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ファイル7  『鬼女紅葉』の怪 【⑥】

□◆□◆




 突然現れたジンにこれもちは眉を寄せる。


「あれは――何者かのぉ」


「さあ、見たところ旅人のようですが……。この場に出てくるバカですからね、命知らずの愚か者でしょう」


 維茂の目配せに、雅吉は冗談を言う口調で肩をすくませた。


「まあよい。どこのやからかは知らぬが、邪魔をした罪は命をもって償ってもらおう。おいお前たち、紅葉をここへ連れてまいれ。邪魔をしたあの者は――殺せ」


 あきれ顔をした維茂は、ジンと紅葉のもとへ五人の兵士を向かわせる――。




 ジンは紅葉の手を取って引き起こした。


「お前一体何をしでかした。命を狙われるとはよほどの――」


「ジン様、お願いがありますっ!」


 言葉を遮り、紅葉はジンの手を両手で握りしめる。


「どうかこの村を、あの村人の方々をお救いくださいっ!」


 紅葉は必死だった。権左らの仲間、この村人らへの殺戮の原因は自分にあることを知った。村長を目の前で殺され、残っている村人たちの命も危うい。けれども、それを止める力が自分はない。

 ここはジンにすがるしかなかったのだが……。


「なぜ俺が?」


 しれっと答えたジンに紅葉は唖然とする。


「わ、私を救いに来てくださったのではないのですか?」


「あるあやかしに挑戦状を突き付けられてな。お前の死の運命を変えてみるというたわむれをしてみようと思っただけだ」


「私に、死の運命が?」


「このままお前を連れ去れば事は足りる。他の人間がどうなろうと知ったことではない。これは人間同士のいざこざだしな」


 なんとか言葉を発した紅葉に、ジンは無表情を返している。


「――。では、私はここを動きません。ジン様には助けていただきましたが、どうぞこのまま立ち去って下さいまし」


 グッと奥歯を噛みしめた紅葉が手を離す。


「それでは俺が来た意味がない。いったい何を怒っているのだ? 今すぐこの場を離れれば、お前は死なずに済むのだぞ」


「いえ、例えジン様に連れ去られてしまったとしても、私は必ずこの村に戻ってまいります。この村で起きてしまった悲劇は全て私のごうが招いたこと。私の首と引き換えに、なんとしても残っている村人たちは救わなければなりません」


 そう言った紅葉は、向かってくる兵士たちへと歩き出す。

 その表情には強い決意が見て取れる。


「救われておきながら連れ去られてしまうだの立ち去れだの……。まったく、強情で恩知らずな女だ。それに、自分よりも他の者の命を救いたいとは……その気が知れぬ」


 面倒そうな顔で頭を掻いたジンの体が揺れると、次の瞬間には紅葉の前にいた。

そして、彼女を捕らえようとしていた二人の兵士を殴り倒す。


「ジン様。やはり来てくださったのですね」


 喜びに微笑む紅葉に、ジンは僅かに口をとがらせた。


「仕方あるまい、もう船には乗ってしまったのだからな。戯れの時間が少し延びるだけだ」


 さらに三人の兵士を殴り倒し、ジンは首だけで紅葉へと振り返る。


「兵士どもの奥にいる村人たちも救えばよいのだな? しばし待て、幾人もの村人を惨殺したあの者ら全員に死をくれてやる」


「お、お待ちくださいジン様っ、あの兵士たちを殺してはなりません!」


 前へと向いたジンの手を、紅葉は慌てた様子で掴み取る。


「お前は自分を殺そうとしている者達の命乞いまでするつもりか?」


「はい、さようでございます。あの方たちには生きて都へ戻ってもらわねばなりません」


「なぜだ、お人好しにもほどがあるのではないか? お前や村人を救うには、あの者どもに死をくれてやるしかなかろう」


 ジンは厳しい目を紅葉に向ける。

 それでも紅葉は首を横に振る。


「それではさらに多くの村々が襲われてしまうことになってしまいます」


「どういうことだ?」


「ここであの兵士たちを殺せば、都はさらなる軍勢をこの地に送ってくることでしょう。例え私がこの地から離れたとしても、都にいる彼女は〝鬼女紅葉〟がやったことにしてこの辺りの村々を襲わせるに違いありません。ですから、あの兵士たち――特に維茂には生きて都へ戻ってもらい、鬼女紅葉を討ち取ったという報告をさせる必要があるのです」


