滅から守らないとな……」

お父様はブツブツとそう呟くと、フラフラの足取りで

三階の寝室まで歩いて行った。

「お父様のご病気も治らないわね……」

精神病だと、近所の噂になってもう長い。

「そうね。昔は皇国一の物書きだなんて言われていたんだけどね」

「あーあ、昔は良かったなあ。パーシャルも去年死んじゃったしい」

「もう!!一々思い出させないでよ!!」

パーシャルとは飼っていた大型犬の名前だ。

鼻が高くて真っ白で毛並みが艶々していた。自慢の犬だった。

いっつも、私たちの友達に見せていたっけな……。

「ほーんと、シャルって今を生きてないわよわよねぇ。

 金持ちブサメンとのセックスに逃げたって何も変わらないわよ」

「処女の女に言われたありませんー」

「ふんっ。大事なものはとっておくに限るわ。クソビッチ」

私たちは、文句を言い合いながら、シャワー室へと小走りで行き

どっちが先に身体を洗うかと言う言い合いを散々した挙句に

今日は私が負け、仕方ないので、二階の自室へと行って

先に着替えることにする。

築三百五十年の我が家は、木造の三階建ての広い屋敷だ。

数年前までは、メイドや執事たちが行き交う賑やかで明るい家だったが

お母様が死に、パーシャルが逝って、そしてお父様が精神病にかかると

お給料が払えなくなって、次々に皆居なくなった。

愛想の良いお給仕係のマーサ、ふくよかで掃除の上手いパルマ、

厳しいけど私たちには優しかった執事のデレク。

皆、どこへ行ったのかなぁ。金の切れ目が縁の切れ目と言うことは

今では痛いほど分かっているけど、また会えたらいいなあと

私の大人に成りきれない少女の部分が訴えかける。

幽霊屋敷のような我が家の、長い廊下を歩き

自室へと入り、電灯をつけると

フッと何かが横切った気がする。懐かしい真っ白な毛並みを靡かせて。

犬……?

「パーシャル!!」

呼びかけて、必死に部屋中を探し回ってみるが

ベッドの下、勉強机の下どこにも居なかった。

ため息をついて

「パーシャルは死んだのよ」

と私は自分に確認する。死体をこの家の焼き場で焼いて、エスと庭の端に生めたじゃない。

何を弱気になっているの、しっかりしなさい私。

ため息を吐いて、ドレスを脱ぐ。下着にバスタオルを巻いて着替えを持ち

シャワー室へと歩いていく、そろそろエスが身体を洗い終わるころだ。

薄暗い照明に照らされた廊下で微笑む先祖の肖像画を見ながら

私は屋敷内を歩いていく、怖くは無い。

この家に、守られ、包まれているという感じは昔からしていた。

幽霊屋敷となった今でさえ、その感覚は変わらない。

一階のシャワー室へと近づいていくと

「パーシャル!!」

という姉の叫び声がした。

同時に確かに私には聞こえた「ワンワンッ!!」

と言うあの子の嬉しそうな鳴き声が

私はバスタオルが解けるのも構わずに、全力でシャワー室まで走る。

素早く駆け込み、扉を開ける。

「姉さん!!今パーシャルの!!」

そこには、全裸でへたり込む姉が居た。

「居た……私に確かに……鳴いた……」

「私も聞いたわ」

「おかしくなっちゃったのかな……私たちも……」

「……」

何も考えられなくなり、

動けない姉にバスローブを着せて、外で待ってもらい。

とりあえず私もシャワーを浴びる。

お父様もあれだし、屋敷に他に人は居ない。

誰にも相談は出来ない。

「ねぇ、シャル」

外から姉が話しかけてくる。

「なによ」

「お父様の言ってた事、もしかして……」

「……」

お父様が数年前から、もうひとつの世界で影の騎士と戦っているという話は

笑い話として、この町の社交界や、近所ではもう有名だ。

見るからに頭のおかしいお父様の話を信じる人など

私たちも含めて、誰も居ない。

だけど、もしかして、パーシャルもそこで……パーシャルが居るなら

お母様もそこに……。

と思いかけて、私は首を振って否定する。

「姉さん。忘れよう。疲れすぎてただけよ」

身体を拭いて、外へと出て、着替える。

それから元気が無い姉と共に、歯を磨き、顔を整える。

現実は刻一刻と残酷に時間を進めていく。

幽霊ごときで、立ち止まっている暇など、私たちには無いのだ。

「明日は学校か。嫌だなあ」

姉がうんざりした顔で呟く。実は勉強は私のほうが得意だ。

姉は身体を動かすほうが好きで、座学は今一である。

「頑張って行きましょ。どうせ今年までよ」

「そうよね。学費払えなくなったらそれまでだし」

「行けるだけは行きましょうよ。勉学は大事よ」

「あんたもたまには良いこというじゃない」

「い・つ・も・よ」

やることをやってしまうと、二人で手を繋いで

二階の隣り合わせの私たちの自室まで歩いていく。

廊下ににかけられた、先祖の肖像画が、いつもより優しい顔をしているようなのは

多分、気のせいだろう。

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