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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第35話「破れ羽衣と百鬼夜行」

──


これまでのあらすじ。

 水臥小路家の周到な準備と紬の裏切りにより、壱子と平間は貴族の屋敷を爆破した犯人に仕立てあげられてしまう。

 それどころか、二人は別々の場所に囚われてしまった。

 しかし、壱子と平間は何者かの手引によって脱出を果たす。

 再起を図る二人は、ひとまず壱子の父・玄風のいる寺院に向かった。

 が、寸でのところで寺院は爆破され崩落する。

 さらに、二人は待ち構えていた衛士に襲われ、平間は辛くもこれを撃退する。


 孤立無援となった二人は、最後の頼みである脛折臣のいる忌部省に向かう。

 壱子は脛折の協力を取り付けることに成功するが、そこには紬が待ち構えていた。

 紬は「松月から」の手紙を壱子に手渡す。

 手紙には「水臥小路家と花街の抜け穴に来てくれ。話したいことがある」と記されていた。

 平間は罠の可能性を考えて引き止めるが、壱子は「どんな些細な希望でもすくい取りたい」と言い、平間も納得する。

 抜け穴に向かう二人だったが、入り口の蓋を開けた瞬間、平間は突如として失神する。

 平間は間もなく目を覚ましたが、壱子は彼に松月の死を告げた。


──


 翌日、深夜。

 丑の刻(うしのこく)


