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ガールズ in ゾンビランド~JK2人の終末くらし~  作者: 一二三 零


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22/22

ボウリングの球をぶん投げろ

前回のつづき

(あけましておめでとうございます。恒例?の更新です。おひさしぶりです)

 地獄の門が開いた、かに思われたが、それはいつもと様子が違った。


 ──奴らの中には、生前の行動を繰り返すものがいる。

 ほとんどのものは食欲に忠実だが、稀にそれ以外のことに執心する個体がいるのだ。

 奴らの大半は食べ物を探して徘徊している。ずるずると腐りかけの足を引きずって、生者の音に耳をすまして。だがその特異な個体は別の行動をする。

 生前の趣味がピアノの演奏であれば、形だけ鍵盤を叩いて不協和音を奏でるし、それがテニスであればラケットを握りしめて明後日の方向へぶんぶんと振り回す、といった感じで。

 もちろん、目の前に生者がいればそちらに手を伸ばす。だがそれ以外は破綻した趣味に時間を費やすのだ。

 彼らに自我はない。思考も、ほとんどない。

 隣で伴奏してやっても喜ばないし、ボールをラリーしようとしても反応しない。

 チーズに睡眠薬を仕込めばネズミだって警戒するようになるのに、彼らはといえば生者の肉を喰らうためにまっすぐに握った槍の先に自ら串刺しになりに来るのだ。それも、何度も。自分の体がふたつに折れるまで。

 生前の習慣を繰り返す。それは残滓のようなものだ。脳に焼き付いて残った行動を無意味にトレースしている。そこに意味を見出そうとするのは生者だけ。

 ──つまりこの凶行も、彼らには意味がない。

「はあ!? ちょっ、なんでっ!?」

 倉庫から出てきた奴らははじめは工藤たちを追っていたが、窓口から出てボウリング場に足を踏み入れると半分近くがボールが並べられた台に殺到した。

 追手が少なくなるのはありがたいが、掴んだボールを適当にゴロゴロと転がしてくるのはどうかと思う。一部は腐った指がボールの穴に突っ込んで取れて、そのまま転がしてくる。これが地味にめんどくさい。

 無視していると足にぶつかって痛いし、放っておくとつまずいて転びそうになる。

「なになになにっ!? そんなのありッ!?」

 そしてなぜか頭部だけでカチカチと歯を鳴らしているのをボールに見立てて投げてくるヤツもいた。唐来が間一髪で避けて、逆に蹴り飛ばした。頭部はレーンを滑って奇跡的に残っていたピンをなぎ倒すとコロコロと穴に転がって消えた。こんな状況でなければ「ストライーク!」と声を上げたいようなきれいな流れだった。

 が、そんな余裕はない。

 白濁した目の奴らが工藤たちを熱心に見つめて追ってくる。速度はそこまでではないが、なにせ数が多い。立ち止まって対処するのは難しいだろう。

「チッ」

 少なくとも犬を抱きながらどうにかできる状況じゃない。かといって放り投げてしまえば、おそらくそう時間も経たずに捕まって死ぬだろう。

 工藤は舌打ちをすると、仕方なしに犬を服の中に入れた。小さいから少しの間であればこれでしのげる。

 ちらりと自分たちの状況を確認する。

 ボウリング場は開けているのでいけない。奴らの方が人数が多いのだ。囲まれてしまえば逃げ場がなくなる。椅子もボールラックも動かせない形だ。

「唐来、回ってからいったん戻るぞ」

 今付きまとってきている人数ならば、どうにかなるだろう。工藤と唐来は奴らを引き付けたまま室内をぐるりと回って受付の中に戻った。中には奴らは一体もいない。扉さえ閉めれば密室になるが、そうはしない。

 別に奴らの手の届かない場所に行きたいわけではない。対峙する数を制限したいだけだ。

 バックヤードへ続く扉の鍵を閉める。

 そうして窓口とボウリング場を繋ぐスライド式の扉の前に唐来が、横に工藤が立つ。

 ふたりはひとつ頷く。そうして三、二、一、と声を出してゼロになった瞬間、扉を開けた。


 ◆◆◆


 扉を開けて、倒して、閉じて。また扉を開けて……を繰り返した。途中で工藤と唐来は役目を変えて、また繰り返し。

 受付に入り込もうとするものがいなくなる頃には、部屋の床の三分の一が死体で埋められることになった。倒したら扉の外へ蹴り飛ばしていたのだが、当然誰も蹴り飛ばした後の死体を移動させてくれないので重なり合ってうまく扉の外に出せなくなり、最終的には扉は開けっ放しになって二人がかりで相手をすることになった。

