第二章 意味のない祈りと偽物聖女③
来る日も来る日も意味のない祈りを繰り返す日々。
それなのに、偶然天候が良くなったと、偶然病の流行が治まったと、何故かサラの元に称賛の声が集まってしまうのだ。
その声が高まれば高まるほど、教会内でのサラの立場は悪くなる一方だった。
食事の質はスラムに居た頃のランドールのスープが上等なものに思えるほど酷いものだった。
温いお湯に塩が少々(塩が入っていない時の方が多い)、道端の雑草(虫付きが基本)と敢えて焦がした炭のようなパン。
これが日に二回。祈りの依頼があった場合は、祈りを終えるのを許されるまで食事はなし。
サラは、空腹を誤魔化すように、祈力を練って、周辺に感じる結界を修復するのだ。
そうすると、僅かばかりではあるが気がまぎれたのだ。
祈力を練るとき、周囲の気と呼ばれるエネルギーを体内に取り込むのだが、その時に僅かに気力が回復するのだ。
しかし、空腹が紛れても腹は減るのだ。
それでも、ランドールの無事を願い決して逃げ出すことはせずに祈り続ける。
そんなある日のことだった。
ここ数週間止まない長雨のために祈りを捧げるようにと教皇からの依頼があったのは。
「サラさん。貴女には王都を中心にして降り続ける長雨が止む様に祈りを捧げていただきたいのです」
このやり取りが七年も続けば、サラもいちいち口答えするのが面倒になってしまっても仕方がないと言えよう。
サラは、ただ頷いて自ら祈禱室に向かった。
そんなサラの背中に向かって、教皇は今回もとんでもない期間を簡単に告げたのだ。
「そうですね。期間は五日くらいが妥当でしょうか? サラさんならそれ位問題ないでしょう?」
反論してもどうしようもないことは分かり切っていたサラは、立ち止まらずにそのまま祈祷室に向かった。
そして、七年間で身に着けた浅い眠りの状態で長い祈りという名の無駄な時間をやり過ごす。
祈力を練りながら浅い眠り状態を維持し、時折結界の修復に練りすぎた祈力を使って、力の均衡を保つ。
こうすることで長い時間を耐えることができたのだ。
それでも、解放された時の疲労感は途轍もなく体を蝕んだ。
雨の降りしきる中、教皇によって祈禱室から連れ出された。
向かった先は、教皇の執務室だった。
質素に見える室内ではあったが、所々に上質な織物や置物が置かれていた。
教皇は座り心地のよさそうなソファーに座り、立たせたままのサラに言い放ったのだ。
「七年。とても長い時間だと思いませんか?」
教皇の問いかけの意味が分からないサラはただ美しい織物を見つめるだけで何の反応も示さなかった。
そんなサラに構わず、教皇は話を続けていた。
「はぁ……。まんまと騙されてしまいましたよ。貴重な万能薬まで使ってしまいました……。この偽物め!!」
「…………?」
「聖女を名乗るなど、なんと不届きな!!」
「な……んのことだ?」
本当に何を言っているのか、サラは理解できなかった。
偽物?
まるで、サラが自ら聖女と名乗り、教会を騙していたような言い草だった。
サラは、お前たちが勝手にその立場を押し付けたと、怒りが込み上げたが、それよりも先に教皇が怒りの声を上げたのだ。
「しらを切ろうとは!! お前が偽の聖女だから、祈りが届かず国は安定しなかったのです!! その証拠に雨が……」
意味のない祈りを捧げるように強要しておいてその言い草は何だと思っていたサラだったが、偽物の理由に出した雨が偶然にも止んだことがおかしくて口元がゆがんだ。
「雨がどうしたんだ?」
「くっ……」
サラが笑ったことに気が付いた教皇は、さっと顔を赤くし怒りの声を上げる。
「ぐっ……偶然です!! いや、この場に真の聖女たる聖女マリエッタがいるから雨が止んだのです!!」
そう言って、部屋の奥にいた女性を示したのだ。
サラは、今までそこに人がいたことに全く気が付いておらず、ぼんやりとした視界で教皇が示した方を一瞬だけ見てすぐに視界を元に戻していた。
一瞬ではあったが、綺麗な女性がサラの視界に入っていた。
波打つ豊かな金の髪とエメラルドをはめ込んだ様な美しい瞳。そして、病的に白い肌。
「はあぁ……」
心底疲れていたサラは大きな欠伸をしてしまっていた。
偽物でも本物でもどうでもよかったのだ。
今は一刻も早く横になって眠りたかったのだ。
しかし、サラのそんな態度に教皇は声を荒げて言うのだ。
「くっ! 何ですかその態度は!!」
「ふああぁぁ……。すまない……。わたしは疲れている。すまないが話は後にしてくれないか」
本心から、後にして欲しいと思っていたサラは、ギャーギャーとうるさく騒ぐ教皇に背を向けていた。
後ろ手に手を振り、よろよろとした足取りでその場を後にしたのだ。
今はとにかく休みたかった。
起きた時、自分がどうなっていてもどうでもよかった。
それでも、自分が教会にとって用無しになれば今まで不自由な思いをさせていたランドールはきっと解放されるだろう。
そんなことを考えながら数日ぶりの自室のベッドにどさりと横になった。