 忌部省で一日の休憩を挟み、平間と壱子はある場所へ向かっていた。

 よほど疲れが溜まっていたのか、二人とも半日以上眠りこけてしまったのだが、そのおかげで、平間の身体はかなり軽くなっていた。


 ところで、壱子の、ひいては平間の目的は、この状況を打開することだ。

 しかし勿論、それは容易なことではない。

 鍵を握るのは、脛折と、ある少女(・・・・)である。


──


 闇夜に紛れる黒の装いで、二人は皇都の細い道を進む。

 すれ違うのは、道の端に座り込む家なき人と、野良猫くらいのものだ。


「……これは予想外じゃな」


 一つ大きな通りに出たところで、壱子は驚きの声を漏らした。

 そこには複数の兵士たちと、兵士に守られるようにして進む一台の牛車があった。

 牛車に描かれている家紋は、三日月と曼珠沙華(まんじゅしゃげ)──すなわち、水臥小路家の紋である。

 とは言え、牛車の屋根には家の長が付ける印が無いことから、乗っているのは水臥小路惟人以外の人物だと思われた。


 ただ、この時間帯に牛車が動いているのは異例のことだ。

 というのも、丑の刻は時間帯としては不吉なのである。

 俗に言う、丑三つ時(うしみつどき)というものだ。


 鬼や(あやかし)を恐れる貴族たちにとって、不吉な時間帯に出歩くことは、常識的に|考えられない。

 しかも大勢の兵士を連れてとなると、さらに異様さは増す。


 首を傾げながら、平間は兵士たちの装備が衛士のものではないことに気付いた。

 状況からして、恐らく水臥小路家の私兵(しへい)だろう。

 ただ気になるのは、彼らにはどことなく「やらされている感」があることだ。


 平間の傍らで、壱子が小声で言う。


「あやつら、何をしておるのじゃろう」

「分からないけど、何かを探しているように見える」

「こんな夜更けに捜し物をするか? それも、多くの兵士を引き連れて」

「余程の暴れ者なのかもしれない。もしくは、すごく大事な物かも」


 当たり障りのないことを言いつつ、平間は壱子と目を合わせる。


「でも壱子、問題は──」

「ああ、あの牛車の中身が誰なのか、じゃな」


 我が意を得たり、と言ったふうに、壱子はうなずいた。


 水臥小路家の知り合いは、当主の惟人(これひと)を除けば三人しかいない。

 すなわち、伊織、詩織、そしてその母親だ。

 その中で、平間たちにとって最も理想的な状況は「牛車に乗っているのが伊織であること」だった。


 その理由は、二人が出歩いている目的が「まず伊織に会うこと」だったからだ。


 伊織は、まず間違いなく壱子の味方である。

 そう言い切れる根拠はいくつもあるが、その最たるものは、壱子が捕縛された(しら)せを受けた際、真っ先に自ら動いてくれたことだ。

 また宴の席でのやりとりを見るに、惟人(ちちおや)のおぼえは()でたくないらしい。

 それどころか、むしろ疎まれている雰囲気すらあった。


 そして同時に、伊織は水臥小路家の中心に限りなく近い位置にいる。

 今後壱子が反撃に転じるのなら、伊織は必要不可欠な(くさび)であると言えた。

 その伊織が目の前にいるのであれば、これほど有り難い事はない。


 が、そう都合よく事が動くとも思えなかった。

 平間は、何とかして牛車の(あるじ)を探り当てようとする。


 しかし、先に気付いたのは壱子だった。


「伊織じゃな。間違いない」

「どうして分かる?」

御簾(みす)の下から、着物の裾が覗いておる。あの色と飾りは、伊織じゃ」

「あ、なるほどね……」


 見れば確かに、桃色の華やかな布が牛車からこぼれ落ちていた。

 あれを着るのは、おそらく水臥小路家では伊織しかいないだろう。


「だけどどうする? 兵士たちをどうにかしないと」

「簡単じゃ。伊織に賭ける」

「え?」

「あやつは幼いが、愚かではない。私たちに協力してくれるのであれば、なんとか兵士たちを取りなしてくれるじゃろう」

「……もし、協力してくれなかったら?」

「伊織の協力なくして、この苦境を乗り切ることは出来ぬ。その時はその時、じゃな」

「そんな乱暴な……」


 平間は呆れるが、不思議と反対する気は起こらなかった。

 それは乗りかかった船だというのもあるが、何となく……壱子がそう言うのなら、上手く行く予感がしたからである。


「で、壱子、どうするつもりだ」

「無論、正面突破じゃ。下手に策を弄して”こじれる”と、ややこしいからな。付いて参れ」


 軽い調子で言って、壱子はすたすたと歩き出す。

 そして、兵士の一人に声を掛けた。


「すみませぬ。つかぬことををお聞きするが、あの牛車に乗っておられるのはどなたかな?」


 壱子に尋ねられた兵士は、見るからに怪訝そうな顔をする。


「なんだお前は。物乞いか、花売りか?」

「妙な事をおっしゃられる。何も乞うてはおらぬし、花など持っておらぬじゃろう? そうではなく、ぜひあの貴族さまにご忠告申し上げたいのじゃ」

「忠告ねぇ……一応口利きはするが、何の用だ」

「この辺りは大きな百舌鳥(もず)(あやかし)が出る。とくに夜は危険ゆえ、お屋敷に戻られた方がよい」

「百舌鳥? 聞いたことがないが」

「疑うのは勝手じゃが、何かあった時に首をはねられるのは誰か、よくよく考えられよ」

「チッ……。分かった、伝えてくる」


 しぶしぶ言って、兵士は小走りで牛車の方に向かった。

 やはり妖怪や貴族の話となると、説得力が増すのだろうか。


 また同時に、平間は壱子が”符号”を用いたことに気付いた。

 つまり、百舌鳥である。


 恐らく、伊織は百舌鳥の(あやかし)のことを多くの人には話していないだろう。

 そして平間の知る限り、百舌鳥の妖は有名な話でもない。

 もし伊織の察しが良ければ、忠告した人間が壱子であることに気がつくはずだ。


 間もなく、兵士は壱子のもとへ戻ってきた。


「直接、お前と話がしたいらしい。一緒に来てもらおう」


 その言葉に、壱子はわずかに口角を上げた。


 兵士に釣れられて、平間たちは牛車に向かう。

 そして、御簾(みす)が上がった。


「おお壱子、息災か。少し痩せたか?」


 そこには、見慣れた伊織の姿があった。

 どことなく疲れた顔をているように見えるのは、今が深夜だからだろうか。


 平間が訝しんでいると、壱子が尋ねる。


「確かに痩せたかも知れぬ。最近はよく身体を動かすことにしておるからな」

「壱子、うちの従者を知らぬか?」


 冗談交じりの壱子に、伊織は急に話題を切り込んでくる。

 さすがの壱子も面食らったようで、少しの間を置いてから口を開いた。


「従者といっても多くいるじゃろう。誰のことじゃ? 朝霧か?」

「朝霧なら屋敷で眠っている。従者というのは、その、えっと……」


 言いかけて伊織はモゴモゴと口を動かす。

 視線も宙を泳いでいるし、見るからに挙動不審だ。

 壱子も心配そうに言葉をかける。


「伊織、大丈夫か?」

「う、うむ。大丈夫、大丈夫だ」

「分かっているかも知れぬが、こんな時間に出歩くのは良くない。悪い噂が立ってしまうぞ」

「そんなことはどうでも良い!」


 突然、伊織は声を荒げた。

 壱子は仰天して、小さく身を震わせる。

 当の伊織自身も驚いたらしく、明確にオドオドし始める。


「あ、すまぬ壱子……」

「であれば教えてくれ。何故ここにいる? それも、こんなに多くの兵士を引き連れて」


 真剣な表情で壱子が尋ねると、伊織は息を呑む。

 周囲の兵士たちも、一斉に伊織の顔を見た。

 あからさまに焦りはじめた伊織は、慌てて壱子を牛車に招き入れた。


「とと、とにかく、中に入れ。兵士(そち)らは引き続き探すのだ!」

「伊織、平間(こやつ)はどうする? できれば一緒に話を聞きたいのじゃが」

「うう……まあ、入ってこい」


 伊織に導かれ、平間と壱子は牛車に乗り込む。

 牛車には辛うじて三人分の空間があったが、四方が壁の閉鎖空間であるため、ひどく圧迫感があった。

 それに、平間は壱子や伊織とは一定の距離を保つ必要があり、それが窮屈さを加速させていた。

 特に伊織は、気安く触れることの出来る相手ではない。


 平間が文字通りかたみの狭い思いをしていると、壱子が切り出した。


「で、何を探しておる? 大黒丸が逃げ出したか?」

「いや、探しているのは人間だ」

「ああ、そういえば従者を探していると言っておったな。どんな娘じゃ?」

「それが……」

「ん?」

「……では、ない」

「何?」

「娘では、ないのだ。その者は、(こち)に書き置きを残して消えた」


 伊織は顔を真っ赤にし、俯きながら言う。

 すると、壱子が目を細めて言う。


「書き置きは、確かにその従者の(もの)だったのか」

「うむ、見間違うはずは無い」

「そうか……。であれば、きっとこの手紙の差出人も、分かるのじゃろうな」

 

