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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第一章 すべてが始まる七日間
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第九話 獣の胎動




 ――過去から現在までに製造されたヤマト級は十三機。

 その八番目に造られた機体の名を、旧名シチヨウ号、ミシマミゾクヒと呼ぶ。

 外見上の特徴といえば、誰の目も引く大きな翼だ。

 最大展開時、横幅が二百メートルを超えるそれは、五十メートルを超える巨人へ空の住人になる権利を与える。

 ウォーキャリアの効果的な運用に必須となる『重力解放』からの高度な三次元戦闘を、ヤマト級でも再現しようと開発された特殊機構を備えている。

 抱えるパイロットは、三人。

 彼らは今、荒野に立つミシマミゾクヒの中で待機状態にある。

 その目の前には――縦一直線の黒い亀裂が空中に浮かんでいた。


次元裂傷値(じげんれっしょうち)緩やかに上昇、推定亜空開孔(あくうかいこう)まで残り五分」

「了解。開孔まで戦闘空間哨戒のまま待機します。通信終了」


 通信士に返事をして、機内のプライベート通信に切り替えたのは、正操縦士、市原雅之(いちはらまさゆき)。ぎょろりとした目の些か不健康そうな十五歳の青年だ。

 彼は人機間念・波動接合(アルコンユナイト)の前段階を維持したまま、懐の貯金通帳を取り出して書かれた数字に口元を緩める。


「またマッキーの悪いとこ出てる、それに紙媒体とかアナログだよぅ」


 茶化すのは副操縦士の真中(まなか)あずき。短いおさげの、初対面では小学生にも間違えられる小柄な体格だが、三人の中では最年長の十六歳である。


「紙媒体には電子媒体にはない実物の肌触りがある……この質感が俺の貯蓄に現実感を与えてくれるんだよ」

「光り物好きのカラスやろー、だから彼女できね―んだぞー」

「いらねーよそんなの、いつか個人シェルター買って引き籠もるのに、恋人とか金掛かるだけだろ」

「そうやってビジネスライクな人間関係しか形成していないと、金で解決できない問題がきたら泣きを見るぞー」

「そしたら通帳と心中してやるよ……ふふふ」


 あずきの言葉に揺れるものがないのだろう、雅之は通帳から目を離さない

 呆れたあずきは三人目のパイロットに加勢を求める。


「とわっち助けてー、マッキーが気持ち良くマウント取らせてくれないよぉ」

「泣きつく理由おかしくない……? 通信切ったって司令部(むこう)がその気ならここの会話も聞き放題なんだよ?」


 宇佐見十羽(うさみとわ)、ミシマミゾクヒの火器管制を担当する十四歳の少女。

 切りっぱなしミディアムの髪先を指で弄りながら、口数も少なく通信デバイスをじっと見てばかりだ。


「そんなの分かってるって、今更取り繕うのも面倒だし。それよりマッキーはとわっちを見習いなよね」

「なんだ、例の男かよ」

「そうよ、今もやり取りに夢中なのさ。メールガンガン飛ばし合ってんのよこいつら」

「通話にしろよ、そんなに言いたいことあるなら声の方が早いだろ」

「文章に残る風情というのがあんのよ、マッキー」

「俺の通帳と同じ理屈じゃん」

「恋と金を同列に語るカス! とわっち、後で一緒にぶん殴ろーよ」


 十羽は言い合う二人に取り合わず、溜息を吐いて通信デバイスから視線を外す。

 悩む乙女の横顔に、雅之もあずきも次の言葉が出てこない。

 彼女を苦悩させる理由を二人は知っている。気持ちに素直になれば良い、それが思いつく助言であるのだが、そう伝えても二の足を踏ませる前提を持っているのも、理解するところである。

 彼女の恋愛、或いはその芽吹きには、綺麗なばかりではない事情が土台にあった。

 ヤマト級の関係者が迎える、六ヶ月後のイベントに絡んだ問題が。


「マッキーはどう考えてるの、ヤマト級頂上決戦」

「ネーミングやばいだろ、間違ってないんだろうけど……ビリじゃなければいいさ。無理をして上位を狙う労力に、見返りが見合っているとは思えない」

「でも他所は案外力入れているみたいだよ。特に下馬評が下位の所ほど」

「天辺はやる前からほぼ決まっているしな。トロフィーなんぞ要らないが、不良品の烙印を押されて槍玉に上げられるのは勘弁して欲しいもんだ」

「ハガネ号――ハガネマルの所みたいな教官とか、うちにも付いたりするのかなぁ」

「そんなにフットワーク軽くないだろここは。ヤマト級のパイロットだからって発言力が高い訳でもないしな。結局は偉い人らが用意した環境でやっていくしかないんだ」

「あずきもマッキーも、勿論とわっちも、与えられたカードでやりくりするしかないよね、うん」


 話しながら十羽の様子を覗き見るが、浮かない顔が晴れることはなかった。

 フォローは難しい、下手な気遣いをしても気付かれるだろう。

 十羽の選択も原因にあるが、前任の司令も碌でもない置き土産を残したものだ。

 そうして本来の目的を離れた会話は、二人の本音を赤裸々に晒すものへと変わっていく。


「ザントウ号は現存する唯一の第一世代だし、最新のゴースラッガーは未完成品を無理矢理出したんじゃないかとか言われてるし、こいつらと特殊機構を一つも持たないハガネマル辺りが最下位を争うんじゃないか、って予想には同意だよ」

