外道少年との出会い
この作品は『アルカディア』様にも投稿させていただいております。
頭を真っ白にして、馬鹿みたいに笑える作品を目指しました。
楽しんで読んでいただければと思います。
その日は、少なくとも私にとって、すごく普通な日だったと思う。空は少し雲も見えるけど、天気予報でアナウンサーが言っていた通り快晴で、吹き抜ける風も、四月の今、春真っ盛りで心地良いくらいの涼しさ。
きっと場所が場所なら、軽く背伸びくらいしたかもしれない。
とはいえそれは、墓石が並ぶここですることではないので当然自重だ。
私は、とある墓石の前に立っていた。他の家の墓石も並ぶそこはいわゆる普通の墓所。そして私の目の前にあるそれは、つい3ヶ月前に天国へ行ってしまった、お母さんのモノだった。
『日野家ノ墓』と掘られたそれに私は膝をつくと、手を合わせて、黙祷する。
お母さん、元気かな? 私は普通。今日はとりあえず報告があって、来たの。
あのね私、学校、転校することにした。ほら、お母さん死んで色々あったからさ、その心機一転みたいな? そんな感じでその、お母さんが前言ってた私立の高校に移ることにしたの。時期も2年生に進級する時だったし、ちょうどいいかなって。
あ、別にお母さんのせいじゃないよ? お父さんは元々いないし、お母さんももういない。なのに私一人であの家にいても、広すぎてなんか落ち着かないし、てか掃除とか面倒過ぎるから、家事も出来ないし。
そゆことで、学校の寮に住むことにしたの。そんな広くないし、食堂もある。確認取ってみたら、希望出せば一人部屋にしてもらえるみたいだし、言うことないからね。
……じゃあ、私行くわ。この街を離れるからあんまりここに来れなくなるけど、年に一回は絶対顔出すから。
きっとお母さんがこれ聞いてたら、友達も一緒にとか言いそうよね。
そう思い、私は立ち上がると、墓石に背を向けた。振り返らない。墓石が返事をするなんてこと、あるはずないから。
そうやって、私が墓所を出ようとした所で、ふと、歩く先に人影を見かけた。
そこで私は、少し目を丸くしてしまう。何故ならそこにいたのは、、たぶん私と同じ歳くらいの子達だったから。
男二人に女子二人の四人組だ。
思わず、眉を寄せる。見た所家族には見えないし、この先には墓所しかない。そんな所になんでこんなやつらがいるんだろう?
肝試し? まだお昼なのに?
てかなに? 先頭のやつ。なんでそんなに笑ってるわけ? 仮にもこんな場所で楽しそうにされるのは、いやまぁ私の勝手な考えなんだけどさ? ちょっとムッとする。しかもその手のコンビニ袋は何よ? パンパンに入れて。お供えにしちゃ多すぎじゃない?
眉間に寄せた皺が深くなる。
私は小さく頭を振ると、一度息をついて自分を落ち着かせた。
ダメダメ、なんか変な気分になってる。あいつらは私に何かしたわけでもない知らない人。そんなのにいちいち勝手にイラつくって私、迷惑過ぎでしょ? いやまぁそこまで褒められた人格してないけどさ? てかどちらかと言うとコミュ症ってかマイナス思考だしことなかれ主義を通り越して私に関係しないでくれません? って感じだし。うわぁ、自分で言ってて悲しくなってきたぁ。
私は自嘲気味にため息を吐く。その頃には4人は私のすぐ近くまで来ていた。私はさっと道を開けるよう横に移動して、
「あ、ちょっといい?」
「……」
うわぁ。うぅわぁ……呼び止められた。先頭のやつに呼び止められた。なんで? なんで呼び止められるわけ? 意味分かんない。なんスか? 私なんかしました? ナンパっすか? いや私言っても可愛くないですけど? 元親友に「常葉ちゃんってツリ目で損してるよね?」って言われるくらい目つき悪いわよ? 普通に見てるだけなのに。ちくせう、お母さんはモロ可愛い系なのにどうしてここまで差が付いた? きっとお父さんのせいね会ったことも顔見たこともないけど。
「うっはー、才我、俺今、すげぇ迷惑そうな顔されてる」
「見ず知らずの男に話しかけられたら不信がられるのは仕方ないさ」
あー、はい。うん、これ以上現実逃避しても意味ないわよね。オーケイオーケイ、私ももうすぐ17歳の高校2年生。慌てず落ち着いて一般的に対応しましょう。
私は、出来るだけ普通の表情を装って、声をかけて来た男の方を向いた。
「ひぃ! 人殺し! こいつはやべぇ! 何人か確実に殺っちまってる目だぁ!」
ぶっ殺すわよ!?
人の顔を見てガタガタと震えだしあげく頭を押さえて丸くなるこいつ。初対面の人をぶん殴りたいと思ったのは人生で初めてだった。
「ひぃ! すんませんすんません! どうかお許しを! 少ないですが300円入ってますこの財布! これで勘弁をぉ!」
いや、いらないから。
てかホントに少ないわね。今時小学生だってもう少し持ってわよ?
……はぁ。
「いや、いいからそういうの」
「うぇ? いいのか?」
「てか迷惑。私がカツアゲしてるみたいじゃない」
「……違うのか? その目は確実に『ひゃっはー! おい兄ちゃん? おいぃ兄ちゃん~おんどれ金持ってそうやなぁ? 出すもんださんかいぃ!』って感じだったんだけど?」
「どんな目よ!?」
ビシィッ!
迷いなく私を指差しやがった!
「てめぇ!」
「ひぃ!」
こいつの友人と思われる3名に宥められる2分前のことである。
……で? 何が聞きたいのよ?
