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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第18話「芽生える望みと子守唄」

──


 急に真面目な顔をする壱子。

 それにつられて、平間も表情を硬くする。


「どうして?」

「戦が無くなって、彼ら軍人の扱いが極端に悪くなったからじゃ」

「……はぁ。そんなに悪かったの」

「目に見えて悪かったらしい。(みかど)自ら積極的に讒言(ざんげん)を聞き入れ、ほとんど言いがかりのような名目でかつての功臣たちを征伐していった。英雄は帝一人でよく、二人と必要ないということじゃろう」

「わかるような、わからないような……」

「まさしく走狗(そうく)()られたわけじゃ。実際、今の貴族の起源をたどれば、圧倒的に文官出身者が多い。武門御三家などもあるが、あれはどちらかというと『功の大きかった御三家』ではなく、『粛清を上手く生き延びた御三家』に近い。むろん、それだけではないが」


 言いつつ、壱子は皮肉っぽく笑う。

 それにどう答えればいいか平間が迷っていると、壱子はおもむろに手を伸ばした。

 月明かりに白く浮かぶその手は、身構える平間の頬……を通り過ぎ、もみあげを摘んで引っ張り始めた。


「本当に何してるの」

「平間よく聞け、こうするとな」

「うん?」

「楽しいのじゃ」

「ふざけるな」


 ぴしゃりと言う平間。

 しかし、壱子はにひひ、と笑うだけだった。


「さて話を戻そう。平定から二年後、武官たちによる反乱が起きた。その規模は非常に大きく、かつて征服した国々の残党も加わって、さらに膨れ上がったのじゃ」

「皇国もよく滅びなかったね」

「実際、滅びてもおかしくなかった。帝は皇都を追われる始末になり、一時南方に逃れたくらいじゃからな」

「それで、どうなったの?」

「反乱軍は瓦解した。皇都を制圧した途端、彼らは烏合の衆に成り果てたのじゃ。そして半年も経たぬうちに、時の帝は軍を整えて皇都を奪還した」

「ふーん、そんな歴史が」


 平間は相槌を打つ。

 そして、ふと思い出したように言った。


「で、何の話だっけ」

「抜け穴じゃろ?」

「そうだった。その反乱と抜け穴に、何の関係があるんだ?」

「実はその反乱の折、今の帝の兄に当たる人物が死亡している。しかもそれが時の帝の嫡孫であったから、周囲の戸惑いも大きかったのじゃ」

「確かに、嫡孫と言ったら、順当に行けば次の次の帝になる人だもんね」

「そうじゃな。そしてその嫡孫が死んだ理由が、洞穴の不備にあったのじゃ」

「……どういう意味?」


 平間がいぶかしんで聞き返すと、壱子は平間の耳たぶを(いじ)り回しながら答える。


「多くの貴族や皇族は、皇都からの独自の脱出口を用意していたのじゃ。何故ならば戦乱の時代には今の皇都を襲撃されることが度々あった(※)からじゃ」

「なるほど。だけど、どうしてその抜け穴で帝の孫が死ぬんだ?」

「諸説ある。それだけ当時は混乱を極めていたとも言える。一説には、何者かが抜け穴の存在を漏らし、想定外の人数が殺到したから、などと言われることもある。しかし──」

「別の理由があるのか?」

「抜け穴が大人の男にしか使えないものだった、らしい」

「どういう意味?」

「単純に梯子の間隔が大きかったのじゃ。動きやすい武人ならともかく、(きさき)皇子(おうじ)の厚ぼったい服装では逃げられなかった。事実、その反乱では貴族の娘が多く連れ去られることとなった」


(※:本来ならば本拠地を襲われることは稀であるし、そうであるべきだ。しかし皇国民の大部分は農耕民であり、敵対した国の中には遊牧を旨とするものもあった。そして、機動力に長ける敵国が巧みに皇国の警備をかいくぐり、奇襲を仕掛けることがしばしばあったのである。これが、皇国(の前身である国)の悩みの種だった。)


