プロローグ
「患者さんに寄り添える看護師になりたい」
そう志を持って就職した。
けれど現実は、そんな余裕なんて、どこにもなかった。
日々の業務に忙殺され、理想と現実の乖離に、精神も身体も少しずつ削られていった。それでも「もう少しすれば慣れる」と言い聞かせ続けながら、日々のタスクをこなしていくしかなかった。
ある日、終末期の患者を受け持つことになった。
癌が見つかったときには、すでに全身に転移していて、手術も、抗癌剤も、もはや意味をなさない状態だった。
「最期は穏やかに過ごしたいね」
まだ若い人だった。
受け持ちの挨拶に行くと、そう静かな笑顔で話していた。
その笑顔がかえって、胸に刺さった。
ゆっくり話を聞きたかった。
心残りに思ってることはないか、最期にどんな時間を過ごしたいのか——穏やかに過ごせるように、寄り添ったケアをしたいと思った。
けれど現実には、急性期の患者対応や医師からの指示受け、沢山の処置で時間が過ぎていく。書かなければいけない記録も溜まっていた。
「痛みはどうですか」「食事は摂れていますか」口から出るのは、記録を埋めるための確認ばかりだった。
そして、緩和ケア病棟への移動を待たずに、その人は息を引き取った。
もっと、話す時間を作れなかったのか。
もっと、傍にいられなかったのか。
痛みは薬でコントロールしていたけれど、それだけで、「穏やかな最期」と言えたのか。
後悔が、じわじわと時間をかけて滲み出てきた。
それでも、日々の業務をこなして行かなければいけない。
同僚が一人辞め、また一人辞めた。
そのたびに残った人間の負担が増え、補填されることはなかった。辞めた同僚の委員会の仕事も回ってきた。新人職員への勉強会の資料作成もしなければいけない。
残業が当たり前になり、休日出勤も珍しくなくなった。
睡眠時間が減り、食事も疎かになっていった。それでも「私は、まだ大丈夫」と思っていた。
ある朝、目が覚めた時から身体が重かった。
でも、休めば勤務が回らないことは分かっていた。
「熱はないから、大丈夫だろう」と、重い身体を引きずるようにして病院へ向かい、午前中の業務をなんとか乗り切った。
「少し眠るわ」
休憩時間、後輩にそう言って休憩室のソファに腰を下ろした。本当に少しだけのつもりで目を閉じた。午後からも、処置や記録が残っている、早めに休憩を出なければと思っていた。
しかし、閉じた目は二度と開くことはなかった。
その日、私は過労死した。




