ガラスの向こうに見える横顔
俺が新しい学校に転入するまであと3日、つまりは俺に課せられた猶予があと3日の今日。
3分の2は待ち合わせでスタートしたが、本日の相手は前例にない『家から』のパターンらしい。
「もたもたしてると予定のバスに遅れるわ、もっと早く動いてくれないかしら?」
「はいはい」
私服に身を包んで腕を組む次女を前にして、俺はため息まじりに返す。
なんてったって朝起きてから今までで四度目だからだ。
まだ辺りの騒音も少ない朝の時間に、最低限のものだけ詰めたショルダーバックを肩にさげ、中学生の頃から履いているスニーカーの靴紐を締める。
若干ボロボロになってきたものの、足はこいつに預けるしかないと言い切れるほど、俺はこの靴を愛用していた。
「それじゃあ、静かめに行くわよ」
「……ああ」
ゆっくりと戸を開け、音を気にしながら二人揃って外へと出る。
雀の鳴き声が少し聞こえるくらいの東雲神社は、昼夜とはこれまた一風違った雰囲気を纏っていた。
朝が苦手な二人を家に残して、現在時刻は午前7時。
なんでも遠いある場所に行きたい。という次女の願いを聞き入れ、俺たちは桜が舞い落ちる程度の優しい風を頬に受けながら神社の階段を降りていった。
※
朝露を残した住宅街を、俺たちは並んで歩く。
昼間なら比較的車の多い通りも、この時間はまだ静寂と言っても過言ではない。
どこか遠くから聞こえる農業の機械音と、時折鳴く鳥の声だけが、都会とは違った朝の空気をゆっくりと運んでいく。
そうしてかれこれ神社を出てから十分ほどが経っていた。
隣を歩く次女は相変わらず前だけを見据えたままで、こちらの動向をたまにチラッと見ることはするが、口を開くことはない。
最寄りのバス停まである程度距離があることは知っているが、ここまで沈黙が続くとお見合いの意味を疑いたくなるな……って。
いやいや、何を言ってんだ天野蓮。
あの二人のせいであるまじき恋愛脳に染められそうになっていたぞ。
いつのまにか頭の中でデビルとなって囁いてきていた金髪と赤紫を、やれやれと手で振り払う。
まったく……朝から何を考えているんだか。
馬鹿らしくなりつつも気を取り直して隣へ目を向けると、次女は変わらず真っ直ぐ前だけ—————いや、さっきよりは下の方を見て歩いていた。
自分より頭二つ分くらい低い背丈と、風が吹くたび微かに靡く黒色の髪。
頭にはベージュのベレー帽。服はグレーのチェック柄ワンピースで、上からブルゾンを羽織った落ち着いた装いだ。
こういう格好が一番しっくりくるのは、姉妹の中でも次女くらいなんじゃないだろうか。
「……ねぇ」
そんなことをぼんやり考えていたところで、不意に隣から声が掛かる。
てっきりこのまま何も話さず目的地まで行くものだと思っていたせいか、思わず肩が小さく跳ねた。
「何だ?」
一拍開けてそう返すと、次女はこちらを見て何かを言いかけるが、また口ごもる。
「別に……何でもないわ」
納得のいかない顔をしつつ彼女はまた前へ向き直る。
もどかしい次女というのは何だか見ていて気持ち良くないので、煽りととられるか否か分からないが一つ言葉をかけておく。
「ま、俺はこのデート楽しみにしてたってことぐらいは言っておいてやるよ」
▽
〜東雲千尋〜
具体的に伝えてくれたその気持ちが、今は何より温かった。
思わず肩が震えてしまったけれど顔までは見えてないはずよね。
先ほどよりも柔らかくなった空気感でゆっくり歩いていると、ようやくバス停が見えてきた。
周辺の緑に対して、小さな赤い屋根。人四人が入るかどうかくらいの、最低限の雨宿りスペースだけが確保された田舎を象徴するバス停。
バスは一時間に一本しかこないから、早めに出ておいて正解だった。
ついてすぐ、青と白の細長い車体がこちらに向かってくる。
「これよ」
「思ったよりも早く来るんだな」
「……えぇ」
ふーん、と関心を漏らす天野。
私のせいでギリギリになってしまっていた事は口が裂けても言えないわね。ダサいし、らしくないもの。
五十代半ばくらいの運転手に軽く会釈をして乗り込むと、車内はほぼガラ空きで、乗客は数名ほどしかいなかった。
「別のところに座るのもアレだし、隣でいいよな?」
「まぁ、そうね……わかったわ」
私の無駄な行動でうっかり席の主導権を握られてしまう。
でも私が言っててもコイツなら口出ししてくるかもしれないし、あまり関係ないといえばそうなのかも。
私たちは一つ段を上げた座席の方に行って、後ろから二番目を確保した。窓側はまだ新参者の天野に譲る。何気に『天野』と使っているけれど、コイツとかアイツばっかだと色々な人に使っているから正直面倒なのよね。
『発車します』
エンジンがかけられて車体が左右に小刻みに揺れる。
さげていたバッグを膝の上において、私はとりあえず鏡を取り出した。
余力が残っていれば今日は二本投稿!
復活の兆しが見えてきてます!