 いちおう拠点から持ってきた拳銃も腰のベルトにさしていたのだが、出番はなかった。サイレンサーは着けているが、映画やゲームのように音がほとんど聞こえない……なんてことにはならないし、耳栓もなしに室内で発砲したくない。

 まだ動くものはいないか充分に確認してから息を吐く。

 窓口のガラス板で遮られたあちら側ではうろうろと歩き回る影があるが、すぐにこちらに殺到してくる気配がないのでしばらく休憩しても問題ない。

 工藤と唐来は部屋の隅に置いておいた災害用保存食の入ったダンボールから水を取り出して、ごくごくと飲んだ。

 今は冬。室内でも暖房を入れていなければコートを着ていても震えるような寒さだが、今はコートと上着を一枚脱いでもまだ熱い。

 ずっと懐に入れていた犬も出して水を分けてやる。犬はちらちらとボーリング場の方を気にしていたが、喉の乾きが勝ったのか大人しく水を飲んだ。

 その背を軽く撫でながら、工藤もペットボトルを傾ける。

 随分と汗をかいてしまったので、あとでインナーを変えなければ体温が下がってしまう。できるならば風呂に入りたいところなのだが、あいにくの状況でそんなものは夢のまた夢だ。

 また拠点を見つければいつかは整備できるかもしれないが、今のところ良さそうな場所は見つかっていない。

 そうしてしばらく。体力を回復した。ならば。

「……行く?」

「行こっか……」

 ふたりは億劫そうに部屋の外へ出た。

 残党処理だ。


 ◆◆◆


 奴らの本来の動きとは逸脱した行動をするモノを工藤たちは『奇行種』と呼んでいる。唐来いわく元ネタとなる漫画があるらしいが、工藤はよく知らない。ただ言いやすいので採用している。

 奇行種たちの行動パターンは掴みづらい。本来ならばこちらを視認あるい聴認した時点で襲ってくるのだが、奴らはよほど近づかない限りは襲ってこなかったり、そもそも襲ってこなかったり、よく分からないタイミングでいきなり襲ってきたりと一貫性がない。

 できれば近づきたくない。愚直に獲物へ一直線、ではなく変わった動きをすることが多いからだ。

 となれば、工藤のコンパウンドボウの出番になる。矢の数はかなり減ってしまったが、まだまだ現役だ。少なくとも唐来が「ロマン武器」と呼んで使っていた刀よりは有用性がある。ちなみに刀は車を捨てた時に一緒に置いていった。地味に重いのだ。


 狙いを定めて──射る。パシュッ、と軽い音がして、ボウリングの球をコロコロと転がしていた相手の頭に突き刺さった。糸が切れたように倒れて動かなくなる。

 矢を回収して別の相手にも。隣で唐来がいつでも飛び出せるようにナイフを握っている。

 そうして、三体、四体と順に始末していった。……そこまでは良かった。

 広いボウリング場にぽつぽつと点在する者たちの中で、ソイツらは三体で固まっていた。そのうち一体を射抜いてすぐ、奴らの動きが変わった。

「工藤!」

「うん」

 突然、夢から醒めたようにしてこちらに集まってくる。残りの二体だけではなく、遠くにいた奴らも。

 一体、唐来が濁った目へナイフを突き立てることで止まった。

 もう一体。コンパウンドボウを担ぎ直してナイフを取り出したところで、唐来の驚いた声が聞こえた。

「うわっ!」

 ちらり、と見ると倒しきれていなかったようで服でも掴まれたのか唐来が転んでいた。

 他のゾンビもだいぶ距離を縮めてきている。

 工藤は素早く残りの一体を倒すと唐来の手を掴んで引っ張り上げた。

「うわっ、サイアクッ! サイアクッ!」

 油と埃がミックスされているせいか、灯油でも塗りたくったように唐来の服や手のひらがベタベタになっている。

 一度距離を取った方がいい。

 工藤はコンパウンドボウ、唐来はナイフで集まってきたゾンビたちを確実に止めを刺していく。焦りはある。だが同じような場面をもう何度もくぐり抜けてきた。今回もいつものように対処すればいいだけ。そのはずだった。