「ここに日野双葉って人の墓があるはずなんだけど、どこか知らない?」
「――!」
一瞬、心臓の鼓動が止まったと、そう思った。
日野、双葉……?
聞き間違いじゃない。今こいつは間違いなく、その人の名前を口にした。もぅいない――私の、私のお母さんの名前を!
なんで、こいつの口からお母さんの名前が、出てくる? 少なくとも私はこいつらを知らない。お母さんとの関係なんて……
脳裏によぎるのは、前の学校のこと。
お母さんの死によって私に降りかかった災難。
SNSに晒された情報。
態度が一変した親族とクラスメイト。
こいつも、こいつらも、なの……?
ぎゅっと、手を握りしめる。
私は本当に名前も知らないそいつを睨みつけた。
「あんたも、あんたも……お母さんを、お母さんの死を利用しようっていうの!?」
もしそうなら、私は……私は……!
「? 何のことだ?」
「……へ?」
思わず、間の抜けた声が出た。
そんな私に気付いているのかいないのか、そいつは続ける。
「つまりYOUは、双葉っちの娘ってことでオケイ?」
双葉っちって……
呆気にとられ答えられない私。そんな私に気を使ってか、先ほど才我と呼ばれた男が、名前も知らないそいつに耳打ちする。
「道人、双葉と言う人から娘さんの情報を聞いてないのか?」
「ん? えっとぉ~、双葉っち曰く『常葉ちゃんはねぇ、すっごく可愛いんだよぉ』と……」
まじまじ見られた。
「凄まじく恐ぇ!」
「はっ倒すわよ!?」
グーを作って振り上げる。後ろに控えていた女の子二人が「まぁまぁ」と止めた。
「他には?」
「『常葉ちゃんはねぇ~、いつも気だるげでやる気なさそうで、そこがまた可愛いんだぁ~』とも」
道人と呼ばれたそいつは「気だるげ……やる気がなさそうな死んだ魚のような目……」と呟きながら、
「完全に一致!」
「ふん!」
「腰の入った腹パン!」
道人がとても痛そうにお腹を押さえて蹲る。女子の一人である、小学生くらいの女の子がツインテールをぴょんぴょん振り回して道人に駆け寄った。
「あんちゃん! あんちゃん! 傷は浅いっすよ!」
「音羽~、痛いよぉ~もうダメだぁ~」
「あんちゃ~ん!」
「うっそ~」
うっっっっっっっっっっっっっっっっっぜぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇ!!
ここまで人をウザいと思ったのは生まれた初めてよ!?
「あぁもう! 何よあんた!? 確かにここにお母さんのお墓があるけどなに!? 墓参りでもしに来て恩でも売ってお金でもせびりに来たわけ!?」
「え!? お金くれんの!?」
こ、い、つ!
私がグーを振り上げると道人は「ひぃ!」と頭を押さえて、
「ジョーク! イッツジョーク! ボクオカネナンテイラナイヨーホントダヨーソトムラミチヒトウソツカナイ」
「じゃあ何しに来た!?」
「はぁ? お墓に来てやることとかぁ、普通に考えてぇ? 分かると思うんすけどぉ?」
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!
てめぇの墓標をここに作ってやんよぉ!
私の殺意ゲージがMAXになった所で、道人は手に持っていた二つのコンビニ袋を私の前にかざし、それから、ニカっと笑った。
それは、怒りに満ちていた私をポカンとさせるほど、すごく楽しそうな笑顔で。
「花見!」
「……はい?」
え? なんだって?
「俺達、双葉っちの墓で花見しに来たんだ!」
その答えは、私が考えていたモノと、かけ離れ過ぎていて……
不謹慎で、非常識なのに思わず、本当に思わず、
「よし行くぞ! 案内任せたぜ常葉!」
「う、うん……?」
ビシっと指差されて言われた言葉に、頷いてしまった。
空は快晴、風は穏やか。木々に色づく桜色はどこまでも可憐で、カラフルなシートの上に広げられたジュースとジャンクフードやお菓子。そして手作りっぽいお弁当。そしてそれを取り囲むように陣取る若者たち(私も含む)
そこに、花見以外に何と称せばいいのか分からない現状があった。
……どうしてこうなった?
ここの墓所は森林部にあるため木々は多く、この時期桜は本当に見頃に咲いている。実際少し離れた先では花見がされているくらいだ。
だが、だがである。流石にここでやるやつはいない。当然だ、ここは墓所。誰が墓石見ながらどんちゃん騒ぎしたくなる。そんな人間いたら逆に見たいわ。
「はいはい! 常葉! ジュース切れてるぞ? ほれ俺の奢りだ飲め飲め~」
いや、普通にいた。私の紙コップにオレンジジュースをついでやがる。
てかなにこいつ。いやホント。なんでここで花見すんのよ? お母さん知ってるみたいだけどなんで? というか勝手に名前で呼ぶなし。
「うん? どうしたむすっとして? あぁそうかオレンジジュースよりコーラがいいんだな? 才我~、ペプシプリーズ」
才我と呼ばれた男が道人にコーラの缶を渡す。道人はそれを私の目の前でぶんぶん振ると、ニッコリ笑って、
「ほら」
ほら、じゃねぇわよ喰らえ。
道人に向けて缶を開ける。茶色の液体が大量の泡と共に道人に降り注いだ。
「あんぎゃー! なんてことをぉ! なんてことをぉ!」
「あははは! あんちゃんべとべとっすよ!」
「お前もべとべとにしてやろうかぁ!?」
「ぎゃー、べとべといやぁ!」
道人がゾンビが如く先ほどのツインテールを追いまわす。笑いながら逃げる、えっと音羽? それを見て、才我は無表情の中にどこか笑みを浮かべ、まだ名前も知らない最後の女子も穏やかに笑っている。
と、私が見ていたことに気付いたのかも知れない。その女子が、ふと私の方を向いた。
う、わぁ……すごい、綺麗……
その子は、私が今まで見てきた人の中で、一番綺麗な人だと、そう思った。長い、真っ直ぐな黒い髪。顔にはシミなんて一つもなく、穏やかな表情に湛えられた笑みは、育ちの良さって言うか、そういうのを感じさせる。そう、深窓の令嬢っていう喩えがすごく合う、そんな感じだ。
「ふふ、ごめんなさい。騒がしくて」
「あ、いぇ、そんな……」
「そんなに畏まらなくてもいいですよ? たぶんそんなに歳も離れていないでしょうし」
そう言って、その子は綺麗に笑って見せた。
「あ、そういえば自己紹介もまだでしたね。私は鳳麗華と言います。今年で17歳の高校2年生です」
「うぇ!?」
同い年!? 全然そんな風に見えない!?
