予定調和 第七章
宗教とはなんだろう?
宗教とは誰の為だろう?
宗教はどこから来たのだろう?
そして。
人の関わらない宗教は、あるのだろうか?
「第一級神官だと! 馬鹿な……代替わりしたなどと言う話は聞いていないぞ!」
つい今し方まで第一王子だったせいか、元第一王子は第一王子であったときの癖が抜けないようだ。
さっきの今で平民になったと言われて、即座に切り替えが出来るかと言えば出来ないだろうが。
その、元第一王子が驚くのは無理もない。第一級と言えば世界中の神殿で一人だけ、異世界から神との交渉の末で召喚を行う事の出来る存在だ。
「ちょっと黙っててください……話せば短い事ながら、私の血統はちょっとばかり行方不明になりやすい一族です。どうやら、遺伝子レベルでそうなっているらしいのですが、始まりの召喚者は趣味で献血を行っていた関係で、うちの一族の名前を冠していなくてもたまに召喚に巻き込まれる方がいらっしゃいます。
それが自称、ミカです。
私は、神の手違いで召喚されたミカの後始末をする為に数十年前に召喚されて待っていました。この日が来る事を、何度もこの世界の神とやり取りをして……ミカが色々とやらかしてくれちゃったので強制力の役目を持った私がミカと会うのに数十年もかかるとは思っていなかったんですけどね。
ミカが使った数々の『奇跡』の力とて無限にあるわけじゃなくて、世界は先に支払いをしていたんです。ミカと言う人物が存在する日が来るまで状況は動かないと言う事で。
ここで面倒なのが、神は時間軸を考えていなかった為にフォローする為に呼ばれた私が数十年前の平和な時代に落とされたと言う関係です。戦国バトルな時代よりはマシと言えなくもないですが……まあ堅実なのは確かで。
で、私の一族は何故か神様達に非常に関わる確立が高いんで、自然と神殿に身を寄せる事になります。最近まで表に出てこなかったのは、政治とか貴族間の抗争とか非常に面倒くさかったからです。
やっと表に出てくる気になりました……マーシャを始め沢山の女性を泣かせた罪はその身をもって償ってもらう為に」
植木枝織と名乗った女性と言うか少女と言うか……彼女は、被っていたフードを外した。
ミカと同じ、黒髪に黒い瞳。
「日本人……」
夢見ていたお城での、贅沢な暮らし。
ゲームも漫画もないけれど、好きな時に目覚めて好きな時に眠る。
幾らでも好きなものを食べて、幾らでも走り回って、幾らでも綺麗なドレスや花や宝石に囲まれる。
嫌ならば、それこそ一日中だって寝ていても構わない。なんて素敵な生活……でも、その夢のような時間は終わりを告げるのを聞いて。
原因はなんだろうかと必死になって考えて、ミカは答えを見た。
ある意味では単純な話、いたのだ。
自分と同じ様に召喚された、しかも上回る能力を持って。
この際、自分が間違って召喚されたとか。神の手違いだったとか、ついでにミカは不完全な存在だから尻拭いをさせる為であって、ミカ一人ではこれまで行ってきた数々の奇跡など出来なかった事に関しては、都合よく理解出来なかった事にする。
実際、何を言っているのか理解出来なかったのだろう。
理解出来ていたとしたら、そんな態度は取らなかったかも知れない。
「そもそも、ミカが異世界トリップに合ったのは輸血の関係です。ミカはそこまで強くないから、初芽ちゃん……始まりの召喚者とは違う人から輸血をしてもらったのか、血が古かったからでしょうね。
ミカは日本ではほとんど寝たきりの、入院患者でした。生まれた時から体が弱く多くのアレルギーの体質の塊で、最終的には後天性免疫不全症候群から来る骨髄性白血病……で良いのかな? 色々と重複する病気が多すぎて原因が一つだけとは言い切れないんだけど……要するに、血液を製造する機能に根本的な問題があったわけです。
輸血をされる事も何度もあったのでしょう、その中の一つに始まりの召喚者の血があった。
若いのに寝たきりだったミカは本やゲームなんかのサブカルチャー文化にのめり込み、毎日ファンタジー世界に憧れ、そうして溺愛される逆ハーレムな金持ちチートを夢見た。幸か不幸か、うっかりこの世界の神が呼び寄せてしまった……神も驚いたそうですよ、何しろ今にも死にそうな相手が引っかかったって事ですから。