 そう言う壱子の口ぶりは、他人ごとのようだった。

 長く平和が続いているのだから、それも自然なのかも知れない。

 壱子は平間の前髪を引っ張りながら、淡々と続ける。


「その教訓を活かして、梯子は子供でも女子(おなご)でも使えるように定められた。(みかど)直々にな」

「確かに、皇族が命を落としていたら無理もないだろうね」

「ところが、長い平和な時代のおかげで、この規則も形骸化しておる。平間、お主の通った抜け穴も、さぞかし古びていたのじゃろ? よく崩落しなかったな」

「いや……むしろすごくよく整備されていたけど」

「水臥小路は何を考えておるのじゃ? また戦乱の世に戻るとでも思っておるのか、あるいは金が有り余っているのか……」

「前者だとしたら不穏だ……ところで壱子」

「ん、なんじゃ?」


 平間の問いかけに、壱子は目をぱちくりとさせる。

 その姿に、平間はしばし逡巡しながら尋ねた。


「壱子、最近婚姻の話は出ていないか?」

「私のか? まあ、いつもどおりじゃな」

「じゃあ、出ていないのか」

「いや、縁談なら無数に来ておる。佐田の娘だぞ私は」


 さも「つまらないことを言わせるな」とでも言いたげに、壱子は口を尖らせる。

 その口ぶりから、平間は彼女との住む世界の違いを改めて思い知った。

 しかし平間が知りたいのは、そんなことではないのだ。


「水臥小路は? あそこからの縁談は来ていないか?」

「なぜそんな話を聞く」

「いいから」

「……ふむ、まあ良いか。来ておるぞ、水臥小路家当主(惟人)からな」


 さらりと壱子は言うが、平間は自分の心臓がどくりと高鳴るのを感じた。

 先日、宴会場で紬が言っていた「水臥小路惟人が壱子を側室に迎えようとしている」という話は本当だったらしい。

 あくまで噂だと思うことにしていた平間にとっては、気が気でない。

 が、壱子はどこ吹く風だ。


「平間、お主が気が揉む話ではない。貴族の家に生まれた年頃の娘は、それこそいくらでも縁談が舞い込んでくる。そしてそのほとんど全てを、丁重に断るのじゃ」

「だとしても、水臥小路は大貴族だ」

「しかし同時に、父上にとっての政敵でもある。そして、佐田と水臥小路が手を結ぶ道理は今のところ無い」

「今のところは……ね」

「そう不貞腐(ふてくさ)れるでない、可愛いぞ。それにじゃ、平間。いくら妾腹(めかけばら)とは言え、父上にとって私は安い駒ではない。そう簡単に手放しはしないじゃろう。確証は無いがの」


 自嘲気味に笑う壱子だったが、平間は愛想笑いを返すことも出来なかった。

 すると壱子は起き上がり、平間の首に腕を回す。


「そんなに心配であれば、さっさと近衛府の大将になれ。そこまで行けば、父上も文句は言うまい」

「あのね、簡単に言うけど──」

「簡単などとは言っておらぬ。しかし、不可能ではない」


 言いつつ、壱子は白い歯をのぞかせて微笑む。

 その出来過ぎた愛らしさに平間が見惚(みと)れていると、壱子はその眼にギラついた光を宿す。


「五年じゃ、平間」

「何?」

「父上には五年間待たせる。それまでに私が父上を説得するに足る男になれ」

「不可能だ! そんな速さで出世するなんて、貴族でも──」

「であれば、私は何処かの誰かに自分を高く売るとしよう。本当は三年と言いたいところじゃが、ま、二年おまけしてやろう」


 弱音を吐きかけた平間の言葉を、壱子はぴしゃりと遮った。

 が、すぐに、壱子は悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「しかし油断するでないぞ。この先の五年間、私はお主を誘惑し続ける」