「ハガネマルの特徴って、四人乗りってだけだもんね。あの発進システムだけは半分ギャグだと思うけど。実際見た目もシンプルだし内蔵火器も専用武装もないしで、一番機のヤマト号をレストアしたんじゃないかって噂もある位だから」

「それだけ聞くと特別機っぽいんだけどな。パイロットが多ければ強い訳じゃないのはよく知ってる。寧ろあの怪物を見る限り、一人乗りの方が念波動に雑念も混ざらないんじゃないのか」

「そもそもヤマト号の後継機も、あれ以上の適任はいないよ……」

「ホクシン号、ディヴァステラ……」


 最強なんて、最初から決まっているのに。

 その確信は、彼らのモチベーションを下げる要因でもあった。

 訳あって最強の最強たる所以(ゆえん)を知ったからこそ、結果は見えていると戦う気概を失ってしまったのだ。


「やっぱり金だよ。せっかく念波動に恵まれたんだ、ちゃんと働いて私利を貪ろうぜ。下手を打たなきゃ息の長い業界さ」

「息、長いかなぁ……ウォーキャリアみたいにヤマト級も廃れる日が来るかもよ」

「――二人とも、もう五分経ってる」


 話の途中に挟まれた十羽の一言に、多分に混じる困惑の声音。

 雅之もあずきも行動は早かった。

 人機間念・波動接合(アルコンユナイト)からのミシマミゾクヒの目を通した黒い亀裂、亜空開孔起線を確認。孔は――まだ開いていない。


「……五分以上経過を確認……いや、色々とどうなっている、一分前に掛かる司令部からの通達もなかったぞ」

「おかしいよ、司令部との通信が開かない、故障じゃないよねとわっち」

「うん……気をつけて。次元裂傷値が今も上がり続けている」

「気をつけるって何にだよ」

「え、とわっち、次元裂傷値が規定値を超えると孔が開いて超機獣が来るんでしょ。ならこの状況は何? これから何が起こ――」


 あずきの言葉は、突如見舞われた揺れによって中断された。

 最初は地震かと思った。しかし違う。足元の揺れよりも、空中の、黒い亀裂を中心とする空間一帯が、明確に視認できないレベルで震えている。


「空間断層で電波も念波も断線しているんだ。指示を仰げないよ」

「十羽、あずき、ミシマミゾクヒを『金鵄八咫烏(きんしやたがらす)』へ移行する」

「はぁ、一旦退却しないの? いきなり必殺技撃つの!?」

「これが俺らの必勝パターンだろ! 背中見せた途端に孔が開いたらどうする、そっちの方がずっとヤバそうじゃないか……!」

「うぅっ、了解、三足接地開始!」


 ――ミシマミゾクヒの背面から、尻尾の様な尾が伸び、鎌首をもたげる。

 その先端がドリル状に変わり、回転しながら地面に突き刺さった。

 続いて両翼が前方に向けて可動し、両腕と接続、その両腕も前面の亀裂に向けられる。

 そして胸部の装甲が開く。中からは何かの射出口が現れた。


「巴紋式波動加圧開始!」


 十羽の言葉に合わせて、射出口が光を帯びる。

 両翼の、両腕の間に、念波動が流れ込み次第に圧縮されていく。

 これもまた強力な念波に空間が歪む。翼と合体して前に突き出された二本の腕は、見方によっては巨大な砲身にも見えた。その銃口の先、亀裂の内側から――何かの、指が。


「く、来るぞ、あずき、唄え!」


 得体の知れない存在の到来を予見して、悲鳴に近い指示が飛ぶ。


「福より転がり――禍津火(まがつひ)を吐け!」


 それは祝詞か、呪言の類か、ミシマミゾクヒの全身が金色に輝いた。

 金鵄八咫烏(きんしやたがらす)――ミシマミゾクヒ最強の内蔵火器を放つ、専用の形態である。

 この状態になれば、何時でも撃てる。

 トリガーを引くのは、雅之の仕事だ。

 歓迎されない来訪者に、照準を合わせたまま、雅之は待つ。

 そして時は来る。亀裂の縁を掴む指に力が込められた。

 そうして内側から引き裂くように、指は、孔を無理矢理押し広げて――


火箭太陽砲(かせんたいようほう)――発射!」


 超機獣の現界と同時に、放たれた閃光が獣を呑み込んだ――






 富士大宮基地、食堂内のバックルームに衛守哲人と須崎碧が入ってから一時間後のことである。


「さてと、片付け(デート)ももう終わりだな」

「はい教官、楽しかったです」

「……今度はもう少し事前に言ってくれたら、ちゃんと遊べる所を選ぶから」