「主にバストの差で?」
そうそうなにあの誰もが羨むナイスバディ私なんて、私なんて……って――
「どこからわき出たクソ野郎!」
「メツブシぃぃ!?」
私の攻撃にまたも転がる道人。
あぁもう! そろそろはっきりしておきましょう!
私は紙コップを置いて、立ち上がる。それから、まだ蹲っている道人を見下ろした。
「あんた、いったい何なの? お母さんのこと知ってるみたいだけどなんで? それとこんな所で花見とか馬鹿なの?」
「あのぉ~、質問は一つ一つにしてほすぃ……」
あ?
「あ、はい。すぐにお答えします」
「あんちゃんへたれ~」
「は、はぁ? ち、ちげぇし? 別にビビってねぇし? 俺が本気出したらお前、いやマジパネェから! 常葉なんて小指でちょちょいだから?」
あぁ?
「自分、外村道人と言います! 私立天壌大学付属高校2年生っす! 双葉っちとは友達兼依頼人として良きお付き合いをさせてもらいましたですハイ!」
ビシっと敬礼して言う道人。
うん? その学校名ってすごくどこかで聞いたような気が……? それに友達、はともかく依頼人って……
私が情報を整理している内に、道人は才我から紙コップを一つ受け取ると、そこにオレンジジュースを入れた。それを見て、私はハッとする。今の今まで気付かなかったけど、なみなみと注がれたそれは、お酒の飲めないお母さんが好きだと良く飲んでいたモノだったから。
「んで、ここでの花見だけど、双葉っち、あんまりしんみりするの、好きじゃなかっただろ?」
「……」
そう、だ。お母さんはすごく明るくて、どこか抜けてて、涙もろくて、本当に子供みたいで……何より、楽しいことが好きだった。
「俺も、楽しいこと第一主義だからな! だから、墓参りなんかよりするより、こっちのが合ってると思たのだよ~」
道人はコップを墓の前に置くと、一度黙祷して、流れるような動きで供えたそれを手に取ると一気に飲み干した。
……え?
「か~美味い!」
「……え? なんで今飲んだの? それ、お供えじゃないの?」
「うん? だから一回供えたぞ? でもそのままだとどうせ腐っちゃうし、じゃあ飲まなきゃもったいない」
「……」
「双葉っち~、どうだぁ? 悔しかろう~? くくく、お見舞いの時同様、お主が食えないのをいいことに俺は双葉っちの好きなモノを目の前で! 美味しそうに食うてやろう! ぬふふ、まずはジュース。次はコンビニのプリンだ~。美味しい、あぁ美味すぃ~」
たぶん、ここにお母さんがいたら涙目になって悔しがってると思う。というか何故だろう? そんな姿が何となく、まだ生前の病室で繰り広げられているのが容易に想像出来てしまった
それくらい、道人の態度は自然で。
お母さんの友達だと、こいつ言った。それが、嘘のようには思えなかった。
まぁ、それはそれとして……
「人のお母さんの墓前でおどれは何をしとるんじゃぁ!」
「ビンタぁ!」
まったく、マジでこいつは……
そう思いながらも、私はどこか、嬉しく思っていた。こんな風に、本当に純粋な意味でお母さんのお墓に来てくれた人は、たぶん私の知る限り、初めてだったから。
そう最初の方は本当に酷かった。お母さんが死んで、とある情報がSNSで全世界に暴露されたことで私の家には連日連夜、知りもしない人がお母さんの知り合いだと言って、押しかけて来たのだ。
そいつらは、一様に笑みを浮かべていた。お母さんの死を悲しむフリをして、私の前では笑うのだ。大変だったねぇ、もしよければおじさんおばさんと一緒に住まないかい? 一人だと色々大変だろう? と。
そう、まさにあんな風に。
「あ、ここが双葉ちゃんのお墓ですかぁ」
そう言って現れたのは、一人の男だった。歳はたぶん50過ぎってところだと思う。センスの悪い帽子を被って、小汚いジャンバーに着古したジーンズという格好。その顔には一見人の良さそうな笑みが浮かんでいた。
もう何度も見た、胸糞が悪くなる顔。
私の眉間に、自然皺が寄る。そんな私に気付いているのかいないのか、男はお墓の周りを見てドンチャン騒ぎを繰り広げる道人達にぎょっとするも、私のことを何かしらで知っていたんだろう。すぐに私の方を見て、早足で近づいてくる。
「キミが、日野常葉ちゃんだね?」
「……」
「あぁ、そんなに警戒しないでもいいよ? おじさんはねぇ、キミの親戚なんだ。双葉ちゃんの伯父で、双葉ちゃんがこんなに小さい頃から、お世話をしてあげていたんだよぉ?」
お母さんは、自分のことをあまり話さなかった。だから、この男が嘘をついているのかは確証を持てない。
でも、だけど……
「大変だったねぇ。おじさん、キミのお母さんが亡くなったと聞いて、慌てて駆け付けたんだよ? 本当に悲しいことになった」
お母さんが死んでもう3カ月経つ。なのに、慌てて駆け付けた?
