第七十五話 林火山の戦い 後編
「教官……!」
膝をついたナイツライズを、青海雄二は管制室のモニターから見届けた。
床に縫い付けられたように動かない腕の先では、刃を失った剣の柄がひしゃげているのが小さく見える。
これで勝負はついてしまったのか。
「なあ、一つ聞いておきたいんだが」
戦慄く雄二の視界で、別のモニターから甲斐が声を掛けた。
既にコクピットに座する男は、現在の戦闘状況にそれほど興味を示していない。
こんな時に何を言い出すのだろうか。
『四如の旗』は負けると予言していた人物に、困惑と疑念の目を向けると。
「お前の知る限りでいいんだが、
富士大宮基地での衛守は、相変わらず電子模擬戦が大好きなやつだったか?」
質問の意図は気になったが、今は脇に置いておく。
雄二は黙って首肯した。
思えば、初めて自発的に哲人と関わろうとした時も、訪れた格納庫で本人は電子模擬戦に耽っていた。
そして精太や整備班の話からも、それは疑いようのない性分だろう。
「そうか……。
あの冴えだもんな。
きっと五年間、たっぷりと堪能したんだろうなぁ」
雄二の頷きを見て、甲斐は目を閉じ薄く笑う。
そして再び目を開けると、雄二の興味をくすぐる言葉を放った。
「お前さ、今まで気にしたことないか?
禄に戦闘にも出ないウォーキャリア一体に、整備士が四人も控えていたのを」
バッハランの仕掛けた罠は、『啼きの土下座』と仲間内で呼ばれている。
荷電粒子砲における電力と粒子加速器を、念波動とデミウルゴスで代役させているのが『咆哮口』なのだが、この実現には必然、念奏者の意識的制御が不可欠だ。
バッハランもまた、念波動で荷電粒子の雛形の形成と、加速器の基本原理の修了をした上で成立する人機揃ってこその兵器である。
彼のゴルオノティガのデミウルゴス含有率が高いのは、念波動増幅機能の強化だけでなく、全身を巡り加速する荷電粒子が、非デミウルゴス製の部品に影響を及ぼす危険性を減らす目的もある。
そして用意された人型の銃身は、当然元々の念波動増幅装置としても機能する。
これに、荷電された粒子ではなく、バッハラン本来の念波動を通してみれば、ヤマト級に近い超常現象が起きるのではと、『四如の旗』の誰かが言った。
やってみた結果が、これである。
責任を放棄して何もかもから逃げ腰の、やる気の湧かない大男。
今この時も逃げ出そうと藻掻いている、重い責任に潰されそうな男。
何年経とうと、かつての同僚たちの死から逃れられない男。
何をやっても上手くいかない、もう動けないと。
重い気に引き摺られて、何処に行くこともできない男。
『啼きの土下座』は、そんな彼の精神状態を半実現化した事象兵器だ。
その効果は単純明快。
ただバッハランの認識する上から下に向かう、重力場に似た性質の力場を形成する。
しかも影響範囲は自分を含めた極近距離のみという、一見まともな使い途さえない現象を引き起こす。
だがそれは、発動中は自身の動きも封じられる欠陥こそあるものの。
射程距離の問題の解決、そして仲間の用意さえあれば、
対象の武装解除と無力化の観点で、多少の働きを見せるものだった。
利用価値の低さと、制限の掛けられた拡張専用武装の不正規応用である事から、報告もしてない内輪の間での悪ふざけだったのだが。
それが、『四如の旗』の情報を間接的に取得し、近接戦闘を主とする『硝子の星屑』に対して刺さる結果になった。
まったく、ハウンドを凌ぎレオルを倒した手腕を見て、天羽治郎なる人物が『啼きの土下座』の情報まで掴んでいる可能性を考えた時は肝を冷やしたが。
ナイツライズの二本の剣は、ゴルオノティガの足元で潰れている。
これが叶ったのなら、手持ちの念波動弾形成銃の損失など安いものだ。
力場を維持する疲労を覚えながらも、バッハランは安堵の息を吐いた。
「突然目立たくなれば、逆に目立つ。
消極的な俺の行動を深読みし、先の始末を望んで欲しかった」
