韓国映画『お嬢さん』
パク・チャヌク監督の映画『お嬢さん』の内容に触れます。
高い評価を得た原作を映像化するのに色々意見がある。原作と違う、原作を破壊しているとファンから文句言われたり、原作を越えたと褒められたりと、そんな評価を受けた作品を皆様もいくつかご存知のことと思う。
それで、前回からの続き。原作者がイギリス人で、小説の舞台が十九世紀のイギリスの『荊の城』(サラ・ウォーターズ著、創元推理文庫、中村有希訳)が韓国で映画化された。日本での公開タイトルは『お嬢さん』。一体どう設定を移し替えて脚本を作ったんだろうとは思った。1930年代の朝鮮半島が舞台になっている。時代も場所も変わっているし、西洋と東洋とでは宗教観や道徳観が微妙に違う。その辺どうするのかと思ったが、観て成程と感じた。
映画『お嬢さん』も原作と同じく三部構成。第一部はだいたい原作と同じ展開だ。少女スッキは、詐欺など犯罪で生計を立てる家で暮らす孤児で、原作のようなスウと育ての親のサクスビー夫人とイッブス親方との関りは描かれない。そこへ「藤原伯爵」と名乗る男が現れる。これが原作の〈紳士〉ことリチャードで、藤原伯爵は言う。日本の華族の女性と結婚して日本国籍と日本名を手に入れた上月という男性がおり、上月はその日本人妻の姉妹の娘の和泉秀子を手元に置いて養育している。和泉秀子は華族の娘で、両親を喪い、多額の遺産を相続する予定になっている。上月の妻は既に亡くなっており、上月は秀子と結婚して財産を得ようとしている。藤原伯爵は秀子を誘惑して結婚し、精神病院に秀子を入院させてしまえば財産を奪える、手伝ってくれないかと、持ち掛ける。
そこでスッキが選ばれ、藤原伯爵がでっち上げた紹介状を持って上月家の屋敷に赴く。上月家のお屋敷は広大だ。上月の趣味で日本風の家屋が建てられ、庭も広い。敷地内にちょっとした林や丘があるくらいだ。
原作では「お嬢様」は当主の実の姪だが、ここでは妻の姪となった。
スッキは「珠子」と名乗るように言われて、秀子付きの侍女となる。ヒロインがお嬢様の容姿に感心したり、手袋をたくさん持っているのに驚いたりするのは原作通り。秀子は韓国語で喋る。
「わたしは日本語ができますよ」
とスッキこと珠子は言う。
「伯父様の所で日本語の本を朗読させられる。日本語を喋るのに疲れてしまって」
と秀子は答えた。
台詞の半分くらいは日本語なのだが、あまり流暢ではない。日本人が外国映画で外国語を話す台詞もそんなもんなのだろうか、と思って必死に台詞を聞き取ろうとしたが、一部解らなかった。
「部屋の物を自由に見ていい。盗んでもいい。でもわたしに嘘は吐かないで」
と秀子は珠子に言った。珠子は秀子が朗読の為に部屋を留守にしている間、物色する。帽子入れらしき丸い箱には何故か太い縄が入っている。珠子には何か解らない。
上月家の庭には大きな桜の木があり、かつて上月の妻がその木で首を吊った。桜の木を切らず、そのままにされている。
珠子は情緒不安定な様子の秀子が気に掛って仕方がない。秀子は珠子と話をしたり、衣装を交換してみたり。
珠子は罪悪感を抱きながらも自らの役割を果たし、上月が領地を視察に出掛けた夜、秀子と藤原伯爵との駆け落ちに付き添う。上月の庭の桜の木には太い縄が一本垂れ下がっていた。屋敷の腰くらいの高さの石垣を珠子はひょいと越えるが秀子は越えられない。珠子がトランクを踏み台のように置き、秀子が踏み越え、微笑み合う。
予定の通り秀子と藤原は結婚し、宿屋に医者がやってきて、精神病院に送られたのは珠子。
と、第一部の流れはほぼ原作をなぞっている。
第二部は秀子の視点に移る。幼い頃両親を亡くして、母の姉妹の嫁ぎ先に引き取られたものの、そこの当主の上月は変わった趣味の持ち主で、その趣味に妻も秀子も巻き込んだ。秀子は幼いうちから春画を見せられ、その単語を教えられる。
上月の書斎には朗読会をする為の座敷が設けられており、そこで伯母が官能小説の朗読をさせられた。伯母が没後は秀子が朗読係に。日本人の好事家を招いての朗読会はより具体的に映像化された。朗読のほか、人形を使って秀子がアクロバティックな体位を実演させられたり、SMの鞭打ちをされたりしたり。R18映画だったな。
朗読会に入り込み、稀覯本の複製、絵の模写ができると当主に取り入った藤原伯爵が秀子に接触した。藤原と偽装結婚して財産を手に入れ、身代わりの女性を精神病院に入れてしまえば自由の身、身代わりの女性は自分が連れてくるとの藤原の提案に秀子は乗る。
新しい侍女となったスッキこと珠子に秀子は自分の生活振りを見せ、自分の服を着せてみて「お嬢様」の姿に馴染ませる。珠子の前で情緒不安定な振りをし、藤原の誘惑に乗っているような態度を取る。そのくせ、自分が藤原と一緒になった方がいいのかと尋ねて、珠子が肯定すると心がざらつく。
初夜ではどう振る舞うのか教えて欲しいと珠子に言って、二人で寝床で絡み合うのはその気持ちの延長。ああ、これってR18映画なんだな、と実感する場面は美しい。
そうなっても藤原と一緒になるべきだと言う珠子に絶望して、秀子は隠してあった縄を取り出し、伯母が首をくくった桜の木で自分も同じようにしようとする。
原作と違った展開が始まった。
秀子は珠子にすべてを打ち明け、手を携える。藤原を、上月を、出し抜き、二人で財産を得るべく計画し、行動していく。詐欺師の根城にもお嬢様の宝飾品を送って手回し。駆け落ちの夜、お嬢さんのモードが伯父の書斎のエロ本を破損する場面が原作にあるが、映画では秀子が珠子に春画の入った本を見せ、二人で本を破いたり、室内に設えた池に放り込んだりと派手に壊してくれた。第一部の終わりで見せた桜の枝から垂れる縄と、石垣を乗り越える図が活きてくる。
一旦精神病院に入院させられるものの、珠子は脱走に成功。秀子は藤原に誘い掛けて薬で眠らせ、かれが現金化してくれた財産を持って逃げ出した。秀子と珠子は落ち合い、変装して、詐欺師集団に予め頼んでおいた偽造旅券を使って上海へと旅立つ。藤原は上月の追手に取っ捕まり、リンチを受けるが、上月を巻き添えにする形の自死を遂げる。
秀子と珠子は男性陣たちがどんな運命をたどったか知らず、客船の部屋で向かい合い、誰に遠慮することなく愛を交わす。
原作者のサラ・ウォーターズは自作が韓国で映画化されるのに、設定や脚本の内容に「原作でなく原案にして」とパク・チャヌク監督に言っていたそうだが、完成した映画を観てその出来に満足して原作と表記を承諾したと伝わっている。
後半は主人公二人を応援したくなる話運び。男性陣の悲惨な末路に引っ掛かる人もいるかも知れないが、まずはヒロインたち活躍に爽快感を得られる結末。原作とは全く違った感想と満足感があった。




