第二章 意味のない祈りと偽物聖女②
教皇のその言葉にサラは目を丸くさせる。
すでに万能薬は使ってしまっていることは知っているはずなのにそんなことを口にする教皇が、途端に怪しい存在に思えてくる。
もしここで再度否定的なことを言えばよくないことが起こりそうなそんな予感がしたサラは、今回だけ頑張ればいいだけだと自分に言い聞かせた。
「分かった……」
「ありがとうございます。そう言っていただけて良かったです」
そう言って、笑った教皇の笑顔がとても恐ろしく思えたサラは、それ以上教皇の顔を見ていたくなくてレリーフの前に移動していた。
そして、膝を付き両手を組みその手を額に当てた姿勢で目を瞑る。
ひたすら、どことも知らない場所の雨が止むことだけを考えていると、背後に感じていた教皇の気配が消えていた。
しばらくその姿勢のままで様子を見たが、誰の気配もしなくなっていた。
そっと立ち上がり、扉に耳を付けて外の様子を窺う。
当然の様に外には人の気配があり、ここを抜け出すことは出来そうになかった。
「はぁ……。そうだよな。見張りがいるのは当然だよな。仕方ない。とりあえずは祈っている振りでやり過ごすしかない」
そう呟いたサラは、再びレリーフの前に移動し楽な姿を取ろうとしたが、慌てて膝を付くこととなった。
扉の方から視線を感じたのだ。
(視線……。まさか、扉に覗き穴でもあるのか? はぁ……。つまりいつ見られるかもわからない。これは楽は出来そうにないな……)
心の中でそう愚痴をこぼしたサラは、再び膝を付き胸の前で手を組み、組んだ手を額に付けた。
どのくらいそうしていただろうか、ぼんやりと眠気と戦っていると、聞きたくもない声が聞こえてきたのだ。
「サラさん。長い間の祈り、ありがとうございます。今回はこのくらいで大丈夫です」
教皇のその言葉を聞いたサラは眠気を振り払い聞いたのだ。
「そうか。じゃあこれで……」
「それでは、明日もお願いしますね」
「えっ……?」
「おや? どうされましたか?」
「わたしは帰りたい!」
「それは困りましたね……。サラさんはこれから一生をここで過ごしてもらいます。教会のために祈りを捧げてもらう。そう言う約束の元、貴重な薬をお渡ししたんです」
「そんなこと!!」
「いいえ、ちゃんと契約を交わしました」
「嘘だ! だって、教会の依頼に極力従うって、そう言った」
サラがそう声を上げると、教皇は困ったような表情を作り冷ややかな声で言うのだ。
「困った人だ……。はあぁ。仕方がないですね。もう一度お伝えしますよ。契約内容は三つ。その一。教皇、教会の定めに必ず従うこと。その二。与えられた部屋以外の場所での行動は必ず神官並びにそれに準ずる者が同行すること。その三。これらを守らなかった場合、命を落すものとする。これがサラさん。貴女と教会で結んだ契約ですよ」
「そ……。騙したな!!」
「なんということを言うのですか。私は悲しいです。何か誤解があったみたいですね」
「誤解なものか!!」
「ですが、私はちゃんと契約書をお見せしましたよ?」
「……!!」
そこでサラは、あることを思い出していた。
それは、契約書を見た時に一部だけ読めた文字だ。
「守る」「落とす」
つまり、教皇の言っていることは本当で、あの羊皮紙には書いてあったのだ。
言葉もなかった。
そんなサラに、教皇は追い打ちを掛ける。
「貴女がもし命を落としてでも逃げ出すというのなら止はしません。ですが、そうなると折角万能薬を飲んだ灰色の髪のお友達が大変な目に合うかもしれませんねぇ?」
「脅すつもりか!」
「いいえ、いいえ」
「手を出したら殺す!!」
「怖い怖い。大丈夫ですよ。サラさんさえ私たちに協力してくれるというのなら、灰色の髪の少年は無事に過ごすことが出来ますから」
「…………」
ランドールと過ごした時間は一年間と短いが、サラの中では生きていた中でとても大切な時間となっていた。
だから、サラの答えは決まっていた。
「約束は守れ。彼に手を出したら、お前たちを殺す。死んだほうがましだという目に合わせてやる」
「ふふっ。それでは、末永くよろしくお願いしますよ。聖女様」
ランドールを人質に取ったと、教皇から仄めかされたサラは、教会からの無意味な依頼にどんなことがあっても応え続けていた。
例えランドールに一目会うことすら許されなくても、無事だということを信じて祈るしか方法がなかったのだ。




