4.界渡りの奇跡
「はい、ではこの列の一番後ろの……そう、あなた。魔法について知っていることを、知っているだけ言ってごらんなさい。
……うん、うん、そう。大体正解です。
悪いことをせず、善良に、光を抱いて生きる人間は、一生に一度だけ奇跡を起こせる。それこそが、女神様が我々に授けてくださった魔法ですね。ええ、よく勉強しています。
え? 一度魔法を使ってしまったら、その人はどうなるのかって?
どうにもなりませんよ。今までの生活が続くだけ。ただ、もう二度と魔法が使えなくなる代わり、起こした奇跡の結果が傍にあるだけです。分かりやすいでしょう?
まぁそれはテストには出しませんから、さっき言ったことだけ、しっかり覚えて帰るように。皆さんも小さい頃から散々ご家族に聞かされたでしょうが、細かい間違いがあったら今のうちに覚え直しておくんですよ。
では、今日の授業に入りましょうか。教科書の……何ページでしたっけ?
ああそう、そうでしたね。では、二十ページを開いてください。今日はいざ魔法を使うときの呪文について、やっていきましょう」
この世界の人間なら誰もが知っている、御伽噺にして昔話。
人に授けられた、一度きりの奇跡。そのせいか、この世界で凶悪犯罪というのは殆ど起きない。……いや、まぁ、一年に一回くらい現れるけどさ、トチ狂ったのが。それでも基本は善人である。
一口に『善人』と言っても、本当に人に奉仕することが生きがいみたいなお人好しやら自分の魔法を使いたくないからそんな事態が来ないように人を助ける人間やら、挙句の果てに現実では絶対他人に会わずにネットで人生相談とかして暮らしている人間がいるなんて噂も聴いたことがあるわけだが、さておき。
教師の言葉は、心地良い子守唄の如く俺の頭を通り過ぎる。
他の奴らもそうだろう、今言われた通り、この程度のことは物心つく前から大人たちに散々教え込まれて、もううんざりなほどよく知っているのだ。今日習うという『呪文』については知らない奴もそこそこいるようだが、それだって熱心な親はとっくに教えている。うちがまさにそうで、ぶっちゃけてしまうと俺は数を数えるより先に魔法を使うための呪文を覚えたという。
教室の中、喋り続ける教師と眠り続ける級友たちを一望出来る、一番後ろの窓側の席。そこからふいと顔を横に向けると、窓の外に広がる校庭に視線を落とした。
「……確かに、どうにもならなかったな」
魔法を使ったって、今までの生活が続くだけ。教師の言葉を思い出し、俺はそっと嘆息する。思い出すのはほんの二年ほど前、まだ中学生だった頃のこと。俺が、一週間ほど行方不明になったときのことだった。
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