荷電粒子砲の一撃から一転、途端に手を出してこなくなった後衛のゴルオノティガを、必要以上に警戒してくれる思考こそ必要だった。
もし後回しにされて、最終的に一対一の対峙になってしまったら、哲人の攻撃には投擲剣という選択が入り込む。
逆に他の『四如の旗』が居る限り、哲人は剣を簡単には手放さないだろう。
あれは敵を討つ武器であると同時に、身を守る盾でもあるのだから。
向こうがその身一つで襲い来るその時の対処。
カウンターは通じないと考えた、バッハランの選択――それが『罠』だった。
「そしてそれを気取られてはいけない。
こっちもレオル姉さんも、全力で挑ませて貰ったよ」
「疲れた……でもレオルを出してあげないと」
「待て」
レオルに近寄ろうとした兄弟を、バッハランが止めた。
未だ終わっていないのかと、二人に緊張が走る、が。
「天井に刺さったままの鞘を見ろ。
鞘らしく、三本とも柄が嵌っている」
言われて見れば、確かに柄が確認できた。
目敏いものだが、彼の生真面目な気質の現れだとも言えるだろう。
「徹底してるねぇ。
この分だと『沼の寝床』にもまだ備えてるんじゃないの?」
「安心しろ。
『啼きの土下座』を展開している限り、柄を持ち出した傍から壊れる」
「遠隔操作できるとは思わないけど。
『沼の寝床』の件もあるし、とりあえずハウンド飛ばすよ……」
『意気地の鞘』にハウンドを差し向けるショッド。
それを見ていたバッハランの眼下で、四つん這いになっていたナイツライズの姿勢が崩れて、床へ伏臥位に倒れ込んだ。
彼の念波動では力場に耐えられなかったのか。
そう思い向けた視線の先で、バッハランは見た。
前に伸びたナイツライズの腕が何かを掴んでいたのを。
それは――――哲人に斬られた、九十九敷の脚の一本だった。
バッハランが背筋を凍らせる間もなく。
騎士は倒れたまま、その脚爪をゴルオノティガの足に突き刺した。
「おおっ……!?」
ゴルオノティガの四肢を巡る念波動が損傷で乱れ、その分だけ力場が弱まる。
拘束を引き千切るが如き必死さで、騎士は二度三度と足を刺し、遂に建膝になるまで上体を上げた。
その地に着けた左手の下には、黒い沼が――――
「駄目だ、力場でハウンドの弾が逸れる!」
悲鳴のようなソリストの声が響く中。
『啼きの土下座』は武器を破壊に至らしめる力を失い、瞬間、沼から引き摺り出された剣が、ゴルオノティガのコクピットを刺突した。
その勢いのまま踊るように両機は位置を入れ替えて、ハウンドの銃撃はゴルオノティガの背中に吸い込まれる。
愕然とする兄弟が、ハウンドをその背に展開する前に。
刃はするりと上に振り抜かれて、胸部から頸部、頭部まで綺麗に断ち割れた。
『四如の旗』も、残るのはガウンズゥとガウンレヴのみ。
ハウンドは皆、ナイツライズから距離を取りつつ浮かんでいる。
そして――――今頃になって。
天井から『意気地の鞘』が抜けて、ゆっくりと落ちてきた。
一秒間に二メートルにも満たない落下速度は、ウォーキャリアの視点から見れば羽でも落ちてくるかのように。
全ては静かなる林の如く。
時間を掛けて、それが対峙する両者の間に落ちるまで、どちらも動かなかった。
その鞘が、互いの視線を切った時、兄弟は弾かれたように動き出した。
七機のハウンドによる包囲攻撃。
砲身を斬られた二機には、目標に貼り付けての零距離射撃を指示、それが叶わなくても目先の囮役になって貰う。
勿論、先程の全方位射撃が通じなかったのを理解の上で。
これまでの相手の回避データからオヌリスシステムを更新しつつ、ソリストは念波動弾形成短銃を手に接近。
ショッドもまた、哲人を打倒し得る最後の機会になると、全てのハウンドを惜しむ事なく死地へと送る。
これらを以って、相手の処理能力を上回る飽和攻撃を狙った――――
追い詰められた兄弟の執念は凄まじく。
二人のウォーキャリアが機能停止するまでに、哲人は四分の時間を必要とした。