……つくならもっと、マシな嘘をつきなさいよ……!
「それで話なんだが、常葉ちゃん、おじさんと一緒に暮さないかい? おじさん、こう見えてもちゃんとお仕事してるし、他に家族もいないから、女の子一人くらいなら養えるよ? 何よりやっぱり家族はいいからねぇ。常葉ちゃんだって一人より、誰かといた方が楽しいだろう?」
この男の言葉、一つ一つが、苛ついた。
何が、家族はいい、だ。お母さんのお見舞いにも来たことないくせに……養える? あんたが欲しいのは私が持ってる、お母さんが残してくれた遺産だけでしょ? 悲しいことになった? お母さんのお墓に一目もせず私にこんな話して、何言ってんのよ……!
ぎゅっと、拳を握る。奥歯も、砕けそうになるほど噛みしめた。
そして、次の瞬間――
「なにより、お母さんもそれを願っているはずさ」
私の中で、何かが切れた。
お母さんが、望んでいる? お母さん、が……だって……! あんたが、お母さんのことを何も知らないあんたが――
「あんたが! お母さんを語るなぁ!」
振り上げた腕。私は一切の躊躇いもなく、振り下ろした。その結果、何が起こるかなんて考えていなかった。未成年だろうが暴行罪に当たるかも知れないとか、訴えられるかも知れないとか、そんなこと、考える余裕なんてなかった。
ただ、許せなかった。お母さんを語るこいつが!
嘘の笑顔を浮かべて近寄ってくる連中が!
お母さんの情報を流しやがったクラスメイトが!
親友だと言って、裏切ったあの子が!
全部が! 全部全部全部が許せなくて!
私は、ぶん殴った! いきなりの私の行動に驚く男は避ける余裕なんてない。そのまま本気の拳は男に目掛け進み――
「ぐわし!」
当たる寸前で、馬鹿が飛び込んできた。
道人だ。彼は何故か私と男の間に飛び込むと、まるで男を庇うように私の拳を受けた。
呆気にとられる私。道人は一頻り転がりまくる。
「いでぇ……いでぇよぉ~」
「道人さん、大丈夫ですか?」
「麗華~、ダメだぁ。もぅダメだぁ。俺死んだぁ~」
「ふふ、人はこれくらい殴られたくらいじゃ死にませんよ。殺るならもっと確実に鈍器を持ってこないと」
「そうなのか? そっか! 病は気から! つまりこの痛みは気のせいってことか!」
「まぁでも私なら凶器なんてなくてもイケますけどね?」
「どっち!? 俺死ぬの!? 死なないの!?」
「うふふふふ」
「ひぃ! 笑顔が恐いぃ!」
「あんた達、ふざけてんの!?」
思わず、声を荒げてしまった。
でも、仕方ないじゃない。こんな状況で、馬鹿みたいなコント見せられて、冷静でなんていられない!
睨みつける私の視線。それに対し、道人はというと、
「おぅ! めっちゃふざけてるぞ!」
ニカっと、そう笑って言った。馬鹿正直に、馬鹿な答えを。
こいつ!
そんな態度に、私の怒りが男から、道人に向いた。自分勝手な怒りだというのは、分かってる! 私がこいつを敵視する理由がないのも、分かってる! でも、でも止められない! 私は自分が、止められない!
私のことならいい! でも、これはお母さんのことでもあるから!
だから、道人にとっては理不尽な言い分を吐こうとして、
「ふざけないと、お前が馬鹿見ちまうだろ?」
どこまでも楽しそうな笑顔と共に告げられた言葉に、私は、我に返った。
馬鹿を見る? 私が? なんで?
疑問がたくさん出る。だけど上手く言葉に出来ず、私はパクパクと口を動かすことしか出来なかった。
「金魚のモノマネですかぁ?」
自然と手が動いて馬鹿を殴ることくらいは出来たけど。
「道人、まるでアンパンマンみたいな顔になってるぞ?」
「おいおい今はギャグパートだぜ? ツッコミくらいでそんな大層なもんになるわけないだろう才我~。あっはっは」
「あんちゃん! はい手鏡!」
「おんやぁ~、見事なアンパンマンが映っていらっしゃる。どうも初めまして――てこれ俺かぁぁぁ!? まったく美系が台無しだ。この青痣取れないかな?」
「いやいや、瘤取り爺さんじゃないんだから」
「ふん!」
「取れてる!?」
「お、お前たち!」
身内だけで盛り上がるのが馬鹿にされているとでも感じたのだろう。先ほどまで放置されていた男が道人達に食って掛かった。
「今、俺は常葉ちゃんと大事な話をしているんだ! ふざけているなら帰れ!」
「え~? そのぉ、帰れって言われるとぉ、逆に残りたくなるんだよねぇ~」
ごろんとその場に寝転がり、心底面倒くさそうに言う道人。
うわぁ、ウザい。
男も同じ感想のようで、あまりの対応に頬を引き攣らせていた。
「それにぃ? 常葉って、そいつのことぉ? じゃあ話す相手間違ってるぞ?」
「え?」
これは男である。
いや、え? は私の方だから。道人、あんたがが指差してるの、麗華じゃない。
「こっちが常葉ぁ。双葉っちの娘だから~」
「そ、そんなはずは! SNSに上がっていた情報とは――」
「ほぅ?」
うわぁ、ゲスイ顔。
てか墓穴ほりすぎででしょ? SNSって、つまりはそういうことでしょ?