「確かにお前を殺したと、そうきょうげんさせるということか」


 紅葉はコクリと頷く。


「なるほど。維茂という男に圧倒的な力の差を見せつけて、こちらの狂言に従わざるを得ない状況にする……戦意を失わせるほどのな。だが、それをするには動けず殺さずという加減が必要になる。一瞬で一網打尽にすることならばたやすいのだが――厄介だな」


 ジンの力をもってすれば、何人の兵士がいようが敵ではない。しかし、殺してはならないという制約がかかってくると話は違ってくる。ジンの力に対して、人間の体はもろすぎるのだ。相当に気を配った戦い方をしなければ、紅葉が望む状況を作り出すのは難しい。


「大丈夫です。ジン様ならば必ず出来ましょう」


 紅葉が渋顔をするジンへ微笑みかけた。


「簡単に言ってくれる。ならば、今から気をつけることにしよう。先ほど殴った兵士どもはもう間に合わんからな――」


 苦笑いを返したジンが視線を落とした。


「ここからは少し、お前を気にかける余裕がなくなる。俺一人の方がやりやすいのだが……この手はいつまで繋がれたままでいればよいのだ?」


「え? あ――」


 ずっとジンの手を握ったままでいたことに気付き、紅葉は赤面しながら手を離した。


「なるべく離れていろ」


 自由になった手を軽く握り、ジンは維茂らへと歩き出す。


「ジン様。どうか、お頼み申します」


 その背中へ、紅葉は本日二度目となる手を合わせた――。




 ジンの力は圧倒的だった。

 突き出される槍を手で払い、振るわれる刀をいなすジンは慎重に加減をしながら兵士たちを倒していく。拳や肘での打撃や蹴りで、次々と悶絶させていく様は、維茂陣営から見れば鬼に見えるに違いない。

