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## 最終話 「春の歌」

## 最終話 「春の歌」


風が、ちゃんと吹いていた。


それだけで陽太は、少しだけ安心していた。


---


公園。


あの始まりの場所。


ブランコは揺れている。


もう“音のない世界”ではない。


---


隣には、牧原りさがいる。


少しだけ大人びた顔をして、でも昔のままの目をしている。


---


「ねえ陽太」


りさが言う。


「これでよかったの?」


---


陽太は少しだけ空を見る。


35歳の記憶はもう“過去の夢”になりつつある。


でも、消えたわけじゃない。


---


「分からない」


正直に言う。


---


りさは少し笑う。


「それ、前の陽太と違うね」


---


その言葉に、陽太は少しだけ息を吐く。


---


「前の俺はさ」


「分からないって言って逃げてた」


---


りさは黙って聞いている。


---


陽太は続ける。


「でも今は違う」


「分からないままでも、ここにいる」


---


りさは小さくうなずく。


---


そのとき。


母が少し離れた場所に立っていた。


もう不安定な影はない。


ただの母の顔だった。


---


「陽太」


母が言う。


「あなた、ちゃんと選べるようになったのね」


---


陽太は少しだけ笑う。


「遅かったけどな」


---


母も笑う。


その笑顔は、もう壊れていない。


---


椎名さくらが、最後に言う。


「これで“観測”は終わりかな」


---


陽太は振り返る。


「観測?」


---


さくらは少しだけ頷く。


「誰かが選ぶことで、未来が一つに固定される」


「あなたはそれを終わらせた側」


---


風が吹く。


---


りさが陽太の手を握る。


昔よりも、少し強く。


でも子どもらしい温度のまま。


---


「ねえ陽太」


「これからも一緒でいい?」


---


陽太は一瞬だけ迷ってから、言う。


---


「一緒でいいじゃなくて」


「一緒がいい」


---


りさは少し驚いてから、笑う。


今度はちゃんとした笑顔だった。


---


空を見上げると、雲がゆっくり流れている。


何も特別じゃない景色。


でも、それが一番特別だった。


---


35歳の後悔はもう“消えた”わけじゃない。


ただ、今の自分の中にちゃんと収まっている。


---


選び直した人生は、完璧じゃない。


でも——


---


それでもいい、と初めて思えた。


---



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