ファイル7 『鬼女紅葉』の怪 【⑤】
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血の臭いが立ち込めている小さな砦。
そこには屈強な男たちの骸が無残な姿で横たわっている。
「人間同士のいざこざか……」
砦の中。空間から人の姿をとったジンが現れ、そうつぶやいた。
骸の中を進むその目に彼らを哀れむような色はない。
「戦と呼ぶにはあまりにも一方的だったようだな」
この砦で戦いがあったのは間違いないのだが、彼らと戦ったであろうという兵士の遺体は数体しか見当たらない。
屈強な男たちのなかには、刀を鞘から抜きかけた状態の姿も多くみられる。
それは、あまりにも多勢な戦力からの奇襲を受けたことによる殺戮であったことを意味していた。
「あの娘は――逃げたか? それとも、まだ帰っていないのか……」
骸を見回すジンは紅葉の姿を探していた。
なぜ自分が紅葉を探すのか、その理由がわからないジンは寝癖頭を掻く。
ぜひ紅葉の死の運命を変えることに挑戦してみてもらいたい
件はそれ以上何も語ることなく姿を消した。
いつの時代も人間は殺し合いを続けている。それを知っているからこそ、ただの人間――しかも、出会ったばかりの娘がどうなろうと知ったことではない。……ジンがそう感じたのは間違いない。
だからこそジンにはわからなかった。
「なぜ、俺はあの娘を探すのか……」
思い浮かぶのは紅葉の笑顔。なぜか、くすくすと笑うあの顔が頭をよぎってしまうのだ。
「あ、あんた……いったい何者だ。維茂の部下って感じじゃねぇな……旅人か?」
消えかけた微かな声。
それは砦の奥、酒瓶と遺体が散乱している部屋から聞こえてきた。
ジンが向かうと、そこには柱にもたれ掛かっている男が一人。
全身血だらけで息も絶え絶え、足を投げ出すように座り、その腹には大事そうに首を抱えている。
「これか? こいつはなぁ、権左ってんだ。元は俺らの頭だったんだけどよ……こんな姿になっちまった……」
ジンの視線に気付いた男が苦笑う。
「この傷ではもう助からんな。――止めはいるか? お前がそう望むのであればだが……」
男の前で膝をついたジンの言葉。それを聞いた男は「ありがてぇ……」と安堵の顔を見せた。
男の顔にはすでに死相が出ている。額が割られ、肩や背中には矢が刺さり、わき腹からは臓物もはみ出している。止めを刺すというのは残酷な行為にも思えるが、死ぬまで苦しみ続けることを思えば慈悲に等しい。
それがわかっているからこそ、男は感謝の目をジンへと向ける。
「死ぬ前に訊かせてくれ。今の頭は若い娘のはずだが、その娘はどこにいる」
「あ? まさか……あんたも頭を、紅葉さんを殺しに来たていうのか?」
ジンの言葉に、男は鋭い殺気を放った。とても死が間近に迫っているとは思えないほどの気迫である。
しかしジンは表情を変えない。
「その逆だ。あの娘の死の運命……俺はそれを変えに来た」
「助けにきたってか? ……へッ、紅葉さんとおんなじ目をしやがって。俺はもう動けねぇし、そんな目をされたら信じるしかねぇな――」
男の目の映るジンの瞳に変化はない。けれども、男にはその瞳の奥に紅葉と同じものがあると感じたのだろう。
「も、紅葉さんなら、さっき山の西側にある村へ向かった。雅吉の馬鹿野郎がその村を襲うと言い出しやがって、それをやめさせに……。紅葉さんのような優しい人はいねぇよ。俺たちみたいなはみ出し者にも、あの人は……」
男の目に涙が浮かぶ。
「頼む。あの人を、紅葉さんを助けてやってくれ……」
手を合わせて拝む男が血を吐いた。それでも、すがるような目をジンへと送り続ける。
床へ倒れかける男。ジンがその体を支えた。