若くて健康な体、周囲の人に愛されるチート能力を要求したとか……別にそこまでなら良かったんですけどね、さっきも言ったようにミカは私の一族ではない。だから、血に能力を授けた神は中途半端に能力が宿った事を知った。それを何とかしないと、神を崇めている国が滅んでしまうと言う事に気が付いた神は慌てて別の植木……つまり、私を呼び出した。
ここまでで何か質問はありますか?」
淡々と話された枝織の言葉に、事情を知っていたらしいエリンとマーシャ以外の存在は絶句する以外にない。
「ええと……君? シリー? は、なんでそんな事を知ってるわけ?」
「ああ……元魔法士団長には申し訳ないんですけど、私。神とよくおしゃべりするので」
暇だから話しようよ、遊んでよって言われて時々すごい困るんですよね。
ツッコミどころ満載の事しか口にしないくせに、こちらが疲れてスルーすると泣いて駄々捏ねるんですよ。子供じゃないんだからせめてまともな会話だったら話し続けても良いかなっておもうけど。そこで甘い顔をすると付け上がるから、匙加減が難しくて……何か言いたいと顔に書いて有りますが、それも全スルーします。
枝織の言葉に更に絶句する……流石に、エリンとマーシャもきょとんとしてしまっている。
まさか、自分達が国を挙げて古来より信仰している神がナンパ師の様な軽いノリだとは思いもしなかったのだろう。
枝織は内心で同情はしたが、特に声をかける気はない……こう言う事は己の中で葛藤しつつ折り合いをつけてゆくものなのだ。と心中で言い訳をいながら枝織の故郷では固定された神の概念そのものがあると言えばあるし、ないと言えば無いので想像もつかないというのが実は正しい。
苦しい時「だけ」神頼みと言うのは、他所の国でも大変珍しい事ではあるそうだが。
「つまんなあい……ミカの他にもいるなんて聞いてないよお……」
雰囲気をぶち壊したのは、正直良かったのか悪かったのか枝織にはよく判らない。
ただ、がらがらっと空気が音を立てて崩れ落ちたのは理解出来た。
緊張と言う意味の。
「ミカ、難しい事わかんない。どう言う事なの?」
「……私、かなり端折って説明したつもりなんだけど。
ええとね、ミカに判る様に説明すると……そう、やる事終わったんだから出て行け。現金じゃなくて現物支給。お金じゃなくてモノをくれてやるから自活しろ。って所?
お前は用済み、ほなさいならとも言うかな?」
いまいち自信なさげに振り向いた枝織は、エリンが拍手を持って肯定しているのにほっと胸を撫で下ろす。
マーシャは涙は根性で止めたようだが、それでも一生懸命な顔を保つのが大変そうで声をかけるのも躊躇わされてしまうので除外だ。
逆に男性陣と言えば絶句してしまい、そのままぴしりと固まっている。言い方と言う物があろうだろうがと言いたかった様子だが、なまじ頭が良いので「では、どうやって説明するのか」と言う質問で返された場合にあの説明以上に噛み砕いて教えるにはどうしたら良いかと言えば枝織よりも簡潔に噛み砕いて説明出来る自信はない。
言い方はともかく、一発で理解させると言う意味に置いて枝織の右に出る説明は無かったらしく、ミカにもようやく己の立たされた立場に想像が追いついた様だ。
「……ミカは、お姫様じゃいられないって事? お城から出なくちゃいけないって事?」
続く
僕自身は日本人特有の、苦しい時「だけ」神頼み精神だと思われます。
と言うより、目の前とか物とか町とか世界とか、そのもの全てに思惑とか霊的とかそんな感じだかなんだかわけの判らない。所謂、つくもがみと呼ばれる何か……それは、人やものや現象といったあらゆる「存在」に長い時間と投げかけられた「意志」的な何か(としか言い様がない)によって齎されて起きる「変化」そのものは、世の中には掃いて捨てても余りあるほど山積りだったのではないか、と思っている。
万物に精霊が宿る
そう言った物事全てが世界中にあるのではないか、と思う。
僕は、それを否定しない。
天も地も人も知る、それを知っているからかも知れない。
そうして、また思う。
僕はそれが、嫌いではない。