 しかし矢も尽きて、工藤もナイフに持ち替えたところでまた予想外があった。

「ちょっ、まっ」

 じゃまにならないようにと懐に突っ込んでおいた犬が暴れ出したのだ。抑えようとするが、めちゃくちゃに暴れて工藤は転んだ。その拍子に犬が服の中から逃げる。

「工藤!」

 悲鳴のような声が聞こえた。同時に転んだ工藤に一体が覆いかぶさるようにして乗り上げてくる。生前は気のいいおじさんだったのだろう。腹が少し出ている男性だ。重い。唐来は別のヤツの相手をしていて、すぐにこちらへは来ることができない。

 マウントを取られてしまえば、小柄な工藤にはすぐに退けることは難しい。唐来の熱意によって前よりずっと筋肉が増えているとはいえ、工藤は小柄な少女なのだ。倍とまでは言わないが、数十キロ単位で重さが違う相手に対抗するのは困難だ。思考能力がほぼなく単調な動きしかしない相手でも時間がかかる。

「くっそ」

 奥歯を噛み締めて抵抗する。どうにか頭にナイフを突き刺したいが、それよりも相手に噛まれないように頭をそらす方が大事だ。

 ガチガチと歯を鳴らす相手に自然に眉根が寄る。腐った臭いが鼻腔を侵食してきて気持ちが悪い。

 足で蹴ってみても動かない。水の詰まった革袋を相手にしているようで、びくともしなかった。

 早くどうにかしなければ。コイツに噛まれずとも、他のヤツが寄ってくる。

 工藤はぎゅっと足を折りたたんで揃えると、相手の腹を押し上げるようにしてぐっと伸ばした。地面を背にしている分、力が入れやすい。

「はあっ」

 相手はバタバタと暴れるが、どうにか押しのけることができた。顔が離れた瞬間を狙ってこめかみからナイフを突き立てる。抵抗がなくなるのと、工藤がソイツの隙間から這い出るのはほとんど同時だった。

「唐来!」

「工藤!」

 唐来も奮闘していた。さきほどよりも足元に倒れているゾンビの数が多い。それでも数に押されていつ均衡が崩れるか分からない。工藤は慌てて彼女の隣に並んで同じようにゾンビたちを相手に取り始めた。

 視界の奥に、あの汚れた茶色の犬の毛皮が見える。ワンワン、と珍しいほどよく吠えている。外ならば蹴ってでも止めるが、ここは室内の上、すでにゾンビたちに存在を知られている。吠える元気があるならば、少なくともまだ生きているのだろう。

 だがよく見る余裕はなかった。どうなっていようとも、今は助ける余裕はない。

 それからがむしゃらにゾンビたちの数を減らした。周りに集っていたモノをすべて死体に戻した頃に、工藤たちは大きく肩で息をしていた。

 しかし完全には気を抜けない。少し離れた場所では犬と最後の一体が対峙していた。


 犬が吠える。

 工藤もはじめはただの威嚇の声かと思った。だが、どうにもその鳴き声には切実さが滲んでいる気がした。

 対峙するソイツは元は三十か四十ほどの女性だったようにみえる。今はもう汚れて見る影もないけれど、生きていた頃は違っただろう少し澄ました服を着ている。きっと生前は身なりに気を使う人間だったのだろう。

 しかし不思議なことに服の腹の部分が膨れていた。太っているとかそういうことではなく、なにかを入れているらしい。ぽっこりと膨れて、きれいなはずの服のシルエットを見出している。

