子どもたちの真ん中で
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〜東雲千尋〜
廊下を抜け、引き戸を開けて外へ出る。
春の日差しを受けた広い庭では、元気いっぱいに走り回る子どもたちの笑い声が絶えず響いていた。
ボール遊びをしている子もいれば、砂場で何かを作っている子、花壇にしゃがみ込んで花を眺めている子もいる。
その中心で、一際大きな声が聞こえた。
「れんにぃ! こっちこっち!」
「だから一人ずつ来いって」
困ったように笑いながらも、子どもたち一人ひとりにちゃんと返事をしている天野。
腕を引っ張られても、服を掴まれても、口角が下がることはない。
私の思った通り、これまで見てきた彼とは別物のように違う。でも不思議とその光景がしっくり来てしまうのは、彼の育った場所だからなのかも。
そんなことを考えていると、こちらに気付いた天野が子どもたちの輪を抜けて歩いてくる。
「待たせたか?」
「別に待ってないわ」
『悪い』と言う彼のノリを断ち切って、私は短く返事をする。
「……で?」
「何よ」
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」
分かっていた、流石に聞かれるわよね。
「どうして俺をここへ連れてきたのか。それに、何でここを知ってるのか」
もちろん答えはある。それはついさっき椎名さんにも言ったこと。
でも、それを今ここで言ってしまうのは違う気がした。
「そんなのどうでもいいでしょ」
「いやいや勝手に終わら——————」
「れんにぃー!」
ため息交じりの私の返事を遮るように、たくさんの小さな影が勢いよく飛び込んでくる。
「もっかいおにごっこしよ!」
「今度はれんにぃが鬼!」
「はいはい、分かった分かった」
天野は苦笑しながら子どもたちの頭を撫でると、不意にこちらを見て口角を上げた。
「そうだ。このお姉さんも一緒に遊びたいんだって」
「……は?」
「ほんと⁉︎」
「やったー!」
「おねーちゃんもやろー!」
「ちょ、待ちなさい!」
私の制止なんて誰一人聞いていない。気付けば可愛い手が両腕を掴み、そのまま庭の真ん中まで引っ張られていく。
「じゃ、鬼はお前な」
「何でそうなるのよ!」
『逃げろ逃げろ!』と、笑いながら走り出した天野を先頭に、子どもたちも一斉に駆け出していく。
「はぁ……。私、運動苦手なんだけど」
▽
「おねーちゃん、こっちこっちー!」
鬼になった以上、立ち止まっているわけにもいかない。
庭を駆け回る小さな背中を追い掛けるものの、子どもたちは驚くほど身軽だった。右へ左へと方向を変え、そのたびに私は振り回される。
「つかまらないよー!」
ようやく一人を追い詰めたと思えば、その横を別の子が笑いながら駆け抜けていく。
鬼は一人。逃げるのは十人近く。
最初から分が悪すぎるのよ。私は女よ!
「……もう!」
思わず声を上げると、離れたところから笑う声が聞こえた。
振り向けば、天野が腕を組んだままこちらを見ている。
「楽しそうだな、おねーさん」
「うっさいわね!」
ここぞとばかりに煽ってくるにんまり顔。
今すぐにでも捕まえてやりたいけど、追いつけるはずはない。
「珍しく結構本気になってるな」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
反論すると、子どもたちまで一緒になって笑い始めた。
「れんにぃも鬼になってー!」
「そうそう!」
「おねーちゃんかわいそう!」
次々と飛んでくる声に、天野は肩を竦める。
「仕方ねえなー」
そう呟いた次の瞬間だった。
「じゃ、俺も鬼な」
「えっ?」
地面を蹴った天野は、さっきまでとは比べものにならない速さで子どもたちとの距離を詰めていく。
「きゃー!」
「れんにぃはやい!」
逃げ道を読んでいるのか、慣れているだけなのか。
逃げる子を追うのではなく、その先へ回り込むように走って、一人、また一人と軽く肩へ触れていく。
「はい、全員捕まえた〜」
「ねえずるい! もう一回!」
あっという間だった。
私が一人も捕まえられずにいた子たちを、天野はほんの数分で全員捕まえてしまったのだ。大人気ないというか、なんというか。
「……ずるいわ」
「何が?」
ボソッと呟いた声は、立ち尽くす私の方へと歩いてくる天野にも聞こえていた。
「はやすぎよ、普通ガリ勉は走れないものでしょ」
「まぁ毎日やってたからな」
皮肉混じりに言った言葉でも、なんともないように腕を頭の後ろに回す。
その時だった。
「はーい! みんなー!」
建物の方から椎名さんの声が響く。
「そろそろ勉強の時間よー!」
「えー!」
「まだ遊びたい!」
「宿題終わったらまた遊べばいいじゃない」
不満そうに頬を膨らませながらも、子どもたちは素直に建物の中へ戻っていく。隣の天野がその後ろ姿を見送りながら笑った。
「ほら、いくぞ」
「……えぇ」
さっきまでの余韻を背中で聞きながら、私も静かに後を追った。
▽
部屋へ戻ると、さっきまで庭を駆け回っていた子どもたちは、示し合わせたように床に座っていた。
部屋の中央には低い机がいくつも並べられ、その周りにクッションが規則よく置かれている。ランドセルを開ける子、筆箱を机へ並べる子、友達と今日の出来事を話している子。
賑やかだけど、騒がしいとは感じない。ちゃんと切り替えができていることに、私は感心してしまった。
「れんにぃ!」
一人の男の子が勢いよく手を挙げる。
「ここ分かんない!」
その一言をきっかけに、あちこちから一斉に声が上がった。
「ぼくも!」
「こっち来て!」
「れんにぃ、これ合ってる?」
「はいはい、順番な」
天野は苦笑しながら最初の子の隣にへ腰を下ろすと、子どもたちに囲まれながら問題集を開いた。
「どれだ?」
「ここ!」
指差されたページへ目を落とし、考えるような素振りを見せる。
「じゃあまず一回ハヤトが読んでみ」
「えぇー」
「いいから」
口では押し切りながらも、その声はどこか優しい。
子どもが問題文をたどたどしく読み始めると、天野は途中で口を挟まず最後まで聞いている。
「じゃあ、このリンゴはいくつある?」
「さんこ!」
「そうだな。じゃあその次は?」
一つずつ確認するように話を進めていく姿も、やはりいつもとは違う。
教える、というより、一緒に考えている。そんな表現の方が近いのかもしれない。
「千尋ちゃん」
椎名さんに呼ばれ、私は振り返る。
「よかったら、あっちの子たちお願いしてもいい?」
視線の先では、三人ほどの子どもたちが問題集を開いたままこちらを見ていた。アイツよりもまだ慣れてないからか、呼びにくることはしない。
「はい、もちろんです」




