精一杯の上目遣い
足を元きた方向に向けようとしても、三女の後ろには続々とお客さんが列をなしてきている。
不埒な笑顔は余計に引き立ち、俺は諦めて前を向いた。
「何でこうなるんだよ..」
「全て私の計算通りだねぇ」
頭を抱えて肩を落とす俺に、三女は同情しようともしない。そんなこと当たり前と言えば当たり前だが、彼女は彼女で腕を組んでうんうん、と何故か誇らしげにしている。
列は思った以上に長く、先頭はまだ遥か先だった。
しかもこういうアトラクションの恐ろしいところって終わったと思えば更に列があるところなんだよな。怖い時間が長引くのが嫌でしょうがない。
俺はそんな長蛇の列を眺めながら遠回しに皮肉を並べる。
「思ったよりも人気なんだな」
「まあここの看板だからね〜」
言いながら紗理奈は背伸びする。
前方を確認したかったらしいが、当然見えないよな。ちょっぴり煽っておこう。
「見えるのか?」
「全然」
「だろうな」
身長差の暴力だった。
何かと不便なことも多かったが、今だけは誇らしい。
「むぅ」
三女は不満そうに頬を膨らませる。
「おにーさん」
「なんだ」
「肩車して」
「断る」
俺は即答する。まず自分の格好見てから言えよ、恥じらいとかないのか?顔で俺は訴えた。
「ケチ」
「無茶言うなよ」
すると紗理奈は優しく笑って。
「でもさぁ」
今度は列の横に設置されている看板を見ながら口を開いた。
「おにーさんってやっぱり優しいのかもね」
「何がだ」
「ついて来てくれたことだよ」
その言葉に少しだけ首を傾げる。
てっきり嫌味言われるのかと思ったんだけどな。肩車断ったし。
「元から来る約束だっただろ」
「そうなんだけどねぇ」
言葉を探すように視線を上へ向ける。
「もっと嫌そうにするかと思ってた」
それは否定できない。
実際、昨日までは割と本気で怪しんでたからな。
女の子ばっかしかこないキャピキャピのお店連れていかれたらどうしようかと思ってた。
「まあな」
だから正直に答える。
「でも来ただろ?」
「そうだねぇ」
紗理奈は少しだけ笑った。
「まぁ任せるって言ってくれたから結構安心はしてたんだけどねぇ」
「一体お前の中の俺はどんな人間なんだ?」
「...冷蔵庫?」
意味が分からない。
「冷たいって意味か?」
「ううん」
彼女は首を振る。
「開けても何考えてるか分かんない感じ」
失礼極まりなかった。
しかも例えちょっと下手だよな。
「絶対褒めてないよな、それ」
「さあどうだろうねぇ?」
もうこれは認めてるようなもん。んふふって笑い方でわかるようになってきた。
「でもおにーさん」
そう言って俺を見る。
「今ちょっとだけ中身見えてきたかも」
どこか嬉しそうな笑顔に、ジェスチャーを添える三女。
俺は何も返さず、前を見る。どんな顔をしているのか自分でも分からない。
少しだけ列が進んでいた。
「お」
紗理奈が声を上げる。
「近付いた」
「嫌な情報だな」
「まだ言ってる」
笑いながら俺の腕を軽く叩く。
そうしている間にも列は進んでいく。
前方から聞こえる悲鳴やレールを走り抜ける轟音。
乗客たちの歓声。
聞けば聞くほど乗りたくなくなる。
「ちなみに」
紗理奈が言う。
「叫ぶタイプ?」
「叫ばない」
「強がり?」
「違う」
すると彼女はニヤニヤし始めた。
「私さぁ」
そして確信を持ってこう言う。
「絶対おにーさん叫ぶと思うんだよね」
「言っとくが無理だぞ」
「なんで?」
「声が出ないから」
紗理奈は数秒固まる。
それから吹き出した。
「それはそれで面白いじゃん!」
こいつ本当に失礼だな。
だが、ケラケラ笑う横顔を見ていると、不思議と悪い気はしない。
列はまた少し進む。
気付けば乗り場も見えてきていた。
「あ」
紗理奈は最後に小さく声を漏らす。
「怖いなら、手。つないであげよっか?」
「..は?」
「じょーだんだよ」
精一杯の上目遣いは、どこか悪戯っぽくて。
それでいて楽しそうで。
そして本当に少しだけ、嬉しそうに笑った。
「次の方どうぞー!」
「はーい!ほら、おにーさんもいくよぉ!」
間もなく俺たちは呼ばれ、三女は向かっていく。
少々上の空になっていた俺の心だったが、この後手を繋いどけば良かったと後悔するなんてこの時は1ミリも思っていなかった。
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