男はハッと気付いたように口元を隠すと、ワザとらしく咳払いをして、
「い、いや? 双葉ちゃんの面影があるから、この子が常葉ちゃんだと思ってね?」
「なにぃ!? あんた正気かぁ!? あの超キュートな双葉っちが、そこにいる、ザ・死んだ魚のような目の女の子の母親に見えるっていうのかぁ!?」
おい!
「た、確かに……」
おいぃ!?
「あんたらねぇ……!」
はっ倒すわよ、と言いかけて、後ろから口を押さえられる。驚き目だけを動かせば、才我が私の口を押さえていた。どういう原理か身動き一つどころか声も出ない。
な、何者よコイツ!?
私の内心に当然答えなどなく、話は進んで行く。
「見ろ、この常葉の気品ある顔を! 美しく麗しい、まさに芸術! そぅ! まるで双葉っちの生き映しだ!」
いや、お母さんはどっちかと言うと可愛い系で子供体型で、麗華みたいなナイスバディの美人タイプじゃなかったけど……
「それを踏まえた上でもう一度聞く! あんたはどっちが常葉だと思う!?」
「……」
男は麗華と私を交互に見て、少し悩んだ末、麗華の方に行った。
「す、すまないねぇ常葉ちゃん。おじさんほら、もう歳だからちょっとボケちゃったみたいで……」
取り繕うように言う男だが、それは誰が聞いても苦しい言い訳だった。
私はもはや呆れてしまう。ここまでボロが出ておいて、まだ諦めないのか。色んな意味で感嘆さえしてしまいそうだ。
……ん?
ふと気付くと、私の視線の先で、音羽がその小さな身体をとことこと動かして、何かしていた。男は麗華に言い訳をしているので気付いていない。
……落ちていたビールの缶を拾って、なにする気よ?
「……と、いうわけでおじさんと一緒に暮さないか?」
あ、終わったんだ。
音羽の謎の行動に気を取られている間に、男の言い分が終わったらしい。さて、麗華はと言うと、
「遠慮いたします」
と、すごく礼儀正しい姿勢で、だが明確に否定を示していた。
「な、何故だ!? これは、キミにとっても悪い話ではないだろう!?」
どうしても諦められないらしい男が、断られたにも関わらずムキになって麗華に迫る。そんな男に彼女は近づいた分だけ距離を取って、
「だって私、日野常葉ではありませんもの」
「……え?」
「ですから、私は鳳麗華。一度も常葉さんの名前を名乗った覚えはありません」
男は、数瞬目を丸くして、ようやく自分が騙されたよ気づいたらしい。道人を睨みつけ、
「騙したな!」
「それほどでも!」
胸を張って誇らしげに言いやがった。
これには男も怒髪天を突かれたらしい。顔を真っ赤にして、道人に掴みかかろうとして、
「でもぉ、モノホンのおじさんならぁ、こんな嘘、すぐ見破れないとおかしくねぇ?」
「んうぐっ!」
さすがに図星らしい。ぐぅの音も出ない男は、それでも言い募る。
「そ、それはその、常葉ちゃんとは一度も会ったことないから、仕方なかったんだ……!」
「ほうほうなるほど。じゃああんたは、一度も会ったことのない女の子と一緒に住むつもりだったと?」
「そ、それのなにが悪い!? こんな小さな子を一人ぼっちにしておけんだろう!?」
いや、小さいって私、もう高2なんだけど……
てか改めて思うと犯罪臭いわよね、こんな50過ぎの知らないおじさんに一緒に住もうと言われるとか……
道人は静かに男の言い分を聞くと、
「感動した!」
なにぃ!?
「確かにそうだ! うんうん、こんな子供を一人ぼっちになんて、そりゃ出来ねぇよな!」
「そ、そうだろう! 分かってくれたか!」
「うんうん! あんたいい人だな! この赤羽孝、大感激だぁ!」
え? あんたの名前、外村道人じゃ……
「だが! それなら一つ忘れちゃダメなことがあるだろ!」
ビシッと、道人は男を指差す。
「常葉を間違えたのはまぁ百歩譲って仕方ないとはいえ、面識のある双葉っちの墓に一言ないとはどういう了見だ!」
「あ、それは……」
「見た所供えもんもないみたいだし、それはないんじゃねぇの? ほれ、俺が今からダッシュで買ってくっからなに買うか教えてくれ。双葉っちと面識あるなら、好物くらい知ってんだろ?」
「んぐ!? いや、えっと……」
「うん? よく見りゃあんた、双葉っちがこの間お見舞いに来てくれたって言ってたおじさんじゃねぇか?」
これをチャンスと取ったのだろう。男は我が意を得たとばかりに慌てて頷く。
「あ、あぁ、それは私だ!」
「なんだ、じゃあ双葉っちの好きなもん分かるよな。さぁ、教えてくれ」
「え? いや、その……」
男は言葉を濁す様に視線を彷徨わせる。その姿はまるでテストのカンニングをする生徒のようだ。
私が呆れた目でそれを見ていると、男の目が大きく見開いた。その先にあるのは、お母さんのお墓の前に供えられた一つの缶。
「あ、アレだ!」
「あれって?」
「だから、あの缶の飲みモノだ! 双葉ちゃんはアレが大好きだった!」
「ふ~ん、あの種類のビールがねぇ」
「そうだ! ほら、千円やるから早く買ってきてくれ!」
すぐにでもこの話題から遠ざかりたいのだろうし、かつ道人が去ってくれるので焦ったのだろう。短慮な発想で男は財布から一枚の紙幣を出すと、道人に握らせた。彼はそれを受け取ると、懐にしまって、
「なぁ常葉~」
いつの間にか、才我の拘束が外れていた。
「なに?」
「双葉っちって、酒飲めたっけぇ~?」
うわぁ、こいつ、分かっててやったんだ……
すごく楽しそうに、どこまでもゲスそうにニヨニヨと笑う道人に、私は苦笑してしまう。
私達のやりとりの意味がいまいち分かっていないのだろう。私と道人を交互に見る男に、私は事実を告げた。
「お母さんは、お酒飲めないわよ」
「なっ……!?」
「というかそもそも、おかしいでしょ? あんたがお母さんに会ったのは言い分的に子供の頃か入院中。そんな時にどうやってビールが好物、なんて話になるわけ?」
「そ、それは……!」
「ん~? それはぁ? ねぇそれはぁ?」
道人が男の周りを奇妙な動きで回りだす。
「それはなんなのかなぁ? 俺、知~りた~いな~」
「せ、世間話! そう、世間話でそうなったんだ!」
あのさぁ……
「娘の私がお母さんお酒飲めないって言ったのに、どうやってそんな話が出てくるのよ?」
「あ……」
「お馬鹿が一人、見つかっちまったようだぜ……ぷぷっ」
まったくね。
私はもう何度目か分からない呆れたため息を出してしまう。それを見て、諦めてくれればいいのに、男はまだ言い募った。
「す、すまないね、おじさん何か、勘違いしてしまったようだ。だけど常葉ちゃん、さっきキミのお友達も言った通り、私が双葉ちゃんの伯父さんだってことは本当だよ?」
そうなの?
