プロローグ:私たちのいつも
朝の東雲神社には、境内を掃く箒の音が響いていた。
石畳に落ちた葉を集めながら、三人の巫女がそれぞれの場所を掃いている。神社の朝は早い。参拝客が来る前に境内を整え、社殿の掃除を済ませ、必要な仕事を片付ける。
春休みに入っている今は学校や大学へ向かう必要もないため、いつもより時間に追われることもなかった。それでも三人は、普段と変わらない時間に起きて、普段と変わらないように朝の仕事を始めていた。
何年も続けてきた習慣だから、三人とも何をすればいいのかを確認する必要はない。誰かが言わなくても自然と自分の持ち場へ散らばり、それぞれが手を動かしていく。
「みらねぇ、そっち残ってるよ」
赤紫色のハイツインテールを揺らす、三女紗理奈が箒を動かしながら声をかける。
「え、どこ?」
「木の下」
金髪ロングのストレート、長女の未来がそちらを見ると、確かに葉が残っていた。
「あー、ほんとだ。ありがと」
「どういたしまして〜」
未来が箒を持って移動する。その様子を見ていた黒髪ボブの次女千尋は、何も言わずに自分の掃除を続けていた。
三人が同じ家で暮らしているとはいえ、掃除のやり方まで同じというわけではない。
未来は目についたところから片付けていくし、紗理奈は人と話しながら手を動かす。千尋は決めた場所を順番に終わらせていく。それぞれの性格が、そのまま仕事の仕方にも出ていた。
それでも、三人でやれば仕事は進む。
未来が見落とした場所を紗理奈が見つけ、紗理奈が途中で話し込めば千尋が先に終わらせる。千尋が一人で抱え込めば、未来が横から仕事を持っていく。そんなやり取りも、今では当たり前になっていた。
そして掃除を終えた三人は、箒を片付けるために社務所へ戻る。
「そういえば、天野さんって何時くらいに来るんだっけ?」
未来が箒を立てかけながら尋ねる。
「一応午後とは聞いてるけど……」
服の中に入った髪をバサっと出しながら、紗理奈が答える。
「時間までは聞いてないわよ」
最後にちりとりを持ってきた千尋が言う。
今日ここへ来る少年のことは、これからこの家で暮らすことになると祖父から聞かされていた。つまりこの時の天野蓮は三人にとって知らない人間ではなく、突然現れる謎の男だというわけ。もちろん会ったことはなかった。
どんな人なのか。どういう話し方をするのか。三人のいる家で、どんな生活をすることになるのか。どうして男の人をわざわざ選んだのかは不思議だったけれど、女しかいないという安易な理由で三人とも納得していた。
「二人は楽しみ?」
朝の片付けをする日は、そのあと三人でお風呂に入って、朝ごはんを食べる。ここまでがセットだった。
服を先に脱いで下着になった未来が、二人に聞く。
「私は楽しみかなぁ、歳上のオトコの人ってなんか憧れるくない?」
上を脱いだ紗理奈の言葉に、千尋と未来が目を合わせる。
「紗理奈、危ない道には行ったらダメだからね」「えぇそうね」
「なんで⁉︎」
ことの重大さがわかってないあたり、やはり末っ子という感じがする。でも純粋ではない。
「でぇ〜ちひろは?」
三人分のタオルを用意して、カゴに入れる未来。少々考え込んだ後、千尋ははっきり言った。
「嫌ね」
「「知ってた〜」」
その後、広い湯船に三人で浸かっていたときも会話は弾んだ。
▽
春休みのような長期休暇の中でも、三姉妹というのは便利なもので、誰かが暇だと言えば残りの二人が付き合ってくれたりする。未来が勝手なことをして、紗理奈がそれに乗っかって、最後に千尋が二人を叱る。逆に、千尋が一人で何でもやろうとすれば、未来と紗理奈が横から手を出してくる。そんなサイクルが出来上がっていた。
喧嘩をすることも、笑うこともある。全く違う性格だけど、仲良しこよしの三人。
そして今日は、その日常に新しい家族が加わる。
髪の一番短い千尋は朝ごはんの前に、新しく来る彼の部屋へと足を運んでいた。
彼女の好きな畳の匂いが、いっぱいに広がっている一室。数時間後に、ここに知らない男が何かをしているなんてことが彼女には全く信じられなかった。
襖の立て付けを確認し、机のガタを確認して、千尋は最後に窓を思いっきり開ける。
ほんの少し冬の残りを纏う春の風が、部屋へ入り込む。どこかから、鶯の鳴き声も聞こえた。
まだ三人でいることが当たり前のこの姉妹は、これから来る天野蓮という人物に、どれほどの気持ちを向けるかなんて知る由もないだろう。
食器も箒もプラス一人分。食材や使う水の量も増える。そんな当然のことしか考えていなかった千尋は、今日も肘をついて顔を手に乗せ、少しだけ上がった口角を見せながらつぶやいた。
「今日もがんばろ」