「し…………ゃぁん……」

 一瞬、耳が壊れたのかと思った。基本的には無言で、あったとしても「ひゅうひゅう」と風が吹き抜けるような音しか立てない歩く死体から、明確な音が聞こえるはずがない。

 しかし、動くものがよっつしかない広いボウリング場で、その音は随分とはっきりと響いた。

「しら゛た゛まちゃぁん゛……」

 腐った肉がたてたような濁った声だった。

 それがなにがしかの言葉だと気づくのに数度必要とした。

 ソイツは壊れたレコードのように言葉を繰り返した。「しらたまちゃん」それしか言葉を知らないように。

 工藤とびしり、と凍りついた。唐来は警戒したようにナイフを構え、犬だけがきゃんきゃんと切実な声で鳴いている。

 まず思ったのは、腐っているくせに声帯が動くんだ、ということだった。

 しかしすぐに腐っているけれど、奴らは歩くし、食べる、と思う。

 筋肉の収縮とか、食道蠕動はないはずなのに、彼らは地面に足をつけて歩くという動作をするし、食べれば胃まで肉が落ちていく。

 つまり、脳から電気信号は送られているのだ。

 死の三原則は呼吸停止、心拍停止、瞳孔散大だ。

 彼らはいずれも当てはまっている。そういう意味では彼らは〝死んでいる〟。

 死んでいるので、時間とともに当然、腐っていく。

 だが彼らは土の下で大人しくはしていない。歩く。そして生者を喰らう。そうして自分と同じものを増やしていく。

 彼らは死んでいる。死んでいるが、わずかな電気信号で手足を動かし、大地を歩く。

 彼らに思考はないはずだ。痛みもまた。なぜならばあれば避けるはずの罠に当たり前のように突っ込んでいくから。

 だが。だが、本当は違うとしたら?

 思考能力がネズミ以下に落ちても、その精神が完全に死んでいないとしたら、どうだろうか。

 それは──それを殺すことは、殺人とならないか。許されざる(・・・・・)行い(・・)ではないだろうか。

 そんなことを、一瞬思った。

 同時に、別のことにも思考が走る。

 ──しらたまちゃん。

 頭の奥に引っかかる。つい最近、その単語を読んだような気がする。

 数秒後、それが職員の日記に書かれた愛犬の名前だと気づいて、工藤の頭の中でドミノが倒されるようにして、様々なことが繋がった。ひゅう、と喉が変な音を立てた。

 こちらを誘導するように走る犬。

 ボウリング場の入り口ではなく、スタッフ用の扉を案内されたこと。

 職員の日記。日記の中の様々なこと。

 職場に犬を連れてきたこと。溺愛していた小さな白い犬。汚れて元の色が分からない犬。つやつやとした黒い瞳。

 つまりは、あの腹を膨らませている相手は、あの犬の飼い主ということだ。


 おそらく、飼い主もはじめは問題なくボウリング場の職員をやっていたのだろう。

 自宅待機期間中に施設を開けと言われても、面倒だなと思いながらも開ける程度には平和だった。

 だが、客か、あるいは外からの侵入があったのか。飼い主は襲われた。そして奴らの仲間入りをした。

 犬は、運良く逃げられたのだろう。飼い主が逃したのか、あるいは自分で逃げたのかは知らないが。

 今、腐りながらも飼い主は腹を膨らませている。かつて犬をそうして懐に入れていたように。そうして自らが愛した犬の名前を、こだまのように発している。

 犬も、飼い主の異常を悟りつつ、それでも呼びかけている。正気にもどれ、と言っているのか、あるいはまた別のなにかなのか。ただ切実に叫んでいた。

「工藤?」

 動きを止めた工藤を、唐来がいぶかしげに見る。工藤はそれを無視して、ただじっとひとりと一匹を見つめていた。


「しら゛た゛まち゛ゃぁん゛」

 腐りかけの飼い主が犬を抱き上げるようにしてしゃがみ込む。

 犬は警戒を残しながらも、座り込んだ。ただじっと主人を見上げる。

 主人はしばし犬を見つめる。そうしておもむろに手を伸ばすと、犬をそっと抱き上げて────噛みつくために口を開けた。犬が吠えてバタバタと暴れるが、掴んだ手は離されない。