「まったく身に覚えがありませぬ」
「なっ!? だってさっき、双葉ちゃんが私の話をしていたと……」
男は大きく目を見開き、
「お前、まさか……!」
「なにぃ!? まさか俺また嘘ついていたのか!?」
「自覚なし!?」
「いや、俺呼吸するように嘘つくから」
短い付き合いだけど何となく分かる!
男は、そんな態度に本気でキレたらしい。顔を真っ赤にして、目を血走らせて、道人を指さす。
「お、お前! 大人を騙してただで済むと思っているのか!? ガキだからって調子に乗ってんじゃねぇぞコラぁ!」
「ほほぅ? 面白い。調子に乗っていたらどうなるか聞かせてもらおう」
「んのガキぃ! う、訴えてやるからな! 侮辱罪だ! それでお前を訴えてやる!」
「ぶふっ!」
ぶ、侮辱罪って、こんな子供じみた言い争いで……?
やば、マジツボに入った……あは、あははははは!
私がお腹を押さえて笑いを噛み殺す中、男はヒートアップする。
「人を散々コケにしたんだ! ただじゃおかないぞ! 後悔させてやる! 一生後悔させてやる!」
「後悔だらけの人生なら現在進行中でそうですが何かぁ?」
「~~! てめぇ!」
堪忍袋の緒が切れたみたい。男は道人に飛びかかり、
「――そこまでだ」
鋭い声。そして男と道人の間に割り込む男。才我だ。彼は冷たい視線を眼鏡と共に男に向けると、言い放つ。
「訴えられるとしたら、あなたの方ですよ?」
「な、なにを……!」
道人とは正反対の、歳に似合わない、だが才我という少年の雰囲気にはやけに合っている冷たい感じに、男は面食らったようにたじろぐ。
才我は一度、眼鏡をかけ直して、
「あなたが行った、自分は常葉さんの親族だという台詞。もしそれが偽りなら相応の罪になります。またその上で一緒に暮らすことを勧めた。これは誘拐に匹敵することです。特に彼女は未成年。申し出ればまず間違いなくあなたが負けます」
「な、なにを根拠に私が嘘をついたと……」
「心音」
え?
才我の後ろからひょっこりと、音羽が顔を出す。
「さっきからちょこちょこ、あんちゃんの言葉におじさん、心臓の音が1オクターブ上がってました。それって自分にやましいことがあるって自覚してるからっすよね? それに今も、才我くんの説明に心臓の鼓動、どんどん早くなってるっス」
「……なんでそんなこと分かるの?」
私の問いに、音羽はどこか照れたように鼻をかいた。
「えへへ、ボク、絶対音感持ってるんス」
「ふふふ! すごいだろう! さすが音羽! すごいぞ音羽!」
「じゃあ高い高いしてください!」
「たかいたか~い!」
「きゃー!」
「お前ら、ふざけるなよ!」
男が、声を荒げる。
「なにが心音だ! 絶対音感だ! そんなもん! 嘘に決まっている!」
嘘つきはあんたでしょ? いい加減イライラしてきたわ。
私が眉間にしわを寄せると、不意にスカートの端が引っ張られた。目を丸くして見れば、そこには涙目になっている音羽がいて。
「ボク、嘘なんてついてないっすよ……?」
か、可愛い……! 思わずぎゅっとしたくなったわ。
私はコホンと息をつくと、音羽に笑って見せる。
「大丈夫。あんたのこと、疑ってないから」
「本当っすか?」
「えぇ、勿論よ」
「……えへへ。良かったっす。常葉さん、良い人です」
良い子はあんただよ、と声を大にして言いたい。
私達のやり取りを余所に、喚く男に才我が告げた。
「我が社のマスコットが嘘を言うことなどありませんが……」
マスコット? 音羽がニコニコ笑って自分を指差す。
「仮にあなたの言うことが正しいとして、他にもあなたの嘘を暴く方法をあります。DNA検査、戸籍の確認……恐らく相手が子供だから一度抱き込んでしまえばどうとでもなると思ったのでしょうが、正直穴が多すぎますよ?」
「な、何を……! 俺は、嘘など……」
「……いい加減さぁ……」
その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。何故って? それが、心臓を凍らせるほど恐い、ドスのきいた声だったから。
私は、恐る恐る声のした方を見る。そこに、麗華がいた。
でも、え? 麗華、なの……?