 現に、ジンが近づくと維茂は悲鳴をあげて後退する。今の彼に紅葉や村人たちの姿は目に入っていない。とにかく、自分へ向かってくる男が恐ろしくて仕方がなかった。


「な、なにをしておるのだ、相手はたった一人であるぞっ! ほら行けっ、お前も行くのだッ!」


 維茂が従う兵士の背中を押す。

 おののきながらも気合いを入れる兵士がジンへと向かって行くのだが、その誰もが一撃で悶絶する。まだ多くの兵が残っているものの、維茂側の陣形はバラバラであった。


 生き残っている村人たちもジンに圧倒されて呆然としている。それゆえに、自分たちの周りから兵士がいなくなっても誰一人として逃げ出す者がいなかった。

 前に立つ少年などは身振り手振りでジンの応援をしている有様だ。


  あの者たちにも離れてもらいたのだがな……


 動きを見せない村人たちにジンは舌を打つ。

 村人たちから兵士を離すことは出来たが、その距離はまだ不十分。維茂の逃げ方によっては巻き添えになってしまうだろう。

 逃げろと言ってしまえば、こちらの弱点を晒してしまうことになってしまうのでそれもできない。


 ここで一人の兵士が踏み込みを見せる。ジンが見せた隙に槍を突き出したのだ。

 それは確実にジンの腹部を捉える間である。


「もらったぁぁぁッ!」


 という兵士の叫び。

 しかし次の瞬間、その喜びは錯覚であったことを知る。


 かわすでも払うでもなく、ジンはその槍、刃の下を握って受け止めていた。

 そのまま足払いをして兵士を倒し、その槍を奪い取る。


「ひ、ひぃぃぃッ!」


 自分へと振るわれた槍に、兵士は情けない声をあげた。

 だがその矛先は兵士を捉えることなく、向かってきた矢を払いのける。

 ジンは自分へと放たれた弓矢の巻き添えにならぬよう、兵士を護ったのだ。


「殺さないというのは難しいが、これを使えばどうにかなるかもしれん」


 驚く兵士を気にかけることなく、ジンはその槍を逆に持って兵士を突く。

 腹を突かれた兵士は身体を縮ませて悶絶した。


「うむ。なかなか便利な道具だな」


 ジンはその槍を振るい、次々と向かってくる兵士たちを倒していく。


 人の姿をとってはいるが、ジンの正体はあめばり。あのきのみことが使用していたかのつるぎ。その神の武具が意志を持った者である。拳や蹴りを放っても、上手く加減をしなければ兵士たちの身体をバラバラにしかねないほどの力量があった。

 それに比べ、今手にしたのは人間が作った武器。それも、柄の部分は木材で出来ている。これならば、少しくらい加減が上手くできなくても木材の方が勝手に折れてくれるだろう。ここでジンは、人間を殺さずに相手をする時は人間が作った武器を使うのが一番手っ取り早いことを知る。


「ここまでだバケモノッ!」


 その声に横手を見れば、ジンに向かって弓矢を構えている十数名の兵士たち。

 彼らを指揮しているのは維茂ではなく、兵士たちとも違う男。雅吉であった。


「今だッ、矢を放て!」


 軍配がわりに刀を振った雅吉に合わせ、兵士たちが一斉に矢を放つ。

 腕が良いのか、その矢は雨のようにジンへと降り注ぐ。が――


「無駄なことを……」


 矢じり程度で傷つくジンではないが、ここは力の差を見せつけるべく、手にする槍で向かってきた矢を全て払い落とした。


 あらためて兵士たちに動揺が走る。

 それはかわせるような間ではなかった。うまくいけば、その身に矢を受けながらも二・三本の矢は払えたかもしれない。それほどの間でしかなかったのだ。

 兵士たちから見れば、今のジンの行為は神業以外のなにものでもない。


「くッ、ひるむなッ! こうなれば……おい、お前たちも加われッ!」


 雅吉は数人の兵士を加えた。そしてなにやら指示を出して弓矢を構えさせる。


「何度やっても同じ事。おとなしく兵を引けばよいものを……」


 槍を構えるジン。巻き添えを恐れてか、その周りから兵士たちがいなくなった。


 ギリっと奥歯を噛む雅吉だったが、その後に怪しい笑みをうかべる。


「この場を引くのはお前の方だ――」


 そして再び、一斉に矢を放つ。


「数本の矢が増えたところで苦にもならんぞ」


 余裕の表情をうかべるジン。

 残念ながら、この時のジンは雅吉の笑みの理由を理解していなかった――。


「どうした、どこを狙っている?」


 向かってきた矢を払い落としたジン。

 しかし、ジンが払ったのは数本の矢のみ。残りの矢は彼を大きく飛び越えていった。


「丁度いい武器を手に入れたことだし、ここからは一気に終わらせてやろう」


 槍の矛先を折ったジンは刃を放り投げる。

 今の彼にとって、人間を殺さずに戦える最高の武器であろう。

 だが、雅吉はそんなジンに対して刀を下ろした。


「なに言ってやがる、もう終わったんだよ。どこのどいつか知らないが、お前が戦う理由はもうないんだからな」


「なに? それは――」


 どういう意味だ? と訊く前に、後ろから少年の悲鳴が響いた。


 振り返ったジンが目にしたもの。

 それは、背中に矢を受けて倒れている紅葉の姿であった――。



□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

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