「しら゛た゛……──」

 黄ばんだ歯が犬の肉を噛む寸前で、ソレは動きを止めた。そのままぐらりと傾いて床に転がる。その頭には工藤のナイフが突き刺さっていた。

 手の力が緩んだのか、犬が慌てたようにソレから逃れる。キュンキュンと鼻を鳴らしてソレから遠ざかり、しばらくしてからそろそろと近づいてくる。

 ソレの周りをぐるぐると回って、顔の正面にくると恐る恐る前足で触った。だがソレからの反応はない。ただ永遠の沈黙があるだけだ。

 犬の足元にはソレの服からこぼれ落ちた真っ白な靴が転がっている。

 犬が小さく鳴く。

 もう、こだまも返ってこなかった。


 ◆◆◆


 ボウリング場の外の空き地に遺体を寝かせてその上にシーツをかける。

 その真ん中に花束を。……献花にふさわしい花なんて簡単に見つからないから、そこらで咲いていた枝付きのものだけれど。

 犬はキュンキュンと鳴いたが、そこまで大きな音ではなかったので工藤も唐来も止めなかった。

 浅い山となった前にデカい石をひとつ載せた。そこにジップロックに入れた日記を飛んでいかないように適当な石を重りにして供える。

 そうしてふたりで手を合わせた。

 工藤がこうしたいと言った。唐来は少しだけ嫌そうな顔をしたものの、なにも言わずに手伝ってくれた。

 このひとばかりを特別扱いすることに、特に意味はない。ただ擦り切れていくばかりの心を、どうにか繋ぎ止めたかったのかもしれない。

 こんな世界になって、今まで当然のようにしたがってきた決まりをいくつも破ってきた。厳しすぎる倫理観はただの枷となる。

 食料も、車も所有者に無断で持ち出すのは窃盗であるし、敷地にかってに踏み込むのは住居侵入罪であるし、家を勝手に使うのは不動産侵奪罪だ。

 いくら死体だといえ、それを破壊することは死体損壊罪だ。

 もちろん、工藤にも言い分はある。

 そうしなければ生きていけなかった。必要な行いだった。

 たしかに、窃盗についてだけいえば必要分以上──特に唐来のおしゃれ──だったかもしれないが。

 しかしそれも、この狂った世界では必要だった。今日笑い、明日を目指すために必要だったのだ。

 ただ正しいだけの人間はこの世界では生き残れない。あっという間に淘汰され、奴らの仲間入りになる。

 選択が必要なのだ。他人の目という外圧がなくなった中で、法律という檻と鎧がなくなった世界で、どう生きるのか決めることが。

 割り切っているつもりだった。殺される前に殺す。これは正当防衛だ。〝死体〟たちの過去に心を割くつもりはない。そんなことをすれば、心がいくあったって足りない。考える必要がない。考えるべきではないのだ。

 だから、もしも今までただの死体(・・・・・)へと戻してきた屍たちの精神が生きていたとしても──仕方がないことだとして飲み込める。

 しかし、ひやり(・・・)と心臓が冷たいものに撫でられたのも確かだった。

「行こうか」

「うん」

 車はボウリング場の裏手に停められていたものを拝借した。そこに手に入れた食料などはすでに詰め込んである。

 犬をちらりと見る。ボロ雑巾のような茶色い犬ははじめに出会った時よりもマシとはいえ、痩せこけている。泥に汚れて固まった毛皮の奥にあるのは僅かな肉だけ。きっと綺麗にしたら骨が浮いて見えるのだろう。しかし触れればまだ温かく、生きていることが分かる。

 犬は墓石代わりの石のそばに寄り添うようにして伏せた。工藤たちに着いてくる気はないらしい。それでいい。着いてこられても持て余すだけだ。

 工藤はそう多くはない食料の中から犬が食べられるだろうものをいくつか犬の前に並べた。

 こんなことをしても一時しのぎにしかならない。そう遠くないうちに、犬は温度を失って、土の下のモノと同じモノになるだろう。

 だからこれはただの感傷で偽善だ。ふとした時──募金や、ニュースを見た時に──遠い国の貧困にあえぐ子どもたちを憂うのに似ている。その時は心に引っかかっていても、しばらくすれば忘れ去り、己の現実に一喜一憂するのに忙しくなる。そこに善悪はない。あるのは現実というものだけ。

「……」

 工藤は犬の額を人差し指の先でぐっと押すと、立ち上がった。犬は伏せたまま、つやつやとした黒い目で工藤を見上げている。

 唐来が早く、というように手を振っている。工藤は早足でその場を去った。振り返りはしなかった。

まえがき、あとがきにテンプレを設定できることに驚きました。

あと、本文のテキストファイルを選択してアップできるようになっている・・・

これって前からありました?私が見逃していただけ?


まあ今のところ使う予定はないのですが・・・

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