「もう話すな。今楽にしてやる」
ジンは男の胸に手をあてる。すると男から苦悶の表情が消えた。
そしてそのまま、穏やかな表情のまま、男は眠るように息を引き取った――。
砦を出たジンは西の方角を向く。
村がある思われる西の空に黒煙が上がっている。それは砦に入る前まではなかった黒煙だった。
「あれは……まさか娘が向かった村か?」
言い終えるよりも早く、ジンは風の速さで駆けだした。
姿を消していないのはなぜなのか。誰もいないから消していないのか、それとも消すのを忘れているだけなのか……。あるいは――ジン自身にもその答えはわからないのかもしれない……。
◇
その村は火の海だった。そして死体の山であった。
老若男女、子供までも無残な姿で横たわっている。
我が子を守ろうとしたのだろうか。子供を抱きしめる女性が、その子供ごと槍で貫かれている姿まである。
生き残っている村人は数人。彼らを取り囲んでいるのは武装した数十名の兵士たち。
身を寄せて怯えている村人たちに、兵士たちは笑ながら槍や刀を向けている。
「なんと非情な奴らじゃ。お前たち、いまに神罰が下るぞっ!」
村人たちの中心にいる老人の叫び。
この村の村長である老人は、歯を食いしばって怒りを表している。
そんな老人に向かって、兵士たちのなかから一人の男が歩み出てきた。
「けけけ、神罰なんざ怖かねぇんだよ。神なんていないんだからな! この村は、鬼女紅葉によって焼き尽くされるのさ」
その男は雅吉であった。
何人の村人を殺めたのか、雅吉が手にしている刀から血液が滴り落ちている。
「お、お前さんは紅葉様たちと一緒にいた……。も、紅葉様が鬼女とはどういうことじゃ!?」
驚愕する村長に、雅吉は薄ら笑いうかべる。
「そういうことになったんだよ。どうせ今から死ぬんだ。理由は聞かなくてもいいだろ……」
刀を構える雅吉。
「お待ちなさいッ!」
その後方から女の叫び声が響いた。
「あぁ……? ほほぅ、鬼女が自ら現れるとは意外だな。後で山狩りでもして探すつもりだったのによ」
振り向いた雅吉が紅葉を見据える。
砦からずっと走ってきたのだろう。
紅葉の息は上がり、肩が大きく上下している。
「なにが鬼女ですかっ! 今すぐ村の方たちを解放しなさいっ!」
その厳しい言い方に雅吉は舌を打つ。
「偉そうに命令するなッ! 俺はお前が頭だなんて認めた覚えはねぇぞッ! だいたいな、こうなったのも全部お前のせいなんだぞッ!」
紅葉へ向かい、雅吉は兵士たちをかき分けて前へ出た。
「わ、私の? 雅吉、私が一体何をしたというのですっ」
「何をしたかだと? だったら教えてやるっ、お前が権左や仲間たちを変えちまったんだ! お前さえ迷い込んでこなけりゃ権左は変わらなかったッ、俺たちは今でも盗賊でいられたんだ! 好きな時に奪い、殺す毎日よ!」
「なっ!? 権左はそんな盗賊家業に嫌気がしたと言っていたではありませんか。私を頭にして足を洗えば、自分たちを見る村々の目が変わるかもしれない。そうすれば、ゆくゆくは自分たちの村を作ることだってできるかもしれないと……だからこそ、私は頭になる事を承諾したのですよ」
「うるせぇッ、俺はそれを望んでいたんだよッ! それを紅葉ッ、お前が台無しにしたんだ!」
雅吉の言い分に紅葉は唇を噛む。
「ならば、権左の知らぬところで私だけを殺せば済む話でしょう。それをせず、権左や仲間たちを殺し、この村を襲うことに何の意味があるというのですかっ」
「それはこちらで教えてやろう――」
兵士たちが道を開け、出てきたのは平維茂だった。
「我の名は平維茂。信濃守を拝命し、都より鬼女紅葉の討伐に参上した者である」
都という言葉に、紅葉は眉をひそめる。
