act.1
「だーかーらぁっ!この世界は乙女ゲームの世界なんだってば!」
――友人が、壊れた。
私はこのとき本気でそう思った。
「……大丈夫?とうとうおかしくなっちゃった?たとえばほら、頭とか。一緒に今から病院行こっか?」
あまりの衝撃発言に握り潰しそうになった紙パックのオレンジジュースを机に置きながら、私は目の前の友人に向かってにっこりと笑いかけた。昼休み真っ最中の教室がいつもよりもざわついていて本当に助かった。でなければ、このおかしな発言をクラスメイト全員に聞かれてしまうところだった。
そんな私の心配をよそに、友人は「失敬な!」と頬を膨らませると、ぷりぷりと怒り出した。
「もうっ、葉月ひどい!あたしはおかしくなんてなってないしこれは本当のことなんだからねっ!?」
「ちょ、ちょっと千秋!あんまり大声出すと周りに聞かれちゃうでしょ!隠れオタなのがみんなにばれちゃう!」
「うっ……」
隠れオタ、という単語に友人が言葉を詰まらせた。
それもそのはず。私、こと相沢葉月とその友人である遠山千秋は、何を隠そう隠れオタクなのだ。どちらかと言えば二人ともゲーマー寄りのオタクなんだけど、それほど違いは無いと私は思っている。
ゲームなんて個人的な趣味なんだから、別に隠さなくてもいいとは思うんだけど、今私達が置かれている環境がそれを許してくれない。
高校一年生である私と千秋が通う私立桜鈴高校は、去年まで女子高だったため圧倒的に女子生徒の方が数が多い。ここは数ある女子高の中でも随一の伝統を誇る学校だったらしいんだけど、新しい時代の波には逆らえなかったらしく、今年から共学になった。
幼馴染でもある私達は、お互いの母親が揃って通っていたということもあり、一緒に桜鈴高校を受験した。憧れだった桜鈴高校。女子高だろうと共学だろうとまったくかまわない――そう思っていた時代が私にもありました。
歴史ある学校だけど、あくまでここは元女子高である。
ネームバリューはあるものの、生徒の大半が女子ばかりなのだから、共学になったとしても男子はきっと敬遠するのではないだろうか。そんな風に楽観的に考えていた私だったけれど、すぐにその考えは間違っているということに気付かされる。
「まさか、新入生の三分の二が男だとは……夢にも思わなかったよね……」
「……ね」
共学になってから初めての新入生。その大半が男子生徒だとは夢にも思うまい。
おかげで、教室中を見渡しても視界に入るのは男ばかり。クラスメイトに女子が数人しかいないってどんな拷問だよ。慣れてしまえばどうってことないんだけど、最初は本当に肩身が狭かった。
女子同士は本当に仲が良く、クラス自体もみんなそこそこ仲が良い。だけど、入学して二か月そこらでオタクをオープンにするにはちょっと気が引けた。
繰り返すが、ここは元女子高である。間違っても男子校などではない。
「……って、ちがぁーう!あたしが言いたいのはそんなことじゃないんだってば!」
千秋がだん、と両手で机を叩いた。
軽くウェーブがかかった肩くらいまでの栗色の髪に、小さな花のヘアピンをつけた、見た目はすごく可憐な女の子。男が放っておかないような外見をしているくせに、どこをどう間違ったのか中身はどこまでも残念だ。
中肉中背、外見は十人並、成績もそこそこというどこまでも平凡な私とは大違いなのである。
う、うらやましいなんてこれっぽっちも思ってないんだからね!
