ありったけの笑顔を向けて
※
人混みの中へ入った途端、視界が一気に狭くなる。
朝とは比べ物にならないくらい人が増えていた。
「…ったく」
一応、赤紫色の髪なんてそう何人もいる色じゃない。
だから見つけるのは難しくないと思っていたが、甘かったな。
ぱっと見渡しても、それらしい姿はどこにも見当たらない。
それどころか人混みはさっきよりも更に増えているから、一人探すには最悪の状況だった。
「どこ行ったんだよ」
口に出してから、来た道を引き返す。
あいつが向かったのは確かあっちだったか?
なら、まずはそこから探した方が早いな。
少し歩くと、小さなショップが見えてくる。
「あ」
並べられている限定グッズ。
そういえば、何か見つけたような顔をしていた。
「ここなのか?」
店内を見渡す。
棚の間も、レジの前も、それらしい姿はない。
「すみません」
近くにいた店員へ声を掛ける。
「はい」
「赤紫色の髪の女の子、来ませんでした?」
「あ、来られましたよ」
やはり目立つ髪色で良かったと、心の中で謎の安堵。
「もう帰りました?」
「少し前に出られましたね」
「どっちに行ったかとか分かります?」
「あっち..だと思います」と店員さんは指をさす。
「ありがとうございます」
申し訳なく礼だけ言って店を出た。
「……」
戻ってない...か。
買い物だけなら、とっくにベンチへ戻っていてもおかしくない時間だ。
一度スマホを取り出すも、すぐにため息をつく。
女子に疎いのがこういうところで出るのな。
「やっぱり連絡先くらい聞いとけばよかったな」
今さら言っても遅いことは分かっている。
ポケットへしまい直して、俺は人混みへ目を向けた。
あまりにも俺が楽観視しすぎていたんだ。
未来がしっかりしていたから大丈夫だと過信して、中学生の女の子を同じように見ていた。気の強い次女と面倒見のいい長女にも負けず劣らずの個性を持った三女というステータスだけで、事の判断を進めていたんだ。
ちょっと考えてみれば、分かるというのに。
抜けてるところがあったことぐらい。
「普通にあり得るか」
自分で言って、自分で納得してしまった。
笑い事じゃないが。
来た道を戻るか、それともこのまま先を探すか。
少しだけ迷ってから、俺は店員が指差した方へ足を向ける。
戻るならこの道を通るはずだ。
そう考えながら歩いていると、少し先で不自然に立ち止まっている二人組が目に入る。
テーマパークで立ち話なんて珍しくもないので、ガラ悪そうだなぁとか思いながらも、最初は気にも留めなかった...が。
男たちに隠れるように立っている赤紫色の髪だけは見覚えがあった。
「…あいつ」
ようやく見つけた。
そう思ったのも束の間、相手が一人だと気付いた男が、距離を詰めるように一歩前へ出る。
「だるいなぁ…」
小さく息を吐く。
俺がデートをすると決まって面倒ごとが起こる。
そう思いながらも、放っておくなんて選択肢は最初からなかった。
俺は人混みを縫うように歩き、その三人の方へ向かった。
※
―――東雲紗理奈―――
「ごめんなさぁい」
私は困ったように笑って、軽く手を振る。
「待ち合わせしてる人がいるのでぇ」
「ちょっとくらい大丈夫だろ?」
「な、すぐそこだし」
「本当に大丈夫です」
そう言って一歩下がる。
でも、その分だけ向こうも一歩近付いた。
「迷ってるんでしょ?」
「案内するって言ってんだけど?」
「いやぁそのぉ...」
参ったなぁ。私、今めっちゃ怖いや。
どう逃げようか考えていると、男の人がまた口を開く。
「名前くらい教えてよ」
「ごめんなさい..」
「えー、冷たいなぁ」
困ったように2人は笑い合う。
ただ恐怖は強まっていくばかり、人混みの中でこんな触法にすらならない行為、いちいち対応なんてされない。
でも...この人達が本当に悪い人かは分からないけど、おにーさんを待たせているんだ。どうにかしてここから離れないと。
「じゃあ連絡先だけでも」
「いや、あの...」
「…おい」
聞き慣れた声に、反射的に振り返る。
人混みの向こうから、おにーさんが歩いてきた。
「おにーさん...」
思わず声が漏れた。
こっちへ来ると、私を見て小さくため息をつく。私はずっと足が震えていた事に気付いた。
「やっと見つけた」
「ごめんなさい」
最初に出た言葉は、それだった。
涙だけは見せたくないと、必死に堪えながら絞り出した。
「迷ったの」
「知ってるよ」
「...ごめんなさい」
私は顔を俯かせたまま、ただ謝る。
勝手な行動でまた人に迷惑をかけてしまった自分に対する自己嫌悪がまた強まっていく。
だが、おにーさんはそんな私の顔をガシッと大きな手ではさんで、無理やりに視線を合わせた。
「15分、15分だ。俺がお前を見つけられなかった時間は」
「...」
何も言えない私に、はぁ..と、またおにーさんはため息をつく。
それから、頬に一滴だけ垂れていた私の涙を指で拭き取って。
「その4倍の1時間、今日は長くデートしよう」
な?と、優しく私に笑顔を向ける。
なんで。迷惑をかけたのは私だけなのに...どうしてそんな泣きそうな顔で私を撫でるの?私はまた何も返せなくなる。
その横で男の人たちは顔を見合わせていた。
「あ、彼氏?」
「ちげぇよ」
すぐ否定するあたりが、やっぱりおにーさんらしい。
「で、うちの妹に何かようか?」
「いやいや、とんでもない。悪い悪い」
向けられる少し鋭い目つき。
二人は苦笑いしながら手を振って、そのまま人混みの中へ戻っていった。
少しだけ静かになる。
「ほんと、ごめんね」
「それはもういいんだ」
おにーさんは頭を掻きながらスマホを取り出した。
「その...連絡先」
「?」
「交換しとこう」
バツが悪そうに、画面を向けられる。
「こういう時、連絡出来ないと面倒なんだ」
「...そうだね」
私も、さっきまで頼りなかったスマホを取り出す。
おにーさんのアイコンはシャチだった。
「できたよ」
「次からはちゃんと見るんだぞ、連絡」
「..うん」
まるで本当のお兄さんみたい。みらねぇとは違う優しさに私は飲み込まれていく。
さっきまで少しだけ重かった空気が、ようやくいつも通りになった。
「行くぞ」
「うん、行こう」
私たちは並んで歩き出す。
心配させないように、おにーさんには最後ちょっとだけ冗談を吹き込んでおこう。
「そういえばおにーさん」
「ん?」
今日1番の、ありったけの笑顔を向けて。
「私...おにーさんの事大好き!」
「....は?」
私はおにーさんの大きな手をバッと掴んで、勢いよく走り出す。まだまだデートはこれから!!
「ふふっ」
「おい!何笑ってん...ちょっ、速いって!」
「別にいいでしょ!」
私はそれ以上は言わない。
言ったら、きっと。いや絶対。また面倒そうな顔をするから。
▼
「なるほどなぁ」
観覧車の頂上から、狐面は二人の背中を眺める。
「しっかりと私にまで聞いてきたかぁ」
ふふふ、と小さく笑う。
「まだ合格とまでは言わないけど、やっぱり良い素質は持ってんね」
風が吹く。
狐面は立ち上がることもなく、遠ざかる二人から視線を離さない。
「もう少し見させてもらうよ。未来の神主くん」
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