修行してお着替えがしたいです
ふよふよふよふよ、お空の上。
私はまさおさんの膝の上で目を閉じて、イメージトレーニング中。今の私の服装が死んだ時のままって事は、その時の記憶でこの服は出来てるんじゃないかって思うんだ。それならイメージで着替えが出来るんじゃなかろうかと、まずはパンプスの色を黒に変えようと修行してるの。
「アリーシャ、楽しい?」
まさおさんは邪魔ばかりする。
「髪撫でられるのは好きだけど、気が散る!まさおさんも修行して!怖がられない顔になるイメージトレーニングは?」
「……してるよ。」
嘘だ。表情無い癖に嘘が吐けないまさおさん。顔が微かに動くから、視線逸らしてるのがバレバレ。
「毎日同じ服って退屈。色々着替えたい。」
OLだった頃、私の働く目的は買い物と酒と旅行だった。バッグや靴、新しい洋服を買って身に付けるのって最高のストレス発散だったんだよね。それをイメージだけで着替えられるなら、とっても楽しいと思うんだ。
「ね、まさおさん。想像してみて?私にどんな服を着せたい?」
ウキウキして問い掛けてみる。
意外にまさおさんも乗り気になったのか、真っ黒な二つの穴が私に向けられた。多分、想像中かな?
「あれ?お、おぉ!!どうやったのこれ?!」
気が付いたら服が変わっていた。神社の巫女さんの服?神楽舞ったり、祈祷したりしそうな…コスプレ衣装とは違う本格的な感じ。
「なんで巫女……?」
私は首を傾げて呟いた。
まさおさんは無言で動揺して、私を見つめてる。
「………髪の色が…違いますね…」
がっかり残念そう。
私の今の髪、染めて緩いパーマがかかってる。多分まさおさんが求めたのは、長い黒髪だ。髪までは変わらなかったみたい。
骨の指が私の髪を一房掴んで、口元に運ばれる。まるで神聖な儀式のように、口付けられた。
骸骨の死神と、巫女装束の茶髪女。変な組み合わせ。
「どう戻すのでしょうか?」
いや、聞かれても私にもわからないよ?
「また想像すれば良いんじゃない?さっきの服の私。」
「……やってみましょう。」
じっと見つめられて、また気付いたら戻ってた。元の服だ。
ほっとしたような、でもがっかりしたような、微妙なまさおさんの雰囲気。きっとあの衣装は意味があった。ごめんね、私はもう、憶えていないみたいだ。
「ね!他にも出来るかな?そしたらタダで着替え放題だよ!」
「なんだか疲れるので嫌です。」
「えー、なんでぇ?」
マントを掴んでまさおさんをゆさゆさ揺らす。片頬も膨らませてみたけど、まさおさんは頑なだ。ふいっとそっぽを向いて、断固拒否の姿勢。
「よぅ、浮遊霊女。やっぱお前、死神の相棒だったんだな?」
聞き覚えのある声に振り向いたら、トーマくんと黄泉さんがいた。きっと瞬間移動して来たんだな。
「こんにちわ!まだあの時は浮遊霊だったんです。でも今は相棒になりましたよ。」
まさおさんの膝から立ち上がってお辞儀でご挨拶。顔を上げた私はすぐにまさおさんの右腕に抱き寄せられる。くっ付くの、好きだね?
「相棒に逃走されてたの?マヌケだね?」
黄泉さん…声が意地悪な感じでニヤニヤしてそう。言われたまさおさんは不貞腐れてる。
「黄泉だって、こいつ逃がしたじゃん。」
「逃がしたけど、相棒ではないよ。トーマの事は逃がさなかった。」
「それも半分脅してただろ?拒否権もらった覚えないけど?」
「当たり前じゃないか!ずーっと見守って待ってたんだから、拒否権なんてあげないよ!」
「たかが十五年」
「それ以上だってば!生まれるのも待ってたんだから!」
仲の良い掛け合いが始まって、まさおさんは退屈だとでも言うように私の髪を撫でてる。私はまさおさんの胸元に張り付いて、二人を眺めてた。
「で?名前は?」
どうやら掛け合いは終わったらしく、トーマくんに問われた私は自分を指差す。
「アリーシャと、まさおさんです。」
答える気がなさそうだから、まさおさんの事も紹介する。そしたら何故か、トーマくんに鼻で笑われた。失礼な子ですね!