先ほどまでの彼女は、本当にどこからどう見てもお嬢様以外の喩えが見つからないくらいだったのに、今の彼女の表情からはそれが見れない。苛立ちを顕わにし、私の何倍もキツクなった眼差し。なにより、腹の底に響く声。
「ネタは上がってんのよ! なのにあんたはなに!? 男のくせにごにょごにょごにょごにょと言い訳ばっかりしやがって! あんたが嘘ついてんのなんざとっくにみんな分かり切ってんのよ! いい加減認めろやコラぁ!!」
「お、俺は――」
「あぁ!?」
麗華が、思い切り地面を蹴る。比喩じゃなく、地面が揺れて木々から桜の花が散った。
「なんか言ったかてめぇ!?」
「ひ、ひぃ!?」
あまりの形相に、男の心が折れたらしい。男は尻もちをつくと、這いずるように逃げ出した。
うわぁ、情けな……あんな風にはなりたくないわぁ。
「ばーか! ヴワーカ! 一昨日来やがれぇぇぇ! あーはっはっは!!」
「……ぷっ、あはは」
悪は去ったと言わんばかりに盛大に高笑いする道人を見て、私は思わず、噴き出してしまった。お腹を抱えて、笑ってしまう。それくらい、この馬鹿の行動は単純というかわけのわからない面白さがあって。
そんな私を見て、道人はまた気持ちよく笑うと、才我達の方を向いた。
「うむ! みんなおつおつ! 最高だったぞ! 才我はよく分からんが良い感じにあやつを追い詰めてくれた! 俺は馬鹿だから本当に助かったぞ!」
「なに、そこまででもないさ。少し考えれば小学生でも分かることだからね」
「なに!? じゃあ俺は小学生以下か!?」
「未満では?」
「確かに、まだ九九も危うい俺だから可能性がある……! ってあほーい!」
馬鹿笑いをしながら、道人は手を上げる。才我も小さく笑みながら手を上げ――パーンと、ハイタッチ。
「音羽~」
「あんちゃ~ん」
道人は音羽の両脇を持つように抱き上げると、楽しそうにくるくる回る。その様は妹をあやすお兄ちゃんみたいだ。
「音羽もよくやった! あんちゃん、すっごい助かったぞ!」
「ううん! ボク、あんちゃんに言われた通りにやっただけだもん!」
「実はこの作戦、才我がすぐに考えてくれたもんなんだけど言わない方がいいか……」
「え? なに?」
「ぬわ~んで~もな~い!」
「きゃー! 目が回るっす~!」
一頻り戯れて、道人は音羽を着地させた。本当に目が回ったらしく足元が覚束ない音羽はふらふらと私の方に来たのでとりあえずキャッチ。
「麗華! グッジョブ! 助かった!」
ビシっと親指を上げサムズアップする道人。だが、麗華の方はどこか元気がない。
「……いえ、私ただあの人に苛立って、感情的になってしまっただけですもの。才我さんや音羽ちゃんみたいに褒められたモノではありません」
「確かに恐かった! すっげぇ恐かった!」
ちょっ、あんた!?
励ますものだと思っていた私の予想外の言葉。驚く私だが、でも口を挟んだりはしなかった。だって、あの馬鹿は笑っていたから。
道人は、麗華の両肩に真正面から手を置くと、真っ直ぐに彼女を見て、笑う。
「でもな、そんな麗華だったから、あいつに殴る蹴るの暴行を加えなくて済んだんだ! 麗華がビビらせてくれたから、あいつは逃げ帰った。麗華がいなかったらきっと、俺がぶん殴られた後あいつが才我にけちょんけちょんにされてただろうからな!」
「え? あんたがあいつをやっつけるわけじゃないの?」
「お馬鹿! 俺、そこいらの小学生に負けるほどケンカ弱いから! 強くなろうと思って空手の道場に行き、30分で『あ~無理っすあざっした~』って帰って来たこの俺だぞ! 暴力反対!」
み、三日も持ってない……
「俺は人を煽んのは大好きだが、悪役がボコボコニされてはいハッピーエンドっていうのは嫌いなんだ! 勧善懲悪な王道ストーリーよりも敵も味方も馬鹿を見て笑い合う! それこそ真のハッピーエンド! 今日はそれが、麗華のおかげで出来た!」
あの男は笑ってはいなかったけどね。
「細けぇことは気にすんな! だから麗華!」
「は、はい!?」
「よくやった! ありがとな!」
「……もう、道人さんはずるいです」
「ズルにかけて右に出るモノはいない自負がある!」
ふん、と満足そうに腕を組む道人。麗華はどこか困ったように、でも晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
さて、そろそろはっきりしておきましょうか。
私は音羽をきちんと立たせて、道人たちの方を向いた。「ありがとうッス!」と笑う彼女に笑い返して、
「その、ありがとう。あんたたちのおかげで、助けったわ」
「いや、そこまで大したことはしてないさ」
「そうっす! 気にしないでください!」
「私達はただ、社長の指示に従っただけですもの」
「金だ! 金を寄越せ! ぐふふ、いくらむしり取ってやろうかぁ~! げーどっどっど! げーどっどっど!」
え? グーパンされたいって? 仕方ないわねぇ。
「私外村道人は人類の良心に基づき行動した所存! 他意など全くありませんですサー!」
まったく、こいつは……
私は呆れつつも、どこかそんなこいつを心のどこかで好ましく思っている自分に気付いていた。
「知ってるわよ。あんたがそんなことしないってことくらい」