「それでは次も楽しみにしていますね」

「次は他の奴らも誘って親睦会といこうぜ」


 バックルームに残った仕事を大体片付けてしまった二人は、身に付けた備品を外していく。エプロンのスクリーン解除方法を碧に問われた哲人は、装着者の念波動を消費し展開しているので脱げば消えると伝えて、碧から渡されたエプロンを自分の物と合わせてクリーニング行きの大袋に入れた。

 部屋の消音設備の電源を切り、大山裕子に二人で礼を言って食堂を出て行く。


「さてと、相棒の所に……いや、もしかしたら精太が意地張って残っているかもしれないからシミュレーションルームも一応見ておこう。それじゃあ碧、今日は」

「――教官。今日の最後に、お話したいことがあります」


 廊下で碧は真面目な顔になる。哲人にまだ伝えたいことがあると、その目は真摯に語っていた。


「ああ聞くよ、どうしたんだ」

「……私は、本当は、教官を脅す材料も用意していました」

「脅す? ああ、俺が先にお前を脅して臨戦態勢にしたからな、悪かったよ」

「そういう話ではなくて……衛守さん、貴方を脅かす情報を、私は幾つか持っているんです」


 その言葉に哲人の表情が変わる――眉間に皺を寄せて、いかにも困ったなぁという顔に。


「……すまんな。調べていて、あんまり気持ちのいい話じゃなかっただろ」

「気持ち……? ああいえ、私が知っているのは、教官のナイツライズの専用武装とか、修めた武術とか、調査力を怖がって貰う為のもので」

「修めた武術? 俺のは戦争中に会った人達から齧りまくって、結構雑食なんだけど」

「あの、では、撃剣興行とだけ」

「おおっ、おお……! 今のは背筋が凍った、どうやって調べたんだよ……! いや怒ってないけど感心したぞ、やっぱり凄いんだな須崎重工」

「いえ、凄いのは深見さんなんです……まぁ、こういう話を匂わせて、イニシアチブを取ろうとしていました」


 碧としては、教官として自分に指示できる哲人に主導権がある状態を危惧しての対抗策であったが、今日の話し合いで自分には誠実さが足りなかったと反省していた。

 立派な大人は、子どもが困っていたら手を貸すものなのだ。

 それを哲人に言えば、立派の下りに異議を唱えるだろうが、彼女の悩みをちゃんと聞いてくれた、それだけでもどれだけ心が軽くなったことが。

 そんな相手に対して、自分がやろうとしていたことが途端に恥ずかしくなり、せめて正直に告白しようと決断した結果が、現在の状況である。

 それに対する教官の反応は。


「つくづく思い知るわ……一週間も放置せずに、ちゃんと話をする機会を何度も設けるべきだったな。教官失格ではあるが、改善していくからもう少し見捨てないでくれ」

「見捨てないし、私の方が謝罪する話だとも思います……でも気になるのは、精太くんだけ初日からずっと教官の手元に置いていた理由ですね。聞いてもいいでしょうか」

「それは簡単だよ、俺が他人に教えられるのは戦闘技術に関するものばかりだ。そうなると正操縦士の精太にしか教鞭を執れないのさ。今なら碧にも多少は関係する話だけど、雄二とか奏とか、こんなの習ってもハガネマルは強くならんだろ」


 それは哲人なりの、ハガネマルを強くする為のロードマップだったのだが。

 今言った通り反省点は多い。そういう意味では、今日の碧の申し出は哲人にとっても有意義なものだったと言える。

 人は誰かと関わり合う際に、与えるしかない立場であり続けることは決してないのだ。必ず何かを学び、受け取っている。しっかりと関わり合っている。

 人は人である為に、人から人を貰っている。

 それは哲人が今も尊敬する、故人が残した言葉の一つであるが、今日のようなことがある度に、過去から続く出会い、そしてたった今の出会いに感謝の念を感じざるをえない。

 須崎碧、貴方に感謝を――


 哲人の通信デバイスが、何かの情報を拾ったと、音を鳴らして伝えてきた。


 それはヤマト級や超機獣に関する通達に設定した着信音だったが、碧を前にしていた哲人は気の緩んだままそれを確認する。




 ヤマト級八番機、ミシマミゾクヒ中破。

 ただその文面だけが、哲人の目に焼き付いた。





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