「"まさお"って、あんたの恋人かなんかの名前?死神っぽくないな?」
恋人…まぁ間違えでは無い気がする。でもちょーっとカチンと来たから反撃だ。
「……中二病…」
ぼそりと言ってみたら、みるみるトーマくんが真っ赤になった。なるほど、自覚してたんだ。きっと過去の汚点で恥ずかしいから、人様の名前を馬鹿にしたのかな?
「冗談ですよ!良い名前!死神っぽい!ぴったり!」
「うっせぇ!思ってないだろ?!」
「思ってるってぇ!」
「ニヤニヤしてんじゃん!」
キャンキャン吠えるわんこみたい。可愛い少年だ。
「ま、冗談はこのくらいで!どのようなご用件でしょうか?」
にっこり営業スマイル。
まさおさんが放してくれないから様にならないけれど、そこは目を瞑ろう。
「彼…まさお?の気配感じて、そういえば愛しの君がフラフラしてたなって思い出したから知らせに来たんだ。」
「そうなんですか!ご親切にどうも。でももう捕獲されてしまいました。」
「そうみたいだね。」
黄泉さん、雰囲気苦笑。
すごいね、死神さん達は雰囲気で感情を表すのかな?霊体だから出来る技な気がするよ。
「お前、なんで逃げてたんだ?」
「アリーシャです!」
「…………アリーシャ、なんで逃げてたんだよ?」
よく出来ましたってにっこりしたら、トーマくんが赤くなってそっぽを向いた。そして私は、まさおさんに抱き込まれる。苦しくはないけれど、流石にこの状態では会話出来ないでしょう。タップしたけど、解放してくれない。
「まさおさん、自分で逃げられた経緯話す?」
「はい。でもそういえば、何故あんなに逃げられていたのか、僕にも謎です。」
「なら放してよ。説明するから。」
渋々という風に解放された。なんだろこれ、ヤキモチ?
……可愛いなぁ、まさおさん。後で構い倒してやろうって決めた。
「まぁ浮いたままもなんですから、お座り下さい。どちらにしろ浮いていますが。」
三人を促して、私もキチンと感を出す為に手首に付けてたシュシュで髪を一本に纏めた。
正座しようとしたのに、まさおさんに手を引かれて膝の上に座らされる。解せぬ。
「なんで逃げていたか…。だって、骸骨がいきなり現れて首チョンパされたんだよ?逃げるでしょう?」
「……逃げるな。」
トーマくんはわかってくれた。
死神二人はわかってくれない。
「トーマくんは逃げなかったの?」
「俺はそんな隙もらえなかったからなぁ。」
トーマくんは坂道での自転車事故だったんだって。あぁ死ぬなって思ったタイミングで現れた黄泉さんに首チョンパされて、気付いたらガッチリホールドされていたらしい。そのまま説明されて、半ば脅しで同意させられたんだって、少し遠い目をして教えてくれた。
「なるほどー、まさおさんは下手っぴだったんだね?」
トンと彼の胸に寄り掛かって見上げたら、まさおさんが項垂れた。反論は出来ないようですね。
「最初は地獄にでも連行されるのかなって怖かったから逃げて、説明してもらってからは仕事したくなくて逃亡浮遊霊してました!」
「ダメな大人…」
「えー?だってさ、死んでまで働きたくなくない?」
「俺働いた事ねぇし、わかんね。」
チッ、中学生が。
「黄泉さんはどうしてトーマくんを選んだの?」
まさおさんと私みたいに、何処かのタイミングで知り合いだったとかかな?それなら黄泉さんも元は生者だったのかな?気になる!
「一つ前のトーマを輪廻の輪に連れて行く時、魂が元気だったから。相棒にしてもトーマなら楽しそうって思ったんだ。」
「黄泉さんって、生まれつき死神ですか?」
「それ以外、何があるの?」
あれ?
黄泉さんは心底不思議そうだ。トーマくんも。
「死神って、どうやって生まれるんですか?」
ただの無知故の好奇心を装って聞いてみる。まぁ、無知で好奇心あるのも嘘じゃない。
「気付いたら生まれてた。人間もそんな感じだろ?」
どうやらまさおさんって、生まれがちょっと特殊な死神みたいだ。