「じゃあ何が言いたいのさ。我が幼馴染はどうやら二次元と三次元の区別もついてないらしい。ああまったく嘆かわしい」
「もーう、意地悪言って!ていうかその芝居じみた口調全然似合ってないし!真面目に聞いてよね!」
「いたたたた、ちょっと引っ張んないでよ!わかった、わかったから!」
両頬を思いっきりつねられ、私は慌てて千秋の手を引き剥がす。
ひりひりする頬を両手で抑えながら千秋を見やれば、彼女はふんと荒い息を吐き出し、右手の人差し指をぴんと立てた。
「いーい?葉月。これからあたしが言うことよーく聞いてね。言っておくけど、全部ホントのことなんだから」
咳払いをし、千秋は周囲に聞こえないよう声を落として話し始める。
彼女が話した内容は、にわかには信じがたいものだった。
千秋曰く、私達がいるこの世界は乙女ゲームの中の世界なんだとか。
それに気が付いたのは、この私立桜鈴高校に入学したその日だったらしい。入学式の日、校門を潜った瞬間前世の記憶が蘇ったとかなんとか言ってたけど、そこは割愛させていただく。大事な幼馴染が今になって厨二病を患ったとは考えにくいが、あまりにも突飛すぎたので、夢でも見ているんじゃないかと言ってみたら軽く睨まれた。ごめんなさい。
それはさておき。
その乙女ゲームというのが、タイトルを「リトル・ハピネス」という。
今私達のいる私立桜鈴高校が舞台となっており、主人公は三年間という長いようで短い高校生活の中で、笑いあり涙ありの青春を送るというストーリーになっているのだとか。
このゲームの大きな目的は、学力や魅力などといった多岐に渡るパラメーターを上げつつ、学校生活の中で出会うたくさんの男性キャラのうちの誰かと恋に落ちることである。選択肢や好感度、パラメーターなどによってエンディングの種類は変わってくるらしいのだが、前世の千秋はすべてのエンディングを見ないまま生を終えてしまったので、よくわからないとのこと。
そしてここからが本題。
乙女ゲームの主人公というものは、言わばプレイヤーの分身のようなものである。
前世の千秋がプレイしていた「リトル・ハピネス」という乙女ゲームにも、もちろん主人公はいる。
その、主人公のポジションにいるのが――――何故か、私だというのだ。
そして千秋は、「リトル・ハピネス」のアドバイザー的な役割を担う、主人公の親友ポジションにあるらしい。
「……うん、やっぱり病院いこっか?千秋、今すぐ早退しよ?」
「んもうっ、真面目に話したのに!全然信じてないでしょ!?」
「うん」
「即答すんなバカ!」
「おいバカって言うな!……だって、そんなこといきなり言われたって信じられるはずもないじゃんよ」
ふう、とこれ見よがしにため息をつく。
私が乙女ゲームの主人公だなんて、そんなことあるものか。
だって私はかわいくてどんなキャラクターにでも愛されるような完璧な子じゃないし、嫌になるくらい普通だ。そんな私がヒロインだなんて無茶にもほどがある。
それに、今ここに生きている私は絶対に作り物なんかじゃない。この世界が乙女ゲームだというのならば、私という存在は何になるというのか。
「第一、その話が本当だったとしてさ。なんで私がヒロインだなんて思うの?」
「……んー、なんでかな?」
「おい」
思わず突っ込みを入れると、千秋は「違うの!」と慌てて顔の前で手を振った。
「適当なことを言ってるわけじゃないんだよ。なんていうか、葉月はリトル・ハピネスに出てきたヒロインとは似ても似つかないんだけど、役割的に……っていうか……ああもうこの感じ、なんて説明したらいいんだろ!」
「そんなの知らないよ!」
「とにかく葉月はヒロインなの!主人公なの!プリンセスなのーっ!」
「意味分かんないよ!」
――そんな不毛な押し問答を続けているうちに、貴重な昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
教室内で過ごしていたクラスメイトはめいめい自分の席に戻って行き、校内に散らばっていた者達もぞろぞろと戻ってくる。
私と千秋は一瞬顔を見合わせた後、机の上に放置されていた弁当箱を急いで片付け始めた。
もう少し詳しい話を聞きたいところだったけれど、もうすぐ午後の授業が始まってしまうので、仕方なく断念する。乙女ゲーム云々を完全に信じたわけではないが、詳細を聞かないことには始まらない。なので、詳細は後日どちらかの家で話そうという約束を取り付けておいた。
「でもね、この話、本当の本当にマジな話なんだからね?あたしは葉月のサポート役なんだから、あたしの力が欲しいときには真っ先に声かけてよねっ!あたし、攻略対象と葉月の恋愛、全力で応援するからさ!」
「……そのときは、ね」
自分の弁当箱を片付け終わり、にっこりと無邪気な笑みを浮かべる千秋に、私は微妙な笑みを返しておいた。
本鈴が鳴る。それと同時に、教室の扉を開けて次の授業の先生がやってきた。
次の授業は国語だから、松谷悠先生の授業だね。
「はい、じゃあ授業始めます。えーっと、とりあえずこの間の続きから行こうかな」
優しく穏やかな声が、静まり返った昼食後の教室に響く。
松谷悠先生は、この学校でも屈指の人気を誇る教師だ。顔立ちも整っている上に、ほんわかと癒し系な雰囲気を醸し出すこの先生の授業は、特に女子生徒に人気が高い。教科書を読む優しい声が、とにかく耳に心地良いのだ。最も、昼食後の一番眠たい時間帯にはオススメできないのだけれど。
「じゃあみんな、教科書開いて――」
松谷先生が、教科書を朗読しながらゆっくりと教室内を歩き回る。
その声に合わせて私もみんなと同じように教科書に目を落としていると、隣から折りたたまれた小さなメモが投げ込まれた。隣の席は、いわずもがな、我が友人である千秋である。
(……?)
私は、何の気なしにそのメモを開いてみる。
そこに書いてあった内容に、私は軽く目を見開いた。
――“この乙女ゲームの攻略対象の大半は、先生なんだよ。もちろん松谷悠先生もね”――
私は松谷先生にばれないように、こっそりと千秋に視線を向けた。
彼女は私の視線に気付くと、良い笑顔で親指をぐっと立ててみせる。
――私は、それを見なかったことにした。
だって私は、平凡な高校生活を送りたいのです!
息抜きに書き始めた見切り発車作品です。
なのでかなり不定期更新になります。
楽しんでいただければ幸いです。