「何を言って……」

「言葉の通りじゃ。私は誰のものにもならぬが、お主は私のものじゃ。私だけを見て、私だけを()(した)え」

「そんな勝手なことを」

「勝手で結構ではないか。お主もよく知っておるじゃろう? 私はわがままなのじゃ」


 そう言って、壱子は平間の頬に唇を近づける。

 平間はとっさに身をこわばらせる。

 ……が、続く感触は無かった。


「ふふ、こういうことじゃ」


 スッと平間から離れて立ち上がる壱子の声は、少し上ずっていた。

 その表情は、微かな灯りの中では判然としない。


「明日の朝、この屋敷に来い。きっと楽しいぞ」

「構わないけど、何かあるのか?」

「内緒じゃ。しかしそうだな……『きっと懐かしい気持ちになれる』とだけ言っておこう」


 そう言って、壱子はさっさと平間を部屋から追い出した。



──


────


──


【幕間】


(ゆかり)、アレで良かったのじゃろうか……?」


「もちろん。何か心配事でも?」


「心配だらけじゃ。平間のやつ、私は何様なのかとか、生意気な娘だとか思っていないか? 『待ってやる』というのは、あまりに傲慢なのでは無いか?」


「あら、壱子さまも随分と(たわ)けたことをおっしゃるのですね」


「わ、笑うな! 私は真剣に言っておるのじゃぞ!」


「であれば、尚更たわけ者です。良いですか、傲慢なのはむしろ平間さんの方なのです」


「……それは、どういう意味じゃ?」


「私に言わせれば、彼は真面目で地味な仕事も黙々とこなしますし、多方面で器用ですし、頭も悪くないです」


「その通り。まさに我が意を得たりと言っても良い。お主も分かっておるではないか」


「が、ヘタレです」


「うっ……」


「これだけ壱子様が好き好き大好きと迫っているのに、何の行動も示さないのです。ヘタレと言われても仕方ありません」


「しかしじゃな、そう単純なものでは──」


「いいえ、単純な話です。惹かれあう男女は結ばれるべきなのです! そこに何の遠慮もしがらみも必要ありません!!」


「紫? いったん落ち着こう、な?」


「壱子さまも甘すぎます。平間さんは本来なら、もっと強引に事を進めるべきなのです。壱子さまも、それを咎めるのが筋というもの。それなのに、壱子様さまも相当なヘタレと来たから困ったものです」


「な……、私のどこがヘタレなのじゃ!」


「今日の晩、事の顛末はひと通り拝見していましたが、尻切れ蜻蛉(とんぼ)もいいところでした」


「あ、あれは仕方なかろう!」


「はて、まだ私は何も言っていませんが」


「う……」


「……」


「……」


「全く、頬に口付けするのを入れ知恵したのは私ですが、それすら未遂に終わるとは」


「し、仕方ないじゃろ! あそこまで接近するだけでも精一杯で……」


「はぁ、主従揃って小胆(しょうたん)なのですね」


「そこまで言うか?」


「言いますとも。いいですか壱子さま。五年だなんて言っていては、平間さんはすぐ別の娘に持って行かれてしまいますよ」


「まことか?」


「ええ、そうですとも。五年後の美女より、今そばにいる並の女を選ぶのが男なのです」


「そういうものなのか……であれば紫、このままでは不味いではないか! さすがに今の状況で父上を説得できる気はせぬし……」


「良いですか壱子さま、こういう格言があります」


「ほう?」


「偉い人は言いました。『押して駄目なら押し倒せ』。平間さんほどのヘタレでも、壱子さまが迫ればイチコロです」


「それ、お主が作ってないか?」


「そうと決まれば、押し倒しましょう壱子さま。大丈夫です、玄風(くろかぜ)様(※)には黙っておきますから」


(※:佐田玄風は、壱子の父である。)


「紫、鼻息が荒いが」


「既成事実さえあればどうとでもなります。たとえ勘当されても、私はいつまでも壱子さまと一緒ですよ。安心してください」


「言動が安心できないのじゃが」


「……はぁ。全く面白くありませんね。これで佐田氏直系は末代ですか。私もいつか別の奉公先を見つけないといけないのでしょうか」


「のう紫、お主まで紬に毒されていないか」


「あの方は良い方ですね。腹は黒いですが、有能そうな雰囲気がひしひしと伝わってきます」


「褒めているのか(そし)っているのか、どっちじゃ」


「もちろん褒めておりますとも。私は仕事が出来ない善人より、仕事の出来る悪人のほうが好きなのです。そう言う意味では、平間さんは辛うじて及第点です」


「手厳しいな」


「私の親友の一人娘を任せるのですから、厳しいのは当たり前でしょう。生半可な男をあてがえば、私が小依子(さよりこ)に怒られてしまいます」


「ふふ、それは恐ろしいな。母上に会いたいと願ったことは数えきれぬが、怒られるのだけは絶対に御免じゃ」


「……」


「……どうした?」


「いえ、やはり壱子様は笑うと可愛らしいですね。平間さんが離れていく心配はないような気がしてきました」


「ふふん、そうじゃろう? しかし改めて言われると照れるな」


「ですが問題は、平間さんが近衛府大将になれるかという点ですね。ここまでの高位であれば、ほとんど世襲で回っていますし」


「それなのじゃ。しかしまあ……何とかなるじゃろう」


「壱子さま、何か策でもおありで?」


「私が策を講じなくなった時は、すなわち死ぬ時よ。紫、春宮(とうぐう)の情報はつかめているか?」


「無論です。私が壱子さまの命を守れなくなった時は、それこそ死んだ時ですから」


「して、結果は?」


「壱子さまの見立て通りです。春宮殿はもぬけの殻でした」


「ふむ、それは良い。とても良いぞ。で、頼んでいた品は?」


「届いております。素晴らしい出来ですよ」


「良かった。紬も喜んでくれるじゃろうか」


「どうでしょう? 彼女にとっては喜ばしい贈り物になるとは思えません。私の思い違いかも知れませんが」


「少々、酷なことをさせるかも知れぬな。紬には……」


「そうだとしても、それが彼女の生き方ならば仕方ありません。さ、もう寝ましょう。夜が怖いのならご一緒いたしますが」


「馬鹿にするでない……眠るまでで十分じゃ」


「であれば、お供いたします。壱子さま──」


──

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