「計算通り」
「……で、あんたたちはいったい何者なの?」
私は、真っ直ぐに彼らを見る。睨んだりもしないし警戒もしない。ただ、純粋に知りたかったから。
「あのビールの缶、さっきまで供えられてなかったわ。アレ、音羽がやったことでしょ? それに才我のあの対応力に音羽の絶対音感、麗華の変貌ぶり。正直、あんた達がただの学生には見えないんだけど?」
「俺は? ねぇ俺は?」
「あんたはただひたすらにウザかったわ」
「……」
「あんちゃ~ん、元気出すっス~」
「そうだぞ道人。ウザさも長所さ」
「ウザくない道人さんなんて道人さんじゃありませんよ」
「お前ら、お前らなぁ……そんなに褒めるなよぉ~」
本気でテレだした道人。彼は体操座りから華麗に立ち上がると、ビシッと私の方を指差す。
「そこまで言われたら教えよう! まず才我から!」
指名された才我は、眼鏡をくいっと一度掛け直すと、
「天高才我、私立天壌大学付属高校2年A組兼青春ワーカー副社長。趣味は情報収集と資格取得。大抵のことは出来るので何かあったら頼ってくれ」
「才我はな! 俺の大親友だ! 天才なんだぞ! すごかろう!」
心底嬉しそうに言う道人。たぶん、こいつのことだから心の底から言ってるんでしょうね。それが分かっているからか、才我もどこか誇らしげだ。
「はい! はいはいあんちゃん! 次私が行きたいです!」
「よぅし! なら次は――麗華!」
「常葉さ~ん! あんちゃんがいじめるぅ!」
「待ってなさい今からあいつを『死なせて下さいお願いします何でもしますから!』って懇願させるから!」
「はい、常葉さん。釘バットです」
「ありがとう麗華――て何で釘バット?」
「え? 普通常備しませんか? 釘バット」
「……えぇ! きっとそうね!」
深く考えると恐かったので私はとりあえず笑っておいた。
「さぁ、あんたの罪を数えなさい?」
「ひぃ! 堪忍をぉ! どうか堪忍をぉ! つ、次音羽! あんちゃんが死ぬ前に始めておくれぇ!」
「はーい!」
音羽はとても嬉しそうに手を上げて、ニッコリ笑う。
「三弦院音羽、私立天壌大学付属高校2年A組兼青春ワーカーマスコットです! 趣味は漫画に出てくる技の練習! 今のところ3個くらい習得したッス! 楽器も弾けますから、聞きたい曲があったら言ってください!」
「……え!? 同い年なの!?」
見えない! 麗華とは逆ベクトルで見えない!
私はまじまじと音羽を見る。小柄、を通り越して小学生にしか見えない体型。顔も肌ぷにぷにで、きょとんとこちらを見返す瞳はすごく大きくて無邪気だ。
う、わぁどうしよう。完全に子供扱いしてた……
そんな私の視線に、音羽は戸惑ったように目を潤ませて、
「あ、えっと、ボク、常葉さんに何か、勘違いさせちゃったっスか? そ、その……ごめんなさい!」
あ、謝らないで頭下げないで! すっごい罪悪感覚えちゃうから!
「泣―かせたー泣―かせたー」
うっさい!
「あ、いや違うの! 勘違いしてたのは私で、音羽は全然! 全っ然悪くないから!」
「ほ、ホントっすか?」
「もちろんよ! うんうんむしろこっちがごめんなさい!」
「! えへへ、なら良かったです~」
「……か」
可愛い~! なに!? なにこの子! すっごい可愛いんですけど!? 真剣にぎゅっと抱きしめたい! 同い年なんだけど! 同い年なんだけど!
もだえる私の前で、道人はぷんぷんと怒った音羽にせがまれ肩車をさせられていた。やはりサイズが小学生なので、道人でも簡単に持ち上げることが出来るようだ。
「ふふふ、可愛かろう? 音羽は我が社のマスコットなのだ! すっごい可愛いんだぞ!」
「えへへ、あんちゃん恥ずかしいっすよ~」
あー! もう、可愛過ぎでしょ! 寄越せ! その子をぎゅっとさせなさい!
「非売品だから! お触り禁止だよお客さん!」
うっさい! いいからちょっと触らせろぉ!
私と道人の攻防は五分ほど続いた。
「では、順番的に次は私ですね」
麗華が、先ほどの形相からは想像も出来ないほど落ち着いた、優しい微笑みを浮かべた。
「鳳麗華です。私立天壌大学付属高校2年A組兼青春ワーカー秘書を務めています。趣味はお茶と絵画です。と言ってもまだ始めたばかりでそんなに上手くないのですが」
「うむ! まだまだ麗華は精進が足りんな! これからもお嬢様修行、しっかりやっていくぞい!」
「はい! 師匠!」
麗華の肩を抱き、どこぞの星を指差す馬鹿。麗華も麗華で流れに乗っかっている。なんか画風が昭和っぽくなったわね。ホント仲いいわぁ。
そして最後に、みんなの視線が、道人に行く。その視線に、道人は胸を張って笑うと、
「外村道人! 人は俺を外道少年と呼ぶ! 私立天壌大学付属高校2年A組兼青春ワーカー社長! 好きなことは煽り! 特技は外道! 他力本願って言葉に魅力を感じる16歳! そして何より!」
道人は、笑った。それはもう、これ以上ないくらい、楽しそうに。
そう、見ている私が、羨ましいとそう思ってしまうほど、馬鹿みたいに、魅力的に。
「楽しいこと、第一主義だから、よろしくな!」
それが、私、日野常葉と青春ワーカー達との出会い。
馬鹿で、ウザくて、外道で、でも楽しくて、笑えて、何より自分に正直に生きられる場所との、出会いだった。