「都から? 私はすでに都を追放されております。その私がなぜ討伐されなければならないのです。しかも鬼女などと……」
嫌悪感を表す紅葉。
維茂は刀を抜く。
「お前は鬼女でなければならん。盗賊だった者どもを従えて村々のために働く者ではなく、盗賊を従えて村々を襲い非道の限りを尽くす鬼女でなければな。このままお前に生きていられると、困るお方がいるのだよ」
「そ、そんな話を作るために多くの者たちを殺めたというのですかっ。何ということを……。彼女に伝えなさい、私は都に戻るつもりはないと」
紅葉は討伐隊を差し向けられた理由を察したのだろう。この殺戮の原因が自分にあると知り、その身を震わせている。
維茂はそんな様子を楽しむかのように顔を歪ませた。
「そういうわけにはいかん。すでにお前が村々から感謝されているという話が都に入ってきてしまっている。それはまだ一部の者しか知らぬことではあるが、経基様のお耳に入れば紅葉を呼び戻せという命が下るかもしれん。その前に、鬼女であるお前を討伐しておく必要があるのだよ」
「そんな……。な、ならば、私だけを殺しなさい。村の方々は関係ありませんっ」
「そういうわけにもいかん。ここの村人どもが皆殺しにあっている状況が必要なのだ。そうなっているのを他の村の者や旅人が目にすることで、鬼女紅葉の話に真実味が増すのだからな……」
維茂は兵士に命じ、村長を自分の前に引きずり出した。
紅葉の顔が青ざめる。
「な、なにをするつもりですっ」
「ふっ、知れたこと……」
維茂は刀を振り上げた。
「やめなさいっ、殺すならまず私から――」
紅葉は駆けだす。しかし、それもむなしく維茂は村長を背中から貫いた。
「も、紅葉様……」
村長は震える手を伸ばしながら吐血する。そして、倒れた胸から血だまりが広がっていった。
「そんな……わ、私の、私のせいで……」
膝をついた紅葉は顔を覆う。
悲しかった。悔しかった。都では何もしていないのに汚名を着せられた。追放されてもなお、鬼女と呼ばれて討伐隊を差し向けられた。なにより、自分のせいで多くの命が散っているというのになにも出来ない。そんな自分の非力さが悲しく、そして悔しいのだ。
「泣かずとも、お前もすぐにあの世へ送ってやる。しかし、その前に――」
維茂は舌なめずりをする。
「よい女だとは聞いていたが、聞きしに勝る美しさよ。どれ、その首を取る前にどのあたりが鬼なのか、一晩かけてじっくり調べてやろう」
維茂の合図で二名の兵士が紅葉へと駆けだす。
泣き伏す紅葉は抵抗できないであろう。
「おい女、立て」
紅葉の腕が強引に引かれる。そして両側から脇を抱えられた。
気力を失っている紅葉は、やはり抵抗できない。
せめて、残っている村人たちは救わなければ……
自分の身はどうなってもいいから、なんとしてでも生きている村人は助けたい。維茂に懇願する決意を固めた紅葉――。だが、そんな紅葉が膝をつく。突如として左脇の支えが外れたのだ。
「な、なんだお前は――ぐあッ!」
兵士の叫び声と共に右脇の支えも外れる。
「あ、あなた様は――」
顔を上げた紅葉の目にひとりの男が映った。
後ろ姿ではあるが、その寝癖のようにはねている髪には見覚えがある。
「間に合ったようだな。お前の運命、この俺が変えてやろう」
顔だけで振り向いた男と目が合う。
それは紅葉の思った通りの人物であった。
「ジン様――」
紅葉の目から涙が溢れた。
思いもよらない再会であったが、また会えたことを素直に喜ぶ涙であった――。
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読んでくださり、ありがとうございました。