 壱子は懐から、一通の手紙を差し出す。

 すぐに、平間はそれが松月からのものだと気がついた。


 伊織は手紙を受け取って、大きく目を見開いた。


「壱子、これを何処で手に入れた?」

「私(あて)に送られてきた」

「ならば、会ったのだな?」

「ああ、確かに会った。会ったが……」

「もったいぶるでない! 居場所は、松月は何処にいる!?」

「忌部省じゃ」

「い、いんべ……? なぜ斯様(かよう)なところに、松月が? また死体でも見つかったのか?」

「……」

「壱子?」

「……」

「どうした、なぜ黙る?」

「その、言いにくいのじゃが」

「……まさか、やめてくれ」

「松月は死んだ。遺体は、忌部省に安置されている」


 壱子の淡々とした言葉に、伊織は目を見開いた。


 そして口を何度も開け閉めして、泣き笑いのような顔をする。


「はは、知らなかったぞ壱子、そちがこんな悪い冗談を言う趣味があったとは」

「残念ながら、そんな趣味は無い」

「であれば何故そんなことを言う? ああ、まだ助ける方法が残されているのだな? 壱子は何でも知っているから、死者を蘇らせる薬も知っておるのだろう?」

「そんなものは無い。あれかしと願ったことは幾度もあったがな」

「ならば、ならば、」

「伊織」


 壱子は友人の方に手を掛け、言う。


「私たちが松月に出来ることは、もやは(とむら)うことのみじゃ」

「そんな、そそそんなこと、信じられるか!?」

「しかし確かに、私は松月の遺体を見たのじゃ。死因は瘴気に巻かれたことで、状況にも所見にも、矛盾が無かった」

「嘘だ。嘘に決まっている」

「伊織! しっかりせよ!」


 そう言って、壱子は伊織を抱きしめる。

 

「お主の気持ちは分かる……とは、言わぬ。しかし、このままでは満足に松月を弔うことも出来ぬ」

「なぜだ?」

「松月を殺した者がいる。その者が罰を受けねば、松月の無念は晴らされぬじゃろう」

「殺された? 誰に?」

「それを明らかにするのは今ではない。そして、お主の協力が必要なのじゃ」

(こち)の……何をすれば良い?」

「お主の屋敷に私たちを連れてゆけ。そこで、全てを白日のもとに晒してみせる」


 まっすぐに伊織の目を見ながら、壱子は力強く言った。

 すると、伊織は震える声で答える。


「ああ、分かった。全て分かった」

「そうか。辛い決断じゃが──」

「皆の者! この二人を捕らえよッ!!」

「は?」


 壱子が間の抜けた声を上げるのと同時に、無数の腕が牛車の中に伸びてくる。

 腕は平間と壱子を掴むと、牛車から引きずり下ろした。


「お主ら、何をする! 離せ!」


 三人の兵士に押さえつけられながら、壱子は必死にもがく。

 無数の腕は、伊織の連れていた兵士のものだったのだ。

 平間もなんとか抵抗しようとするが、複数の兵士に体を掴まれていては何も出来なかった。


「伊織! 一体何のつもりじゃ!」

「そちは言ったな、自分は冗談を言わぬと」

「ああ言った。私が話したことは冗談などではない!

「であれば、嘘だ」

「だから違うと言って──」

「いいや違わぬ。そちの持っていた手紙には、松月と落ちあう約束が記されていた。つまり、そちが松月をさらい、そして手に掛けた」

「まさか! 何の証拠があって……!」

「屋敷に連れて行くよう(こち)に頼んだのが、何よりの証拠だ。(こち)を足がかりにして父上と会おうとでも思ったのか? 騙されぬぞ!」

「くっ……」


 壱子は歯噛みするが、それも当然だと思われた。

 なぜなら、伊織の言っていることは完全に誤解だが、しかし、筋は通っているのである。

 実際、松月の手紙もあるし、壱子が伊織と接触しようとする動機もある。

 まさか伊織がここまで頭の回る少女だとは、壱子も想定外だっただろう。


「その二人に縄を打て。屋敷に連れて行き、詳しく話を聞く」


 伊織が命じると、兵士たちが平間と壱子を縛り上げる。

 それを横目に、伊織は問うた。


「壱子、もう一度訊くぞ。本当に、松月は死んだのか?」

「先程から私は嘘をついてなどおらぬ。だからこれも真実じゃ。松月は死んだ」

「……もう良い。連れてゆけ」


 そう言って、伊織は御簾を下ろした。


──

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